第68話 裁定の日
正式な裁定の日が告げられたのは、公聴会から半月ほど経った頃だった。王城の大広間には、この日、王国内の主だった貴族たちが顔を揃えていた。
「本日は、国王陛下による直接の御臨席のもと、裁定が下されます」
ウォレスの声に、レオたちは緊張の面持ちで顔を見合わせた。
「国王陛下自らが……」
ミアが、声を潜めて呟く。それほどまでに、この一件は王国全体を揺るがす問題へと発展していた。
やがて、荘厳な音楽と共に、玉座に**国王ジークフリート**が姿を現した。壮年の王は、静かな威厳を放ちながら、集まった貴族たちを見渡した。
「此度の件、王家として正式な調査を行った結果を、これより発表する」
王の声が、広間に静かに響き渡る。
「グリンウォード交易組合は、過去十二年にわたり、王国内九箇所の村・街において、証文の不正な改竄、村人・住民への不当な圧力、及び虚偽の権限を用いた土地編入工作を組織的に行っていたことが確認された」
広間が、静かなどよめきに包まれた。
「組合長ダレン、並びに関係した幹部について、財産の没収及び王国内での商業活動の永久禁止を命じる」
その言葉に、傍聴席にいたダレンが、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。かつての余裕は、もうどこにも見当たらなかった。
「さらに──」
王の視線が、バロウズ侯爵に向けられた。
「バロウズ侯爵家についても、組合からの不正な資金提供を受け、政治的に庇護していた事実が確認された。よって、侯爵位を三等級降格の上、当該資金の全額返還を命じる」
バロウズ侯爵は、蒼白な顔で立ち尽くしていた。かつて議場で余裕を見せていた姿とは、まるで別人のようだった。
裁定が続く中、王の視線が、今度はレオたちの方へ向けられた。
「此度の一件、その発端となったのは、アルダート伯爵家四男・レオ、及びエルバン村、ソルヴィン村の村人たちである」
広間の視線が、一斉にレオたちに集まった。
「魔力なしとして辺境へ追いやられながらも、村人たちに読み書きを教え、その知恵によって組織的な不正を暴いた功績は、王国にとって計り知れぬ価値を持つ」
王は、静かに続けた。
「レオ・フォン・アルダートに、王家より特別功労章を授与する。並びに、エルバン村及びソルヴィン村を、王家直轄の『教育特区』として正式に認定し、両村における教育活動への支援を約束する」
その言葉に、レオは思わず息を呑んだ。ミア、ノア、エマも、驚きのあまり声も出ない様子だった。
「さらに──」
王は、傍聴席のバートラムとレイナに目を向けた。
「ソルヴィン村については、正式にヴォルフ子爵領への編入を認める。バートラム村長の勇気ある告発、そしてレイナ嬢の証言に、王家として深く敬意を表する」
バートラムは、深く頭を垂れた。レイナは、隣に立つ母サラの手をぎゅっと握りしめながら、涙をこらえていた。
「本日の裁定、以上とする」
王が退席すると、広間には安堵と興奮の入り混じったどよめきが広がった。
裁定の後、王城の控えの間で、レオたちは互いに顔を見合わせていた。
「レオ様、教育特区って……」
エマが、まだ信じられないという表情で呟く。
「エルバンとソルヴィンでの寺子屋の活動が、正式に王家から認められたということだよ」
レオ自身も、まだ実感が湧かないでいた。
「これで、村での教育活動に、もっと多くの支援が受けられるようになるはずだ。校舎の整備、教材、そして──」
「他の村にも、この動きを広げられるかもしれませんね」
ノアの言葉に、レオは頷いた。
「うん。教育特区という前例ができたことで、他の村や街でも、同じような取り組みが認められやすくなるはずだ」
バートラムが、感慨深げに近づいてきた。
「レオ殿。此度の件、本当に感謝してもしきれん。ソルヴィン村は、これでようやく、安心して未来を描ける」
「僕こそ、バートラム村長やレイナがいなければ、ここまで辿り着けませんでした」
レイナが、涙を拭いながら微笑んだ。
「レオ様。わたし、これからも学び続けます。そして、いつか、わたしも誰かに教えられる人になりたいです」
「きっとなれるよ、レイナ」
その時、ガイウスが静かに歩み寄ってきた。
「レオ、父上が呼んでいる。王城の別室で待っておられるそうだ」
レオは頷き、ガイウスと共に控えの間を後にした。
案内された部屋には、ハインリクが静かに佇んでいた。
「父上」
「レオ。此度の裁定、聞いたぞ」
ハインリクは、珍しく穏やかな表情を浮かべていた。
「王家からの特別功労章、そして教育特区の認定。アルダート伯爵家にとっても、これ以上ない名誉だ」
「父上……」
「レオ、正直に言おう。儂は長年、魔力こそがこの家門の、いや、貴族の価値の全てだと思い込んでおった。だが、お前が示したものは、それとは全く異なる、しかしそれ以上に尊いものだった」
ハインリクは、レオの肩に、初めてそっと手を置いた。
「お前を辺境に追いやったことを、詫びるつもりはない。あの経験があったからこそ、お前は今の道を歩めたのだろうからな。だが──」
彼は、静かに続けた。
「これからは、アルダート伯爵家の四男として、堂々と胸を張って歩め」
レオの目に、思わず涙が滲んだ。
「はい、父上」
窓の外、王都の空には、澄み渡った青空が広がっていた。
エルバン村の小さな寺子屋から始まった物語は、王国全体を揺るがす大きな変革へと繋がり、そして今、一つの大きな節目を迎えた。
だが、教育特区としての新たな挑戦、そしてまだ声を上げられていない他の村々への支援──レオの物語は、まだ終わらない。
第四部・王都編、大団円。




