第27話 組合の反撃
ヴォルフ子爵の視察から数日後、エルバン村には再びきな臭い空気が漂い始めていた。
「先生、聞いてください」
朝早く、息を切らして寺子屋に駆け込んできたのはミアだった。その表情は、これまでレオが見たことのないほど強張っている。
「どうした」
「隣のソルヴィン村から来た行商人の話なんですけど……組合が、水車小屋の使用権を、来月から一方的に打ち切ると言い出してるらしいんです」
レオは息を呑んだ。水車小屋──村の穀物を挽くために欠かせない、生活の要となる設備だ。あの視察の日、子爵の前で読み解いた、まさにあの契約書の対象である。
「打ち切りの理由は?」
「『契約内容の一方的な解釈による、組合への背信行為があったため』……とか、そんな感じの、もっともらしい理由だそうです」
ちょうどその時、村長ドノヴァンとガレットも、深刻な顔で寺子屋に姿を見せた。ドノヴァンの手には、組合から届いたばかりだという正式な通達書が握られている。
「レオ先生、これを」
差し出された紙を、レオは急いで目を通した。確かにそこには、村が「契約の趣旨に反する行為」を働いたとして、水車小屋の使用権を一方的に打ち切る旨が、回りくどい法律用語で綴られていた。
「……なるほど。子爵様の前で契約書の不備を指摘したことへの、報復ですね」
「儂もそう睨んどる」ガレットが苦々しげに言った。「表向きは正当な理由をつけとるが、要は儂らへの見せしめよ」
村人たちの間に、重い沈黙が落ちた。水車小屋が使えなくなれば、村の穀物を挽く手段は事実上失われる。隣村まで運んで挽いてもらうにしても、時間も労力も大幅にかかり、冬を越すための蓄えに深刻な支障が出る。
「これは……かなり厳しい状況ですね」
レオは通達書を何度も読み返しながら、慎重に言葉を選んだ。ここで安易に「大丈夫だ」とは言えない。これは、これまでの迷信騒動や不利な契約とは比較にならないほど、村の生活に直結する打撃だった。
「先生」ノアが不安げに口を開いた。「これ、俺たちにはどうにもできないやつなんじゃ……」
「いや」
レオは通達書の文面を、もう一度指でなぞった。ある一文に、視線が留まる。
「──待ってください。ここです」
「どこですか、先生」ミアが覗き込む。
「『契約の趣旨に反する行為』とありますが……この通達書自体には、具体的にどの条項に、どう違反したのか、一切明記されていません」
村人たちが、はっとした顔で顔を見合わせた。
「つまり」ドノヴァンが確認するように言った。「この打ち切り自体が、正当な根拠を欠いている、ということか」
「少なくとも、この文書だけを見る限りはそうです。もし本当に村側に契約違反があったのなら、具体的にどの条項の、どの行為が違反に当たるのか、明記しなければならないはずです。それがない以上──」
レオは村人たちの顔を見渡した。この数ヶ月で、彼らはもう、ただ怯えるだけの村人ではなくなっていた。
「これは、俺たちが読み解いて、正面から反論すべき文書です」
ドノヴァンが深く頷いた。「では──」
「はい」レオは頷き返した。「今度は、俺たちの方から反撃する番です」
その言葉に、村人たちの間に、静かな、しかし確かな闘志が灯り始めた。だが同時に、レオの脳裏には、一つの疑念が浮かんでいた。
──このタイミングでの打ち切り通告。まるで、こちらの出方を試すかのような、あまりに露骨なやり方だ。
組合は、ただの報復のつもりでこれをやっているのか。それとも──もっと大きな何かの、前段階に過ぎないのか。
窓の外、遠くグレンモアの山並みの向こうに、レオは言い知れぬ不穏な気配を感じ取っていた。




