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黄金剣のギィロ 〜好きってどういうことだかわかる?  作者: ぷるお


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第23話 小心者の私、だけど

 翌日の朝、よく眠れなくて変に早く目覚めてしまった。

 そのままだらだらと身だしなみを整えて、あとは服を着るだけになった頃、


ドンッ……


 と聞き慣れない低い音が響いた。



 それはハッキリしない私の心境とは無関係に、世界の中心が私ではないことを表すかのような知らせだった。



 音はなんとなく院内全体に響いたように思って、扉を小さく開けて廊下を覗くと、複数の武装した大人の男性がズカズカと院内を闊歩していた。


 何事が起きたのかと心臓が高鳴り、汗臭そうな一人と目が合った私は咄嗟に扉を閉めた。

 白雪剣の置いてある場所に視線だけは送るけど、足音はすぐに大きくなり、廊下側から扉の取っ手が掴まれたのがわかった。


「いやああぁぁ!!」

 

 私は叫んだ。

 あまりに軽装すぎるし、そうでなくても訳の分からない変態に部屋に押し入られたくない。

 叫ぶとすぐに廊下の男は諦め、乱暴な足音は別の場所へと向かっていった。

 胸をなで下ろしたけど、扉を閉ざす手は離れなかった。


 最悪戦わなきゃいけないと思い、素早く白雪剣を持ち出してからもう一度扉を押さえた。

 足音はいくつも聞こえ、男の怒声も誰かの悲鳴も聞こえてきた。

 

 震える足を一度叩きそのままでいると、「急げ!」などの声と共にいくつもの足音は遠ざかり、聞こえなくなった。

 細かな呼吸は、意識的に深呼吸をしても治まらず、勇気を出してゆっくりと扉の外を確認すると、さっきまでの喧騒は嘘のように静まり返っていた。


 

 私は依頼で不届き者を捕らえる事は何度かしていた。

 チンピラ相手に剣を使うことだってあった。

 けど実際に被害に合う方は、心の準備も身構える暇もなく、怒涛の勢いに呑まれてしまうのかという現実に震えた。


 ギィロならこんなに弱くないんじゃないかと、タイミング悪く居なくなったギィロと今の自分を比べて、情けないと思い肩を落とす。


 私は急いで服を着て、院内の様子を確認するため部屋を出た。


 誰か怪我をしていないか、何か盗られていないか、壊されたものはないか。

 大人の職員さんやなんとか落ち着いている年長の子たちと一緒に、ショックを受けている子を慰めながら確認して回った。


 でも廊下に泥付きの足跡がいっぱい残っている以外、特に何かされた様子はなかった。



「リゼ!」

「マーニャさん!」

 たぶん別の場所を見回っていたのだろうマーニャさんと合流した。


「大丈夫でしたか?」

「はい、こっちの方は特に何も。マーニャさんは?」

 心配してくれるマーニャさんに簡単に問題無いことを伝え、マーニャさん個人というより、確認してきたことについて聞いた。


「赤ん坊が攫われました……」

 その言葉を聞いて、身体の芯に一本冷たいものが走った。


「え、どの子……」

「この間来たばかりの、一番小さい子です」

 名前を言わないということは、名前がわからず、マーニャさんが命名に迷ってて、まだ名前すら付けられてない盲目の子だ。


「どうしよう……」

「何の目的か分かりませんが、通報する以外にありません。なんでこんなことに……」

 "ミケウリリア雪灯孤児院"が襲われることはないと聞かされていたし、そんなのは聞いたこともない。

 マーニャさんもショックを隠しきれていない。


「私は近くの駐屯所まで行きますから、リゼはみんなをお願いできますか?」

「はい、わかりました……」

 マーニャさんが居なくなるのは少し不安があるけど、仕方が無い事だ。


「昼になればミケウリリア様がいらっしゃいます。もしかしたら力になってくれるかもしれません」

 そう言い残し、マーニャさんはもうひとり大人の職員さんを連れて雪灯院の外へ出ていった。


 私はまた、自分にできることをして院内を回った。


 だいぶみんなも落ち着いて来た頃、赤ん坊の居た部屋まできて中を確認した。

 家具などが荒らされている様子はないが、その部屋も例外なく汚い足跡で汚されていた。


 床に残る足跡を見て「はあ……」とため息を付くと、不自然に落ちている一枚の紙切れが目に入った。


 手に取って確認してみると、それは地図だった。

 雪灯院とそこから東側の簡単な地図。

 一箇所にバッテンが付いていて、バッテンからは緑の線が引かれている。

 それを見て、この地図が何なのかわかった。


 ギィロから前に聞いたことがあった。

 雪灯院より東側、つまりミケウの北東にあたる地域はあまり人が住んでおらず、まばらに建つ建物も無人のものが多い。

 外観からでは想像できない改築がされている建物もあり、密かな待ち合わせになどに使われる事がある。


 そこで焚かれる狼煙には分かりやすく色が付いており、色付きの狼煙は、秘密を持った別の者との余計な衝突を避け、自分たちの目的の相手とだけ会えるような工夫なのだという。


 地図に書かれたその地域への印と色が示すものは、ここへ来いということ以外にない。


 誰が、何のためにそんなことをしてくるのか。

 身代金が目的なら相手と連絡をしなければならないだろう。

 それならそのことを書いておけばいいのに場所以外記されていない。


 考えてもわからなかった。

 ただ赤ん坊を取り戻すにはそこへ赴く以外にない。



 襲撃があったとき、私は何もできず震えて、叫び声をあげたりもしてしまった。

 思い返すと恥ずかしい。

 戦えるのだから、もしちゃんとしていれば、こんなことにならなかったかも知れないのに。

 そう思うと責任を感じ、自分がやらなきゃいけないことがわかった気がした。


 人攫いは複数人いたけど、複数人を相手にした経験はある。

 ちゃんと心構えをしてから臨めば剣に自信もある。

 赤ん坊を攫うなんていう暴虐は許せない。

 居場所がわかるならただ待っているなんてできなかった。


 助ける。


 私はちょっと前の弱かった自分を修正するように強く決意した。

 地図をもう一度しっかり見て覚え、念の為に近くの机に置いた。

 もし私が戻れなくても居場所をわかってくれるかもしれない。

 そして白雪剣を腰に付け、心配させないよう誰にも言わず雪灯院を出た。



 外に出ると、多くのウマの足跡が確認できた。

 私は頭の中の地図と足跡を照らし合わせて、出来るだけ急いだ。


 途中雪のない道が続いて足跡を見失ってしまったけど、歩き続けると緑の煙を確認することができて、地図の意味が確信に変わった。


 太陽はかなり高い位置まで昇っている。

 人けがなく、聞こえるのは自分の呼吸と雪を踏みしめる音、陽にさらされた雪が屋根や木の枝からドサッと落ちてくる音くらいだ。

 私は狼煙の方角に向けて、雪かきすらされていない荒廃した家々の立ち並ぶ間をすり抜けていった。



 目的の建物の近くまでこれた。

 緑の煙を吐いている廃墟は大きかったが、ミケウらしい尖った屋根もなく、外観だけ見ると雪が積もり過ぎれば崩れてしまいそうな印象を受けた。

 廃墟の前には何体もの清馬や馬車が留まっている。

 入り口はいくつもあるようだけど、そのうちの一つの前に、見張りなのかどうか、話している二人組が確認できた。

 せいぜい7.8人くらいかと思っていたのだけど、間違いなく中に10人以上いることは容易に予想できた。


 ここまできたのに緊張する。

 普通こういったことに依頼で赴く場合、一人で行くなんてことはあり得ない。

 一人で助けることができるのか、弱気が襲ってくる。


 すると見張りに立っている二人組の一方がこちらを指さすのが見え、一人が中に消えていった。

 私は弱気に支配される前に覚悟を決め、歯を食いしばり歩み寄った。


「誰だねえちゃん?」

 見張りはふらふらとしながら、躊躇なく当たり前のように刃物を向けてくる。


「緑の地図を見たの」

 誰なのか答える必要なんかない。

 柄に左手をかけながら聞いた。

 ここで間違いないのかを確認したかった。


「そりゃここだが、話が違ぇなあ……」

 見張りは半分独り言のように喋る。


「場所が分かればいいの、返してもらいに来たんだけど?」

「おねえちゃんがか?はは、ふはは」

 見張りはバカにしたように笑う。


「別に、全員倒すつもりだから、今あんたを斬ってもいいんだけど?」

「うわはははは!笑わせるな!ぎゃははは」

 見張りは心底楽しそうな顔で腹を抱えて笑う。

 それを見て私は睨みつけながら右手を剣に添えた。


「わかったわかった!うひ、入れてやるよ。なんだろねぇこいつは、ひゃっひゃっひゃ」

 見張りはまだ笑いを堪えられずに廃墟の中へと誘導してくる。


 一歩入ると、中は広く、壁や柱にいくらかの不格好な修繕がされているのが見えた。

 屋根は一部が崩れ落ちたのか吹き抜けてるところがあり、中にまで雪が積もる場所がある。

 恐らく二階へ行けたのであろう階段は崩れていて、その二階はほとんどが既に無い。

 広いのは、元々あった壁も天井も抜かれているからに思える。


 フロアの中央では緑の煙を吐く狼煙が焚かれ、多くのゴロツキがたむろしていた。

 奥は床が少し高くなっていて人が多くいる箇所がある。

 それより奥は暗いし、人がいてよく見えない。


 人数の予想ははるかに超えている。

 ちゃんと数えないと分からないけど、見えてるだけで20人以上は確実にいる。

 先に入った見張りから報告が既に行われていたのだろう。その殆どがこちらを見ている。


「変なおねえちゃんが来ましたぜえ」

 私は雰囲気に負けないように一度ツバを飲み、できるだけ堂々と、周囲を確認しながらゆっくり侵入した。

 狼煙以外にも小さな煙が幾つも上がっていて、変な匂いが漂ってくる。

 ざわつきと笑い声が聞こえてくる。


「全員倒す!とか言ってましたぜ?」

 見張りのオーバーなモノマネで笑い声が大きくなった。


「赤ちゃんはどこ!返しなさい!」

 私が叫ぶと余計に笑いが強くなった。

 私は睨みつけながらゆっくりと、一人ずつゴロツキたちを確認していった。

 すると私の目線は一人の男で止まった。

 左手で右の頬を触っている。

 それは知っている癖で、知っている顔だ。


「うそ、先生……?」

 ゴロツキたちの視線は、私の呟きと目線に誘導され一人の男に集中した。


「あ、お前、リゼアノートか……?」

 私の名前を知っている。

 間違いなく雪灯院で少しの間教えてもらっていた先生だ。


「おいおいおいせんせーい!もしかして弟子の9歳に負けたとかいう鉄板ネタの相手があのねえちゃんかあ??」

 ゴロツキのひとりが先生を煽ると、また笑いが起こり、先生は深いため息をついた。

 笑い声の中で「こいつじゃねぇよ!」と聞こえる。


「先生、なんでこんなところに居るんですか……?」

 私は純粋な疑問を投げかけた。

 人攫いに加担してるとは信じたくなかった。


「でかくなりやがって……」

 先生はクスクスした笑い声のなかで前に出てくる。


「お前たちのせいで散々な目にあったのよ」

 散々と言われても、何も心当たりはなかった。


「ちっと口が滑ったらまたたく間に評判はガタ落ちだ、気づいたら用心棒としてここにいた」

「酒におぼれて嫁にも逃げられたが抜けてんじゃねえのかあ?先生?」

 野次が飛ぶとまた笑いが起こり、先生は舌打ちしてゴロツキたちを睨みつける。


「先生よぉ……」

 妙に落ち着いた通る声がすると、笑いは収まり、ゴロツキたちの視線が一段高くなっている一箇所に集まった。

 一部の者たちが声の主の視界を確保するかのように割れると、椅子に座り一際豪華なコートを身にまとった男が姿を現す。 

 隣には赤ん坊を抱いたグラマーな女が立っている……!


 私は目を見開いて深く息を吸った。

 赤ちゃんを見つけた。

 座る豪華な男は恐らくゴロツキたちのボスだろう。


「計画と違うがー、面白そうだ、"先生"だったことを証明してくれよ」

 豪華な男は先生に対して拒否権などないような声をかけた。


「そのつもりですよ」

 小さなどよめきが湧き、先生はまたゆっくりと一歩前に出る。


「来てくれて良かった。精算させてもらわねえと、俺は先に進めねえ」

 先生を倒したのは私ではないのに、なぜか共犯扱いされている。


「先生、私、赤ちゃんを返してほしいだけです……」

 口は悪くてもこんな酷いことをする人には思えなかった。

 私は持っているであろう良心に訴えかけるように言った。


「助けに来たならやることはわかってんだろう?」

 先生は話しながら歩み寄り、剣を抜く。

 昔持っていたものより大きい気がする。

 「いいぞ!」とか「そうだ先生!」とかの野次が飛んでいる。

 先生は、やる気だ。


「私、先生には感謝していました。やめてください……」

 考え直してもらいたくて口を開くけど、ふさわしい説得の言葉なんて出てこなかった。


「どうせお前たちもバカにしていたんだろう?」

「そんなことしてない……」

 先生はギィロに負けたことがしこりになり、恨んでいるように思えた。そのことで想像が膨らみ私にまで飛び火しているのだろうか……


 先生は剣を向けて、険しい表情で一歩一歩近寄ってくる。


 知った顔と戦うなんて思ってもみなかった。

 私は覚悟の範囲外の出来事にたじろぎ、後退りしてしまう。


「どうだかっ!だが俺だって別に腐って何もしてなかったわけじゃねえ、悔しくて、クソどもに思い知らせねえとと思って、若い時みてえな努力をした。お前も剣をやめてねえなら、ちっとは成長してんだろ?」

 先生は自分が見世物になるかのようにフロアの中央付近で止まる。


「抜けよ、どうせ用心棒で雇われてんだ、避けて通れねえ」

 先生の言う通り、避けて通れる事でもそういう雰囲気じゃないこともわかる。

 

 後方で抱かれた赤ん坊が目に入る。

 何のために来たのか。

 私は逡巡した心に落ち着くよう言い聞かせ、覚悟を改めて先生の前に立った。


「顔つきが変わったな……」

「やることをやるだけです……!」

 私はゆっくりと白雪剣を抜き、先生も腰を落として構える。


 野次が止んでいる。

 風が廃墟を通り抜ける音と、ギシギシと鳴る壁材の音しかしない。


「あー」

 赤ん坊がないた。


「俺のために死んでくれ!」

 叫ぶと先生は勢いよく剣を振ってきた。

 私はその連撃を受け、流していった。

 断烈流の鋭い技から隙を補うように、使える手足の全てで攻めてくるのは、泥臭くも懐かしい先生の動きだった。


 確かに雪灯院にいた頃よりも一回り速さも重さも変わっている。

 いや、子ども相手に元々本気を出して訓練してくれていたとは考えられない。

 今が本気だからそう感じるのかもしれない。

 でも、私にはそのどれもが見えていた。


 剣士なんていうのは、本気で打ち合う程に力量差が分かるものだ。

 一発も捉えられない先生からは既に焦りが感じられる。

 高い壁と思っていたのに、手に取るようにどの程度の実力なのかわかる。わかってしまう。


 今隙をつけば怪我なく勝負を終わらせられる。

 間違いがないよう安全に鞘で殴る。

 そう決め、私は腰から鞘を外し、納刀した。


「舐めるなよ!」

 先生は両手を前のめりに振り上げ、隙を前蹴りで殺す。

 最適な距離から剣が振り下ろされ、なかった……!

 頭の上にある剣は左の逆手に持ち替えられており、右の拳は私の構えた剣をすり抜け、水纏いに包んだ身体を捉えた。

 拳には意地でも当てるという執念があった。

 体を回転させ、左に持った剣が鋭い軌道で挿し込まれる。


 意表を突かれた一瞬のことで手加減ができなかった。

 痛みを感じている暇はなかった。

 この剣は連撃の最後ではない。

 私は剣を寸でで流し、さらなる追撃を阻止するため、空いた胸に剣を振り抜いた。


「があぁっ!」

 先生は防御姿勢をとっておらず、剣はまともに入ってしまった。

 仰向けに倒れ、言葉にならない声を出し、白目をむいて意識を失っていった。

 意識を失いながらも異常な呼吸音がしている。呼吸ができていないかもしれない。

 ゴロツキたちの落胆の声が聞こえてくる。


「先生!」

 私は遅れて感じてきた痛みにお腹を抑えながら、倒れた先生をどうにか救えないかと胸に手を添える。

 でもどうすればいいかわからない。


「あーあ、安くて良い用心棒だったのに、ダメだねそれは、生きててももうやっていけないだろ、気持ちの問題でよ?」

 ボスが軽口を開く。

 私はそれを睨み付けた。


「おねえちゃんが出来ることはわかった」

「わかったなら赤ちゃんを返して!」

 立ち上がり、睨みつづけながら言った。


「計画変更だ。先生は個人ではやる方だった。それで勝てないのなら、舐めないほうが良いってだけだ。一人で来るだけあるな?」

 ボスが手で指示を出すと、ゴロツキたちが私を囲うよう移動し始め、円を描くように後ろにまで取り囲まれた。

 手の指示だけで動ける統率力はなんなのか。


 剣を抜き、周囲に目を配る。

 ジリジリと範囲が狭まる中、私は少しずつ前方へと移動した。


「正面が薄くなった、とか考えてるのか?」

 ボスは変な黒い棒を私に向けて言う。

 狙いを言い当てられて、表情を崩さないよう意識した。

 ポーカーフェイスは苦手なのに。練習しておけばよかった。

 

「おい」

 ボスは横に立つゴロツキに指示を飛ばすと、ゴロツキはゆらゆらと縦に揺れているグラマーな女に抱かれた赤ん坊に向けてナイフを突きつけた。

 縦揺れは止まり、女は嫌な顔をしている。


「ちょっと!何してるの!やめて!」

 私の反応をみるや、ボスは勝ち誇ったように笑い、ゴロツキたちもつられる。


「ギリギリ女って感じですよボスぅ」

 後ろにいたゴロツキが近寄り、触れようとしてくるいやらしい手を剣の柄で振り払った。


「……こんの!」

 怒りで掴みかかろうとするゴロツキの肩に、今度は柄を強く押し付けた。ゴロツキは肩を抑え悶絶した。


「やめろ。おねえちゃん、状況を理解してるか?お前は何もできない」

「人質に手なんてだせない!」

 人質というのは相手の弱みであり、それを捨てるような真似はできないはずだ。


「俺たちが危害を加えないとでも思ってるのか?それはないんだ、別に死んでてもかまわないんだからな」

「……そんなのうそ」

 そんなブラフに負けて何もしなかったら、来た意味なんてない。


「うそじゃねえよ、見たいのか?赤ん坊の血を。それになあ、孤児院には見張りをまだ残してある。人質なら増やせるぞ?」

「……そんなことない、誰もいなかった」

 見張りなんて私は確認すらしてないけど、嘘を見抜くために自信があるように言った。

 でもこれはリレイズされた時の気分だ。負けるときのやつ……

 

「強気だねえ?でもな、それだけちゃんと計画的に準備ができるから、黒羅はやっていけてんのよ」

 黒羅……?

 こいつらは黒羅旅団だったんだ。

 なぜ黒羅旅団が雪灯院を襲う必要があるのか。


「どうするおねえちゃん。その剣を振るか、置くか、よく考えてみろよ」

 全部嘘なんだったらこのまま斬り込めばいい、でも本当だとしたら赤ん坊の身を危険に晒すことになる。


 誰も動かない。

 誰も言葉を発さない。

 私は周囲を確認し、剣を離してはいけないと強く握りしめながら迷う。


 どうすればいいか、わからない……



ズリッ、ズリッ……



 静寂の中、どこからか何かを引きずる音がする。

 地味な音で出どころがよくわからないけど、状況にそぐわない異質な音だ。

 耳を澄まし、見える範囲を目だけで確認していると、聞き慣れた声が響き渡った。


「見張りってのはコイツか?」

 声のあと、ドッ!という音と共に、ひとりの男が人形のように宙を舞った。


 誰もがフロアの中央に向かって飛んでくる男に視線を送っている中、ボスの後ろの暗がりに黄色い筋が走る。

 赤ん坊にナイフを突きつけていた男は倒れ、グラマーな女は転がされ、黄色の筋は椅子に座るボスに迫る。


 黒羅のボスは、座りながらも咄嗟にその黄色を防ぎ、直ぐ様距離をとった。


「ギィロ……!!」

 目に涙があふれそうだった。

 闇から現れたギィロが赤ん坊を片手に抱き、椅子の後ろ側に立っていた。

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