第21話 ミケウリリア様
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ローレオールおじいちゃんの絵のモデルとして、宮殿に招かれることになった。
おじいちゃんはミケウリリア様の目の前で絵を描くのだけど、私たちはポーズをとるのではなく動きを見せるという注文があった。
ミケウリリア様が芸術的な方というのは有名。
だから、いつもの泥臭い稽古ではなくて、魅せるための殺陣を考えて練習した。
ギィロはもちろん嫌がったけど、なんとか覚えさせた。
当日。
ローレオールおじいちゃんとヘルトンさんが迎えに来た。
格好については普段通りで良いと聞いていたので、いつかみたいにマーニャさんから追い剥ぎされることはなかった。
・
宮殿はミケウの北西にある少しだけ高い山の上に建っていて、まともな道は一つしかない。
当たり前に警備が敷かれていて自由に出入りできるところではないので、記憶がないほど小さい頃以外は行ったことはなかった。
道への門が開き、馬車のまま登っていく。
宮殿は入り口の道からして美しかった。
宮殿周辺に点く灯りは白で、街の橙色の街灯のおちついた雰囲気とは違い、自分が汚れみたいに感じる程の清涼感がある。
山は下から見ると大した高さではないのに、登ってみると街が見渡せた。
道の頂上にある門をくぐった後に馬車から降り、待っていた案内役の衛士さんとおじいちゃんについていく形で進んだ。
手入れされた庭や彫刻、建物の造形にいちいち感嘆し、中にはいってからも絵画や調度品、天井の高さや足元の絨毯とその感触、匂いにまで感動した。
開いた口がふさがらなくて「ふわぁ……」が止まらなかった。
「ちょっと、壊さないでよ」
ギィロは落ち着きがなくて、手の届く範囲にある物をベタベタと触っていた。
恥ずかしいからやめてほしいけど、自分もキョロキョロしてるのであまり人のことは言えない。
「あれはわしが描いた」
ローレオールおじいちゃんは大きな全身の肖像画を指し示す。
ドレスを着た女性が、宮殿の床のようなところで立っている絵だ。
床に立つのに壁はなく、背景は星空だ。
見事なだけではなく高いところに飾られているので、ここでも口を開けて見上げてしまう。
「きれ〜い、おじいちゃんすごいんですねぇ。絵の人は誰なんですか?」
「先代のミケウリリアが若い時じゃな」
「へぇぇ……」
ローレオールおじいちゃんは懐かしむようにその絵を見ている。
ヘルトンさんは右手を腹に、左手を背中の腰に当てて敬意を示すポーズ、つまり敬礼をしている。
――先代のミケウリリア
雪灯院をつくった人だと思い出し、私もハッとして小さく頭を下げた。
ギィロは興味あるのかないのか、絵を見つめてるだけだった。
肖像画を通り過ぎ、大きな階段を登った正面の扉に案内された。
扉は大きな両開きで、衛士さんが片方を開けると広い部屋が眼前に広がった。
だだっ広い中、奥の中央付近に槍を持った衛士が立ち、その内側に剣を持った衛士が立ち、その内側に一人だけ椅子に座っている女性がいる。
他に人は居ない。
スペースが余りに余っている。
ミケウリリア様は才能のある人を見つけては宮殿に招待することを不定期に行っている。
それを『彩見会』という。
彩見会で一定の評価を得られると支援をしていただけるのだ。
なので彩見会では、その筋の人が意見人として同席するらしいのだけど、今回はそういう招待ではないとローレオールおじいちゃんから聞いていたので、他に誰もいないようだ。
「あれがミケウリリア……」
呟くギィロを注意することなく、私も部屋を見渡した後ミケウリリア様を凝視した。
大きな椅子の端っこに座り、足を組み片肘で頭を支えている。
ミルクティーのような色の髪をまとめ、白い花の飾りを付けている。
寝てる……?
フロアの中央まで歩み、案内の衛士さんが停止する。
「きたぞいミケウリリア」
皆立ち止まり、ローレオールおじいちゃんが無造作に大きめの声をかける。
音を立てる者がいないからか声は通る。
するとミケウリリア様が顔を上げ、椅子から降りた。
身長は高くない。
ミケウリリア様は白く割とタイト気味のトップスで体格が分かりやすい。
首元には短い金色のネックレスをつけ、先端に黒い宝石が付いている。
ウエストまである長いスカートは二重で、外側が白、内側が黄緑。
左腰の部分にはベルトに接続された金属のプレートがあり、剣がぶら下がっている。
スリットから見え隠れする足以外、肌の見えるところはない。
豪華ではなく洗練された印象を受け、確か30代半ばのはずだけど、身長からかかなり若く見える。
いつか見たお芝居のミケウリリア様とは全然違う。
「遅いです」
「すまんすまん」
姿に合った少し高めの若々しいお声で不満げな声をあげるミケウリリア様に、ローレオールおじいちゃんは半笑いで応える。
軽いやりとりに二人の関係や立場に少し疑問を感じる。
「せっかく戻っていらしたのに、挨拶すらしてくれないのですからまったく。ヘルトン、ご苦労さまです」
気さくでありながら気品を感じる言葉づかいをされる。
ヘルトンさんは長めの会釈で応えていた。
「忙しかったんじゃ、だがその代わりいいものを見つけたぞお?」
と、背中を押され一歩前に出される。
「リゼアノートちゃんとギィロくんじゃあ」
ローレオールおじいちゃんは「自己紹介をし」と背中に小さく声をかけてくる。
「雪灯孤児院から来ましたリゼアノートです。ミケウリリア様、お目にかかれて光栄です」
丁寧にお辞儀をする。
突然紹介されて少し焦ったけど、無難にご挨拶ができた。
「同じく、ギィロです」
不安だったけど意外と普通にしてると思った。
ミケウリリア様は挨拶に対して優しい笑顔で頷いていた。
「雪灯孤児院の子ですか。ということは後ろにいるのはマーニャね?お久しぶり」
マーニャさんは深めの会釈する。
私はギィロを引っ張り後ろへと下がった。
「才能のある子が多い素晴らしい施設ですが、何か特技が?」
「さわやかな若さじゃ」
おじいちゃんはイタズラな表情で、顎を指でつまむように触る。
「わか……かけがえのないものですね」
ミケウリリア様は一瞬目を閉じ、小さく息を吐いてから冗談に対応する。
「わしゃその二人の絵を描くでな、椅子をくれ」
「用意してあげて」
ミケウリリア様は椅子へと戻り、おじいちゃんは用意された丸い椅子に座った。
「ほれお二人」
「頑張ってね」
真ん中へ出るようおじいちゃんに促され、マーニャさんから応援と模擬剣を受け取り、中央のスペースまで出る。
「いつでも始めてください」
模擬剣で察したのかミケウリリア様は合図をくれた。
私たちは練習した殺陣を披露した。
高速で行う剣舞をミケウリリア様はじっと見ているだけだった。
「普段の様子を見せてもらえませんか?」
幾分も経ってないが、突然ミケウリリア様から淡々とした声で注文が入った。
「カッコつけんでええということじゃ」
おじいちゃんからそう言われると、"ほらな?"という仕草と顔をするギィロ。
ローレオールおじいちゃんは頷き、微笑んでいる。
せっかく良かれと思って練習したのにちょっと不満だけど、元から殺陣が終わったらいつも通りやるつもりだったし、気を取り直した。
私たちは言われた通り、カッコつけることをやめた。
ギィロは模擬剣を置き、枝を手にする。
いつもとは環境が違うため何かと気が散ってしまうけど、私はできる限りいつも通り動き、ギィロから一本取ろうともがいた。
するとミケウリリア様の表情は和らぎ、ローレオールおじいちゃんもほっほっと笑う。
ギィロに何本もとられ、いつまで続ければいいのかと思いはじめた頃、ローレオールおじいちゃんの声が響いた。
「ほれ、できた」
「見せてください」
おじいちゃんがキャンパスを持ち上げ、ミケウリリア様は立ち上がる。
二人の声で私たちも動きを止めた。
衛士の一人がおじいちゃんから絵を受け取るとミケウリリア様のところまで持っていく。
私たちはその間、おじいちゃんから手招きされ、定位置へと下がった。
「うわ、なるほど……」
ミケウリリア様は絵を見て何度も頷き、じっくりとすみずみまで観察している。
気になる……
おじいちゃんはペン先を肩こりを治す道具のように肩に押しつけていた。
そういえばおじいちゃんの持つ画材はペン一本だ。
それで色んな色が出せるということは、なにか特別な道具なのだろうか。
「見せて差し上げて」
しばらくするとミケウリリア様は私たちに気を利かせてくれたのか、絵を衛士に渡し見せてくれた。
「なんだこれ」
「……不思議、引き込まれるみたいです」
絵に人物は描かれていない。抽象的だ。
斜め上方からの視点なのに全方位に暗い大地と木々が伸び普通の視界ではない。それらの背景はよく見ると渦巻きが集まって描かれており、もっとよく見ると動物を見つけることができる。
中央に咲いた黄色い花が小さく明るくハッキリ描かれ、周囲が暗いからか手品のように飛び出てきそうだ。
花の周囲には渦巻く虹色が煙のように昇る。
直接的には暗い森の中に咲く珍しい植物、例えるなら夜空で輝く月のようだ。
モデルとして動いてなくても描けたんじゃないかと思うけど、芸術家のことはわからないし口に出せることではない。
感謝の言葉を述べて絵を衛士に返し、ミケウリリア様の手に戻った。
「お二人の才能と若々しさ、若さゆえの悩ましさが表れてると思います。未来を感じるようなステキな絵ですね」
ミケウリリア様は評価を言葉にする。
花がギィロで虹が私、周囲の木々や暗さが悩みということだろうか。
聞くとそういう風に思えてくる。
「解釈は自由じゃが、そうじゃな、枠から出るのはいつなのか、それを楽しみに思いながら描いたのは事実じゃ」
「人にあげたりしても良いですか?」
「構わんよ。しまっておくよりどこかに飾られたほうが絵も嬉しいじゃろ」
せっかく呼び寄せてまで描いてもらったものを、さっそく人にあげようとしているのに、おじいちゃんは普通のことのように対応している。
そのあたりの常識など知らないので、そういうものなのだろうと理解した。
「ありがとうございます。それと、リゼアノートにギィロ」
「はい!」
突然に声をかけられ上ずった返事をした。
「あなた方が今後、この絵の枠に収まったままなのかどうか、私も興味があります」
「はい……」
はいとは言ったが、何が言いたいのかさっぱりわからなくて、わからないという表情にならないよう瞬間的に努力した。
ギィロから教えてもらったポーカーフェイスだ。私はそれが下手だ。
「もし身を置く先が決まっていないなら、宮殿でその剣を奮いませんか?」
私のポーカーフェイスは一瞬で崩れた。
驚いて大きく息を吸い、なぜかうつむいたギィロの反応を確認してからマーニャさんの方を向いた。
するとマーニャさんは期待にあふれる目をして興奮気味に割って入ってきた。
「それはもう!」
マーニャさんは手を胸の前で組み、全身で感激の姿をとった。
おじいちゃんも「ほお」と嬉しそうな顔をしている。
「マーニャ、落ち着いて。今返事をする必要はありません。大切なことですから考える時間も必要でしょう?」
「はい、失礼いたしました」
マーニャさんは姿勢を戻した。
胸の前で握られていた手は広げられ、今度は胸を抑える役目を担っている。
「せっかくです、来週久しぶりに雪灯院に視察に行きます。その時に聞かせてください」
「かしこまりました。お待ちしております」
マーニャさんは深々とお辞儀をし、ミケウリリア様はそのお辞儀が終わるのを待ったあと、私たちの方に顔を向けた。
「今日は絵を描いてもらうだけのつもりだったから何も用意していないの、だから記念にこれを受け取ってください」
そういうと自分の腰についた剣を外し衛士に持たせた。
何か貰えるとは思っていなくて、私は再び驚きギィロと目配せした。
これにはギィロも首を伸ばしている。
興味がありそうだ。
私は謝辞を述べ衛士から剣を受け取った。
見た目より軽い。
抜いて中を見たい……と思った時、ギィロは剣から視線を外しミケウリリア様に向き直った。
「あなたは強いのでしょう?見せてもらえませんか?できれば俺と……」
ああ……バカ……
ギィロが突然大きな声を出して、振り注いだすべての幸運が吹き飛んでいく思いがした。
「バカギィロ!申し訳ありませんミケウリリア様……」
言い終わる前にギィロを制して、代わりに謝った。
「ふふ、いいんですよ。私だって小さなとき先代に同じ思いを持っていましたし、想像して遊んだりもしました。好奇心は理解できます。知らない者はきっと誰もが胸に秘めている事です」
ミケウリリア様は笑顔で話し始める。
しかしこれから叱られると思うと、情けない気持ちになった。
「……ですがギィロ、もしあなたがミケウの敵だとして、力で攻める前にミケウの何を恐れ、何を知りたいと思いますか?」
ミケウリリア様は少し真面目な声音で続けた。
「あなたの力を含めた軍事力です」
直立したままギィロは答える。
「そういうことです。ミケウにおいては継承者の力を無闇にひけらかす方針を持っていません。私たちは"わからない"方が街を守れると信じているのです」
ミケウリリア様は会話の流れを掌握しながら、堂々とゆっくり歩み寄ってくる。
小さな体なのになんとなく人と覇気が違うように感じる。
「そうですか……」
ギィロはミケウリリア様から歩み寄られても、残念そうにするだけで気圧されることはないようだ。
「……ですが別の見方もあります。強大であるという情報がもたらされた場合はどうですか?」
ミケウリリア様は立ち止まり、片腕で答えを促す。
「……躊躇、するか諦めるか、ですか?」
ギィロは見えない疑問符を頭に浮かべた。
「一撃だけ打ち込むことを許可します。継承者が何たるかを知りなさい」
ミケウリリア様は力強くスパッと言った。
驚いた。
バカみたいなギィロのおかげでミケウリリア様の力が見れる。
興味があるに決まっている。
「はい……じゃあこれを」
ギィロはもらったばかりの剣をミケウリリア様に返そうと手を伸ばしてくる。
私もギィロに手渡そうとするとミケウリリア様は言った。
「必要ありません。このまま受けます。できるだけ全力で来なさい」
素手で受けるという言葉にまた驚かされる。
ギィロは前に出て、大きく深呼吸をする。
右手に持つ枝が揺れるたびに、纏いの密度が上昇していく。
ミケウリリア様は微動だにせずただ立っている。
ギィロは充分整えてからやっと前進した。
枝の通った空間に黄色い筋が残る。
受けるミケウリリア様は表情の一つも崩さず、その身体からは纏いの一つも感じない。
ドキドキした。
ギィロが腕を振り下ろし、当たる。と思ったその時、枝はミケウリリア様の目の前で止まり、ギィロの方がバランスを崩した。
ミケウリリア様は、ギィロの枝を手のひらで抑えていた。
与えた影響など、ギィロの起こした風圧でミケウリリア様のお召し物が少し揺れる程度だった。
「わかりましたか?」
ミケウリリア様は柔らかな笑顔と共に首を傾げる。
「……はい」
ギィロは深く息を吐き枝を下ろした。
信じがたい光景だった。
ギィロでも一ミリも揺るがすことができない防御。
少なくともそれだけの力があるのだ。しかも素手で。
「日々、ケモノの脅威から暮らしを守っている方々には感謝しています。他人の、私の手を借りずに街を支えてくれています。私は、ミケウのためにあなたたちにもそのようになってほしいと願います。もしどうしてもダメなときは街に逃げなさい。私が守ります」
ミケウリリア様はその場で諭すように語った。
「はい、すいませんでした」
ギィロは謝り、首を振りながら私の隣に戻ってきた。
「ではみな、時間をありがとう」
その言葉で有無を言わさぬお開きの空気になった。
衛士に退出を促され、私たちは入ってきた扉へと向かう。
「お祖父様とヘルトンは残ってください」
えっ?!と思っておじいちゃんを見るが、留まれないので部屋の外まで出てきた。
カターン……と大きな扉が噛み合い閉まった音が響く。
「ミケウリリアは……」
「ミケウリリア様って……」
「ミケウリリア様から……」
衛士さんは扉が閉まった途端話し始める私たちに苦笑し、隣の控室まで連れて行ってくれた。
・
「さっきお祖父様って言ってましたよね……」
控室の扉が閉まり、椅子に座る前に私は話し始めた。
「……そうです、ローレオール様はミケウリリア様の祖父にあたりますね。先代の夫です」
マーニャさんは言いづらそうにしてから話した。
「えー!?」
「やっぱり偉かったのか」
めちゃくちゃ偉かった。
ミケウリリア様の方がおじいちゃんに対して丁寧だったのも頷ける。
「マーニャさん言ってよぉ……馴れ馴れしくしちゃったかも……」
「黙ってろと言われてしまいまして、ごめんなさいね」
「まぁじいさんはじいさんだろ」
「ギィロはいいよね、そんなんで」
「お優しいから大丈夫ですよ」
と言って笑みを浮かべるマーニャさんを見て、自分だけは知ってて丁寧にしてたんだから良いよねとか思いながら、気になっていた剣を抜く。
「やば……」
「あぶねえな」
「だってほら見て……」
装飾は少なくて、軽くて、刀身が白い。
開拓者組合の札にも使われているミケウ特産の白雪鉱だと思う。
札のは薄く張られているだけだけど、この剣はどれだけ使われているのか……ミケウを象徴するような剣だ。
「持ってみなよ」
「あ……すごいな……」
溢れるように出る率直な感想は、これを作った人が一番喜ぶやつだと思った。
「あとで」
剣を鞘にしまって楽しみが待ってるように言った。
意味を理解したようにギィロは頷く。
「どうだったのギィロ?ていうか本気だった?」
ミケウリリア様に剣を向けた感想だ。止めはしたが興味はある。
「いや、あの姿の人に本気でできないだろ」
「だよね」
見た目はただの綺麗なおねえさんだ。
武器も持たず構えもしない女性に対して本気で斬りかかれるとしたら異常者だ。
「でもある程度強めにいかないと格好がつかないし、頼むから止めてくれって思いながらやったよ、当てるギリギリまで焦ってた、はは」
「見ててもドキドキしたよ」
「でも本気でやってもたぶん同じだったと思う。何の感触もなかった。ただ止まったよ」
「ふーん、神様だった?」
「いやほんとそれだ、測れる材料が見つからなかった」
「やっぱり凄いんだね継承者様って」
地味な一瞬であったけど、凄すぎてあれだけ地味になってしまったんだろう。そう思った。
「ギィロくんには驚かされましたが、二人ともミケウリリア様に気に入ってもらえて良かったですね。宮殿にまで誘われて……」
それだ。
思っても見なかった幸運が舞い込んできた。
宮殿という胸を張れる立派な場所。
剣だけではないにせよ、治安維持や討伐など様々な作戦行動で剣を振ることのできる仕事。
それにお父さんのような拠点守護がもしできるなら、運命めいたものを感じる。
ピッタリだと頭では思う。
「すごいと思ったけど、ちょっと不安です」
期待はあるけど不安と半々で、そう口走った。
なぜか即決できない自分がいる。
私は柊から先、職場体験はしていない。
もう普段落ち込んで暗くなるような事はないけど、小さな棘としてまだ胸に残ってもいた。
そんな私の答えを聞いてギィロは目をつぶり、何か考えてる様で何も言わない。
「そうね……でもきっと大丈夫、慣らしていけるようお願いしましょう」
「はい。ギィロは?」
「俺は……」
言いかけたところでおじいちゃんが扉を開け現れた。
話は中断され、私はマーニャさんと一緒に立ち上がり、即座に無礼を謝罪した。
「バレてしまったようじゃ。そうなってほしくなかったから隠しておいたんじゃけどの。気にすることはない、そのままでいておくれ、おじいちゃんじゃ」
「でも……」
マーニャさんを見るけど、マーニャさんは首を傾げ、出来なさそうな顔をしている。
「なら命令じゃ、おじいちゃんと呼べい」
「おじいちゃん……」
明るいおじいちゃんに負けて口を開くと、満足そうに笑ってくれた。
「うむ。わしゃここでお別れじゃ、ヘルトンを取られてしもうた。職権濫用だとな。言い返せなんだ」
ヘルトンさんは通常の業務に復帰し、おじいちゃんは、おじいちゃんの言を使うなら宮殿に囚われるらしい。
「じゃがもしお前たちが宮殿にくるのなら暇はしないで済みそうじゃ、どうなんじゃ?」
「悩み中です……」
「他にやりたいことがあるのかの?誰も無理にとは言わん、じっくりお考え。自分の人生じゃ、気を使うことなどない」
説教じみてない簡単な言葉なのに、少し気が楽になった。
直接の上司になることはないだろうけど、ミケウリリア様やおじいちゃんと共に働くのは自分を誇らしく思えそうだ。
「ローレオール様、今日は貴重な経験をさせていただきありがとうございました」
私たちは今日のことをお互いに感謝して、マーニャさんの挨拶で退出し雪灯院へ帰った。
帰りにギィロに宮殿勤務について聞くと、「あんまり興味ない」ということだった。
なんで?バカなの?
帰ってからは早速もらった剣で遊んだ。
大人が使うにはちょっと短いかもと思えるけど、私にはちょうど良いし、道具というより体の一部のように扱えた。
抵抗がないように空気を割る感触が気持ちよくて、夜になるまでギィロとすごいすごいと言って遊んだ。
剣の名前は聞いてなかったので、私たちはその剣を"ミケウリリアの白雪剣"と名付けた。そのまんまだ。
白雪剣は私が使うことになった。
立派な剣をギィロがその辺に落ちてる枝で受け止める姿は笑えた。
――
「ギィロくん、宮殿に行く気がないのなら、リゼの邪魔だけはしないであげて」
「そんなの、わかってます……」
――




