↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/111

第66話 公聴会、開廷

 公聴会当日、王都の中央にそびえる王城の一角、大会議場には、朝から緊張した空気が満ちていた。


 石造りの荘厳な広間には、内務省の役人たちに加え、多くの貴族たちが傍聴のために詰めかけていた。グリンウォード交易組合の不正疑惑という話題は、既に王都の社交界でも噂となっていたのだろう。


「レオ様、あちらに……」


 ミアが小声で囁いた先には、既に到着していたダレンとモーガンの姿があった。ダレンは以前と変わらぬ余裕の笑みを浮かべていたが、その傍らには、レオたちが見たことのない、恰幅の良い壮年の貴族が座っていた。


「あの方は……」


「バロウズ侯爵だ」


 ガイウスが低い声で答えた。


「グリンウォード交易組合の主要な出資者の一人と言われている。組合が窮地に立たされれば、当然、後ろ盾として動くだろうと思っていたが……まさか本人が姿を見せるとはな」


 レオは、バロウズ侯爵の値踏みするような視線を感じながら、静かに気を引き締めた。ダレンの背後に潜んでいた「大きな存在」の一端が、ついに姿を現したのだ。


「開廷いたします」


 書記官ウォレスの声が響き渡ると、議場は静まり返った。上座には、内務省次官カーライル卿に加え、より高位と思しき貴族──王家の代理として公聴会を主宰する宰相府の高官が着席していた。


「本日の公聴会は、グリンウォード交易組合による、ソルヴィン村及びエルバン村での不正取引疑惑について審議するものである。まずは、告発側の証拠提示から始める」


 カーライル卿の声に、レオが立ち上がった。


「僭越ながら、証拠の提示を担当いたします、レオ・フォン・アルダートです」


 議場に、ざわめきが走った。アルダート伯爵家の名と、辺境で寺子屋を開いたという噂の人物が一致したことに、多くの貴族が興味深げな視線を向けていた。


 レオは、ノアが整理した証拠の束を示しながら、冷静に説明を始めた。


「まず、ソルヴィン村にて確認された十九件の証文について。いずれも、当初の契約内容に、後から不正な延滞条項が書き加えられております」


 証拠の写しが、議場の役人たちに回覧される。


「筆跡鑑定を行った結果、条項の追記部分は、原本作成時とは異なる筆記具、異なる筆跡によるものと判明しております」


 その時、ダレンが立ち上がった。


「異議あり。その筆跡鑑定とやらは、いったい誰が行ったものか。信頼に足る鑑定人によるものなのか、甚だ疑問です」


 カーライル卿が頷いた。


「その点については、王都の公式鑑定人による再鑑定を、既に実施済みである」


 議場に、書類が示された。


「結果は、告発側の主張と完全に一致する。証文の延滞条項は、原本作成の後、数ヶ月から一年以上経ってから追記されたものと断定された」


 ダレンの顔に、わずかな動揺が走った。だがすぐに、余裕の表情を取り繕った。


「……仮にそうだとしても、それが組合の組織的な指示によるものだという証拠にはならないはずです。末端の担当者による、個人的な不正行為である可能性も」


「その点についても、お答えいたします」


 ノアが、新たな書類を提示した。


「十九件の証文はすべて、同一の書式、同一の追記パターンを持っています。個人の裁量では、これほどの統一性は生まれません。これは、組織的な指示に基づく手口と考えるのが自然です」


 議場に、静かなどよめきが広がった。ノアの緻密な分析に、居並ぶ役人たちも感心の表情を見せている。




 証拠の提示が一段落すると、いよいよ証言の段階に移った。


「証人、レイナ殿。前へ」


 ウォレスの呼びかけに、レイナが緊張の面持ちで前に進み出た。多くの貴族たちの視線が、幼い少女に集中する。


「レイナ殿。あなたの経験を、ありのままにお話しください」


 レイナは、震える声で語り始めた。


「わたしのお父さんは、証文の不正な条項のせいで、返せるはずのない借金を背負わされました。お父さんは街に働きに出されて……わたしと母は、ずっと不安な日々を過ごしていました」


 議場が静まり返る中、レイナは続けた。


「わたしは、字が読めませんでした。だから、お父さんの証文に何が書かれているのか、分かりませんでした。もし字が読めたら、もっと早く気づけたかもしれない。そう思うと、悔しくてたまりませんでした」


 レイナの声が、わずかに震える。だが、その目は真っ直ぐに前を見据えていた。


「レオ様に文字を教わって、わたしは初めて、お父さんの証文を自分で読むことができました。そこには、後から書き足された、おかしな条項がありました。わたしは、それをちゃんと理解できました」


 レイナは、深く息を吸い込んだ。


「わたしは、字を学んだことで、自分の家族を守る力を持てました。でも、これは特別なことじゃないはずです。誰でも、文字を学べば、自分の頭で考え、自分を守ることができる。それを、組合の人たちは、奪おうとしていたんだと思います」


 議場に、深い静寂が落ちた。幼い少女の言葉には、どんな法律用語よりも強い訴えかける力があった。


 宰相府の高官が、静かに口を開いた。


「よく話してくれた。……レイナ殿、お父上は今、どうしておられる」


「はい。今は、一時的に村に戻ってきています。ですが、また連れて行かれるかもしれないと、ずっと不安でした」


 その言葉に、議場のあちこちから同情の声が漏れた。



 続いて、バートラムが証言台に立った。


「ソルヴィン村村長として申し上げます。儂は、五年前の飢饉で組合の援助を受け、その恩義から、長らく組合の不正に目を瞑ってきました。それは、村長として、恥ずべき過ちであったと自覚しております」


 バートラムの声には、深い悔恨が滲んでいた。


「しかし、レオ殿、そして村の子供たちが、自らの力で不正を見抜き、声を上げる姿を見て、儂も目を覚まされました。組合の援助という『恩』を盾に、村を縛り続けることは、決して正当化されるものではありません」


 バロウズ侯爵が、不快げに眉をひそめる様子が見えた。だがバートラムは怯まず続けた。


「証拠は既に示された通りです。この場で、儂は村長として、そして一人の人間として、グリンウォード交易組合の不正な行為を、正式に告発いたします」


 議場に、重い沈黙が落ちた。



 その時、ヴォルフ子爵が立ち上がった。


「発言をお許しいただきたい」


「ヴォルフ子爵殿、どうぞ」


「儂は、ソルヴィン村を直接視察した貴族として証言する。バートラム殿、レイナ殿の証言は、儂が現地で確認した事実と完全に一致する。証文の改竄、村人への不当な圧力、そして権限なきグレイシャー辺境伯領への編入工作──これらはすべて、儂自身がこの目で確認した事実だ」


 子爵の証言に、議場の空気がさらに引き締まった。貴族自らの証言は、村人たちの言葉以上の重みを持っていた。


 ダレンの顔から、完全に余裕が消えていた。


「モーガン殿の権限についても、儂は改めてグレイシャー辺境伯家に確認を取った。正式な回答として、モーガンなる者への編入に関する委任は一切なされていない、との返答を得ている」


 子爵は、懐から書状を取り出し、宰相府の高官に提出した。


「これが、その正式な回答書だ」


 議場に、静かなどよめきが広がった。モーガンは、蒼白な顔でうつむいていた。



 追い詰められたダレンが、最後の抵抗とばかりに口を開いた。


「し、しかし! 我々グリンウォード交易組合は、長年にわたり王国の経済発展に貢献してきた組織です。此度の件が、末端の一部不正であったとしても、組織全体を断罪するのは、あまりに性急ではありませんか」


 その時、バロウズ侯爵が初めて口を開いた。


「その通りだ。ダレン殿の言う通り、これは一部の逸脱行為に過ぎぬ可能性もある。組合全体の信用を、この程度の証拠で毀損するのは、いささか拙速ではないか」


 バロウズ侯爵の重々しい声に、議場の空気が一瞬揺らいだ。貴族社会における侯爵の発言力は、決して小さくない。


 だが、その時──レオが静かに、しかし確かな声で口を開いた。


「侯爵閣下に、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


 議場の視線が、一斉にレオに集まった。


「エルバン村、ソルヴィン村、そして先日立ち寄ったラーベンハイムの街でも、同様の被害の兆候を目にしました。これが『一部の逸脱行為』であるならば、なぜこれほど広範囲に、同じ手口が確認されるのでしょうか」


 議場が、静まり返った。


「証文の書式、追記のパターン、そして『教育振興の奨励金』と称した不利益契約の手口──これらはすべて、エルバンとソルヴィンで驚くほど酷似しています。これが偶然の一致だとお考えでしょうか」


 バロウズ侯爵の顔に、明らかな動揺が走った。


 宰相府の高官が、静かに、しかし重々しく告げた。


「──この件、更なる調査が必要であると判断する。グリンウォード交易組合の全取引記録について、王家による正式な監査を命じる」


 議場に、大きなどよめきが広がった。


「な……!」


 ダレンが、青ざめた顔で立ち尽くす。バロウズ侯爵もまた、苦々しい表情を隠せずにいた。


「本日の公聴会は、これにて一旦休廷とする。監査の結果を踏まえ、追って正式な裁定を下す」


 議場に、緊張と安堵の入り混じった空気が満ちていく。


 レオは、静かに息を吐いた。完全な決着ではない。だが、確実に一歩前進した。


 隣に座るミア、ノア、エマ、そしてバートラムとレイナも、緊張から解放されたように、互いに顔を見合わせていた。


「レオ殿……」


 バートラムが、感慨深げに呟いた。


「これで、少しは前に進めたであろうか」


「はい。少なくとも、真実に光が当たり始めました」


 議場を出る際、ダレンとすれ違った。ダレンは、レオを鋭く睨みつけた。


「レオ殿……貴殿は本当に、恐ろしい御仁だ。だが、これで終わりだと思わぬことだ」


 その言葉を残し、ダレンはバロウズ侯爵と共に、足早に議場を後にした。


「まだ、何か企んでいるようですね」


 ミアが不安げに呟く。レオは、遠ざかるダレンの背中を見つめながら、静かに頷いた。


「監査が進めば、組合の全容がさらに明らかになるはずだ。ダレンにとっても、バロウズ侯爵にとっても、これからが本当の正念場だろう」


 王城を出ると、澄み渡った王都の空が広がっていた。


 公聴会は休廷となったが、これは終わりではなく、新たな戦いの始まりに過ぎなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。