第4話 組合長、村を訪う
一団は、村の中央広場に堂々と馬車を停めた。
先頭にいた恰幅の良い男が、供の者に外套を預けながら、ゆったりとした足取りで降り立つ。歳の頃は四十半ばといったところか。身にまとう服こそ簡素だが、生地の質や仕立ての良さは、この村では明らかに浮いていた。
「これは村長殿、ご無沙汰しております」
男は芝居がかった仰々しさでドノヴァンに一礼した。だが、その目の奥にある光は、まったく友好的ではない。
「……ダレン様。この度は、どのようなご用向きで」
ドノヴァンの声には、緊張が滲んでいた。
──この男が、グリンウォード交易組合の長、ダレンか。
俺は少し距離を置いた場所から、その様子を窺っていた。ダレンと呼ばれた男は、村長との型通りの挨拶を交わしながらも、その視線を時折、村の様子へと巡らせている。値踏みするような、探るような目つきだった。
「実は、少々気になる噂を耳にしましてな」
「噂、と申しますと」
「この村で、妙な"遊び"が流行っていると聞き及びました。木の板に文字を書いて、子供たちに教えている、とか」
その言葉に、ドノヴァンの肩が微かに強張るのが見えた。俺は努めて表情を変えないよう、その場に立ち続けた。
「なに、大したことではありますまい。子供の遊びに、目くじらを立てるような歳でもございませんので」
そう笑いながら、ダレンの目が、ちょうどこちらへと向いた。
「──おや、そちらの若い方は?」
「アルダート伯爵家のご四男、レオ様です。此度、辺境の視察にお越しになられまして」
村長がそう紹介すると、ダレンの表情に、一瞬だけ何かがよぎった。値踏みの色が、わずかに濃くなったように見えた。
「これはこれは、ご丁寧に。グリンウォード交易組合の長を務めております、ダレンと申します」
深々と一礼するその所作は、貴族への礼儀として完璧すぎるほどだった。だが、俺には、その慇懃さの裏に潜む何かが、はっきりと感じ取れた。前世で、似たような笑顔を浮かべる保護者を、何人か見たことがある。表面上は下手に出ながら、こちらの出方を探っている手合いだ。
「伯爵家のご子息が、辺境の村に興味深い遊びを持ち込まれた、と聞き及びましたが」
「──ただの、子供の暇つぶしですよ」
俺は、努めて軽い調子でそう答えた。
「木片に文字を書いて、絵合わせをしているだけです。学問と呼べるようなものでは、まだまだ」
「なるほど、なるほど」
ダレンは何度も頷きながら、探るような視線を崩さなかった。
「ですが、レオ様。こういった辺境の村では、余計な知恵をつけるのは、あまり良いこととは言えますまい。子供たちには子供たちの、身の丈に合った暮らし方がございます」
「──余計な知恵、ですか」
「ええ。読み書きなど、この村の暮らしには不要なもの。むしろ、覚えたところで、混乱の種になるだけかと」
言葉こそ穏やかだが、その響きには、明確な牽制が込められていた。
──なるほど。
俺は内心で得心した。この男にとって、村人が文字を読めるようになることは、都合の悪いことなのだ。それがなぜかは、まだ確信は持てない。だが、この慌てぶりにも似た訪問そのものが、何よりの証拠だった。
「ご忠告、ありがたく受け取っておきます」
俺はあえて、逆らわない態度でそう返した。ここで正面から反発しても、得るものは何もない。むしろ、警戒を強めるだけだ。
俺の言葉に、ダレンは満足げに頷いた。
「賢明なご判断です。……さて、村長殿。今年の取引の件で、少々お話が」
そう言って、ダレンはドノヴァンを伴い、村長の家の方へと歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は静かに拳を握った。
「──レオ様」
いつの間にか隣に来ていたミアが、不安げな顔でこちらを見上げていた。
「あの人たち、うちの村にとって、良くない相手なんですよね」
「……たぶんな」
「父が、いつも顔色を変える相手です。あの組合との取引を、断れないでいる」
ミアの声には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「大丈夫。今すぐどうこうなる話じゃない」
そう言いながらも、俺自身、確信があったわけではない。ただ、ダレンの態度から一つだけ、はっきりと分かったことがあった。
この村の"読み書き"は、ただの子供の遊びでは、もう済まされない段階に来ている。
その夜、俺は借りている部屋で、これまでのことを一人静かに整理していた。行商人に騙され続ける村人。組合による牽制。この村を覆う「知らないことを利用される」構造は、想像していたより根が深いのかもしれない。
だが──だからこそ、続ける意味がある。
木片を一つ手に取り、俺はその表面に刻まれた文字を、指先でなぞった。
焦る必要はない。急がず、着実に。一人ずつ、確実に。
それが、前世で学んだ唯一のやり方だった。




