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識字率0%の辺境で、元教師の無能転生者が学校を作ることになった件  作者: 菊池まりな


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110/114

第110話 坑道の奥

 世話役の男を捕縛した翌日、衛兵隊は本格的に鉱山跡地への突入準備を進めていた。


「尋問から、内部の構造がある程度わかった」


 指揮官が、地面に描いた簡易な見取り図を指しながら説明する。


「坑道の入り口付近に見張り小屋があり、常時二、三人が詰めている。奥に進むと、かつての採掘現場を改造した居住区──というより、拘束区画がある。囚われている人数は、把握している限りで十五人前後」


「十五人……」


 レオは息を呑んだ。灰の館で救出した七人よりも、さらに多い人数だった。


「見張りの総数は?」


 ガイウスが尋ねる。


「昨日捕らえた世話役以外に、内部に五、六人。武装は軽装だが、油断はできない」


「突入は、いつ?」


「今夜、日没後に決行する。……昼間の動きは、外からも見えやすい。夜陰に紛れて、まず見張り小屋を制圧し、その後、内部の拘束区画を確保する」


 指揮官の説明に、一同は静かに頷いた。


「レオ殿たちには、村での待機をお願いしたい。今回は、正規の衛兵による作戦だ。民間人を危険な場所に連れて行くわけにはいかない」


 その言葉に、レオは頷いた。灰の館の時とは違い、今回は最初から組織立った救出作戦が組まれている。自分たちが前線に立つ必要はない。


「わかりました。……ですが、救出された方々が村に戻られた時のために、できる準備はしておきます」


「助かる」


 日が沈み、夜の帳が下りる頃、衛兵隊は静かに村を出発していった。松明を最小限に抑え、足音を消しながら、山道を北へと進んでいく。


 村に残ったレオたちは、村長の家に集まり、固唾を呑んで報せを待っていた。


「大丈夫でしょうか」


 ミアが不安げに呟く。


「灰の館の時とは違って、正規の訓練を受けた部隊だ。……きっと、大丈夫だ」


 レオはそう言いながらも、自分に言い聞かせるような響きがあることに気づいていた。


 リナは、母親の膝に抱かれるようにして、じっと窓の外を見つめていた。


「お父さん、帰ってくるよね」


「ええ、きっと」


 母親の声も、震えていた。


「先生」


 リナが、こちらを振り返った。


「お父さんが帰ってきたら……字、教えてあげてもいい?」


 その問いに、レオは目を細めた。


「もちろんだ。……いや、お前が教えてあげるといい。リナが覚えた字を、お父さんに教えてあげるんだ」


「私が?」


「ああ。教わったことを、また誰かに伝える。……それが、一番大事なことだから」


 リナは、少し驚いたような顔をした後、力強く頷いた。


「うん。……教える」


 その小さな決意が、待つことしかできない今の時間を、わずかに温かくしてくれた。


 夜が更け、村の外れに小さな灯りが見え始めたのは、真夜中を過ぎた頃だった。


「戻ってきた……!」


 誰かが叫び、村人たちが一斉に外へ飛び出した。レオたちも、家を出て村の入り口へ急いだ。


 松明の灯りの中、衛兵たちに付き添われながら、痩せ細った人々の列が、ゆっくりと村へと入ってくる。誰もが憔悴しきった様子だったが、その足取りは、確かに自らの意思で村へと向かっていた。


「お父さん……!」


 リナの叫び声が、夜の静寂を切り裂いた。


 列の中ほどに、痩せ衰えた男の姿があった。


 リナの父親だった。娘の声に気づき、その足が止まる。


「リナ……リナか……!」


 父親が膝をついて、駆け寄ってきた娘を抱きしめた。


「よかった……よかった、無事で……」


「お父さんこそ……!  ずっと、心配してた……!」


 親子の再会に、周囲からすすり泣く声が漏れた。他にも、次々と家族との再会が繰り広げられていく。この坑道に囚われていたのは、ミルバンクだけでなく、ホロウやグレンといった近隣の村の人々も含まれていたのだった。


 ガイウスが、指揮官と共に最後に村へ入ってきた。その表情には、疲労と、しかし確かな達成感が浮かんでいた。


「見張りは全員拘束した。囚われていた十五人、全員無事に救出できた」


「よかった……本当に、よかったです」

レオは、安堵のあまり、その場に座り込みそうになった。


「レオ」


 ガイウスが、静かに歩み寄ってきた。


「お前とミアが最初に、この坑道を突き止めていなければ、ここまで辿り着けなかった。……そして、ハロルドをはじめとする村人たちが、文字を通じて声を上げてくれなければ、俺たちはまだ、闇雲に探し続けていただろう」


「俺たちだけの力じゃありません」


 レオは首を横に振った。


「リナが最初に、文字に触れる勇気を持ってくれたから。ハロルドさんが、震える手で真実を書いてくれたから。ノアが、リナに寄り添ってくれたから。……全部が繋がって、ここに辿り着いたんです」


 ガイウスは、しばらくレオを見つめていたが、やがて小さく笑った。


「相変わらず、手柄を独り占めしない男だな」


「教師ですから」


 レオも笑い返した。


 夜明け前の村に、久しぶりに温かい灯りが灯っていた。親子が、家族が、再び手を取り合う光景が、あちこちで繰り広げられている。


 まだ、この事件の全容は明らかになっていない。組織の上層部──灰の館のさらに向こうにいる、真の黒幕は、依然として闇の中だ。


 だが、少なくとも今夜、十五人の命と、その家族の未来が、確かに救われた。


 レオは、リナと父親が抱き合う姿を見つめながら、静かに拳を握りしめた。


 まだ見ぬ黒幕へと続く道は、これからも続いていく。だが今は、この小さな灯りを、大切に見届けたかった。



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