第65話 公聴会前夜
第65話 公聴会前夜
公聴会を三日後に控え、王都の一角にある内務省付属の宿舎には、緊迫した空気が満ちていた。
「バートラム様たちが到着されました!」
ノアの声に、レオは客間から飛び出した。玄関先には、ソルヴィン村から旅してきたバートラム、レイナ、そしてジョセフの姿があった。
「バートラム村長! レイナ、ジョセフさんも!」
「レオ殿、久方ぶりだな」
バートラムが、疲れの色を滲ませながらも、力強く握手を交わした。
「王都までの道のりは、長かったでしょう」
「なに、大したことはない。それより──」
バートラムの表情が引き締まった。
「公聴会の様子は、どうなっている」
「内務省のカーライル卿によれば、証拠は十分に揃っているとのことです。ですが、組合側も相応の反撃を用意してくるだろうと」
レイナが、緊張した面持ちで一歩前に出た。
「レオ様。わたし、ちゃんと証言できるでしょうか。王都の偉い人たちの前で……」
その声には、隠しきれない不安が滲んでいた。故郷の村で証言するのと、見知らぬ王都の場で、多くの貴族や役人を前に語ることとは、比較にならない重圧があるはずだった。
レオは、レイナの目線に合わせてしゃがみ、静かに語りかけた。
「レイナ。難しいことを話す必要はない。君が経験したこと、感じたことを、そのまま伝えればいい。それが、どんな証拠よりも強い力を持つ」
「わたしが……経験したこと」
「うん。証文を読めなかった頃の悔しさ、字を学んで真実に気づいた時の気持ち、そして今、こうして自分の言葉で語れるようになったこと。それを、そのまま話せばいいんだ」
レイナは、しばらく考え込んだ後、小さく、しかし確かに頷いた。
「はい……やってみます」
その夜、宿舎の食堂には、レオたち、バートラム一行、そしてガイウスが顔を揃えていた。
「明日、最終的な証言内容のすり合わせを行う」
ガイウスが、書類を広げながら説明する。
「カーライル卿からの指示では、証言は事実に基づき、簡潔明瞭であることが求められる。感情的になりすぎず、しかし真実は曲げずに、というのが肝要だそうだ」
ノアが、証拠の一覧表を確認しながら頷いた。
「証拠の順序も、既に整理してあります。まずはエルバンでの一連の妨害行為、次にソルヴィンでの証文改竄、そして最後に、モーガンの権限詐称について」
「よくまとまっているな、ノア殿」
バートラムが感心したように言うと、ノアは少し照れながら答えた。
「エルバンでの経験が、ここで活きています」
その時、宿舎の扉が控えめに叩かれた。入ってきたのは、意外な人物だった。
「失礼する」
現れたのは、ヴォルフ子爵家の家令だった。
「子爵様より、伝言を預かって参りました」
「子爵様が……?」
家令は、丁寧に一礼した後、続けた。
「子爵様も、明後日の公聴会に参席されるとのことです。ソルヴィン村での視察内容について、直接証言されるご意向です」
その言葉に、レオたちの表情に明るさが差した。
「ヴォルフ子爵閣下も証言してくださるのですか……!」
バートラムが、驚きと安堵の入り混じった声を上げた。子爵という貴族の証言は、村人たちの言葉以上に、公聴会での重みを持つはずだった。
家令が去った後、ガイウスが静かに呟いた。
「これで、証言の重みはさらに増した。子爵閣下、そして我がアルダート伯爵家。二つの貴族家が、村人たちの証言を後押しする形になる」
「ですが──」
レオは、慎重な表情で続けた。
「組合側も、それに見合うだけの反撃を用意してくるはずです。ダレンの背後に、まだ見えていない力が潜んでいる可能性もある」
その言葉に、食堂の空気がわずかに引き締まった。
宿舎の窓から、王都の夜景を見つめながら、レオは静かに考えを巡らせていた。
エルバン村から始まった小さな物語は、ソルヴィン村を経て、今や王国全体を揺るがしかねない公聴会という舞台に辿り着いた。
証拠は揃った。証言者たちの覚悟も固まった。貴族たちの後ろ盾も得られた。
だが、まだ見ぬ組合の反撃、そしてその背後に潜む何か──それが、この戦いの本当の山場になるだろうという予感が、レオの胸の中で静かに膨らんでいた。
「レオ様」
振り返ると、ミアが立っていた。
「眠れませんか」
「うん、少しね。……ミアも?」
「はい。明後日のこと、考えると、どうしても」
二人はしばし、無言で夜景を見つめた。
「レオ様。わたしたち、ここまで来られたのは、エルバンとソルヴィンのみんなのおかげです。だから──」
ミアは、決意を込めた声で続けた。
「明後日は、きっと大丈夫です。わたしたちには、みんなの想いがついています」
レオは、ミアの言葉に静かに頷いた。
「そうだね。……皆の想いを、無駄にはしない」
王都の夜空に浮かぶ月が、静かに二人を照らしていた。
公聴会当日は、もう目前に迫っていた。




