第48話 井戸端の男たち
ガイウスが持ち帰った情報をもとに、レオたちは証拠固めの作業をさらに加速させた。バートラムの協力もあり、村中の証文の確認は着実に進んでいたが、その一方で、村には不穏な空気が漂い始めていた。
「また、あの男たちが来てる」
ノアが窓の外を指差した。井戸の傍に、以前見かけた「取り立て役」の男たちの姿があった。だが今回は、以前より数が多い。四人、五人──明らかに、村を監視する目つきで歩き回っている。
「動きが早いな」
レオは眉をひそめた。バートラムが不正の調査を始めたという噂は、思いのほか早く広まっていたらしい。
その日の午後、集会所での授業を終えたレオのもとに、サラが慌てた様子で駆け込んできた。
「レオ様、大変です……! さっき、あの人たちが家に来て」
「何があったんですか」
「証文の件で、村長様が動いていると聞いた、と……。もし余計なことをすれば、主人の労役期間が延びるかもしれない、と言われました」
サラの声は震えていた。レイナが母の手をぎゅっと握りしめている。
「脅しですね」
ミアが険しい表情で言った。レオは静かに、しかし力強くサラに向き直った。
「大丈夫です。動揺する必要はありません。私たちは、まだ何も公にしていない。これは、向こうが不安になっている証拠です」
「不安に……?」
「本当に痛くもかゆくもないなら、わざわざ脅すような真似はしません。証拠が積み上がっていることに、向こうも気づき始めているんです」
その言葉に、サラの表情がわずかに和らいだ。だが、レオの胸中には別の懸念が渦巻いていた。組合が焦り始めているということは、次の一手がより過激なものになる可能性を意味する。
その夜、バートラムの屋敷に緊急で集まった一同を前に、レオは状況を整理した。
「村人への直接的な圧力が始まりました。これ以上、動きを表沙汰にすれば、報復のリスクが高まります」
「かといって、ここで止まるわけにもいかない」
バートラムが険しい顔で応じた。
「調査を止めれば、村人たちの不安が増すだけだ。中途半端が一番危険です」
ガイウスが腕を組みながら口を開いた。
「ならば、動くべきは私だ」
「兄上?」
「私はアルダート伯爵家の人間だ。組合も、貴族に直接手を出すような真似はできまい。私が表立って動けば、少なくとも村人への直接的な圧力は分散できるはずだ」
「危険です、兄上。ダレンは、エルバンでも平然と裏で手を回してきた男です」
レオが止めようとすると、ガイウスは苦笑した。
「レオ、お前が辺境に来て、無能と蔑まれながらも、こつこつと積み上げてきたものを、私は間近で見てきた。今度は、私の番だ」
その決意に、レオは言葉を失った。かつて自分を辺境に追いやった張本人が、今、自らの立場を賭けて盾になろうとしている。
「分かりました。ですが、無茶はしないでください」
「お前に言われるとはな」
ガイウスは軽口で応じたが、その目には確かな覚悟が宿っていた。
翌朝、ガイウスは正式にアルダート伯爵家の紋章入りの馬車で村を巡回し始めた。その存在感は、井戸端に居座っていた取り立て役の男たちを明らかに動揺させた。
「あれは、伯爵家の……」
男たちがひそひそと言葉を交わし、そそくさと姿を消していく。バートラムがその様子を見て、驚きを隠せなかった。
「これほど効果があるとは」
「組合は、表向きは合法な取引を装っています。貴族の目が直接向けられることを、何よりも嫌うはずです」
レオは冷静に分析した。だが、それは一時しのぎに過ぎないことも分かっていた。
「これで時間は稼げます。ですが、根本的な解決には、証拠を揃えて正式な訴えを起こすしかありません」
その日の午後、証文の照合作業がさらに進み、これまでに確認された不正な後付け条項は十二件に及んだ。同じ筆跡、同じ手口──組織的な収奪の全貌が、徐々に明らかになりつつあった。
「これだけ揃えば……」
ノアが帳面を見つめながら呟いた。
「エルバンの時よりも、証拠は強い」
「ああ。だが、相手も本気で潰しにかかってくるはずだ」
レオは証文の束をまとめながら、静かに続けた。
「ダレンが動くとすれば、次は──」
その言葉を遮るように、集会所の扉が勢いよく開いた。息を切らせた村の若者が飛び込んでくる。
「た、大変です……! 街道の方から、見慣れない馬車の一団が、こちらに向かってきています……! 先頭に、グリンウォード交易組合の旗が!」
集会所に、緊張が走った。ついに、相手が本格的に動き出したのだ。
「来たか」
レオは静かに立ち上がった。窓の外、夕暮れの街道の彼方に、確かに土煙が上がっているのが見えた。ソルヴィン村での対決の時が、今、迫っていた。




