第12話 消えた生徒たち
翌朝、レオが納屋に着くと、いつもの半分ほどしか子供の姿がなかった。
「トビーは……来てないな」
ガレットの孫の席が空いている。数日前まで誰よりも早く来て、誰よりも熱心に木札に向かっていた少年の姿がない。ミアも同じことに気づいたのか、木の板を抱えたまま入口の方をちらちらと見ていた。
「先生、あたし、ちょっと様子見てくる」
「いや、俺が行こう。ガレットさんには一度、話しておきたいこともある」
レオは納屋を出て、村の外れにあるガレットの家へ向かった。畑の脇で、老農夫が難しい顔で鍬を振るっている。孫のトビーは、その傍らで所在なさげに雑草を毟っていた。
「ガレットさん」
「……先生か」
鍬を止めたガレットは、レオを見て少し気まずそうな顔をした。
「悪いが、しばらくトビーは休ませる。……あんたを疑ってるわけじゃねえ。ただ、な」
「魔力の話ですか」
ガレットは黙って頷いた。
「隣村から来た行商人が言ってたそうだ。字を覚えた人間は魔力が抜ける、子にも魔力が受け継がれにくくなる、ってな。俺は正直、そんな迷信、鼻で笑ってやりたい。だが……この村の連中は、魔力ってものにどれだけ縛られて生きてきたか、あんたも知ってるだろう」
レオは頷いた。分かっている。この世界では、魔力の有無がそのまま人の価値を決める。レオ自身が、その価値観に一年以上苦しめられてきたのだから。
「トビーは、いずれ家の跡を継ぐ。もし万が一……なんてことがあったら、俺は死んでも死にきれねえ」
「ガレットさん。その噂、誰から聞いたか覚えていますか」
「行商人の名までは知らねえ。だが……」
ガレットは少し声を落とした。
「その荷車、見たことのある印がついてたな。組合の印だ」
レオの予感は、やはり当たっていた。
「一つ、お願いがあります」
「なんだ」
「もしまた同じ行商人が村に来たら、教えてもらえませんか。俺は、その噂がどこから来て、どうしてこのタイミングで広まったのか、ちゃんと確かめたいんです」
ガレットはしばらくレオの顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……あんたは、疑うことを知らねえ性格だと思ってたが。そうでもねえんだな」
「疑ってるわけじゃありません。ただ、村の人たちが怖がってることの正体を、ちゃんと知りたいだけです」
ガレットは鍬を地面に立てかけると、ふっと笑った。
「トビー」
「え……」
「行ってこい。休むのは、噂の正体がはっきりしてからでいい」
トビーは驚いた顔でガレットとレオを交互に見て、それから弾けるような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、じいちゃん!」
少年が納屋の方へ駆けていく背中を見送りながら、ガレットはぽつりと呟いた。
「先生。あんたのやってることが正しいなら、噂なんぞに負けさせてたまるか」
その言葉に、レオは深く頭を下げた。
だが村に戻る道すがら、レオの心には小さな棘が刺さったままだった。ガレットのように態度を変えてくれる者ばかりではない。ノアの母のように、不安を抱えたまま口を閉ざしてしまう者もいるはずだ。
──噂の火種は、思っていたより深く、村に根を張り始めている。
納屋に戻ると、ミアが浮かない顔で待っていた。
「先生。さっき、ノアの母さんに会ったんだけど……ノア、今日は来ないって」




