第31話 最悪の朝
守衛のラウルさんに村を案内してもらって、ご飯を奢ってもらった。
距離が近くて屈託のない明るさは、心の壁を一枚簡単に破ってきて、すぐに打ち解けることができた。
途中、村の温泉宿に付いている小さなお土産屋さんで、浸石に稀に含まれてるといううすーいピンクの透明な宝石がついたピアスを買ってくれた。
かわいい。ラッキーだ。
けど、その宿が造り、提供しているというお酒は遠慮した。
私は慎重派なのだ。そうなってしまった。
その後ははじめに言われた小さなゲストハウスに送ってもらい、笑顔で挨拶をしてラウルさんとは別れた。
ゲストハウスには明かりが付いている。
ギィロは先に戻っているだろう。
ゲストハウスに入ると、小さな玄関フロアの先にある部屋の前で、ギィロが荷物を持ったまま、中に入るでもなく突っ立っていた。
そういえば荷物を談話室に置きっぱなしだ。
「ギィロぉ?」
「あ、あぁ……どうする?これ」
声を掛けるとギィロは身を避け部屋を覗かせてきた。
何が?と思ってギィロの横から部屋を覗く。
目に飛び込んできたのは、スペースを埋め尽くさんばかりの大きなベッドがひとつ置かれただけの部屋だった。
見渡してもサイドテーブルとクローゼットがあるくらいで、他には椅子も何もない。
「なにこれ……」
昔は部屋を取るとき、私のわがままで二部屋ある部屋を選んでいた。今でもそうすることは多いが、もうツインであっても慣れた。
だがダブルはありえない。
いやダブルよりも大きそうではある、でも同じベッドというのが無理だ。
私がベッドは確実。
他に居れる場所がないか、狭い玄関フロアや壁との間に希望の視線を送る。
「まて、この床はないぞ……」
「だって……!」
でも確かにギィロが今日ちゃんと寝れないのは良くない気がする。
お金は預けてしまって少ししか持ってきていない。
今更ラウルさんに宿も奢ってもらえばよかったかと後悔した。
私はベッドによじ登り、紺の肌触りの良い大きなブランケットを越え、茶色の枕と白の枕、ふたつあるうちの茶色をわしと掴み、ベッドから落ちるくらいの端っこまで持っていった。
「じゃあここ!わかった?!」
「わかったよ……」
私はベッドの領地を巡り、一方的な不平等条約を結ばせた。
・
一度向かいの談話室に荷物を取りにいってから戻ってきた。
ギィロは言われた方のベッドの端っこに座っている。
改めて見てみても不安だ。
私たちはキャンプの時のテントでさえ、二部屋作れる機能的なやつを使っているのだ。
別にこれまでおかしなことをされたことはない。
せいぜいタイミング悪く着替え中に入ってこられたことが何度かあるくらいだ。
それでもギィロみたいな好色男子と同じベッドで寝るなんて不安以外の何物でもない。
私は反対側に座って、今から使う物やらなにやらを整理するためにゴソゴソし始めた。
自分の動き以外でベッドが揺れる度にギィロの方を確認する。
「なにもしないって」
しつこく見る私にギィロは信用ならない言葉を吐く。
「私にはプライベート空間が必要なの、わかる?」
「はぁ、我慢しろ」
「わかってるよ……何かしたら斬るから」
白雪剣の柄を持ち上げ脅す。
ため息を一つ。
私は仕方ないことだと腹をくくった。
・
「ギィロ、龍のことだけど」
部屋の話題は一段落つき、荷物の整理も終わったため、私はできるだけ刺激しないような声音で本題を切り出した。
「しっかりしてよ、不安になるでしょ」
視線は送らず、背中を向けたまま投げかけた。
「ごめん、ばあさん、龍より怖いんだよ……」
冗談で誤魔化しているが、核心はそこではない。
「違うでしょ、私のことを足枷だとでも思ってる?」
私は振り返って強く聞く。
「そんな風には思ってない。でもばあさんの話ももっともだろ?万が一って思ったら、な……」
ギィロは尻すぼみに弱々しく言った。
「その態度をやめてって言ってるの。じゃあなに?やっぱりやめますって街に帰る?あぶなかったからやめましたって、それで自分に胸張れるの?」
「いや……」
ハッキリしないギィロに腹が立ってきた。
「ちょっと外でなさいよ」
白雪剣を手に、「え?」とか言うギィロを強引に外まで連れ出した。
——
夜の大通りを、いくつもの街灯が銀色とオレンジ色に照らしている。
「今のギィロなんて、私でも勝てます!」
白雪剣を向けて言い放った。
「はあ……?」
「いいから受ける!」
ギィロは仕方ないとばかりに枝を手にした。
私は強めに剣を振り続けた。
こういう時だけ私の方が強くなるような、都合の良いことは起きなかった。
啖呵を切ったのに全然敵わなくて格好が悪い。
だけど、それでも本気であたり続けた。
たまに剣の訓練をすることはある。
けど最近ここまで本気に剣を交える機会はなかった。
体が温まってくると懐かしい空気に包まれて、ギィロは少し楽しそうな表情を浮かべた。
「龍の!爪!どれだけ!重かったのか!再現!してよ!」
私は力を込めた攻撃の度に言葉を繋いだ。
「これくらいだ!」
ギィロが私の剣を弾くと、色濃い黄色が枝を包む。
普段私に向かって振るような纏いの密度じゃない。
「そんなの……」
これを受けれなかったら私に龍と戦う資格はない。
「こうして!」
私は全属性を乗せた剣でギィロの枝を薙いで弾き返した。
「こうでしょ!」
そしてギィロの首筋で剣を止めた。
虹色の筋が空間に残る。
ギィロは片腕と顎を上げた姿勢で止まっている。
一呼吸してから、ゆっくりと離れた。
大通りでやっていたから少しの野次馬がでていて、小さく変な拍手が起きた。
観衆に向き軽く会釈をして終わりだということを示し、ギィロに真剣な顔を向ける。
呼吸を整えるように息をひとつ吐く。
「私はギィロを信じて付いてきてるの。ギィロの方がずっと強いのはわかってるけど、でもみくびらないで。私のことも信じてよ」
「そうだな……」
ギィロは目をつぶり細かく頷いた。
「行きたいから行く、そっちのほうがギィロらしいんだから」
「ごめん、なんか、思い出せた気がする」
私はギィロの言葉足らずのセリフを、「何が」とは聞かなかった。
「じゃあ明日、ちゃんとおばあちゃんに言ってよ?」
「うん、わかってる」
「それならよし!」
体を動かしてわからせると清々しい気分になった。
難しく考えるよりこっちの方が楽だ。
「酒がある、飲むか?」
「お風呂入ったらね」
私たちは宿で温泉だけ借りて、酒を交わし、それから同じベッドの上で、目一杯離れて寝た。
・
「仲良し、好き、いいなあ、羨ましい……」
その夜も、窓の外で眠るふたりを覗く顔があったことに、誰も気づくことはなかった。
・
朝
「んー……んふぅ〜……」
目が覚めてきて、より良い姿勢に体勢を整えると自然に喉から吐息が漏れる。
いつも泊まってる宿のベッドとは何もかも違う。
頭を乗せる枕も、腕や足で挟む布団も、なんだか硬い。
うつぶせだったからか、ちょっとよだれが……
と目を薄く開ける。
……何かがおかしい。
目の前に肌色がある。
瞬きをして、それが自分のものではないと気づいたとき、ガバッと勢いよく上体を起こした。
「変態!」
私は紺のブランケットを手繰り寄せ、上半身裸のギィロをぶった。
「変態!変態!変態!」
「まてまてまて!よく見てみろ!」
ギィロは私の攻撃を防ぎながら指を差す。
遥か彼方に、私の白の枕が転がっている。
頭が理解を拒む。
「よだれ垂らしやがって汚えな……」とかギィロは呟いている。
だから同じベッドで寝るなんて嫌だったんだ、恥ずかしい……
「だからってなんで裸なの!」
人のせいにしたくなって文句をつけた。
「いつもこうだ!お前だっていつも下履いてないだろ!」
「今日は履いてます!ほら!」
とブランケットをめくると、スースーする。
履いていなかった……
水色を見せびらかしてしまった……
「はっ?!なんで!?変態っ!」
亀のようにしゃがみ込み、ブランケットをまた手繰り寄せてギィロをぶつ。
「俺じゃないだろ!」
履いていたはずなのに……と周囲を確認すると、ベッドの足元でクシャクシャになって、もうそろそろベッドから落ちていきそうな寝間着が、真実を物語っているように思えた。
寝てる間に脱いだ……?
身体に染み付いている習慣は恐ろしい……
「起こしてくれてもよかったでしょ!」
また別の理由を思いついて責めた。
「起きたらそうなってた!下手に動けなかったこっちの身にもなれ!俺は被害者だ!」
「もーーう!!」
責める理由が思いつかず、声を張り上げるしかなかった。
私はギィロにあっちを向くよう指示し、悪態をつきながら落ちそうになっていたパジャマを着た。
最悪だ。恥ずかしすぎる。最悪の朝だ。
寝相が悪かっただけとかいう自分のせいなのがまた最悪だ。
「ほんとに何もしてないのぉ?」
私はさらに普段着に着替えながら、ギィロがあっちを向いている事を確認し疑いの声をかける。
「してないって、信じろよ」
ギィロも同じように着替えながら答える。
「はあ、わかった。信じる」
起きたことをやっと自分の失態であると飲み込むことができたら、なんだか美味しそうな匂いがしてることに気づいた。
たぶん近くの家で朝ごはんが作られている。
「お腹すいてきた」
「忙しいな……どうせ時間かかるんだろ?早く準備しろよ」
「うるさいんですけど……朝ごはんとれるところ探しといてくれる?」
ギィロは気だるそうに「はいはい」と言って着替え終えたら、玄関フロアの洗面台で顔と髪に水をかけただけで外へ出ていった。
楽で良い。
準備しながらしばらくするとギィロは帰ってきた。
「ばあさんが朝食を用意をしてくれてる。昨日のとこまで来い」
私は出かける準備の仕上げにもらったピアスを付け、向かいの円柱状の談話室まで向かった。
・
談話室には昨日のメンバーが既に居て、テーブルに朝食が用意されていた。
挨拶をしたあと、ラウルさんに向かってピアスを指先で揺らす。
ラウルさんは笑顔だけを返してくる。
「たんまり食え」
おばあちゃんから勧められて、朝ごはんをご馳走になった。
——
「ミルキーラウルモーニングです」
食後にラウルさんが紅茶を淹れてくれた。
目いっぱい低い声にして出された紅茶に口をつけると、朝食の満足感が倍増するように落ち着いた。
みんなで「ふぅ」と一口楽しんだあと、おばあちゃんが口を開く。
「ギィロ、それで一晩経ってどう思った」
「ヒスイばあさん、心配してくれてありがとうございます」
ギィロは落ち着いている。
「ばあさんからは駄々をこねてる子どものように見えるかもしれませんが、俺は頭が悪いからよくわかりませんでした。俺たちならやれるから、やるだけです」
ギィロの声音から迷いが消えているように思えた。
「そうか、止められると思ってはいなかった。それが若さの良いところでも悪いところでもある」
私たちは黙って言葉を聞いた。
「挑戦するのは良いじゃろう、じゃがなギィロ、引くことも覚えろ。無理だと思ったら帰ってこい。それは恥ずべきことではない、いいな?」
「はい」
ギィロは噛み締めるように返事をした。
「山の決まりは忘れていないな?返り実は食うなよ」
「……はい」
「よし……ならばお嬢ちゃん、ギィロを支えてやってくれ」
「はい、もちろんです」
私はできるだけ安心できるよう、力強く答えた。
「枝のギィロさん、また記事になりますね、ファンとして楽しみにしてます」
ギィロはラウルさんに頷きを返す。
「リゼアノートさん、戻ってきたら歌でも聴きに行きましょう」
「いいですよ」
ラウルさんに笑顔を返すけど、歌だとギィロが……と思いギィロの顔色を伺う。
「それは俺も行きたい」
やっぱりだった。
「好きなんですか?じゃあみんなで行きましょう!村出身の歌い手がいるのを知ってますか?カンナベリーちゃん」
「なに?!ここが出身だったのか……行こう!絶対だ!」
ギィロは興奮して身を乗り出す。
「まだそんなに有名じゃないのに知っているんですか……?やりますね枝のギィロ……」
「ギィロはオタクなんですよ……」
「気が合いそうですね、あはは」
ギィロが立ち上がると皆続いて立ち上がった。
ギィロはラウルさんの手を真面目に握りしめ「行くぞ、カンナベリーちゃん」と約束していた。
「誰とでも仲良くなるのうお前は」
おばあちゃんは感心した様子で笑顔のラウルさんに声をかけた。
「やり遂げる理由がひとつ増えたなギィロ」
「はい、楽しみな理由です。しばらくかかると思いますけど、必ず戻ります」
「うむ、行ってこい」
そう私たちは明るく送り出され、改めて巣山へと向かった。
・
「ラウル、戻ってくると思うか?」
「戻ってきます。枝のギィロですよ?」
「そう信じたいが経験が邪魔しよる。ギィロはそんなにすごいのか?」
「あとで教えてあげますよ。ちょっと橋を操作してきますね!」
「ああ頼む」
ヒスイは逃げろと忠告した。
そうしなければ命などないと思っていたからだ。
しかしギィロとリゼアノートの瞳は強く輝いていたし、ラウルもまたそれを信じていた。
それに昨晩の三人の自由で身軽な行動。
「わしゃただの老いぼれなのかのう……」
自分では柔軟なつもりなのに、時代に取り残された頑固なばばあになった気分だった。
・
ラウルさんが巣山への橋を架ける装置を操作してくれるというので、川の前で待っていた。
すると、いくつもの板が川の上を移動し橋が出来上がった。
私たちはそれを一歩一歩渡った。
途中、温泉川の匂いに混じって、ふと風に乗り花の香りがした気がした。
ハッとして前方を見渡してみると、川の向こう側でこちらをじっと見つめる花の少女をみつけた。
前後に体を揺らし、私たちが来るのを待っているように見える。
その様子を視界に入れながら歩み、私たちは川向う、巣山へと下り立った。
「龍を呼べ」
「仲良くしてくれなきゃ、やだ」




