第22話 どうすればいいの
「あー」
最近雪灯院に新しく目の見えない赤ちゃんが来た。
反応が薄いのだけど、ちっちゃくてかわいい。
マーニャさんはその子のお世話に大変そうなんだけど、合間とかで顔を合わせると宮殿勤めを勧められる。
べた褒めで。
しつこく。
「今度こそうまくいく」って。
「宮殿はあなたのためにあるようなところ」って。
他にも色々、言い過ぎ。
聞かれる度に保留にしている。
「宮殿だよすごくない?認められたんだよ」
私は私でギィロを見つける度に誘う。
「う〜ん、そうだな……」
色良い返事は返ってこない。
ギィロは宮殿に興味がないんだって。
「自由に世界を歩きたい」とか言っている。
そんなの、出来ればいいけど……
何度聞いても答えは変わらなかった。
私はこのままでは許されない感じになっている。
柊での傷心なんて関係なくて、もうわがままは許されないのだ。
ミケウリリア様が雪灯院に視察に来るまでに決めないといけないんだから、夢ばっかり見ていられない。
「お父さん……」
首にかけているティアリスの歪なネックレスを手に取って見つめる。
反対向きの涙みたいな、変な形。
私は今、宮殿にお父さんの背中を見ている。
でもそれはほんとに自分が望んでいることなのだろうか自信がない。
そうだと自分に言い聞かせてるような気がする。
ギィロを見てると、なんでそんなに一直線なのか不思議に思えてくるし、悩んでる自分がバカみたいにも見える。
というか初めからそうだと思う。
鏡を見て、会った時より差が出過ぎた体付きの違いを認識すると、また全然別の選択肢もあるんじゃないかとすら思う。
たぶん、一緒に宮殿に行くって言ってくれれば勇気が出ると思うのに、頷けないのは誰のせいなんだろう。
そんなことを考えて悶々とする数日を送った。
・
リゼアノートの答えは出ないまま一週間が経った。
ミケウリリアが雪灯院の視察に来る前日の、早すぎる朝。
リゼアノートの部屋の前を静かに通り過ぎ、戻ってきて止まり、手を上げるが下げ、また行っては戻ってくる影があった。
トン…………トントン……
控えめなノック。
影は静かに扉を開いた。
「リゼ、リゼ」
ノックと声で意識が朧げに浮き上がる。
「……ん〜……?もうなにぃ……?」
「ちょっと」
声を判別するまでもない。
返事を待たずに勝手に扉を開けてくるのはギィロしかいない。
私は「んー」といいながら布団に包まり、イモムシを作り直して背中を向けた。
寝るときはほとんどまともに着てないから布団がはだけてるとまずいのだ。
「……まだ暗いんだけど……」
薄目で確認したカーテンの隙間からは光すら漏れていない。
早朝にも程がある。
小鳥の声もない。
寝るための静寂だ。
薄目のままチラッと扉の方を見る。
暗くて細部までわからないけど、部屋に入らず扉の前にいて、どこかへ出かけるような格好をしたギィロがいる。
「どっかいくのぉ……?」
声をかけるだけかけて、頭を再び枕に預け目をつむる。
「うん、雪灯院を出る。声だけかけに来た……じゃあな」
スッ……と扉が閉まる。
廊下を歩く音が遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。
理解ができなかった。
あっさりとした単純な言葉の響きだけが、暗く静かな部屋の中を漂っていた。
一瞬寝たかもしれないし、夢なのかとすら思った。
たけど一向にその状態に変化がなく、夢ではないと区別がついたとき、やっと何を言われたのかわかった。
振り向くと閉まった扉があるだけだった。
扉なぞ観察したことはなかった。
初めて視点を合わせてまじまじと見たその扉は、なんだか現実感がなかった。
でも確かにさっきそこにギィロがいて、雪灯院を出ると言った。
イモムシ状態の寝ぼけた体を起こすけど、何をすべきなのかまだ体が反応しない。
(出る……?卒業するってこと……?)
頭の中で言葉に直すと急に身体が焦り始めた。
(なんで?)
あまりに突然の事態だった。
とにかく追いかけなければと布団から出るけど、下は下着しかつけてない。そのまま部屋の外に出れる格好ではない。
顔も髪もなにもしてない。
急ぎたいのに優先順位が分からず足だけ部屋の中をさ迷う。
(早くしないと……)
色々諦めて、やっと長いコートを掴んだ。
それを夜に出没するという変態のように身にまとい、院内用のサンダルを履いて部屋を飛び出した。
いつも子どもたちに走っちゃいけないと教えている廊下を走り、ロビーを過ぎる。
院内で掴まえる予定だったのに、自分が思っていたより時間が経っているのか、ギィロの歩みが早いのか、見つからない。
玄関を開けると冷たい空気がコートの隙間から生足を撫でた。
自然と身が縮こまる。
外の地面には、新しく積もった雪に新しい足跡があった。
部屋に戻ってる暇なんてなかった。
「もう!」
と小さく不平を吐き出し、足跡と同じ場所を踏んで外へ出た。
足に雪がついて冷たい。
なんでサンダルを履いてきてしまったのか。
なんで私はコートの下にほとんど何も着てないのか。
でもそんな後悔もすぐに忘れ、雪灯院の敷地外へ続く門を開け、残る足跡を追った。
(やばい、寒い……)
一番寒い時間帯だから当たり前だ。
でも追わないといなくなってしまう。
よく分からない内にいなくなってしまう。
我慢して意地になって追った。
「ふぅっ、はぁっ……」
雪は止んでいるし、風もなく、ムシもトリも鳴いていない。
いつ設置されたのかもわからない古そうで質素な灯りが、道の脇で申し訳程度に足元を照らしている。
それ以外は、歩むたびに鳴る雪が潰れる音と、寒さに堪えるかわいそうな呼吸音しかない。
夢のような時間だ。
悪い意味での。
「ぎぃろぉっ!」
両脇に木々が植えられ、森のトンネルのようになった道でギィロの姿を視界に捉えた。
小さく見えた背中に呼びかけるが、震えて思ったより声が出なかった。
ギィロは止まらないから、追いつくまでの歩みが余計な苦労だと感じる。
歩むたび、魂を吐き出すように白い吐息が漏れる。
「ギィロ!待って!」
充分に聞こえる距離まできたら、ギィロは振り向いた。
少し驚いた様子を見せて小走りで寄ってくる。
ちょうど私の横には灯りがある。
私は足を止め、ギィロを待った。
やっと追いついた。
「すぐ戻れ!風邪引くぞ!」
ガタガタ震えて前屈みになる私を見て、自分のまとっていた厚いコートを重ねようとしてくる。
「なんで!」
私はコートを受け入れながらも、言葉は無視して問い詰めた。
「マーニャさんに聞け」
「なんで!何があったの!?」
私は続くその言葉も無視した。
「決めただけだ、お前も自分で決めろ。だから……」
ギィロは数歩の距離をあけて、腰に手を伸ばす。
離れたギィロを追うように私も一歩前に出る。
「追ってくるな」
すると枝が抜かれた。
それを見て一瞬時が止まった。
自分に向けられた枝の意味がわからない。
「……なに、それ……ふざけないでよ!」
ギィロの意味不明な行動に、かけてもらったコートを放り投げて怒りを撒き散らした。
「ふざけてない!俺だって考えたんだ、俺はいないほうがいい!」
ギィロはコートを拾った。
尻のところに穴が空いている。
「寒いだろ?はやく帰れ!」
と言うと、私の返事を待たずにそのまま走っていった。
尻に穴のあいた後ろ姿で偉そうにして。
「は……?なんなの…………バカギィロ!!」
私は震えながら雪をつかんで投げた。
雪は虚しく空中にばら撒かれるだけだった。
・
冷えた体を温めながら考えた。
「なんで……なんなの……」
燃える火が映す影は、心の変化を映すように揺らめき形を変える。
ギィロはあっけなく出ていった。
決めたんだ。自分よりも早く。
意味がわからなくて腹が立ったし、自分だけ雪灯院に残されてもう帰ってこないのかと思うと寂しくもなった。
「ん〜〜!」
急激に胸にかかる負担に顔をしかめ唸ってしまう。
私が柊に行ったとき、ギィロはぐちぐち文句を言っていたけど、こんな気持ちだったんだろうか。
私に怒られながら、追うこともできずに。
それなのに、今度はついてくるなと言っていた。
いない方がいいとまで言っていた。
その心境の変化が何なのかわからない。
・
「おはようリゼ」
わからなくて、聞きに来た。
「ギィロが出ていきました」
朝の挨拶をするマーニャさんに、挨拶を返さずに聞いた。
「え……そうですか」
マーニャさんは少し驚いた様子を見せた。
「マーニャさんに聞けって、追い返されました。何かあったんですか?」
私は助けを求めるようにすがった。
枝を向けられるようなことに心当たりなんてなかった。
マーニャさんは一呼吸置いてから話し始めた。
「私はギィロくんに何もできていなかったから、ミケウリリア様のお誘いを受けたとき、嬉しかったのよ。仲の良い二人が一緒に立派になれると思ってね」
頷きながら聞いた。
それはそう。私だってそう思ってた。
「もう明日はミケウリリア様がいらっしゃる日ですから、昨日改めてギィロくんに聞きました。でも、宮殿には行くつもりがないとハッキリ言われました」
「私も、何度も断られました……」
マーニャさんは慰めるような優しい顔を向けてくる。
「あの子は、あの子にしか見えないものを見てる気がするわ……」
それもそうだと思うけど、でもそれほど残念そうにしないのは、マーニャさんがギィロに期待なんてしてなかったからだ。
ギィロは初めから見放されている。
ギィロの面倒は私が見てたと言いかえたっていい。
ギィロに対するマーニャさんの態度に私は満足できなくて、唇を薄く噛んだ。
「ギィロくんとあなたは違うのよ?あなたは宮殿に行くべきです。辛い気持ちも悩ましいのもわかりますが、こんな機会は二度とありません」
ちょっと叱られるように言われた。
マーニャさんは"ミケウリリア雪灯孤児院"の"院長"だ。
私はその立場を考えてしまって、口を開き、「誰にとっての機会なのか」と言いかけた。
でも、私の中で、変な反発心と、進路を決めなければならないという自分の置かれている状況が戦った。
ギリギリのところで、その悔しさと責任を噛み締めるように口を閉じた。
「ギィロと何を話したんですか?」
私はギィロの行動の理由が知りたかった。それだけだ。
「同じです。ギィロくんとリゼは違うということを話しました」
「それがどうして出ていくことになるんですか?」
たぶんギィロは私のようにしつこくはされていない。
そう思うとまた反発心が膨らんだし、欲しい答えもわからなくて、ちょっと語気は荒くなった。
「リゼの選ぶことを見守ってほしいとお願いしました」
「見守るどころかいなくなってしまいました」
「そうですね。身軽さに私も驚きましたが、ギィロくんにはギィロくんなりのやり方や考え方があって、他人に左右されずに、決めたら動かない意志の強さがあると思います」
「それは、そう思います」
ギィロと自分とは違う。
ギィロは強くて、私は弱い。
そう思うと下を向いてしまう。
「ギィロくんは決めたんですよ。リゼ、あなたももう成人になるのでしょう?ちゃんと決めなさい。"自分の人生だ"とローレオール様も仰っていたでしょう?すぐにミケウリリア様がいらっしゃるのですよ?」
自分で決めろとギィロにも言われた。
私はそれができないから困ってるんだ。
「はぁ……本当に宮殿に行くべきだと思いますか……?」
私は下った頭を戻せず、目線だけを向けて困りながら聞いた。
「思います。お父さんのように立派になりなさい」
即座に強く言われ、絶対に間違いないという顔を向けられた。
私はその顔を見続けることはできなかった。
「……はい」
返事はしたけど、どうすればいいかわからなくて、私はとぼとぼと部屋に戻り、閉じこもった。
ミケウリリア様から誘われたときは期待の方が大きかったのに、なんでこんなことになっているのか。
部屋で考えを巡らせようとした。
なのに、進路を考えないといけないのに、宮殿のことを悩まないといけないのに、現実から逃げるように、依頼に出て楽しかった事とかが頭に浮かんでくる。
依頼板でどっちの依頼を受けるか言い争ったり、
外で珍しいケモノをギィロより先に討伐したり、
チラシをかき集めてあーだこーだしたり、
歌を聴いてゆっくりしたり、
目的地を言わずに連れて行かれると賭け事だったり、そこで思いっきり負けて人のせいにしたり、
目を離すと居なくて、女の子に話しかけてるところを引っ張っていったり、逆に引っ張られて変な店に連れていかれたり、
この間のソウルパニーノに「一緒に行くぞ」って手を差し伸べた時のギィロも思い出される。私は、手を取らなかった。
「はあ……」
ちゃんと考えなきゃと思って、思考を戻すとため息が出る。
昔はなんでもできて不安なんてなかった。
他人よりできるとか思って調子に乗っていたのだろうか。
みんな「ありがとう」って言って、笑顔で卒業して行った。
いつの間にみんなとこんなに差が出てしまったのだろう。
私はこんなにダメな人間だったろうか。
生活を頑張って、あとは剣ができれば良いって思ってた。
私はギィロに勝てないのに、天才だって言ってくれる。
マーニャさんから褒められるのとは訳が違うんだ。
だから打ち込めた。
だからこうやってチャンスも巡ってきた。
一緒に腕を上げていって、私たちより剣を扱える人なんてミケウにいる?
なのになんで一緒に行かないの?
こんな風にしたの誰のせいなの?
……自分のせいだよね……
「ああぁ〜もう!」
私は枕に顔を埋めた。
前にもこんなこと考えたよね……
全然前に進めてない……
枕は意外と苦しくて、横を向くと白雪剣が目にとまった。
私の心は何かある度にグラグラ揺れる。
きっと明日、ミケウリリア様が来たら、そのまま流れで宮殿に行くことになる。
なんとなく、そうなるって、白雪剣が言ってる気がした。




