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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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第7話 頑固者の言い分

 寺子屋に通う子供たちが増えるにつれ、村の中での反応も、少しずつ変わり始めていた。


 好意的な声が増える一方で、依然として強い反発を示す者もいる。その筆頭が、村の東側で長年畑を営んできた老農夫、ガレットだった。


「文字なんぞ覚えて、何になる」


 村の寄合の席で、ガレットは苦々しい顔でそう言い放った。


「わしらは畑を耕して、汗水垂らして生きてきた。それで十分だったんだ。今さら小賢しい真似を覚えて、何が変わるってんだ」


「ですが、ガレットさん。文字が読めれば、契約の内容だって……」


 ドノヴァンがそう言いかけると、ガレットは鼻を鳴らした。


「契約なんぞ、村長のあんたが目を通せば済む話だろう。子供らにまで覚えさせる必要がどこにある」


「わしの孫も、あの寺子屋とやらに通ってるって聞いた。畑仕事もろくにせず、木の板遊びばかりしてるそうじゃないか」


 その言葉に、居合わせた何人かの大人たちが頷いた。俺は寄合の隅で、その様子を黙って聞いていた。反論することは簡単だ。だが、頭ごなしに言い返しても、この手の反発は、より頑なになるだけだと知っていた。


「ガレットさんの、お孫さんは?」


 寄合の後、俺はガレットを呼び止めて尋ねた。


「トビーのことか。それがどうした」


「一度、様子を見に来てもらえませんか。無理にとは言いません。ただ、実際に見てもらえたら」


 ガレットはしばらく渋い顔をしていたが、結局、しぶしぶといった様子で頷いた。


 数日後、ガレットは本当に寺子屋を覗きにやってきた。もっとも、興味があるふりなど微塵もなく、腕を組んで納屋の入り口に仁王立ちするその姿は、監視官のようだった。


「──トビー、あんたの祖父さん来てるよ」


 ミアがそっと耳打ちすると、七つほどのトビーという少年は、びくりと肩を震わせた。祖父の視線を意識してか、途端に手元の木片がおぼつかなくなる。


「トビー、落ち着いて。いつも通りでいい」


 俺がそう声をかけると、トビーは小さく頷き、震える手で文字を並べ始めた。「にわとり」という単語を、途中で何度もつっかえながら。


「──遅いな」


 背後で、ガレットが呟くのが聞こえた。俺は何も言わず、ただトビーが自分の力で最後まで並べ終えるのを、見守り続けた。


「……できた」


 トビーが、絵札の横に対応する文字札を並べ終えた。決して速くはなかったが、確かに、自分の力でやり遂げていた。


「トビー、それ、なんて書いてある?」


 俺が尋ねると、トビーは得意げに答えた。


「"にわとり"!じいちゃんが飼ってるやつ!」


 その言葉に、ガレットの表情が、わずかに動いた。


「おまえ……今、それを読んだのか」


「うん! じいちゃんの畑の帳面にも、こういう字、書いてあるでしょ。いつも見てたから、なんとなく分かるんだ」


 トビーが無邪気にそう言うと、ガレットは何かを言いかけて、そのまま黙り込んだ。


 その日の夕方、俺はガレットの家を訪ねた。断られるかもしれないと思っていたが、意外にも、ガレットは黙って俺を招き入れた。


「──これを、見てくれ」


 ガレットが取り出したのは、随分と古びた帳面だった。長年の収穫記録がびっしりと書き込まれている。だが、そのほとんどは、文字ではなく、独自の記号や絵のようなものだった。


「わしは、字が書けん。だから、自分なりの印で、記録をつけてきた。だが……」


 ガレットは、帳面の一部を指し示した。


「ここ数年、組合との取引で、どうにも計算が合わん時がある。わしの記録と、向こうが言う数字が、食い違うことがな」


「それは……」


「わしの記号じゃ、細かいところまでは、残せんのだ。だが、向こうは"証文はこうなっている"の一点張りで、わしには確かめる術がない」


 しばらくの沈黙のあと、ガレットは、絞り出すように言った。


「──トビーが、あの短い時間で、わしの帳面の字を読んでみせた。わしが何十年もかけて、自分なりのやり方でやってきたことを、あの子はあっさりと」


「ガレットさんが積み上げてきたものが、無駄だったわけじゃありません」


 俺は静かに言った。


「ただ、これから先、その積み上げた知恵に、文字という新しい道具が加われば、もっと確かなものになる。それだけです」


 ガレットはしばらく黙り込んでいたが、やがて、ぼそりと呟いた。


「──わしも、教わってみるか」


「え?」


「歳を取ってからじゃ、遅いかもしれんが。トビーに、先を越されたままってのも、癪だからな」


 その不器用な言い方に、俺は思わず笑みをこぼした。


「大歓迎です」


 翌日から、ガレットは孫のトビーと並んで、寺子屋の片隅に座るようになった。最初はぎこちなく、何度も間違えながら。それでも、頑固な老農夫の目に、確かな真剣さが宿っているのを、俺は見て取った。


「──じいちゃん、その字、違うよ。こう書くの」


「うるさい、わしにも意地というものがある」


 孫に指摘されながらも、まんざらでもなさそうなガレットの表情に、周りの子供たちが小さく笑った。


 村の中で、最も頑なだった一人が、少しずつ変わり始めていた。




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