第62話 王都への道
王都までの道のりは、馬車で七日ほどかかるという。エルバン村やソルヴィンとは比べ物にならないほど整備された街道を進みながら、レオたちは初めて目にする光景の数々に息を呑んでいた。
「大きな街ですね……!」
三日目に立ち寄った中継都市・ラーベンハイムを前に、エマが目を輝かせた。石造りの建物が立ち並び、行き交う人々の数もエルバンとは比較にならない。
「ここでも、字が読めない人はたくさんいるんでしょうか」
エマの問いに、レオは街の看板や掲示を見渡しながら答えた。
「都市部だと識字率はもう少し高いはずだよ。商人や職人の多くは、仕事上文字が必要になるからね。でも──」
レオは、市場の隅で行商人に何かを説明されながら、困惑した表情で頷いている老人の姿に目を留めた。
「ああいう人は、きっとどこにでもいる」
ノアがその老人の様子を見て、眉をひそめた。
「あれは……売買契約の説明をしてるみたいですね。あの行商人の態度、なんだか怪しい気がします」
「僕も気になった。でも、今は先を急ごう。王都での用件が最優先だ」
レオはそう言いながらも、心の中に小さな引っかかりを残していた。エルバンやソルヴィンで見てきた光景が、この街でも、そして恐らく王国中の至る所で繰り返されているのだろう。
宿での夜、ガイウスがレオに静かに話しかけてきた。
「レオ、王都に着いたら、まず内務省への出頭が優先されるが、その後──父上に会うことになるだろう」
「はい。分かっています」
レオの声にわずかな緊張が滲む。魔力なしとして辺境へ追いやられて以来、父・ハインリクとは一度も顔を合わせていなかった。
「父上は、お前がエルバンで成し遂げたことを、どこまで知っているんでしょうか」
「ヴィンセントを通じて、ある程度の情報は入っているはずだ。だが、父上がそれをどう受け止めているかは、俺にも分からん」
ガイウスは、少し言葉を選ぶように続けた。
「正直に言えば、俺自身、エルバンを訪れるまでは、お前のことをどこか見下していた。だが、あの村で見たものは、俺の価値観を大きく変えた。父上にも、いずれそれを理解してもらえる日が来るかもしれない」
レオは静かに頷いた。
「兄さんがそう言ってくれるだけで、十分です。父上のことは、会ってから考えます」
ミアが、隣の部屋から様子を窺うように顔を出した。
「お二人とも、まだ起きてらっしゃったんですか。明日も早いですから、そろそろお休みになった方が」
「ああ、そうだな」
ガイウスが苦笑しながら立ち上がった。
「レオ、明日からも長い道のりだ。休める時に休んでおけ」
「はい、おやすみなさい、兄さん」
七日目の昼、街道の向こうに、ついに王都・エグバルディアの壮麗な城壁が見えてきた。
「あれが……王都」
エマが窓に張り付くようにして、その光景を見つめた。高くそびえる城壁、その向こうに見える尖塔や城の輪郭は、エルバンの村人たちが想像すらしたことのないであろう壮大さだった。
ミアも、緊張と興奮の入り混じった表情で呟いた。
「レオ様、わたしたち、本当にここまで来たんですね」
「うん。ここからが、本当の意味での始まりだ」
レオは、王都の城壁を見据えながら、静かに気を引き締めた。
証拠は十分に揃っている。村人たちの声も、確かな重みを持っている。だが、王都という舞台には、これまでとは比較にならない複雑な力学──貴族社会の駆け引き、そして組合の背後にいるかもしれない、さらに大きな存在が待ち受けているはずだった。
馬車が王都の門をくぐる。
衛兵による厳重な検問を経て、レオたちはついに、エグバルディアの街並みへと足を踏み入れた。
石畳の大通り、立ち並ぶ商店、行き交う貴族や商人たち──エルバンの村とはまるで異なる世界が、そこには広がっていた。
「この街のどこかに、内務省と……そして、アルダート伯爵家の屋敷がある」
ガイウスが、静かにその方角を見つめた。
レオもまた、遠くに見える壮麗な貴族街の一角に目をやった。かつて自分を見放した家族との再会が、もう目前に迫っていた。
王都編、本格始動。
証拠の聴取、貴族社会との対峙、そして家族との再会──幾つもの試練が、レオたちを待ち受けていた。




