第25話 握った手
ジリジリと近づくゴロツキたちの一人が煙の出る何かを投げつけ、私が振り落とすと、汚い言葉と共についに一斉に襲いかかってきた。
私は常に退路を確認し、引きながら相手をした。
先生ほどの強者は居ないように思うけど、弱いわけではないし油断してはならない。
こういった道を踏み外した者たちの中には、開拓者崩れなどの、剣を高等に扱える者が混じっていることがあるのだ。
黒羅旅団は勢いだけの素人は一人もいないように感じる。
力量の違う複数の剣はリズムを狂わせ、加減は混乱する。
切り刻むわけにもいかないし、加減が弱すぎればまた立ち上がってくる。
ケモノと違い人というのは厄介な敵だ。
時折視界の端、檀上の方で炎が見える。
炎が見えるなんていうのは普通ではない。
ギィロが何と戦ってるのかハッキリ見えなくて気が気じゃない。
少なくともギィロはすぐに勝負を決めることができていない。
私は何をするにもとにかく数を減らさないといけないのに、うまくいかずに時間がかかって焦り、焦りはさらなる焦りを生み、剣が交わる音は止むことがなかった。
・
ギィロと黒羅のボスは壇上で睨み合った。
「面白い話が聞けるかと思ったが、しかしミケウリリアねえ……随分と頼りない希望にすがっているな?甘い計画だ」
ミケウリリア雪灯孤児院はその"名"によって守られてきた。
そこを襲えば身の破滅を招くと信じられているからだ。
だが黒羅のボスは、『お前は手の平で転がっている』とでも言いそうな余裕を見せる。
「もうどうでもいい、むしゃくしゃしてる、後悔させてやるからな」
ギィロは体の左半分で赤ん坊を抱きながら、右手の枝をグッと握った。
「調子に乗るなよ小僧、あー気持ちが悪い」
両者共、たまった不満を、そもそもの原因である相手にすべてぶつけようとしていた。
「見ろ、これでもまだそんな口を叩けるのか?」
ボスは炭のように黒い歪な棒を顔の前で見せびらかすように握る。
その棒から、突如炎が噴き出した。
「なんだそれ……」
ギィロは見たこともない武器に目を見開き警戒する。
「遺物だよ、すごいだろう?これがあればどんな計画も完遂は間違いないわけだ」
「めんどくさそうなもん持ち出しやがって……」
ギィロは胸に抱く赤ん坊をさらに庇い、背中を向けているといってもいいくらいの姿勢をとった。
「枝のギィロ、焼けて落とし前をつけろ!」
炎が廃墟の一角で唸りを上げた。
遺物から溢れ出した火は、刃の形などしていない。
幾度も炎を振り払い、遺物と枝が交差する度に、空気そのものが燃え襲いかかる。
「クソがっ……」
ギィロは顔をしかめ、遺物そのものと炎を防ぎ続けた。
一方的な展開が繰り返されたが、黒羅のボスにとっては繰り返されること自体が普通の状況ではなく、どちらかの顔色が優れていくことはなかった。
ボスは炎を横一文字にボウッと流すと距離を空けた。
揺れる炎の隙間から、互いに眉間にしわを寄せる相手の顔が垣間見えた。
「なぜ焼かれない!」
遺物は常に計画のセーフティだった。
これまで何があろうとも、最後には自慢の遺物で叩き伏せることができていた。
この無敵を約束する宝を手に入れてから先、切り抜けられなかった問題などないのだ。
ボスは決定打を与えられない状況に、歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど悔しがった。
「あっつい、あっついよお前!やめろそれ!あぶないだろ!」
ギィロは赤ん坊を庇う姿勢をやめず、熱を冷ますように枝を持つ手を振る。
ギィロの異常に密度の高い土纏いは、炎の流れを食い止めることが出来ていた。
それでも赤ん坊を庇う不利な姿勢で、そもそもの技量の高いボスにうまく反撃することはできないでいた。
「くそう!なんなんだお前は!思うようにいかん!気持ちが悪い!なんだその枝は!なんで頑丈なんだ!」
激昂したボスは思いの丈を包み隠さず叫んだ。
「良い枝だからな!」
ギィロは顔の前で見せびらかすように枝を振った。
ボスは不意に真似されたその身振りを見て、これまで思い至らなかった可能性に行き着く。
「なるほど、わかったぞ……ただの枝ではないな?」
「やっとわかったか。良い枝だ」
「それなら、どっちがより優れているか試そうじゃないか?」
低く言うと、ボスは遺物を両手で握る。
炎が収束し渦を巻いた刃が形成された。
「自慢の枝で受けてみろよぉ!」
渦巻く炎の剣が、ゴォォォという音と共に勢いよく振り下ろされる。
ボスの剣の軌道は素直だった。
機を見たギィロは、バカ正直に真っ向から受けることなどなかった。
身を翻しながら炎の根元を思い切り叩く。
ゴッ……という鈍い音と共に、炭のような遺物はボスの手から離れ、転がった。
「あっつ!!」
ギィロの枝には渦巻く炎がわずかに残った。
ギィロは耐えかね、炎を振りほどくように枝から手を離した。
一瞬、二人の動きが止まり、視線だけが動く。
ボスは体をひねり枝を真っ先に拾い、笑みを浮かべた。
ギィロは足元に転がる遺物を後ろに蹴飛ばしてから拾い上げ、炎から解放される喜びで笑った。
「ははっ!この遺物がなければただの人だろ?やっとお前をぶったたける!」
「笑いたいのはこっちだ!計画を変更する。わかってるぞ、この枝も遺物なんだろう?そうでないと説明がつかない」
二人は互いに勝ちを確信した笑みを戦わせた。
「おい、ていうかなんだよこれ、何もおきないぞ?どうやってつかう?」
ギィロの手に握られた遺物は真っ黒の棒のままだった。
「そいつは火纏いの潜在力を引きずり出す代物だ」
ボスが説明し、ギィロは「ふん!ふん!」と力を込めて遺物を振った。
だが炎どころか火の粉一つ出ることはなかった。
「だーはっは!残念だったな?お前にゃ資格がないようだ」
自分だけは分かっていた。
ボスは間抜けな相手を見下し「計画通り」と肩で笑う。
「ええぇ?なんだよせっかく拾ったのに……」
ギィロは自分にとって遺物はゴミであると断定したが、同時に火纏いと聞いて、閃いた。
「それなら……リゼぇぇーーっ!!」
ギィロは遺物を勢いよくゴロツキたちの中に放り投げた。
「えっ?」
リゼアノートは突然飛んでくる謎の物体を受け止めるために、寄ってたかってくるゴロツキたちを牽制し、距離を作った。
「無駄だ無駄だ、お前が土纏いでおねえちゃんは水纏いだろう?無理なのさ、そこまで計算ずくよ」
ボスは剣士としての経験と鋭い感知力で、二人の戦い方を分析していた。
遺物を投げられるとは思ってなかったが、咄嗟にそれも想定内だと強がり、自分が優位であることを主張する。
「なにこれぇぇーー!?」
リゼアノートは得体の知れない黒い棒を汚い物かのように持つ。
「火纏いだってよぉー!」
二人の大声が飛び交うと、場が沈黙に支配された。
棒に視線が集まり、一度唾を飲み込む程度の一瞬。
空気の流れが変わり、突如リゼアノートの手元から炎の柱が出現した。
「うわああはあぁ!」
リゼアノートは驚いて叫び、遺物を自分から遠ざけるように腕を伸ばした。
ゴロツキたちを巨大な炎の柱が襲い、一瞬にしてリゼアノートの眼前にはうめき声を放つ塊がいくつも出来上がった。
「あ、やば……」
リゼアノートの顔は、ぷすぷすと煙をあげる複数の塊を見て引きつった。
「すげぇ……」
ギィロは半笑いで呟いた。
積もっていた雪は溶け、炎の柱の残滓がいくつか床で揺らめいている。
握られていた遺物は、ピキピキとヒビが入り、ボロボロに砕け散った。
「あ、壊れちゃったよー!?」
「お、お、俺の……まさか……計画が……」
ボスは目の前で起きた事実に愕然とし、目をまん丸くした。
「はっ、ははっ!リゼには使えたみたいだな?」
ギィロは心底楽しそうに笑う。
「この……気持ちの悪いやつらだ……だが、お前の枝はここだ。まだ俺に分がある。まだ修正可能だ」
ボスは気を取り直し、どちらかというと自分を落ち着かせるように言い放った。
「大事にしろよな?俺はじゃあ、おまえの手下の汚え剣を貸してもらうよ」
ギィロは微笑んだまま、初めに気絶させたゴロツキから剣を奪った。
その隣でグラマーな女が床に座り、艶めかしい視線を送ってくるが、一切見ないよう努力した。
「で、普通の木に見えるが……どう使う?」
「別に誰でも使える、条件なんてない」
二人は新しい自分の獲物を確かめるように振った。
「教える気はないか。だが頑丈であるのはこの目で見た。すぐに決めてやる。自分の持ってきた武器に打ちのめされろ」
ボスは凄みながらも、素早く決められなければならないという状況の悪さは認識していた。
「なんで攻撃するつもりでいるんだよ?赤ん坊を炎から守る必要がなくなったんだ……」
ギィロは息を吸い剣を構えた。
「なら……次は俺の計画の番だろっ!」
尻上がりに叫び駆け出したギィロは、容赦なく剣を振り下ろした。
ボスはギィロの身のこなしに問題を感じなかった。
次に繋がる動きまで素早く計画し、確実に受けられる体勢をとり、今しがたの経験で得た信頼を込め枝を突き出す。
受けた剣の感触に一瞬の違和感を感じた。
だが気づいたときにはもう手遅れであった。
枝は、いとも簡単にへし折れた。
「折れ……」
言い切る前に追撃がボスの身体をくの字に曲げる。
ボスは右腕を抑えて倒れ、苦悶の声が響き渡った。
「あーあ……また良い枝を探さないと」
ギィロは剣をゴミのように捨て、折れた枝を拾い残念そうに息を吐いた。
ギィロはボスに継戦する余裕がなさそうな事を確認し、改めてフロアを見渡す。
倒れたゴロツキたちと炎の間をぬってリゼアノートが駆け寄ってきていた。
・
言われるがまま手に取った変な棒から炎が噴き出して、驚いて振り回したせいで目の前のゴロツキたちはほとんど焼かれてしまった。
残ったやつは戦意を喪失している。
私は倒れたゴロツキたちの生死を確認したくなくて、壇上で戦う二人に駆け寄ると、ちょうどギィロがボスを吹き飛ばすところだった。
ギィロは周囲を確認してから私を見る。
「リゼ、怪我じゃ済まなさそうだぞ……」
「変なもの渡すからでしょ!!」
人のことを庇おうとしてくれていたくせに、誰のせいでこんな惨状になったのか小一時間問い詰めたいと思った。
その時だった。
複数の足音が廃墟に響き渡る。
「そこまでです!!」
ずいぶん少なくなった視線は、声の主に集中した。
雲間から覗いた陽の光が、ふきぬけた屋根から差し込み廃墟への新たな侵入者を照らしている。
ミケウリリアが、ミルクティーのような色の髪を輝かせ、堂々と光の中に立っていた。
「ミケウリリア様の御前だ!全員動くな!」
衛士の声が響く。
ギィロは入り口に立つミケウリリアを見て、全身で大きなため息をついた。
「まさか、ほんとに来るのか、ミケウリリア……こんなことのために……?計画は、初めから失敗だったのか……」
ボスは、滅多に姿を現さないミケウリリアが人攫いごときで動くはずはないと考えていた。
こぼれたその声には、理解不能な事態への戸惑いが滲み、諦めたように力を抜いてその場にへたり込んだ。
「ギィロ、話せばわかってくれるよね……?」
「これだけやっといて何言ってる、わかってて剣を向けたんだろ?」
「でも……」
頭の整理も中途半端に、感情に任せて黒羅に夢中になってしまっていたけど、ミケウリリア様が来るという可能性にしか過ぎなかったことが実際に起きると戸惑った。
「……リゼアノートにギィロですね?どういうことか説明してもらえますか?」
ミケウリリアは周囲を見渡したあと二人の方を向き、衛士を後ろに連れ歩み始める。
私はミケウリリア様に目が釘付けになった。
避けられない現実が迫り胸を叩いてくる。
小心者の自分が現れ、全身が緊張し、心は萎縮していきそうになった。
私が口を開きかけたとき、ギィロが小声で囁いた。
「リゼ、逃げるぞ……」
ギィロが手を差し伸べている。
「えっ?」
その手に視線がとらわれると、私の世界は一瞬時が止まった。
この手を取るというのが、大きな選択だということを直感して、瞬間的に過去や未来のいくつもの絵が頭に浮かんだ。
会ったばかりのギィロと取っ組み合いの喧嘩をしたこと。
ちゃんと助けるってケモノ狩りに連れて行ってもらって全身泥だらけになったこと。
帰るのが遅くなって、一緒にマーニャさんに叱られたこと。
楽しそうに剣を交える姿と、寂しそうに軒先に座るすがた。
背中を向けて雪道を走って去っていったこと。
二人で龍に対峙してる想像上の姿と、無人の白影砦に立つ姿。
「早く来い!」
ゆっくり動き始めていたギィロを見つめると、もう置いて行かれたくないという思いが爆発的に強くなった。
「ちょ、と待ってよ!」
私は何が正しいことなのかなんて忘れて、ギィロの手を急いで取った。
手を強く握られた瞬間に、これまでずっと胸にあった迷いは消えて、頭の中には一枚の絵が残った。
なんで……笑っちゃいそう。
おじいちゃんが書いてくれた、ギィロが枝をつきだしている、変な扉がいっぱいの絵だった。
私は負けないように強く手を握り返した。
それで良いんだと思えた。
「待ちなさい!」
ギィロはミケウリリア様の静止で速度を落とす。
「ミケウリリアー!!お前になら!こいつを頼んだ!」
ギィロはミケウリリア様を呼ぶと、抱えていた赤ちゃんを高く高く放り投げた。
「あー」
「え?あ!お、お、お……」
「いくぞ!あいつならちゃんと受け止められる」
信じられないことをするギィロに目を見開いた。
手を強く引かれながら後ろで宙を飛ぶ赤ちゃんを見つめていたけど、すぐ建物の影に隠れてしまった。
私は前に向きなおり、ドキドキしながら逃げた。
・
「あ~あ~」
赤子がミケウリリアの腕の中でないた。
「はぁ~、ふう……なんてことをするのあの子は……」
ミケウリリアは大きく息を吐き、常識外れの行動を飲み込んだ。
「捕まえますか?」
「野暮なこと言わないで、雪灯院の子たちです。この赤子もそうでしょう、マーニャは苦労していそうね……」
ミケウリリアは少し楽しそうにも、羨ましそうにもするが、それもすぐに表情からかき消した。
ミケウリリアは廃墟内に居る者の拘束と消火を指示し、素早く行動に移る衛士たちを見ながら口走る。
「お祖父様、あの子たちはもう、枠の外に出てるのかも知れませんよ……」
「あー」
「はいはい、よしよし……」
この日、黒羅旅団は解体された。
それはいずれ、ギィロの冒険譚の初めの1ページとなる出来事だった。




