第60話 王都からの使者
エルバン村に平穏な日常が戻り始めた矢先、村に一台の見慣れぬ馬車が到着した。御者台には王家の紋章が刻まれている。
「王都からの使者……?」
広場に集まった村人たちがざわめく中、馬車から降り立ったのは、上品な身なりの初老の男だった。
「エルバン村の村長、ドノヴァン殿はいずこか」
「私がドノヴァンです」
ドノヴァンが緊張の面持ちで前に出る。使者は懐から一通の書状を取り出した。
「王都より参った、内務省の書記官・ウォレスと申す。此度、ヴォルフ子爵領より上申のあった、グリンウォード交易組合による不正取引の件について、正式な調査が開始されることとなった」
村人たちの間に、緊張と期待が入り混じったどよめきが広がった。
「ついては、この件の発端となったこの村、そしてソルヴィン村での証拠、及び関係者からの証言を、王都にて正式に聴取したいとのことだ」
「王都で……ですか」
レオが前に進み出る。ウォレスの視線が彼に向いた。
「貴殿がレオ・フォン・アルダート殿か。アルダート伯爵家のご子息でありながら、この村で教育活動を主導していると聞き及んでいる」
「はい、僕がレオです」
ウォレスはしばらくレオを見つめた後、静かに続けた。
「今回の調査は、単なるソルヴィン村一件に留まらぬ可能性がある。グリンウォード交易組合は、王国内の複数の地方において、同様の疑惑が過去にも囁かれていた組織だ。此度の証拠は、その全容を解明する糸口になるやもしれぬ」
その言葉に、レオは息を呑んだ。ソルヴィン村での戦いが、思いもよらぬ規模の問題へと繋がろうとしていた。
「王都への出頭は、いつ頃になりますでしょうか」
ドノヴァンが尋ねる。
「ひと月後を予定している。証拠となる文書、及び主要な証言者──バートラム殿、レイナ殿、そしてレオ殿には、ぜひ同行いただきたい」
「承知いたしました」
レオは静かに頷いた。
ウォレスが村を去った後、集会所には主だった村人たちが集まっていた。
「王都、か……」
ガレットが、腕を組みながら呟いた。
「レオ様、王都というのはこの田舎とは訳が違う。貴族社会の駆け引きも、一筋縄ではいかんじゃろう」
「はい。分かっています」
レオは静かに頷いた。
「でも、これは大きな機会でもあります。グリンウォード交易組合の不正が、王国レベルで明らかになれば、エルバンやソルヴィンだけでなく、同じように苦しんでいる他の村々を救うきっかけになるかもしれません」
ミアが、真剣な表情で口を開いた。
「レオ様、わたしも王都に同行させてください」
「ミア……」
「わたしは、この村で最初にレオ様に文字を教わった生徒です。この村がどう変わったか、自分の言葉で伝えたい」
その言葉に、ノアとエマも次々と続いた。
「僕も行きます。証拠の記録は、僕が一番詳しいですから」
「わたしも……お母さんの手紙のこと、そしてこの村で学んだことを、ちゃんと伝えたいです」
レオは、三人の顔を見渡した。それぞれの目に、迷いのない強い意志が宿っていた。
「分かった。皆で行こう」
その時、集会所の扉が開き、ガイウスが姿を現した。
「レオ、王都行きの話は聞いた。俺も同行する」
「ガイウス兄さん……」
「アルダート伯爵家の名も、この件では役に立つはずだ。それに──」
ガイウスは、どこか照れくさそうに続けた。
「俺自身、お前たちがこれから王都でどんな戦いをするのか、この目で見届けたい」
レオは、兄の変わりようを改めて実感しながら、深く頷いた。
「ありがとうございます、兄さん」
その夜、村はずれの高台で、レオは一人静かに考えを巡らせていた。
王都行き──それは、エルバン村とソルヴィン村という小さな物語が、より大きな舞台へと踏み出す第一歩を意味していた。
グリンウォード交易組合の不正が王国全体の問題として明るみに出れば、当然、組合側も黙ってはいないだろう。ダレンが失脚するだけでは終わらない、もっと大きな勢力──組合を裏で支える者たちの存在が見えてくるかもしれない。
「レオ様」
振り返ると、ミアが立っていた。
「一人で考え事ですか」
「うん。王都では、これまでとは違う戦いになる気がしてね」
ミアは、レオの隣に静かに腰を下ろした。
「でも、レオ様は一人じゃありません。わたしも、ノアも、エマも、ガイウス様も、村のみんなも、一緒です」
レオは、ミアの言葉に微笑んだ。
「そうだね。……ありがとう、ミア」
夜空に輝く星々は、エルバンからソルヴィンへ、そして今、王都という新たな地へと向かう彼らの道を、静かに照らしているようだった。
第四部「王都編」──物語は、新たな幕を開ける。




