第29話 龍との邂逅
巣山へ向かったのだが、目的地への乗合馬車の運行予定がなくなっており、ならばと商業用の荷馬車を探したが行く予定がないと言われてしまった。
いきなり出鼻をくじかれたのだけど、借馬屋に向かってマイナス方向へ戻るのも面倒だということになり、私たちは歩くことにした。
「まだ〜?どのへ〜ん?」
きっちり整備された道があって歩きやすいとはいえ、メジャー領は広い。遠い。
しかもいけばいくほど畑や牧場ばかりになって、他に何もない。
のどかな田舎だ。
途中にチョコパフェが売ってるカフェでもあればいいのにとか思う。
「もっと、メジャー領の端っこだぞ?砦の先だ」
ミケウの西、探求の神器の範囲外にまで伸びるメジャー領の外れ。
メジャー領第一砦の先にポッカリ村がある。
ギィロの話では、村のさらに西に第二砦があったが、かなり昔に巣山にのまれたらしい。
「村なんでしょ?砦より先にあって、危なくないの?」
「ケモノなんてほとんどこない、でかい川があるんだよ。それに随子は襲ってこないからな」
村と巣山との境には幅の広い温泉川が流れている。
ミケウを縦断する川の上流であり、川付近など場所によっては雪が積もることがない。
川を越えてすぐは急な低い崖だが、登るとしばらくはなだらかな地形であり、川を越えた先からが巣山、ということになっている。
村は川によってケモノの侵入が非常に少ない上、手を出さなければ襲ってこないという巣山のケモノの特性上自衛する必要がほぼない。
「見た目は砦みたいだぞ」
ポッカリ村は石材の素材となる浸石という液体が巣山側で採れるため、建築に重要な拠点となっている。
村より西の先に街などはない。
ミケウ領内では人の住む最西端であるし、特産品の浸石をふんだんに使った石造りの様相は、村といっても砦に近い印象を与えるそうだ。
「一応一週間分は用意したからね」
巣山は人の入れる山ではあるが一日で探索が済むような場所ではない。
広く高低差があり、入り組んでいる。
私たちは巣山内部にあるかつての砦を拠点にする予定を立て、山の攻略に数日かかる覚悟の準備をしていた。
それにしてもずっと微妙な上り坂だ。
体力的には平気なのだけど、気持ち的に休みたい。
「やっぱり村寄らない?」
「寄らない。急がないと暗くなるぞ」
行く前にも聞いたし、歩いてる最中も何度か聞いたけど、ギィロは頑なに村に寄ろうとしない。
寄る必要がない。とか言う。
隣に寄りたがってる人がいるのに。
村は見えてきたけど、そのせいで素通りすることになった。
「ついた感じ〜?」
村と目と鼻の先にある川まで来て、遠目に見える村にうらめしい視線を送る。
「うん、もう少し上流に渡れるところがある」
言われて目線を正面に戻すと、川の手前にキャンプがこしらえてあるのが見えた。
そこにはガラの悪い連中がたむろしていた。
「あれなに?」
「さあな、なんでもいい、無視していくぞ」
しかし、相手にそれを許すつもりはないようだった。
・
「おい、山に入るな」
一人に呼び止められ、残る四人は面倒くさそう立ち上がり壁のように立ちはだかった。
「なんだお前たちは」
初めの者に話を聞くと、メジャー領主の指示により返り実の採集に来ており、他の者の侵入を許していないのだという。
ご丁寧に許可書まで見せびらかしてくる。
返り実を集めていたのはメジャー領主のようだった。
「そうか、じゃあ通してくれ」
「話聞いてたか?」
でももう私たちにそんなことは関係なかった。
ギィロとの押し問答が続き男たちが苛立ち始めると、先頭の者が返り実を手に脅してきた。
「別言うことを聞かないなら、わからせてやってもいいんだぞ?」
「その実の効果なら知ってる、巣山のこんな近くで食って危険だと思わないのか?」
ギィロは川向こうを示し警告を放った。
「知ってるならわかるだろ?ケモノが出ようと捻り潰し、お前たちを地べたに這いつくばらせる効果がある」
ニヤケ顔で引く気配のない男たちにギィロは舌打ちをする。
領主がなぜこんなガラの悪い連中を雇っているのか不明だが、とにかくただの障害でしかなかった。
行く手をふさぐうるさくて邪魔な石ころだ。
しゃべらない分岩食いの方がましに思える。
力ずくで突破するしかないかなぁ、と思ったその時、ふっと記憶をくすぐる複雑な花の香りがした。
「通してよ」
突然後ろから乾いた声がして息を呑んだ。
いつの間にか後ろにあの少女がいた。
突如注目を集めた少女の過剰に飾られたその姿が、今回はよく見える。
毛皮のようだと思っていた衣服は、胸までは黒くて紫を帯びた細い花びらのようなもので覆われ、胸から下は大きな葉のようなものが折り重なり、膝下くらいで外側に開いている。
頭はグレーの長い髪の上に覆い尽くさんばかりに花が咲き乱れている。たぶん、香りの元だ。
乾いたような白い肌をしている。
例えればカジュアルな短めの緑のドレスに黒いファーを巻いた小さな女の子。そんな感じだ。
「いい香り、好き」
花の少女は私の方に顔をつきだし、横を通りすぎる。
花の少女の奇妙さに圧されるものの、敵意は欠片も感じられず、剣に手は伸びなかった。
可憐な少女の姿をしているからかもしれない。
そんな突如現れた花の少女を観察していると、少女は男たちに顔を向き直し、小さな歩幅でゆっくり歩いた。
異様だ、歩む足から音がしない。
いや、違った。
意識すると足の動作と砂利の音が同時に発生しているのがわかる。
足の動きと音に結びつきが感じられないのだ。
石が転がっているだけ、風が通っているだけのようなそんな感覚がして、少女を視界に入れていなければそこにいることを感じ取れないかもしれないとすら思う。
こんな小さな女の子ではあり得ないとは思うのだけど、隠密に長けたシーフの技術の最高峰。なんとなくそんな印象を受けた。
「ギィロ、山の香りの女の子……」
視線はそのままに、小声でギィロに伝える。
「こいつがか?異様だな……」
声音からギィロも得体のしれなさを感じている。
「なんだこいつ」
「変だぞ……」
男たちも同様に少女に対して思い思いの言葉をぶつけるが、少女はまるで聞こえていないかのように、まともに答えようとはしない。
「君たち臭いよ、早く食べなよ?」
花の少女は男たちに細腕を向けて周囲を回り、乾いた声で淡々と言う。
「この奇抜な女はお前たちの仲間じゃないのか?」
男の一人が指をさす。
「違うけど……」
襲ってくる可能性がある。
しかし警告を発して男たちに効果があるかどうかは微妙だ。
むしろ逆効果になる気すらする。
迷ったのは一瞬ではあったけど、私の言動を制するようにギィロが小声で言う。
「俺はこんなやつ知らない。何をするのか見ておきたい」
私はギィロの言葉を聞いて唇を噛み黙った。
無慈悲なことだと咄嗟には思った。
けどこれから命をかけて山に入ろうとしている私たちにとって、巣山と関係があるこの奇妙な少女の力を確認するのは必要なことだ。
それに街の暗い路地で現れた木人は、不意を突かれてもなんとかなった。
不意打ちなど不可能な、明るく視界の良いこの場所で、木人や、または別のものに襲われても問題はない。
危険であれば手助けすればいい。
そう判断した。
先頭の男は眉間にしわを寄せ、まじまじと少女を見て首を傾げていた。
突如花の少女は若干怒ったように叫ぶ。
「通してほしいの、はやく食べてよ。くさいくさい、くさいいぃ!」
少女は自分の持っていた返り実を投げつけた。
投じた返り実に勢いなどなかったが、先頭の男の胸に命中し、ポトリと落ちた。
「チッ、なんだこいつ、子どもが来るところじゃねえんだよ……」
「そいつなんかおかしいですよ……」
悪態をついた先頭の男に取り巻きの一人が呟く。
「うるせえな、通さねえのは決まってんだ。めんどくせえ、望み通りにしてやるぞ。おい!お前ら!」
弱々しく投げつけられた返り実は、挑発としては充分なようだった。
男は不快感を示し返り実を口にする。
遅れて周囲の男たちも続く。
「あーー、ありがとう。おいしいね?いい香りになるよ……」
花の少女はうふふと喜び、頭をフラフラさせながらその場で回る。
襲いかかってくる素振りは見せない。
だけど木人の存在知っている私たちは、周囲へ警戒の視線を送る。
「「ァーーーーーァーーーーッ!!!」」
突然、少女は人の声とは思えない音で大声を張り上げた。
その音は、非常に高い音と低い音が同時に発声されていた。
視線を集めていた少女への注目がさらに固くなった。
だが少女は男たちの方をじっと見るだけで、何もしない。じっとしている。
声が作り出した異様な緊張感と沈黙がその場を支配した。
「…………なんだよ、それだけか?」
男の一人が言ったあと、空気が揺らいだ。
フオォン……
ひとつ、翼を打つ低い音。
「あいつだ……」
ギィロは上空を仰ぎ呟くと、枝を引き抜いて構えた。
空には黒い龍が舞い、頭を下にして速度を上げ降りてきていた。
小さく息を吸い込み、私も咄嗟に白雪剣を抜いた。
「あああぁぁ!!」
初めの男は、想定外のケモノの登場と迫る死に、意味のある言葉を発する暇などなかった。
龍の爪の先からさらに大きな爪が幻のように現れる。
男の掲げる剣は意味をなさず、身体は四つに分かれた。
ズウゥーン……という音と共に、龍は錯乱する男たちの中央に降り立った。
顔を低い位置に下ろし四つ足で立った龍は、頭を上げれば2メートル、頭から尻尾までは5メートルほど。
どっちも姿勢によってはもっとだろう。うねる尻尾の長さなどよくわからない。
全体的に黒く、角や爪や尻尾の先端、顎の下や腹部などは部分的に灰色がかっている。
翼はないように見えるが、幻の爪と同じように時折瞬間的に姿を現す。
それはギィロから聞いていた龍の姿と一致した。
龍族のことは知識としてもっている。
別に龍のすべてが強大な力を持つわけではない。
中央街ならばはぐれ龍の討伐は稀にあるという。
だが目の前の龍は紛れもなく、一般的な人間の剣士の力を超える危険な龍だということは容易に理解できた。
龍は引き裂かれた男を抑えつけ、さらに牙で引きちぎった。
撒き散らされた血や肉と共に、恐怖も飛び散った。
男たちの中に、返り実の力を龍に奮おうとする者は一人もおらず、叫び声を上げ逃げ惑った。
その混乱のなか、ギィロが枝を手に駆けた。
ギィロの奮った枝を、龍は前進しながら爪で受け流してすれ違い、男たちの内のひとりの頭にかぶりつく。
骨の砕ける音がして、龍の口から男の体に沿って血が流れ出る。
そのまま一瞬ギロリとギィロを見た龍は止まらなかった。
幻の翼が明滅するとギィロを超えるように反対側に飛び、別の男を前足で地面に抑えつける。
ギィロの進路を尻尾で妨害すると、抑えつけられた男を鷲掴みにしたまま低空を飛行し、逃げる男に咥えていた男をぶつけ、倒れた胴体に喰らいついた。
男は抵抗する間もなく嫌な音を立て、動かなくなった。
追いついたギィロの振りかざす枝を、空いている爪で受け止め、男を鷲掴みにしたままの反対側の爪で反撃に出る。
ギィロがそれを避けると、男は地面に叩きつけられ潰された。
ギィロは龍の自由を奪うかのように、間髪入れず攻撃を繰り返した。
複数回の攻撃に龍は後退しながら防御している。
すべてを防げているわけではないのに、大きなダメージを受けているようには見えない。
加勢するなら今だ。
私は身体に風を纏い、剣には水を纏わせ素早く滑るように駆けた。
龍の腕が、ギィロの薙いだ枝を受け上がった。
私はその脇に向けて剣を振り上げたが、明滅する翼が龍を宙へと浮かび上がらせ当たることはなかった。
龍は低空で羽ばたくもなく、横向きのまま黒い瞳で私を見下ろしてくる。
するとギィロが私の視界を横切った。
視界の範囲外から尻尾が迫っていた。
ギィロは防ぐというより切り落とす勢いで枝を振り、黄色い軌跡が空間に残る。
「ファアア!」
尻尾が断たれることはなかったが、鱗を切断し棘の数本が削げ落ちた。
叫んだ龍は宙で距離を取ると、最後の一人の男に向き直った。
攻防のさなかで距離のあいた男に突進し、着地と同時に男の背中を瞬間的に現れた一本の角が貫き、男は倒れた。
瞳はこちらを向いたまま、龍は転がった男を容赦なく貪る。
男たちは、瞬く間に全滅してしまった。
見渡すと周囲には無残な男たちの亡骸が転がっている。
騒ぎを聞きつけたのか、村人と守衛が遠巻きに居るのが見える。
いつの間にか花の少女の姿は見えない。
龍はペロリと舌をのぞかせると浮かび上がり、こちら、というより私に向かって低空を飛行した。
構える私の前にギィロが入る。
ギィロが幻の爪を受けると龍は横に移動し、地上を数回飛び跳ねた。
男たちの亡骸を饅頭を掴むかのようにまとめ、浮かび上がる。
黒い瞳にじっと見下ろされ、そのまま巣山の方に飛び去っていった。
・
「かぁッ……」
ギィロが止めていた息を吐くような声をだす。
私は飛び去る龍を見ながら、剣を納めることも忘れ、ただ呼吸をするのみだった。
「山に黒き随子の王在り」
村人のおばあさんと20代くらいの爽やかな守衛さんが近くまで寄ってきていた。




