第69話 凱旋
王都での裁定から数日後、レオたち一行は、ようやくエルバン村への帰路についた。
「レオ様、王都でのこと、まだ夢のようです」
馬車の中、エマが窓の外を眺めながら呟いた。特別功労章の授与、教育特区の認定──目まぐるしい日々の余韻は、まだ皆の中に色濃く残っていた。
「僕もだよ。でも、これからが本当のスタートだ」
レオは、懐にしまった王家からの正式な認定書を、そっと確かめた。エルバン村とソルヴィン村を「教育特区」として支援するという、王家の正式な約束が記されたその書状は、これからの村の未来を大きく変えるはずだった。
ノアが、証拠の書類の代わりに、今度は教育特区の詳細な計画書を広げていた。
「支援金の使い道、もう考えているのか」
ガイウスが感心したように尋ねると、ノアは頷いた。
「はい。校舎の建て替え、教材の充実、それに──」
ノアは、少し照れくさそうに続けた。
「他の村から教えを乞いに来る人のための、宿泊できる場所も作れたらと思っています」
「いい考えだね」
レオが微笑むと、ミアも身を乗り出した。
「わたしも考えていたことがあります。エルバンとソルヴィンだけじゃなく、周辺の村々を回って、簡単な読み書きの出張授業をするのはどうでしょうか」
「出張授業……それはいいアイデアだ」
レオは頷きながら、王都で聞いた「九つの村」の話を思い出していた。まだ声を上げられずにいる、あるいは救いの手が届いていない村が、きっとまだあるはずだった。
「僕らがエルバンとソルヴィンでやってきたことを、もっと広い範囲に届けられるかもしれない」
エルバン村の入り口が見えてきたのは、旅立ちから一月半ほど経った日のことだった。
「見えました! エルバンです!」
御者台のノアが声を上げると、馬車の中に歓声が満ちた。
村の入り口には、既に大勢の村人たちが集まっていた。先頭には、杖をついたガレット、そしてドノヴァンの姿がある。
「レオ様たちが帰ってきたぞ──!」
トビーの声が響き渡ると、村人たちが一斉に駆け寄ってきた。
「無事に戻ったか!」
ガレットが、いつになく興奮した様子でレオを出迎えた。
「ガレットさん、ただいま戻りました。それに──」
レオは、懐から認定書を取り出した。
「王家より、エルバン村を『教育特区』として認定するという、正式な書状をいただきました」
その言葉に、村人たちの間に大きなどよめきが広がった。
「教育特区……それは、いったい」
ドノヴァンが、驚きの表情で尋ねる。
「これからは、村の教育活動に、王家からの正式な支援が受けられるようになります。校舎の整備、教材の充実、それに──」
レオは、村人たち一人ひとりの顔を見渡しながら続けた。
「この村で学んだことを、他の村にも広げていく。そのための、大きな一歩です」
村の広場に、大きな歓声が沸き起こった。ベサニーが、涙を拭いながら微笑んでいる。カイルも、興奮した様子で拳を突き上げていた。
「レオ様、本当にお疲れ様でした!」
トビーが、駆け寄ってレオに抱きついた。
「トビーも、待っていてくれたんだね」
「もちろんです! それに、僕、レオ様たちがいない間、ガレットじいちゃんに色々教わってました!」
ガレットが、満足げに頷いた。
「儂も、老いぼれなりに、この村の未来のために、まだまだ働かせてもらうつもりじゃ」
その言葉に、村人たちから温かい笑い声が上がった。
その夜、村の広場では、盛大な祝宴が開かれた。エルバン村とソルヴィン村、二つの村を救った物語を、村人たちは何度も何度も語り合った。
レオは、宴の喧騒から少し離れた場所で、静かに夜空を見上げていた。
「レオ様」
振り返ると、ミアが立っていた。
「ここにいらしたんですね」
「うん。少し、これからのことを考えていてね」
「これから、ですか」
「教育特区として、この村とソルヴィンは新しいスタートを切る。でも、まだ声を上げられていない村が、王国にはたくさんある。九つの村があったという話、ミアも聞いただろう」
ミアは、静かに頷いた。
「レオ様は、その村々のことも、助けたいと思っているんですね」
「うん。エルバンで始まった小さな寺子屋が、こんなに大きなうねりになるとは、僕自身も思っていなかった。でも、だからこそ──」
レオは、星空を見上げながら続けた。
「この力を、もっと多くの人のために使いたい」
ミアは、レオの隣に静かに並んだ。
「わたしも、一緒に行きます。どこまでも」
「ありがとう、ミア」
宴の喧騒が、遠くから穏やかに聞こえてくる。エルバン村とソルヴィン村、二つの光が灯った物語は、今、新たな旅の始まりを迎えようとしていた。
第五部・序章、「広がる灯り」──物語は、まだ終わらない。




