第73話 火傷の痕
その夜、レオは眠れぬまま、借りている納屋の隅でランプの灯りを見つめていた。カーライルの手首に見えた火傷の痕──村長の話とは食い違う特徴だが、だからといって無関係だとも言い切れない。むしろ、数年前の男とは「別人」であることを装うための、巧妙な演技という可能性すらある。
「レオ、まだ起きてるの?」
戸口からミアが顔を覗かせた。彼女もまた、眠れずにいたらしい。
「うん。カーライルのことを考えてた」
「私も。……ノアが、面白いことに気づいたの」
ミアの後ろから、ノアとエマが紙の束を抱えて入ってきた。ノアの顔には、いつもの悪戯っぽい笑みではなく、真剣な表情が浮かんでいる。
「レオ、あの帳簿、もう一度よく見てくれ。搬入担当者の名前──『トマス・グレイ』ってなってるだろ」
「ああ」
「これ、字の癖が変なんだ。他の記録は全部、村の書記が書いてる。でもこの名前の部分だけ、明らかに違う筆跡で、しかも上から重ね書きしてある跡がある」
レオは灯りに紙をかざした。よく見ると、確かに「トマス・グレイ」という文字の下に、うっすらと別の文字の輪郭が透けて見えた。
「エマ、これ読み解けるか」
エマは母の遺した手紙を読み解いた経験から、掠れた文字を読むことにかけては人一倍長けていた。彼女は蝋燭の炎に紙を近づけ、目を細める。
「……『C』、それから『……ライル』って、見えます」
その場の空気が凍りついた。
「カーライル」ミアが小さく呟く。
つまり、この帳簿の改ざんは、数年前──カーライルと名乗る調査官がこの村に現れる、ずっと以前から仕組まれていたことになる。彼は「調査に来た」のではない。自分が仕込んだ不正の後始末をしに来たのだ。
「でも、これだけじゃ証拠として弱いな」ノアが唇を噛む。「筆跡が似てるってだけじゃ、言い逃れされる」
「証拠なら、もう一つある」
村長の声だった。いつの間にか戸口に立ち、話を聞いていたらしい。彼の手には、古びた木箱が抱えられていた。
「数年前、若い衆が消える前の晩──あの二人が、こっそり私に預けていったものだ。『何かあったら開けてくれ』と言ってな。私はずっと、これを開ける勇気が持てなかった」
木箱の蓋を開けると、中には一通の手紙と、小さな金属製の徽章が入っていた。徽章には、見覚えのある紋章──カーライルの馬車についていたものと同じ意匠が刻まれている。
レオは手紙を手に取った。震える文字で、こう書かれていた。
「もしこれを読んでいるなら、俺たちはもう戻れないかもしれない。あの男は監査院の人間じゃない。裏で組合に情報を売っていた男だ。名前を変えて、また現れるかもしれない。気をつけてくれ」
ランプの灯りが、静かに揺れた。




