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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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第58話 新たな門出

 視察から数日が経ち、ソルヴィン村には少しずつ、以前とは違う日常が根付き始めていた。


「村長、正式な編入の申請書類が整いました」


 ノアが分厚い書類の束をバートラムに手渡す。子爵領への編入手続きは、ガイウスの尽力もあって異例の速さで進んでいた。


「ノア殿の記録がなければ、これほど早くはまとまらなかっただろう。感謝する」


 バートラムが深々と頭を下げると、ノアは照れくさそうに頬を掻いた。


「僕は、レオ様に教わったことをやっただけです」


 集会所の教室には、以前にも増して多くの子供たち、そして大人たちの姿があった。デニスをはじめ、かつて証言を渋っていた村人たちも、今では積極的に学びの場に顔を出すようになっていた。


「文字というのは、不思議なものだな」


 デニスが、拙い手つきで自分の名前を書きながら呟いた。


「儂は長年、組合の言うことを信じるしかなかった。読めなければ、疑うことすらできなかったからだ。だが今は違う。自分の目で確かめられる」


 隣で教えていたレイナが、嬉しそうに微笑んだ。


「デニスさん、上手になりましたね」


「なに、まだまだお前さんには敵わんよ」


穏やかな笑い声が、教室に響いた。




 一方、村はずれの一角では、ジョセフが村の男たちと共に、水路の補修作業に汗を流していた。街での労役で得た知識を活かし、以前よりも効率的な水路の設計図を描いたのは、他ならぬジョセフ自身だった。


「ジョセフさん、その図面、どこで学んだんですか」


「街の労役先で、たまたま土木の仕事に回されてな。辛い経験だったが、無駄にはならなかったということか」


 ジョセフは苦笑しながら、額の汗を拭った。


「レイナが文字を学んだように、わしも何かこの村に返せるものを見つけたい。そう思うようになった」


 その言葉を聞いていたバートラムが、静かに頷いた。


「よい心がけだ。この村には、まだまだやるべきことが山積みだからな」




 その夜、レオはミア、ノア、エマと共に、村はずれの丘に立っていた。エルバン村へ帰る準備を進める中、最後にソルヴィンの夜景を目に焼き付けておきたかった。


「レオ様、この村もエルバンのように変わっていくんでしょうか」


 エマが、村の灯りを見下ろしながら尋ねる。


「変わっていくと思うよ。でも、それはエルバンと同じ形じゃない。ソルヴィンには、ソルヴィンなりの変わり方がある」


「バートラム村長やレイナちゃんたちが、自分たちで見つけていくんですね」


 ミアの言葉に、レオは頷いた。


「うん。僕らはただ、きっかけを渡しただけだ。ガレットさんの言葉通りにね」


 ノアが、遠くの街道を見つめながら口を開いた。


「レオ様、ダレンやモーガンは、これからどうなるんでしょうか」


「王都からの沙汰次第だろうね。でも、これだけの証拠が揃っている以上、組合も無傷では済まないはずだ」


 レオの言葉に、四人はしばし沈黙した。夜風が丘を吹き抜けていく。


「僕らはそろそろエルバンに戻る準備をしないとね。ガレットさんたちも待っているだろうし」


「はい! みんなにソルヴィンでのこと、たくさん話したいです」


 エマが元気よく答えると、ミアとノアも笑顔で頷いた。




 翌朝、村の広場には、エルバンへ帰るレオたちを見送るため、多くの村人が集まっていた。


「レオ殿、本当に世話になった」


 バートラムが、深く頭を下げる。


「儂らはこれから、自分たちの足で歩いていく。だが、困ったときには、また力を貸してほしい」


「もちろんです。エルバンとソルヴィン、これからは互いに支え合っていければと思います」


 レイナが、レオたちの前に進み出た。


「レオ様、ミアさん、ノアさん、エマさん……本当にありがとうございました」


「これからも、字を学び続けてね。それから──」


 レオは、レイナの目を見つめた。


「今度は、レイナが誰かに教える番かもしれない」


 レイナは驚いたように目を見開いたが、やがて力強く頷いた。


「はい。わたし、頑張ります」


 馬車に乗り込むレオたちを、村人たちが手を振って見送った。ジョセフとサラ、そしてレイナの姿が、次第に小さくなっていく。


「レオ様」


 ミアが、隣でぽつりと呟いた。


「ソルヴィンも、エルバンみたいに、きっと素敵な村になりますね」


「うん。……でも、僕らの旅はまだ終わらない」


 レオは、遠くに広がるグレンモア地方の風景を見つめた。


「エルバンにも、ソルヴィンにも、まだまだ課題は残っている。それに、組合の問題が完全に解決したわけでもない」


 ノアが、真剣な表情で頷いた。


「王都からの沙汰、それにダレンたちの今後……気になることは尽きませんね」


「うん。でも、今はまず、エルバンのみんなに会おう。きっと首を長くして待っているはずだ」


 馬車は、夕暮れに染まる街道を、エルバン村へ向けて進んでいった。


 第三部・ソルヴィン編は、こうして一つの区切りを迎えた。


 だが、王都という新たな舞台、そして組合の今後──物語は、まだ終わらない。




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