第40話 ソルヴィンへの道
出発の朝は、まだ薄暗いうちから始まった。
村の広場には、レオ、ミア、ノア、そしてエマの四人が旅装を整えて立っていた。見送りに出たドノヴァンとガレットが、それぞれの想いを込めて声をかける。
「無理はするなよ」
ドノヴァンがミアの肩に手を置いた。
「お前が思う通りにやればいい。父ちゃんは、お前を信じてる」
「うん、父さん」
ガレットはノアの背中を強く叩いた。「調子に乗って余計なこと言うんじゃねぇぞ」
「分かってるって!」
エマは村の女たちから預かった干し肉の包みを大事そうに抱え、小さく頭を下げた。
荷馬車には、文字かるたの一式、練習用の木札、そしてガレットとノアが清書した帳簿の写しが積み込まれていた。これらはソルヴィンの人々に「何ができるか」を実際に見せるための道具だった。
「では、行ってまいります」
レオの声を合図に、四人は村を出発した。エルバン村を見送る人々の姿が、次第に小さくなっていく。
道中は二日を要した。街道を歩きながら、ノアは終始そわそわと落ち着かない様子だった。
「なあ、ソルヴィンの奴らって、どんな感じなんだろうな」
「行ってみないと分からないよ」
ミアが答える。
「でも、バルトさんの話だと、組合の縛りが強いって話だったよね」
「縛りが強いって、具体的にどういうことなんだろう」
エマが不安げに呟いた。
レオは前を歩きながら、静かに言った。「私たちが最初にできることは、多くはないと思います。まずは村の様子を見て、話ができる人を探すこと。焦らず、一歩ずつです」
二日目の夕刻、四人はようやくソルヴィン村の入口にたどり着いた。エルバン村よりもやや大きく、家々が密集した村だった。しかし、村に足を踏み入れた瞬間、レオは何かが違うことに気づいた。
村人たちの視線が、どこか硬い。
道端で作業をしていた農夫たちが、四人の姿を見るなり、ぱたりと会話をやめた。子供たちも、遠巻きにこちらを窺うだけで、近づいてこようとはしない。
「歓迎、されてない感じだな」ノアが小声で呟いた。
案内を頼んでいたはずのバルトの姿を探していると、村の中心部から一人の男が歩み出てきた。恰幅の良い、身なりの整った中年の男だった。
「これはこれは、噂のエルバン村の方々ですかな」
男の声には、表面的な丁寧さの下に、値踏みするような響きがあった。
「ソルヴィン村長のバートラムです。この村を治めさせていただいております」
レオは頭を下げた。
「エルバン村から参りました、レオと申します。こちらはミア、ノア、エマです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ええ、ええ。バルトから話は聞いております。皆さん、字の読み書きを教えてくださるとか」
バートラムの口調は柔らかかったが、その目にはどこか探るような色があった。レオはかすかな違和感を覚えたが、それを口には出さなかった。
「まずは、村の皆さんとお話しさせていただければと思います。無理に何かをお教えするつもりはありません。まずは、皆さんが何を望んでいるかを知りたいのです」
バートラムは一瞬、意外そうな顔をした。「ほう……エルバン村では、村長自らが率先して学ばれたと聞いていましたが」
「はい。でも、それは村長さんご自身が、必要だと感じて始められたことです。私はただ、そのきっかけを作っただけです」
バートラムはしばらくレオを見つめていたが、やがて笑みを浮かべた。
「なるほど、なるほど。では、今夜は皆さんに宿をご用意しましょう。明日、村の者たちにも集まってもらいます」
その言葉に、レオは丁寧に頭を下げた。だが、案内されて歩き出したとき、ミアがそっと耳打ちしてきた。
「レオ様、あの村長さん……なんだか」
「ええ」
レオも小さく頷いた。
「歓迎してくれているようで、どこか探られているような感じがしますね」
案内された宿は、村外れの粗末な小屋だった。他の来客であれば、もっと村の中心近くに部屋を用意されてもおかしくないはずだった。
その夜、荷物を下ろしながら、ノアが不満げに言った。
「なんかさ、村長、愛想はいいけど、目が笑ってなかったよな」
「わたしも同じことを思いました」
エマが小声で応じる。
レオは窓の外、暗闇に沈むソルヴィン村を眺めながら、静かに考えていた。バルトが警告していた「組合の息のかかった者」──もしかすると、それはこの村長自身かもしれない。
「明日、村人たちと直接話す機会があります。そこで、この村が本当に何を必要としているのか、見極めましょう」
ミアが頷いた。
「わたしたちにできることを、探しましょう」
窓の外では、ソルヴィン村の灯りが、エルバン村よりもどこか弱々しく、まばらに揺れていた。




