第4話 友達と書いてライバル?ライバルと書いて先生?
ミケウリリア様の継承記念日。
その日は、女性が手作りのお菓子を男性に贈るという風習がある。
「手作りなのがミケウの良さね」
と、マーニャさんは言う。
私も、別に男性がどうとかではないけど、雪灯院のみんなに配るために、教えてもらいながらクッキーを焼いた。
簡単にいろんな形を作れるのは楽しい。
つまみ食いも楽しい。
「ほら」
一応ギィロにも渡した。
「俺にか?……あ、ありがとう……」
ギィロは一瞬固まってからそっぽを向いてポケットにしまった。
風習では、お菓子を贈られた男性は何かしらのお返しをしないといけないのだけど、別にギィロに期待なんかしていない。
それからな気がするけど、ギィロは剣の稽古をよく覗きにくるようになった。
何か言いたげにそわそわするのだけど、「何?」と声を掛けると「別に」と言ってどこかへ行ってしまう。
でもある日ギィロは口を出してきた。
「力に頼りすぎだ……と思います」
と、私が年上なことを知ったのだろう、ぎこちない敬語で先生みたいなことを言ってきた。
「貸してください」
そしてギィロは私から模擬剣を奪い取った。
スパァァァァン……
同じ構え、同じ軌道で放たれた一刀。
ギィロの剣は軽やかで鋭く、人形に当てた時の音が庭で弾けた。
「すご……」
思わず口から言葉が漏れた。
私は他の子たちと様々な仕事を比較したとき、できる自分やできない皆について別になんとも思ってなかった。
なのに、剣という自信のある分野において、"自分より上の子ども"が現れたら、心から手が生えて相手を掴もうとするような変な感覚に陥った。
力の入れ方から軌道、身のこなしの再現と的確な修正を前に、私は自信もプライドもどこかに忘れてしまっていた。
悔しさを感じる暇もなく納得させられた。
目の前に居るのは、これまで私の目に映っていたただの迷惑でなまいきな年下とは別人が居て、意外にも素直に受け入れることができた。
私はギィロの剣をみて、驚いて無意識に口を抑えていた。
頭の中で高速の会議が開かれていて変な間があいていた。
「どうやるの?もう一回」
驚きから解放された時、ギィロが気まずそうにしていることに気づいて、変に誤解されたくなくて、すぐに取り繕った。
「ええっと、さっきのは態勢を崩すためのものだと思うから、打撃を意識して……こう、です……」
ギィロの表情から曇りが取れたのをみて安心した。
後で気づいたけど、その日は継承記念日のお返しの日だった。
偶然かな?
・
「打ち込んだ後だって大事です」
「こう?」
「ちゃんとイメージしてください」
それからギィロとは剣についてよく話をしたり、実践したりするようになって、いつの間にか普通にコミュニケーションが取れるようになった。
言い合うことはあっても、取っ組み合いの喧嘩はしなくなった。
「体力は大事なんです」
と、朝に走ってるのも知って、付き合ったりもした。
朝運動するとそのあとのお風呂が気持ちいい。完全体になるのだ。お手伝いにも精が出る。
そしてギィロはかなりおちついた。
ここひと月ふた月でギィロに何があったのか知らないけど、とにかくおちついた。
勉強とかご飯の手伝いとかには顔を出さないのだけど。
「一緒に教えてもらおうよ」
マーニャさんと先生にお願いして、ギィロと一緒に先生の指導を受けることになった。
母衣の練習の時にギィロに向かって物を投げつけていたのだけど、ギィロはすぐにできるようになった。
私も早かったと自分で思うし、先生も褒めてくれていたけど、比べものにならないくらいすぐだった。
「なんかまたすごいのが増えたな……」
ギィロは初め興味津々に先生の話を聞いて実践していた。
でもすぐに断烈流を毛嫌いした。
「選択肢が減る」
とギィロは言っていた。
色んな技や身体の動きを学べば、逆に増える気がするのだけど、私にはよくわからなかった。
それからギィロは自己流で先生に勝つことだけ考えるようになって、私は良い実験対象とされた。
「リゼアノートさん、リゼアノートさん」と、しょっちゅう呼ばれ、庭に連れ出される。
ほとんど毎日二人で打ち合い続けた。
私もまんざらではなかった。
というか、やらなければならないと感じていた。
ギィロの剣の才能、身体能力は驚くべきもので、先生の前では見せない土纏いは、その密度が異常だった。
すごい弾かれるし、正直に受ければ体が沈んだ。
打ち合いも本気でやっているわけではなく、こちらの動きを確認しているように剣を振っているのが伝わってくる。
そんな差を見せつけられたら、こっちは必死になるしかなかったんだ。
「リゼアノート……さん、は面白いです。毎回違うんだ」
「もういいよリゼで、丁寧に喋らなくてもいい」
頭に言葉があると動きが遅くなるから助かる。とかなんとか言われた。
そんなことあるのだろうかと思った。
ギィロには友達がいないように見えた。
初めが初めだったからか、特に男の子からは怖がられている。逆に男の子たちの行儀は良くなったんだけど……
街で暴れて連れてこられた訳だし、落ち着きはしたけど、戦いの化身のような性格と才能は一歩間違うと危険に感じられた。
でも私と剣を打ち合っている時は楽しそうな笑顔を見せる。
というか友達認定されている気がする。
いつから風呂に入ってないのか強引に放り込んだときも、
「まだ綺麗だろ!」
「臭いよ!わかんないの?」
野菜を嫌うギィロを追いかけ回して食べさせた時も、
「食べなくても死なない!」
「死にます」
「そんなわけあるか!」
神学の勉強の席に着かせた時も、
「……」
「何寝てんの」
「いてっ……おい、ロニカちゃんと良いとこだったのに」
「何の夢みてんのバカッ!」
嫌がっていたけど、なんか、雰囲気に温もりを感じた。
悪いことではないけど、面倒くさい……
私はギィロが道を誤らないようにしたかった。
マーニャさんの期待にも応えたかった。
それに、何よりその剣に追いていかれたくなくて、ギィロの戦闘技術を吸収して自分に落とし込むことに頭の回路の大半が使われていた。
ギィロは変な夢を見ていたようだけど、私は私で夢でもギィロと戦う始末だった。
・
先生が来るある日の朝。
お手伝いを終わらせて庭を覗くと、ギィロは早めに庭に出ていて、何をするわけでもなくじっとしていた。
「何してんの?」
何もしてない人に向かって何してる?はなんかおかしいかも。
「先生を待ってる。倒す」
えっ……と思ったら先生が来た。
「リゼ、そこで見てろよ」
ギィロは二本の模擬剣を持ち先生に歩み寄った。
「先生、真剣に勝負してください。本気でお願いします」
ギィロは挨拶もなく、丁寧だけどつよい口調で言った。
先生はほんの少しの間を置いて「いいぞ」と言い、模擬剣を受け取った。
先生がどういう気持ちだったのかわからない。
胸を貸すようなつもりだったのか、生意気な教え子を打ちのめそうとしたのか、それとも結果がわかっていたのか。
張り詰めた空気の中で、ギィロは微動だにせず先生を凝視し続けた。
しびれを切らした先生は剣を振り上げた。
『断牙』
聞き取れないくらいの囁き。
その剣は丸太のように何倍にも膨れ上がったように感じ、重く低い音を立てながら振り下ろされる。
断烈流の奥義・断牙
力量差があれば受けることも叶わない。
全力で打ちのめすための技。
通れば勝ち、通らなければ負ける。そう教えられた技。
その技を前に、ギィロはすごく低い姿勢をとっていた。
「あ……」
私に対して何度もやっていた動きだ。
けど、ギィロが全身を使って斬り上げると、両手に持つ模擬剣の通った空間に、纏いの色が黄色く揺らめいていて、その密度は私に向かって打つ時とは段違いなのがわかった。
先生の剣は手から離れ、高く打上げられた。
そのままギィロの剣の軌跡は楕円を描き、切っ先を先生に向けて止めた。
ギィロは先生の放った奥義・断牙を、真正面から強引に打ち破った。
先生は決して弱くない。
お父さんやお母さん、衛士さんたちの剣をある程度知っている私にはそれがわかる。
「指導は終わりでいいですか?」
先生は深いため息をついて、小さく頷いた。
見事だっただけに、先生に声をかけるのもギィロに声をかけるのも違くてリアクションしづらく、私は見守るしかできなかった。
先生は模擬剣を拾ってギィロに返し、左手で頬の傷を触りながらそのまま立ち去った。
「ねぇギィロ!すごいよ!」
真似できそうにない技を目の当たりにして、素直に褒めた。
「リゼのおかげだよ」
うそ。
私なんてギィロになんとか勝とうとがむしゃらになってるだけ。
「でも良いの?"先生"が居なくなっちゃうかも」
教えてくれる人が居るのは良いことだと思うのに。
「断烈流は俺たちには合わないよ。参考になるだけ」
ギィロの剣に関する言葉は説得力が違った。
ふたりで剣を合わせてるときの感想や指摘が的確なのだ。
だからギィロが言うならそうなのかなって思ってしまった。
実際、断烈流とは、過去に初心者や才能のない人でも、素早く戦力になれるよう作られた流派だ。
今は武道として昇華されているとはいえ、それが土台にある。
どうせギィロはそんなこと知らないのだろうけど、断烈流のそういうところを感じ取っているのかもしれない。
買いかぶりすぎかな?
それから先生はほんとに来なくなった。
「私、もう少し教えて欲しかったかも」
来なくなった先生を思い出して、何となしに口にした。
それにしても9歳——もう10歳?——の子どもに打ち負かされるのは、どんな気持ちなんだろう。
私がやったわけじゃないけど、先生にはなんだか申し訳ない。
「先生なんて、リゼが居ればいいし、なんなら外にもいる」
"外"と聞いて私はハッとした。
ギィロは外に勝手にでかけてケモノの相手をしに行ってると聞いていたから、意味を察してしまった。
ギィロは実戦の剣を知っている。
興味はあったけど、これまで頼むようなことはしなかった。
トラウマがあった。
怖かった。
「私ケモノと戦ったことないよ?」
そう告げると「だからか」と言われ、雪灯院では禁止されている外へと連れ出された。
ダメだと言っても、守る必要のないルールだと言って聞かない。
ダメなのに、ダメと言いながらついて行った。
内心私は期待していた。
はじめの一歩は避けては通れない。
その機会にありつけたことに。
それはたぶん、一人ではいつまで経ってもできなかった事だと思う。




