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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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第43話 村長の本音

第43話「村長の本音」


 翌朝、レオはガイウスの紹介状を手に、村長バートラムの屋敷を訪ねた。昨日とは違い、今度は単身での訪問だった。


「これはこれは、レオ様お一人で。何か御用でも?」


 バートラムの声には、変わらぬ愛想の良さがあった。だがレオは、その奥に潜む警戒の色を見逃さなかった。


「少し、お話をうかがいたく参りました。ソルヴィン開発組合について」


 一瞬、バートラムの表情が固まった。それはほんの刹那のことだったが、レオは見逃さなかった。


「ああ……あれは、村の発展のために作った互助の仕組みでしてな。不作の年に備えて、村人同士で助け合う」


「互助にしては、利子の計算が随分と複雑ですね」

 

 レオは懐から、サラから預かった証文の写しを取り出した。バートラムの顔から、笑みがすっと消えた。


「これは、村の内部の……」


「グリンウォード交易組合の書式と、酷似しています。言い回しの癖まで、そっくりです」


 沈黙が落ちた。バートラムはしばらくレオを見据えていたが、やがて椅子に深く腰を沈め、大きく息を吐いた。


「……レオ様は、エルバン村で組合と一戦交えたと聞いております。噂に違わぬ、鋭い方だ」


 もはや取り繕う様子はなかった。


「ええ、隠すつもりはございませんでした。いずれ気づかれることでしょうから。ですが、レオ様、これは単純な善悪の話ではないのですよ」


「といいますと?」


 バートラムは窓の外、村の様子を眺めながら語り始めた。


「五年前、この村は大飢饉に見舞われました。多くの家が食い扶持を失い、子供を売る者すら現れかけた。そんな時、手を差し伸べてくれたのが組合だったのです。もちろん、慈善事業ではありません。彼らは村を『投資先』として見ていた。だが、それでも──村は救われた」


「その代償が、労役という名の実質的な人身拘束だと?」


「言葉はどうとでも取れましょう。ですが、飢え死にするよりはましだと、村人自身が選んだ道でもあるのです」


 バートラムの声には、開き直りとも諦めともつかない響きがあった。


「私は村長として、村を存続させることを最優先に考えてきました。組合との縁を切れば、また飢饉が来た時、誰が村を救ってくれるというのです? レオ様のような、理想論だけでは村は生きていけない」


 レオは静かにその言葉を受け止めた。前世の記憶が、ふとよぎる。理想と現実の狭間で、教育の意義を疑われ続けた日々。だが、それでも──


「バートラム様、一つお聞かせください。村人たちは、その契約の内容を、本当に理解した上で選んだのでしょうか」


バートラムは答えなかった。


「文字が読めなければ、選択肢の中身すら分からない。それは選んだのではなく、選ばされたに過ぎません。私が村に伝えたいのは、飢饉を防ぐ魔法でも、組合を打ち倒す力でもない。ただ──自分の運命を、自分の頭で判断できる材料を持ってほしいだけです」


「材料を持ったところで、飢饉が来れば意味がない」


「材料があれば、少なくとも、より悪くない選択肢を選べます。それに」


レオは一拍置いて続けた。


「エルバン村では、文字を覚えたことで、契約の不備を見抜き、不当な取引を跳ね返しました。今では村の収穫記録も自分たちでつけ、余剰分を適正な価格で売れるようになっています。飢饉への備えは、搾取される関係の中では育ちません」


 バートラムはしばらく黙っていたが、やがて低く笑った。自嘲するような笑いだった。


「……エルバン村長のドノヴァン殿とは、若い頃に何度か会ったことがあります。頑固で、融通の利かない男だとばかり思っていましたが……なるほど、あの村がそこまで変わったとは」


「私は、ソルヴィン村を組合から力ずくで引き剥がそうとは思っておりません。ただ、村人たちに選ぶための目を持ってほしいだけです。バートラム様がそれを妨げるおつもりでなければ、争う理由もありません」


 バートラムは長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。


「……一つだけ、お約束いただけますか。レイナの父親のような者たちを、性急に組合から引き離そうとしないでいただきたい。急激な変化は、村を守るはずの盾を、ただの脆い壁に変えかねない」


「約束します。急ぎません」


 レオが頷くと、バートラムは初めて、作り物ではない疲れた表情を見せた。


「正直に申し上げましょう。私自身、この仕組みには限界を感じておりました。組合への依存は年々増すばかりで、村の実入りはむしろ減っている。ですが、今さら後戻りする術も分からず、ずるずるとここまで来てしまった」


「でしたら、一緒に考えませんか。急がず、確実に」


 バートラムは長い間レオを見つめ、やがて小さく頷いた。


「……まずは、寺子屋の開設を、正式に許可しましょう。表立って組合と敵対する形にはなりませんが、それが精一杯です」


 小さな、しかし確かな一歩だった。


 宿に戻ったレオから話を聞いたミアたちは、複雑な表情を浮かべた。


「村長さん、悪人ってわけじゃなかったんですね」


「ああ。ただ、追い詰められていただけだ。……でも、これで終わりじゃない」


 レオは証文の写しを見つめながら、静かに続けた。


「本当の相手は、まだ見えていない。ソルヴィン開発組合という名前の裏にいる、グリンウォード交易組合そのものだ」


 窓の外、夕暮れの空が赤く染まり始めていた。ソルヴィン村での戦いは、まだ始まったばかりだった。


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