第30話 おばあちゃんの心配、若者の生態
「山に黒き随子の王在り」
その声で龍の余韻から覚め、私は姿勢を崩し剣を納めた。
ギィロも同じように枝を腰に挟み、向き直る。
「山を穢すからじゃ、無残よの……」
龍に荒らされた凄惨な光景を前におばあちゃんは呟き、一度山を見やる。
「大丈夫ですか?」
爽やかな衛士さんに心配そうに聞かれ、私たちは問題ないことを伝えた。
現場を見た衛士さんは「うわあ、ひどいですねえ……」と顔を歪める。
「お主らも返り実を採りにきたのか?」
悲惨な現場を見ても泰然自若としてるおばあちゃんが歩み寄り、不満げな調子で聞いてくる。
「いいえ……」
おばあちゃんは目を大きく開き私をまじまじと見た。
視線の強さに自然と背筋が伸びる。
私は何をしに来たのかを話すべきか迷い、その炯眼から視線をそらしてギィロの方を向いた。
「ヒスイばあさん。まだ生きてたんですか」
ギィロは苦笑いをし、静かに名を口にした。
予想外の言葉に、私の口は『えっ?』の形に勝手に開いた。
「んあぁ?わしのことを知っとるのか?誰じゃ?」
おばあちゃんは軽く杖をギィロに向ける。
「ギィロです」
「ギィロ?おおギィロか!?大きくなりよって!」
おばあちゃんは驚きとともに微笑み、「誰が死ぬものか」と感慨深げな態度をとる。
その後ろから、衛士さんが一歩前に出る。
「ギィロってあの枝のギィロですか?!」
衛士さんは興奮気味だ。
男性にしては声が高い。
「そう呼ばれてる」
ギィロが言うと衛士さんは「うわ!すごいすごい!」と言いながら握手を求め、軽く応じたギィロの腕が振られる。
「以前ココに住まわれていたのですか?」
衛士さんがそのままのテンションで明るく聞いてくる。
「この間まで居たお主の先輩の子じゃ、はしゃぐなバカタレが」
おばあちゃんにはたかれると、衛士さんはハッとして「すみません」と口を閉ざした。
ギィロの父親は衛士ではないが、雇われて村の守衛を務めていた。
それは雪灯院を出たあと、互いに両親の話をした時に聞いていて、境遇が似ていると思ったものだ。
この人がその後任の守衛さんということなら、何があって交代になったのかは知っているのだろう。
そういう『すみません』だった。
「この間って、けっこう経ちますよ」
ギィロは苦笑いのまま言う。
「そうかのう?まあ、やんちゃ坊主がこんなに大きくなって、こんなにかわいいお嬢ちゃんを連れてくるくらいは経ったのかのう、ふぁっふぁ」
ギィロの苦笑いが強くなり困った様子を見せる。
私たちは互いに紹介の流れで名乗った。
「ギィロのやんちゃは直っていませんよ」
と告げ口するとおばあちゃんは喜んだ。
「そうかそうか、まぁ茶ぐらい出してやろう。話を聞かせろ」
と、おばあちゃんは有無を言わせぬ態度で村へ誘導してくる。
「お茶は私が出すんですよ?」
守衛のラウルさんが付いて行きながら主張した。
「どっちでもええわ」
私は龍が暴れた現場に一度視線を飛ばしてから、そうやり取りする二人の後ろで歩調を合わせた。
ギィロが身を寄せ、何か言おうとするので顔を寄せる。
「ばあさんはすぐ手が出る。気をつけろ」
「聞こえとるぞギィロ」
「はい、すいません……」
小さく肩をすくめるギィロが妙に可笑しくて、私は笑いを噛み殺し、眉と唇に小さく力が入った。
・
村に砦のような立派な防壁はなく、私の胸の高さくらいの低い塀に囲われ、長いスライド式の門が少しズレて開かれている。
その門を超えると、"ここからが村の内部です"と主張するように、地面のほぼ全面に灰色の四角い石材が敷き詰められていた。
「へぇ〜、綺麗な村ですね〜」
灰色の石材の中で、赤色の石材が細く並んで線のようになっているのが面白い。
塀は低いが、中に入った最初の建物らが石造りなので、遠目には確かに壁に見えて砦っぽい。
「私が説明しますよ!」
私は来るのが初めてだと言うと、守衛のラウルさんは構造を笑顔で明るく説明してくれた。
門から一本幅の広い道が通り、道に沿って家々が立ち並ぶのが大通りだ。
大通りの上で反対側の建物同士を繋ぐ渡り廊下のようなものが印象的。宿と酒蔵が繋がっているらしい。
大通りは平坦で単純だけど、住宅地となる奥は起伏があり複雑だという。
実際見上げれば高い位置に家が見える。
そうやって目線を上げると目に入る高い塔がランドマークとして機能するようだ。
塔は常夜灯として灯りを東に向けており、夜間、村の場所を示しているのだという。
石畳に敷かれる色付きの石材は、浸石のデモンストレーションとオシャレ目的だったが、場所によって色が違うのは、道を知らぬ者への道標に意図せずなったみたいだ。
特産品の浸石で作った自慢の石材だと、ラウルさんはわざわざ屈み地面を叩く。
「ラウル、邪魔じゃ」
おばあちゃんの進路を妨害してしまったラウルさんはまたはたかれている。
なんだか人懐っこくて憎めない感じの守衛さんだ。
ギィロを見ると、歩きながら周囲をよく観察していた。
「懐かしい?」
「まあな」
同じ景色を見て同じようにキョロキョロしても、初めての私とは感じ方は違うだろう。
・
おばあちゃんはそこまで村の奥まではいかず、大通り沿いにある小さな円柱状の家に私たちを案内した。
「ほれ、入れ」
「さあ!どうぞ!」
扉を空けたのはヒスイおばあちゃんだけど、ラウルさんは自分が開けたかのように歓迎してくれる。
私たちは入口に荷物を下ろした。
見渡すとその部屋の中央には丸い机があり、周囲に六つの椅子が置いてあった。
村の会議とかお客様とお話する小さな談話室のように思える。
おばあちゃんは真っ先に奥の椅子に座り、守衛さんが壁ぞいの棚から食器を出してお茶を用意してくれている。
ギィロはおばあちゃんからひとつあけた椅子を選び、私はギィロの隣、おばあちゃんの正面になった。
「外にいたあいつらは何だったんですか?」
ギィロが着席と同時に聞く。
「メジャーのバカ領主がよこしたバカ共よ」
おばあちゃんの言葉は不満にまみれていて、はじめの言葉だけでは何なのかわからない答えだった。
続きを聞くと、ひと月ほど前に突然メジャー領主の許可書を持って現れ、我が物顔で山の出入りを制限し始めたのだという。
霊山の立ち入りを禁じていることには聞き耳を持たず、村人は山に入れなくなり、浸石の採集もできなくなった。
困り果て領主に文句を言いにいっても「人類の常識を変える」とか「これまで隠していたのは村の罪だ」とかで取り合うことがなかったのだとか。
確かに、食べるだけで強くなるのであれば、常識を変えるというのはそうなのかもしれない。
しかし村人の生活や被害者に目をつぶってまで独占して行うことなのかは疑問で、お金の匂いがする気がした。
「バカをした結果があれではな」
「スペシャルラウルウィンターです」
ラウルさんが高い声を目いっぱい低くして、得意げにお茶を用意した。
おばあちゃんの言葉を気にもせず遮ったことで、「いいから座っておけ」と雑に扱われている。
二人の掛け合いを見ていると自然と笑みがこぼれる。
出された茶は紅茶だった。
良い香りがする。
「で、返り実でないならお主らは何をしに来たんじゃ、ばばあの顔を見に来たわけではあるまい」
「そりゃそうですよ」と小さく聞こえ、おばあちゃんは一瞬横を見たが無視をし、紅茶をズズッとした。
私も続くように口をつけた。
想像以上に美味しい。
もう一口いく。
「結婚報告じゃないですか?」
「っ……!」
あやうく紅茶を吹き出しそうになった。
ラウルさんは椅子を引きながら軽々とそう言って、席に着いた。
「なに?確かに、それならめでたいことじゃ。そうなのか?」
おばあちゃんは期待するように少しだけ身を乗り出した。
「違いますよ……」
ギィロは頭をかいた。
おばあちゃんは姿勢を戻し「なんじゃ糠喜びさせよって」とラウルさんに文句をつける。
ラウルさんが笑顔で私を見るので、一息ついて明るいやりとりの返礼に取り繕った笑顔を返した。
「さっきの龍を討伐しに来たんです」
おばあちゃんの驚きの表情は「さすが枝のギィロ!」と言うラウルさんの興奮にかき消された。
ラウルさんは「黙っておれんのか」とひっぱたかれ、頭をさすりシュンとなった。
「随子の王、覚えておる。止めても聞かず探し回っておったな。まだ復讐しようとしとるのか」
おばあちゃんはため息交じりに言う。
「そうです」
「何にもならんぞ」
「ずっと目標でした。無視して生きることはできそうもありません」
おばあちゃんは息を大きく吸い、目を閉じてしばらく沈黙した。
「伝承にすがるしかなかったラジールを、まだ恨んでおるのか?」
おばあちゃんの雰囲気が変わった。
ラジールというのはギィロのお父さんだ。
自分の妻を山に連れていき返り実を与え、その後息子であるギィロと娘を山に連れて行った。
そこで龍に襲われ、ギィロしか帰らなかった。
「いえ、それはありません」
ギィロは真っ直ぐおばあちゃんを見て言う。
「ならばまだニナを悔いておるのか?」
ニナは妹さんだ。
ギィロが手を引きながら逃げ、逃げながら龍に奪い取られた。
巣山のどこかに半身のみで存在しているという……
「それは、そうです……」
おばあちゃんの口から出る言葉の一粒一粒に思いが乗って、ギィロの心を抉っているように思えた。
私まで胸が痛くなる。
「命を落とすかもしれんぞ」
「そのつもりはありません」
「違うぞギィロ、お嬢ちゃんの命じゃ」
「それは……」
ギィロはハッとした様子で言葉を切り、私を見る。
私にそんなつもりはない。
けど口を挟まずギィロの答えを待った。
「そうならないようにします」
「口にするのは簡単じゃ、王と渡り合っていたのは遠目じゃったが見た。
わしゃあ剣のことはわからんが……じゃがな、山に深い思いを抱いて入った者を何人も見てきた。無事だった者などおらん、ばばあの心配がわかるか?」
「気持ちはありがたいですが……」
ギィロは弱々しく答える。
私はハッキリ答えないギィロに我慢できなくなって、フォローするために口を挟んだ。
「あの、おばあちゃん、私はギィロの邪魔をしにきたんじゃありません、力になりに来たんです。それにギィロの剣はすごいです。あんなのに負けません」
ヒスイおばあちゃんの値踏みするような強い視線を浴び、私は負けないように視線を戦わせた。
ほんの数秒の後に、おばあちゃんの瞳と肩からは力が抜けた。
おばあちゃんは長い煙草を取り出し、「んー」とラウルさんに火を所望する。
ラウルさんは「身体に悪いですよ」と気遣いながらも、燃えた木のスパイルが乗った小さな器を近づけた。
おばあちゃんは「これ以上悪くなるものか」と、ゆっくり煙を吐いた。
それを見ていて、私も身体から力を抜いた。
静かな間が空いて、おばあちゃんが口を開く。
「お前たち、いつ出会った?」
「10年くらい前です」
ギィロが答える。
「わからん、村を出てどれくらい経った時だ?」
「1年くらいです」
「ふむ、お前たちの昔話を聞かせろ」
おばあちゃんは灰を器に落とし、聞く姿勢をとる。
私たちは雪灯院で出会い、共に剣に励み、龍伐の約束をしたことを話した。
ギィロがしょうもないので私の生活が大変だったことも話すと、ギィロはお節介なだけだと否定し、私が泣き虫であることを暴露した。
そして卒業後はサイドとして活動し5年目だと締めた。
「そうか、よくわかった」
おばあちゃんは頷きながら楽しそうに話を聞いていたが、真剣な表情に戻る。
「ギィロよ、ラジールの心が壊れ、孤児院に身を寄せるまでの1年、辛かったろう?」
ギィロは瞬きを数回し口を開きかけるが、次に言葉を発したのはおばあちゃんの方が早かった。
「1年で済んだのは幸いじゃったな。ひとりというのは正しさを見失う。どんどん歪んでいったはずじゃ、違うか?」
「違いません……」
ギィロは目の前の紅茶に視線を落とした。
「できたお嬢ちゃんのように見える。救われたな?」
おばあちゃんは視線を灰皿へとよける。
「……はい」
ギィロはカップを手で包み、私からは見えない方に顔の向きを変え小さく答えた。
私は目をまん丸くした。
その一言で、なんだか努力が報われた気になった。
「危険なことをする必要などないとは思わんか?
無いと思っているもしもが起きたとき、後悔してももう戻ることはできないのだぞ」
「……」
ギィロは答えない。
「お主らはまだ若い、感情に突き動かされとるだけじゃ。
さっきも見たじゃろう?山は自然、自然は無慈悲じゃ、冷静になれ」
おばあちゃんは一呼吸置き、ゆっくりと諭すように語った。
私たちは龍を討伐することを他の人に話したことなどなかった。
単純に二人で行くと決めただけで、他人から意見されたことなどなかった。
おばあちゃんは私たちを危険な場所に行かせないようにしている。
言われたことは本当のことなのかもしれない。
その言葉を理解はできてしまう。
ただ心にピンとこない。
なぜかおばあちゃんとマーニャさんが重なる。
私はまだ子どもだろうか……
頭を一振り。
浮かび上がったマーニャさんを振り払った。
「さっきの5人の前に、頭に花が咲いていた女の子が居たのを見ましたか?」
まだ伝えてないことがある。
私は黙ってしまったギィロの代わりに割って入った。
おばあちゃんもラウルさんも見ていないという。
私は二人に、花の少女や木人が街に出没し、返り実を食べた人を襲っている事を話した。
「そんな女、伝承にはないぞ」
「伝承は知りませんが、私たちの目的は龍だけではありません。街に被害がでているんです。
どれだけ返り実が街にあるかわかりません。犠牲者が増える前に止めないと」
「大義か。まったくメジャーのバカタレめが、何人犠牲にすれば気が済むのか、自分が被害者になるまでわからんのだろうな」
おばあちゃんは困り果てたように顔に手を当て悪態をついた。
「じゃが、どうやって止める?」
「山を殺します。良いでしょうか?」
ギィロの言葉にラウルさんがオーバーリアクションをとるが、おばあちゃんのひっぱたきが先制して黙らせた。
「それは構わん。霊山などと言ってはいるが、畏れ敬い、自然の一部として向かい合っているだけじゃ、堅苦しい信仰をしているわけではない。随子が山を出て街まで下りているなら尚更じゃ」
それまで反対されたら強引に行く以外なかった。
理解のある人でよかったと思う。
「じゃが、それができたとして、王に命を賭けるのは別の話じゃ。定まらんまま行くのはよせ」
ギィロは困った顔をして自分を押し通そうとしない。
おばあちゃんとの関係値というのも感じるけど、そのおばあちゃんの言葉によって迷いが生じているからだろう。
迷いを生じさせているのは、私の存在のせいだ……
「向かいにゲスト用の家がある。今日は泊まっていけ、山は逃げん。少し考えろ」
「え、あそこですかあ……?」
とラウルさんは不満そうな声を上げる。
「なんじゃ、気遣いじゃろうに」
「お二人は付き合ってるんですか?」
ラウルさんは唐突に身を乗り出して聞き、あまりのあっけらかんとした調子に一気に場の空気が変わった。
「いや……」
「じゃあリゼアノートさん、よかったらこのあと私が村を案内しますよ」
ラウルさんはギィロの返事に食い気味に発言し、席を立ち手を差し伸べるポーズをとった。
サイドとして本格的に活動し始めてから、異性に声をかけられることはだんだん増えてきた。
こういうのはけっこう慣れているのだ。
ギィロに視線をやると"別に"という顔をして首を傾げた。
「はい、じゃあお願いします」
まだ外は明るいし、山の話なら後でいい。
私は作った笑顔を返し席を立った。
ラウルさんは呆気にとられるおばあちゃんに対して「ばあちゃん、誘わないほうが失礼なんですよ」と胸を張り得意げにする。
「カツアゲだぞ」
「ちがいます」
私は人聞きの悪い事を言うギィロを否定する。
「なら俺は酒場にでも行ってくるか」
ギィロはよいしょと聞こえてきそうな風に席を立った。
「じゃ行きましょうか、リゼアノートさん」
「はい。じゃあギィロ、あとでね」
「うん」
というカジュアルなやりとりにおばあちゃんは唖然としたままだった。
そんなおばあちゃんを残し、私たちはそれぞれ村に消えた。
「真面目な話をしとったんじゃぞ……最近の若い者の考える事はばばあにはわからん……」




