第49話 組合の使者
第49話「組合の使者」
土煙を上げて村に近づいてきた馬車の一団は、村の広場の前で止まった。先頭の馬車から降り立ったのは、レオも見覚えのある顔──グリンウォード交易組合長、ダレンその人だった。
「これは、これは。まさかご本人が、辺境からこんな遠くまで足を運ばれるとは」
ダレンは芝居がかった笑みを浮かべながら、集まった村人たちを見渡した。その視線が、レオの姿を捉えた瞬間、笑みの奥に鋭い光が宿った。
「レオ様。エルバン村では、大変お世話になりました」
「ダレン殿こそ、ずいぶんと遠出をされましたね」
レオは努めて冷静に応じた。だが、この男の登場は、状況が予想以上に深刻な段階に入ったことを意味していた。
ダレンの背後から降りてきたのは、数人の護衛らしき男たちと、書類の束を抱えた組合の書記たち。そして、意外なことに、上等な身なりの初老の男が一人。
「ご紹介しましょう。こちらは、グレイシャー辺境伯家より遣わされた代理人、モーガン殿です」
その名前に、バートラムが息を呑んだ。
「グレイシャー辺境伯家の……」
「境界の村の管轄について、近々正式な裁定が下されると耳にしましてな。私どもとしても、村の平穏のために、事前に事情を確認しておきたいと思い立ちましてね」
ダレンの言葉には、明らかな牽制の意図があった。ガイウスがアルダート伯爵家の名で王都に働きかけようとしていることを、既に察知しているのだ。
「先手を打ってきたか」
レオの隣で、ガイウスが小さく呟いた。
モーガンと名乗った男が、静かに一歩前に出た。
「バートラム殿。この村の帰属について、長らく曖昧なままであったこと、辺境伯家としても遺憾に思っております。この機に、正式にグレイシャー辺境伯領への編入を進めたいと考えておりましてな」
その提案に、集会所前に集まった村人たちの間にざわめきが広がった。
「辺境伯領に……?」
バートラムは戸惑いを隠せない様子だった。長年、どの領地にも属さずに来た村にとって、それは一見喜ばしい話にも聞こえる。だがレオの直感が、危険を告げていた。
「モーガン殿、失礼ながら、その編入の条件をうかがってもよろしいでしょうか」
レオが問いかけると、モーガンは初めてレオに視線を向けた。値踏みするような、冷ややかな目だった。
「条件、というほどのものではありません。ただ、村の統治にあたっては、既存の経済基盤──つまり、グリンウォード交易組合との取引関係を、そのまま維持していただくことになるでしょう」
その言葉で、すべてが繋がった。ダレンとモーガンは、示し合わせてこの場に来ているのだ。辺境伯家による編入という「後ろ盾」を用意することで、組合との不正な取引構造そのものを、正式な統治体制の中に組み込んでしまおうという算段だった。
「つまり」
ガイウスが冷ややかな声で割って入った。
「境界の空白を利用した搾取が続けられないよう調査が入ろうとしている、まさにその矢先に、辺境伯家の庇護のもとで、その構造をそのまま合法化してしまおうということですか」
モーガンの表情がわずかに強張った。
「アルダート伯爵家のご子息とお見受けしますが、いささか穿った見方をなさる」
「穿った見方かどうかは、これから明らかになることでしょう」
ガイウスは一歩も引かなかった。緊張が走る広場に、ダレンの含み笑いが響いた。
「まあまあ、皆様、そう硬くならず。今日のところは、あくまでご挨拶に伺っただけのこと。村の今後については、村長殿と村人の皆様が、じっくりとお考えになればよろしい」
そう言うと、ダレンは一枚の書類をバートラムに差し出した。
「こちらは、編入を希望される場合の申請書です。期限は──そうですね、ひと月後といたしましょう」
バートラムは震える手でその書類を受け取った。書かれている文字は、これまで見てきた証文と同じように、複雑で回りくどい言い回しに満ちていた。
「では、また日を改めて」
ダレンとモーガンは一礼すると、そのまま馬車に乗り込み、来た道を戻っていった。土煙が遠ざかるのを、村人たちは呆然と見送るしかなかった。
静寂が戻った広場で、バートラムが手にした書類を見つめながら、絞り出すように言った。
「これは……ひと月の間に、証拠を固め、対抗策を用意しろという、宣戦布告のようなものですね」
「ええ」
レオは静かに頷いた。
「向こうは、こちらの動きを完全に把握している。証拠を集めていることも、ガイウス兄上が王都に働きかけようとしていることも」
「時間との勝負になりますね」
ミアが緊張した面持ちで言った。
「ひと月……エルバンの時よりも、猶予は短い」
ノアが拳を握りしめる。レオは村人たちを見渡した。不安げな表情の中に、しかし確かな意志の光も見え始めていた。証文の不正を、自らの目で読み解いた村人たちだ。もう、何も知らずに黙って従うだけの村ではなかった。
「大丈夫だ。エルバンでも、一つひとつ、積み重ねてきたことが力になった。ここでも同じだ」
レオの言葉に、バートラムが力強く頷いた。
「村を挙げて、この一月に懸けましょう」
夕暮れの空の下、ソルヴィン村の新たな戦いの幕が、静かに、しかし確かに切って落とされた。




