第35話 山の枝
暗くなる前に砦に戻ると、掘られていた穴は途中までで作業が止まっていて、入り口正面の部分の穴には板が置かれていた。
「ただいまぁ〜!」
キノちゃんが入り口の石の枠をくぐり、元気よく声を上げる。
ギィロは火をつついていた手を止め、こちらに顔を向けている。
何か言いたげに息を吸い、口が半分開いた。
「ニナちゃんを見つけたよ」
私は先に短く報告をすると、ギィロは口も目も閉じ、肩も少し落とした。
普通反応は逆のような気がする。
「ギィロ、嬉しい?」
キノちゃんが駆け寄る。
「……うん」
ギィロはチラリとキノちゃんを見て、考えるようにしてから頷く。
「好きになってくれた?」
「…………うん」
「じゃあ今日一緒に寝てくれる?」
「……うん」
ギィロは全て間を置いて薄い反応をした。
その反応に違和感を覚えながらも、それでもギィロが肯定したことには良かったと思えた。
キノちゃんは「やったー!」と無邪気に喜び、炎の前で踊る。
私も、充分に火の熱を受け取れるところまで寄った。
「リゼ、無事でよかった」
しおらしい態度で言ってくる。
見返してやるためにニナちゃんを探しにいったとはいえ、水を汲みにいくと言った者が戻ってこなかったらそうもなるかと、少しかわいそうなことをしたかもと思った。
「大丈夫だよ。キノちゃんと一緒だったから」
それでも私は、ニナちゃんを見つけ出したキノちゃんを立てた。
「そうか、そうだな……」
ギィロは眉間に皺を寄せて目を閉じる。
次に目を開いた時、一瞬私を見てから口を開いた。
「悪かったよ」
視線は合わなかったけど、キノちゃんを認めたのだと受け取り、私も火を囲み座ろうとした。
「あっ」
キノちゃんが踊りをピタッと止め、私に向く。
「リゼ、謝ったの?」
「えっ……」
さすがの時と場所というのがある。
そういう雰囲気ではないのに強引に話題を振られると困る。
ギィロもキョトンとしている。
「あぁ~だから……私も、ギィロの気持ちを考えてなかったところがあったかなって思って……ごめんね」
キノちゃんが謝れと言ったのは村でのことだったが、それを今言うのは難しく、曖昧にして誤魔化した。
「…………うん」
口を開けて聞いていたギィロは、理解したのかしてないのか首を傾げていたが、一応頷いた。
なんだかギィロからは少し思い詰めたような空気を感じる。
置いて出ていったのが相当堪えてるのかもしれない。
「じゃあ今日はみんなで寝ようね?」
キノちゃんは楽しげにしており、私はギィロが頷くのを確認して「しょうがないね」と苦笑いを返した。
・
「ほら」
ギィロが炎に刺さっていた棒を渡してくる。
まさかっ!肉だ!
「なんかいい匂いすると思ったんだよ!捕れたの?」
「リゼを探してたら見つけたんだ」
あっ……て思った。
ギィロは探しに出ていた。
やっぱりちょっと悪いことをしたかもとか思いながら、私たちは炎を囲んで温かい食事を摂った。
肉を頬張りながら話をする。
不思議だ。温かい肉は気持ちを落ち着かせる。
「ニナはどうだった?」
「聞いてた通りだったけど、実際見ると胸が苦しくなったよ……」
「そうか……」
「話はほとんどできなかったの、たぶん私の体質のせいだと思う」
「それなら明日、俺が聞こう」
「うん、でもねギィロ……」
言いづらくて変に間が空いた。
「……なんだ?」
「居たよ、ラジールさんだと思う、ニナちゃんを守ってた」
「父さんが……」
ギィロは目をつぶり眉間に皺を寄せる。
「キャスタさんは見なかった、すぐ逃げたから……その、斬りかかられたよ……二人のことはキノちゃんでも除けれないって」
「そうか……」
ギィロは薪をいじる。
「前は居なかったの?」
「居なかった。父さんの随子には会ったことがない」
「どうするの?」
「ニナ以外でコミュニケーションを取れる随子に会ったことはないんだ。声をかけてみて、通じないならやるしかないだろう」
ギィロは炎に棒を刺し思い詰めた顔をする。
キノちゃんは肉を頬張りながら、そんなギィロを不思議そうに見つめる。
相手が既に人間ではないことは分かってる。
それでも同じ姿をしている者に剣を向けるなんて、もし自分だったらと思うと難しい気がした。
・
キノちゃんは肉を平らげると眠くなったという。
少し早かったが、私たちはキノちゃんを挟み三人で横になった。
キノちゃんがくっついてくるのが本当にかわいくて、雪灯院の子たちを寝かしつけたことを思い出す。
キノちゃんがおとなしくなり寝息を立てると、ギィロは見張りに立った。
私はかわいいかわいいって思いながらうとうとして、そのまま眠りについた。
…………
・
「……ゼ……リゼ……」
小さく肩を揺らされ、目が覚める。
小声で呼びかけられている。
「ん〜……?もう交代……?」
薄目をあけ、ギィロであることを確認する。
まだ寝てからそんなに経ってない気がする。
「まだだけど……話がしたい」
「なら後でにしてよ……」
もう一度寝ようとすると「寝るな」と頬を軽くつねられる。
「もうなに?」
ギィロが起こしてくるから、体が強制的に眠る状態から起きる状態に変化してきてしまう。
気持ち良いものではなくて不満気な返事を返した。
「こいつは寝てるよな?」
ギィロはキノちゃんに向けて指をさす。
「え?うん寝てるね」
スヤスヤとして気持ちよさそうに寝ている。
簡単に見て返事をすると「本当に寝てるか?」と確認をされた。
簡単な確認が不満だったのか分からなかったが、二度確認してくるのは普通ではない。
もう一度視線を落とすがやっぱり寝ている。
子どもを寝かしつけた経験は多いからよくわかる。
「……うん」
起きていては都合が悪いのだろうかと思いながら頷いた。
「そうか」
「なんなの?」
面倒な気持ちを抑え、不思議に思いながら上体を起こす。
「こっちに……」
私はキノちゃんに静かにブランケットを掛け、あくびをしながら自分の羽織を持ってギィロの後につく。
テントのすぐ外でギィロは話し始めた。
「戻ってこないから、探し回った……」
急な真面目な雰囲気に、私も真面目に聞く体勢になった。
「そう……」
探していたことは肉のことで知っていた。
一人で行動するのは良いこととは言えない。
やっぱりその事かと、私は視線を逸らした。
「頼むから一人で行かないでくれ、もうこの山で失いたくないんだ」
自分に万が一の事が起こるということまでは考えてなかった。
「ごめん……」
確かにギィロの経験を考えたら軽率なことだったと思い、下を向いて謝った。
「気にしてないかと思って……」
ギィロが思い詰めてたことなんてわかってるのに、私は自分から言い出さなかったことを、まだ言い訳してしまった。
「気にする。龍とか山とかより、無事に帰ることの方が大事だ」
ヒスイおばあちゃんの顔がよぎってハッとさせられる。
「うんごめん、ちょっと怒ってたから、見返してやろうって思っちゃったんだよ……」
ギィロの言い分も分かるけど、私の気持ちも分かって欲しかった。
キノちゃんを大切にして欲しいんだ。
「居ない間、そうじゃないかって考えたよ。それは俺がちゃんと話せてなかったのが悪い、こんな風になるとは思ってなかったから……」
叱られるかと思ったけど、ギィロは本題がまだあるかのように話し視線を落とす。
「……話せてなかったって、なにを?」
ギィロはテントで眠るキノちゃんを確認し、改めて私に向いて口を開いた。
「山の心臓を止めたら、そいつは死ぬかもしれない」
「え……」
思いもよらない言葉に、一瞬思考が停止した。
ギィロは静かに続きの言葉を紡ぐ。
「ニナは死にたがってたんだ。怖い、さみしい、もうやだって。でも俺は手に掛けることが出来なかった」
私は反応の声を出さず、唇を噛みながら続きを聞いた。
「仇だけは取ることを伝えたら、心臓の場所を示してきた。ニナは心臓を止めれば随子も止まるってことをわかってたんだろう。
明日、ニナに会って心臓の場所がわかれば、そうなる可能性がある。俺たちがやるのは、そういうことだ」
ギィロから山での経験の話はだいたい聞いていたけど、ニナちゃんとの話の詳細までは知らなかった。
植物のケモノは、ケモノ化した時点で弱点となる心臓を持つ。そういう風になっている。
心臓が止まれば、植物のケモノは崩れるのだ。
つまり、随子はすべて崩れるはずだ。
「でも、この子は随子じゃないって……」
「山から生まれたのは同じだろ、"山の枝"だ。どんな影響があるかなんてわからない。だから、これ以上入れ込むな」
ギィロが可能性を考慮して、私を思いやってくれているのが伝わってくる。
「だからキノちゃんにそんなに冷たかったの?」
「元々子どもは苦手だけど、そうだ」
「もっと早く言ってよ……」
既にかわいい子、そう思ってしまっていた。
「聞かれてると思うと口にできなかった」
「ニナちゃんを、探させちゃったよ……」
溢れ出す感情を抑えるように、自然と手で胸を抑える。
随子なんて、全部別個の個体にしか見えない。
山とつながった"枝"だなんて想像できなくて、言われるまで気づかなかった。
私たちは龍と"山"を殺しに来てるんだ、そんなの考えついてもよかった。
ニナちゃんを見つけるというのは、キノちゃんを死に近づける。そういうことだった。
そんなことをさせてしまっていたことに罪悪感で胸が詰まる。
「ニナならそのうち自分で見つけることはできた。早いか遅いかだけだ、思い詰めるな」
「そんなこと言っても……なんとかならないの?」
子どもで、亜人で、人懐っこくてかわいくて、私の弱点が詰まったようなあの子が居なくなるなんて想像もしたくない。
助かる方法があるならすがりたい。
「ならない。やらなければ代わりに街の連中が死ぬだけだ」
ギィロから出てくる言葉は残酷で現実味に溢れるものだった。
納得なんてしたくないのに納得してしまう。
「……可能性、だよね?」
「うん、祈るくらいしかできない」
残るのは不確かな運のみだった。
「ごめんな、言うのが遅くなって。覚悟、しておいてくれるか」
「私たちがやらなきゃいけない……?」
ギィロは、まだ抵抗する私に少し肩を落とし、でもしっかりと伝えるように話す。
「リゼ……街の調査が進めば公式依頼も出されるかもしれない、でも山の討伐は誰がやっても結果は変わらないだろ。それにそれだと龍ごと止まってしまう。俺は龍を討伐しに来たんだ。あいつを、俺の手で」
「……そっか」
遅かれ早かれ山の討伐が決まってるようなものだ。
ため息しか出ない。
「それと、その龍だけど、見つからないようなら、俺は返り実を食うつもりでいる」
「えっ?」
「おびき出す。それは俺のわがままだ。ニナをあんな風にしたあいつをやらないと気が済まないんだよ」
ギィロは強い視線を送ってくる。
私が居なくても一人でもやる。そういう風に感じる。
食べるなって言われていたのに。
「……ギィロはそれだけ本気ってことだよね?」
「うん……リゼ、大丈夫か?帰るか?ついてきてくれるか?」
目をつぶって数秒考えた。
ズルい聞き方をすると思った。
つらいからギィロに全部押しつけて帰る。そんなことできるはずもない。
ギィロはこれから両親と会い、龍と決闘をして、心臓を破壊する。
そうすればニナちゃんも消える。
一人にしていいわけなかった。
「これまで一緒にやってきて色々経験したよ。守れなかったこともあった。ギィロは私のこと泣き虫だって言うけど、少しくらい、強くなったつもり。大丈夫、付き合うよ」
私は人間だ。
キノちゃんが山の亜人で、人間の社会が合わないのであれば、どちらを選ばなければならないかはわかりきっている。
でも、理性とは別に、感情は歯を食いしばって抑えなければならなかった。
「ありがとうリゼ」
ギィロの瞳に輝きを感じる。
「起こしてごめん、もう少し休んでくれ」
「うん……」
そうして戻ったテントで、何も知らずスヤスヤと眠るキノちゃんを撫でた。
なかなか眠りには付けなかったけど、体の疲れに助けられ、私はなんとかもう一度眠った。




