第33話 使者の口上
ミアの報告に、集会所の空気が一瞬で張り詰めた。授業を続けていたノアも板を置き、子供たちの視線が窓の外へ向く。
「使者は、なんと」レオが尋ねると、ミアは息を整えながら答えた。
「まだ村の入口です。でも、紋章持ちの正式な使者でした。子爵様ご自身が、近く改めて村へお越しになる、と」
ガイウスが横で低く呟いた。「先の視察は、いわば下見だったということか」
ちょうどそこへ、当の使者が村人に案内されて姿を現した。恰幅の良い、いかにも文官然とした男で、ヴォルフ子爵家の紋章を胸元に光らせている。ガイウスの姿を認めると、男は一瞬たじろいだが、すぐに表情を取り繕った。
「これは……アルダート伯爵家のご子息が、なぜこちらに」
「私用だ。気にするな」ガイウスは短く切り捨てた。「用件を続けろ」
使者は咳払いをしてから、懐から書状を取り出した。
「村長ドノヴァン殿。ヴォルフ子爵閣下より正式なる通達にございます。先だっての査察報告、並びにグリンウォード交易組合との書状のやり取り、いずれも閣下のお耳に届いております」
ドノヴァンが一歩前に出た。「して、閣下のご意向は」
「閣下は、本件を看過できぬ問題と捉えておられます。よって──」使者はそこで一拍置いた。「三日後、閣下御自らこの村にお越しになり、寺子屋なるものの実態を直接ご検分になります。その結果によっては、閣下のご判断にて、当該の教育活動に相応の措置を講じる可能性がある、とのことにございます」
「措置、というのは」レオが静かに問うた。
使者の視線がレオに向く。魔力なしの四男、という噂は使者の耳にも届いているのだろう、その目には隠しきれない値踏みの色があった。
「それは閣下のご判断次第。閉鎖もあり得れば、正式な認可もあり得る──そう申し上げるに留めます」
村人たちの間にざわめきが走った。ガレットが低く舌打ちする。ノアが拳を握りしめた。
「閉鎖、だと。あんな思わせぶりな視察の次は、いきなり潰す潰さないの話か」
使者は表情を変えずに続けた。「なお、グリンウォード交易組合も、当日は列席を求められております。組合長ダレン殿自らお越しになるとのこと」
その一言で、場の空気が一段と冷えた。子爵と組合、両方が同じ場に揃う。それが意味するところは、誰の目にも明らかだった。
使者が一礼して踵を返す。馬に乗り、土埃を上げて去っていくのを、村人たちは無言で見送った。
沈黙を破ったのは、ガイウスだった。
「三日後か……」彼は腕を組み、考え込むような表情を浮かべた。「レオ、お前はどうするつもりだ」
「見せるしかありません」レオは村人たちを見渡しながら言った。「隠すことは何もない。私たちがこれまで積み上げてきたものを、ありのまま見ていただく。それだけです」
「子爵と組合が結託していたら、どんなにありのままを見せても、結論は最初から決まっているかもしれんぞ」
「かもしれません」レオは頷いた。「でも、それでも見せます。何も見せずに潰されるのと、見せた上で潰されるのとでは、村の人たちの中に残るものが違う」
ガイウスはしばらくレオを見つめていたが、やがてふっと息を吐いた。
「……面白いことを言う。前は、そんな覚悟のある顔をしていなかったはずだが」
「魔力がなくても、覚悟だけは前世──以前から、人並みに持っていたつもりです」
ガイウスは小さく笑った。皮肉げでも侮蔑でもない、レオが初めて見る種類の笑みだった。
「三日、私もここに留まる。父上には、まだ黙っておいてやる」
「兄上が……なぜ」
「知らん」ガイウスは素っ気なく言った。「ただ、これがどう転ぶのか、この目で見届けたくなっただけだ」
村人たちが顔を見合わせる中、ドノヴァンが静かに口を開いた。
「三日後までに、やることは山ほどある。だが、慌てることはねぇ。儂らはもう、隠すものも、恥じるものも、何もねぇんだからな」
ガレットが杖を突きながら頷いた。「そうとも。堂々と見せてやりゃあいい。文字を覚えた村が、どれほどのもんかをな」
夕暮れの迫る空の下、村人たちは三日後の視察に向けて、静かに、しかし確かな足取りで動き始めた。




