第11話 広がる噂、忍び寄る影
収穫祭から数日が経った。エルバン村の空気は、以前とは明らかに違っていた。
朝の畑仕事の合間に、大人たちが文字の書かれた木札を見せ合っている。子供たちは競うように名前を書き、誰が一番きれいな字を書けるかで喧嘩をする始末だ。レオが始めた小さな寺子屋は、いつの間にか村の暮らしに溶け込んでいた。
「先生、今日は何人来ると思う?」
朝一番にやってきたミアが、いつものように木の板と炭の欠片を抱えて聞いてくる。彼女の顔には、以前のような硬さはもうない。
「さあな。この調子だと、そろそろ納屋に入りきらなくなるかもしれない」
レオは苦笑いした。実際、生徒は日に日に増えていた。最初はミアとノアの二人だけだった教室は、今や十人近い子供と、ガレットのような大人までもが顔を出すようになっていた。
だが、その順調さの裏で、レオはずっと小さな違和感を抱えていた。
数日前から、村の外れで妙な噂が流れているという。
「文字を覚えると、魔力が体から抜けていくらしい」
最初にその話を持ってきたのは、意外にもノアだった。畑仕事の合間、彼は困った顔でレオに耳打ちした。
「隣村から来た行商人が言ってたんだ。字を覚えた人間は、魔力を持つ子を産めなくなるって。うちの母ちゃん、それ聞いてからちょっと怖がってる」
レオは眉をひそめた。この世界で「魔力」がどれほど重い意味を持つか、この一年で嫌というほど思い知らされていた。魔力なしは無能の烙印。その恐怖に訴えかける噂ほど、効果的なものはない。
「──誰が、そんな話を広めてるんだ?」
「わかんねえよ。でも……」
ノアは声を落とした。
「その行商人、グリンウォードの印がついた荷車に乗ってたって、うちの親父が言ってた」
レオの背筋に、冷たいものが走った。
ダレンが最後にこの村を訪れたときの、あの穏やかすぎる笑みを思い出す。あれは友好の証などではなく、値踏みの視線だったのだ。
その日の午後、レオは寺子屋にいつもより人が少ないことに気づいた。ガレットの孫トビーの姿が見えない。数人の常連の子供たちも欠けていた。
「今日は休みなのか?」
さりげなく尋ねたレオに、ミアが硬い表情で首を振った。
「違うと思う。……先生、あたしも聞いたの。うちの父さんのところにも、同じ話が届いてる」
村長ドノヴァンの耳にまで届いているということは、噂はもう村全体に広がっているということだ。
レオは木の板を静かに机に置いた。灯りが増えるほど、影も濃くなる──収穫祭の夜、漠然と抱いていた予感が、今はっきりとした形を取り始めていた。
「ミア。明日、ガレットさんの家に行ってみよう」
「うん」
「それと──そろそろ、俺たちだけで抱える段階じゃないかもしれない」
レオの視線は、村の外れに続く道の向こうへと向けられていた。そこには、いつの間にか一台の荷車が停まっていた。
グリンウォード交易組合の印を掲げた、見覚えのある荷車が。




