第31話 儂らの答え
村長の家に集まった大人たちは、組合からの書状を前に押し黙っていた。羊皮紙に記された「教育内容の監督権」という一文が、ランプの灯りの下で重く沈んでいる。
「監督下に置く、か」ガレットが唸るように呟いた。「聞こえはいいが、要は──儂らが何を学ぶか、あいつらが決めるってことだろう」
レオは頷いた。「たとえば、契約書の読み方は教えるな、と言われたらどうします。数の計算は教えていいが、価格交渉の仕方は駄目だと言われたら」
沈黙が落ちる。ドノヴァンが低く言った。「水車小屋の件は、あくまで餌だ。取り消しを保留にしてやる代わりに、寺子屋の中身を差し出せと」
「餌に食いついたら、次は何を差し出せと言われるか分かったもんじゃねぇな」ノアが誰よりも先に口を開いた。以前なら「勉強なんて」と鼻を鳴らしていた少年が、今は誰よりも真剣な顔をしている。「俺は──帳簿つけるのをやめろって言われても、絶対やめねぇ」
エマが静かに続けた。「わたしも、母の手紙を読む力を、誰かに管理されたくありません」
ミアが父の隣で、村人たちの顔を一人ひとり見渡してから言った。「みんな、怖いのは水車小屋を失うことだけじゃないと思う。せっかく自分の頭で考えられるようになったのに、また誰かに決められる側に戻ることが、怖いんじゃない?」
その言葉に、幾人かが小さく息を呑んだ。レオは黙って聞いていた。ここで自分が結論を急いではいけない、と分かっていた。これは村人自身の言葉で紡がれるべき答えだ。
やがてガレットが立ち上がり、節くれ立った手で書状を取り上げた。「儂は水車小屋を五十年使ってきた。取り消されるのは痛い。だがな」──彼は書状をドノヴァンの前に置き直した──「痛いのと、間違ってるのは別の話だ。儂らはもう、これが間違った要求だと見抜ける。なら答えは決まってる」
「保留も取り消しも、好きにするがいい。ただし、寺子屋の中身に指図は一切受け付けん──そう書いて送り返す」
ドノヴァンが低く笑った。「まったく、儂より村長らしいことを言う」
レオは胸の奥が熱くなるのを感じた。半年前、文字ひとつ読めなかった村が、今や自分たちの意思で「監督は受けない」と言い切っている。これこそが、彼が本当に見たかった景色だった。
返書はその晩のうちに、ミアとエマの手でしたためられた。丁寧だが、一切の譲歩のない文面だった。
翌朝、使者がそれを携えて村を発った直後──街道の向こうから、一台の立派な馬車が土埃を上げて近づいてくるのが見えた。紋章は、アルダート伯爵家のものだった。
村人たちがざわめく中、レオだけがその紋章に見覚えがありすぎた。
馬車から降り立ったのは、ヴィンセントではない。見覚えのある、しかし何年も直接言葉を交わしていない顔──兄、ガイウスその人だった。




