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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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22/24

第22話 値踏みの視線

「学校ごっこ、ですか」


 沈黙を破ったのは、村長ドノヴァンだった。子爵の挑発めいた言葉に気圧されることなく、静かに、しかし芯のある声で応じる。


「恐れながら申し上げます。私どもがしておりますのは、遊びではございません」


 ヴォルフ子爵は片眉を上げ、村長を見据えた。従者の一人──先日訪れた家令のレイモンドが、子爵の斜め後ろで小さく身を硬くしているのが見える。


「ほう。では何だと言うのだ」


「文字を読み、書き、そして──考える力を身につける場にございます」


 子爵は鼻を鳴らした。値踏みするような視線が、広場に集まった村人たちの上を這う。ガレットの節くれ立った手、ノアの日焼けした顔、ミアの真っ直ぐな眼差し。どれも辺境の百姓そのものでしかない、とその目は語っていた。


「文字などというものはな、村長」子爵は一歩踏み出した。「貴族と聖職者が扱うべきものだ。お前たちのような者が手を出して、良いことなど何もない」


「良いことなど何もない、とは」


 レオは、思わず声を上げていた。子爵の視線がすっとレオに向く。


「ほう。お前がアルダート伯爵家の……四男、だったか」


「レオと申します」


「無能の烙印を押されて辺境に流された、あの四男坊か。噂は聞いておるぞ」子爵の声には嘲りが滲んでいた。「魔力なしの落ちこぼれが、今度は百姓に文字を教えて悦に入っているとはな」


 背後で、ノアが拳を握りしめる気配がした。ミアの表情が硬くなる。だがレオは、努めて静かな声で言った。


「無能かどうかは、これからご覧いただければと思います」


「ふん」


 子爵は鼻で笑ったが、その目には確かに興味の色が浮かんでいた。単なる田舎芝居であれば一喝して終わらせるつもりだったのだろう。だが、村人たちの──特にドノヴァンやガレットの──物怖じしない態度に、わずかな違和感を覚えたようだった。


「では聞こう」子爵は懐から一枚の紙を取り出した。「お前たちが組合に送りつけたという、あの生意気な返書。あれを書いたのは村長、お前か」


「私が中心となってまとめましたが、内容は村人全員で検討したものです」


「検討、な」子爵は紙を広げ、そこに書かれた文言をなぞるように目を走らせた。「『価格の明記なき買取条項は無効と心得る』『識字率と奨励金支払額が逆相関する構造は、教育振興の趣旨に反する』──百姓の言葉とは思えぬな。誰かが後ろで書かせたのではないか」


 その問いには、明確な棘があった。もし村人たちがこの文書を本当に理解して書いたのでなければ──つまりレオが単に代筆しただけなのであれば──それは「学校」の成果ではなく、ただの傀儡に過ぎないという指摘だ。


 広場に、再び緊張が走る。


 答えたのは、意外にもガレットだった。老農夫は一歩前に出ると、懐から自分の名で書いた文字の練習帳を取り出し、震える手でそれを子爵に差し出した。


「子爵様よ。儂はこの歳になるまで、自分の名前すら書けなんだ。行商人に何度も騙され、田畑の一部を安値で手放したこともある。悔しくて悔しくて、しかし字が読めねえから、何が起きたのかもよく分からんかった」


 しわがれた声が、広場に静かに響く。


「じゃがな、この数ヶ月で、儂は初めて自分の名前を書けた。孫のトビーに、儂の方から字を教えてやれるようにもなった。あの返書の文言も、儂自身がこの目で読んで、この頭で考えて、『おかしい』と思ったから書いたんじゃ。誰かに書かされたわけじゃあ、ない」


 子爵は、老農夫の練習帳をしばし無言で見つめた。粗末な紙に、拙いながらも一文字一文字、力を込めて書かれた「ガレット」の文字。


「……子供の遊び程度の代物か」


 そう吐き捨てながらも、子爵の視線はなおもその紙から離れなかった。レオはその様子を見て、確信した。


──揺らいでいる。


「子爵様」レオは静かに口を開いた。「もしよろしければ、実際にご覧いただけませんか。俺たちがどのように学んでいるか、その一端を」


 子爵は一瞬、レオを睨みつけた。だがやがて、苛立たしげに手を振った。


「良かろう。見せてみるがいい。ただし──くだらぬ茶番であれば、この場でこの『学校ごっこ』とやらを終わらせる。覚悟しておけ」


 村人たちの間に、緊張と、そしてかすかな決意の色が広がった。


 ミアがレオに小さく耳打ちする。


「先生……ノアの様子、ちょっとおかしいわ」


 見れば、ノアが顔面蒼白になって、隣に立つエマの袖を握りしめていた。


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