第4章 第19話 枝のギィロと絵師
雪灯院での日常が戻ってきた。
あんなことがあった後でも、別に暇になったわけじゃない。
元の忙しい日常が戻ってきた。
心の内はちゃんと吐き出したし、子どもたちの「おねえちゃん帰ってきた!」も嬉しかった。
ギィロとミューレの活動を再開したのは特に効いた。
趣味と言っていいかわからないけど、没頭と時の経過は癒しになって、私はだんだんと普段の調子を取り戻せた。
最近ほとんど行ってなかったから知らなかったのだけど、ギィロは顔が知られるようになっていた。
ワンショットと会ったという話も聞いていたし、一人で活動している時、様々な他のパーティと行動を共にしていたようだ。
顔見知りに会うと、「よーう"枝の"」とかいう酷い愛称で呼ばれる事があった。
ギィロは剣とは別に枝を使うことが多くなってきている。
そこら辺に落ちているただの枝だ。
お気に入りの枝を腰にさして、もっとお気に入りを見つけると更新される。
そんなので戦うものだからインパクトが強いのだと思う。
"枝の少年"と呼ばれるようになって、今では"枝の"になったんだって。
「枝の女か?」
「ちがいます」
このやり取りは何度かあった。
"枝の女"とかいう最低の愛称は絶対にやめてほしい。
枝は私も真似をしてみたことはあったけど、無理だった。
枝でも纏いを使うこと自体はできるけど、斬れば折れるし、受ければ折れた。
物理的に強靭な剣がないと無理なのだ。
ギィロは普通ではない。
「金属より素直なんだよなあ」
「わかんないよ」
ギィロの言だけど、意味不明だった。
・
ギィロがそんな剣、もとい枝を奮って、一緒に討伐に行ったある晴れた日の帰り。
「来ないな」
珍しいことではないけど、なかなか帰りの馬車が来なくて、開拓者組合前の停留所で時間を潰していた。
ギィロは階段状の花壇の縁に立って、枝をその縁に当てたり、太陽にかざしたり手持ち無沙汰で、私はその足元に座って足をぷらっぷらさせていた。
「おなかすいてきた」
呟いてギィロの長い外套の端っこを引っ張った。
「あ、俺も」
ギィロは言われて自分のお腹のすき具合に気づいたように同調する。
「何か買ってきて?」
「何がいい?」
ギィロは聞きながら枝を腰に挟んで私の隣に座る。
「ソウルパニーノ」
店の方を指さした。
「好きだなあの店」
「すぐそこだし、美味しいし、量あるし、最高だし?」
指を順番に立てて理由となる魅力を示し、四本目でギィロの方を向いた。
「あと受付が美人」
ギィロが一本指を立て、五本目として付け加える。
「それは関係ない」
目を細めギィロの立てた指を折った。
「待ってろよ」
ギィロは花壇から降りて、いざ美人に向けてスタスタいったかと思うと、すぐに引き返して帰ってきた。
「リゼ、ちょっと」
「なに?」
ギィロは眉間にシワを寄せて手招きしながら顔を寄せ、小声とまではいかない小さな声量で呼んできた。
何かあったかと不思議に思い、私も体を伸ばすようにして聞く体勢をとった。
「見られてるから一緒に行くぞ」
方向を指示する小さな手の動きで視線を誘導されると、笑顔のおじいさんと、大柄で無表情の武装した直立の男性がこっちを見ているのが確認できた。
「ん、ほんとだ、すっごい笑顔じゃない?こわ……」
おじいさんだけならまだしも、後ろが怖い。
ギィロは手を差し伸べていたけど、その手は取らずに立ち上がった。
怪しいので一緒にお店まで歩いて、それから戻ってきた。
「んまー、やっぱこれだよね」
「んむ、いけう」
二人で元いた同じ花壇に座って頬張る。
ギィロは口いっぱいに含んでやんちゃな食べ方をしている。
「ねぇ、まだ見てるよ……」
「ん……なんか、絵描いてないかアレ」
ギィロは口の中のものを飲み込んでから言った。
「そうかも?」
地面に対してほとんど平行に持っているので見えにくいけど、確かに左手に持つのがスケッチブックなら、そんな感じに見える。
「……リゼ、姿勢直したろ?」
「え、別に直してないんだけど……ねぇこっち来てない?」
笑顔で近寄るおじいさんと、後ろに付く無表情な大柄の男性に、ギィロはパンを全部口に含んでから立ち塞がった。
「やあ少年少女!素晴らしいものを見せてもらった!足を運んでみるもんじゃなあ、青春じゃあ!」
おじいさんはかなり年齢を重ねてそうなのに、体のどこも悪くないかのような元気を見せる。
私とギィロは互いに「なに?」という表情で顔を見合った。
「筆がのったのった!三枚も描いたぞ!ほれ」
おじいさんは紙をギィロに渡したので、私も近寄って覗いた。
「うお……」
「うま……でも……」
一枚はギィロが枝を持ち私がベンチから見上げてる構図。背景がココではない別の石畳で、建物は無く上半分は空だ。手前に黄色い花が咲いている。
二枚目はギィロが枝を前につき出し、反対の手を私とつないで歩いている姿で、周りには幾つもの扉が配置されている。扉からは食べ物だったり、宝石だったり、動物だったり色んなものが顔を出している。背景は雲の間に、宮殿?
三枚目はパンを分け合ってる上半身のみの構図。笑顔の二人の間に映る青空に、目がバッテンのコミカルなブタが浮いている。
「なんだこのブタ」
「なんかめちゃくちゃだし、ていうか手なんかつないでないんだけど」
絵自体はうまいのに、虚構が多くて文句をつけた。
「気にするな気にするな!そのままを描くだけが絵ではない。こんなものは自由なんじゃ、繋いでいるように見えた!」
芸術ってそんなものかなと思って、パンをかじりながらもう一度絵に視線を落とす。
どこかで見たことあるようなタッチな気がする……
「特にその枝、わしも若いときはそうやって剣士になったつもりで居たものよ。お主もそうだろうヘルトン」
と後ろに居るヘルトンと呼ばれた大柄な男性に向かって、筆、というかペンを突きつけるおじいさん。
「やったような気がします」
印象通りの低い声で、姿勢も表情も変えずに応える大柄ヘルトン。
「剣を持った勇敢な戦士を描くのも良いがの、それよりはこっちのほうが人生を感じる。隣にかわいいお嬢ちゃんがいるのも大きい。ええのうええのう」
おじいちゃんは大柄へルトン、ギィロ、私の順に指をさす。
「えっ、かわ……うん、なかなか良く描けてると思えてきたかも。ねえギィロ?」
「そうか?あんまりわからないな俺には。うまいとは思う」
とギィロは紙をおじいさんに返そうとする。
「わしが持っててもしょうがない。記念に貰っておいておくれ」
「そうか」と言ってギィロは興味なさげに私に差し出す。
パンを持ってるので渡してほしくない。
不満げな顔をギィロに向けるけど、こっちを見ていない。
私は左手にパン。右手に紙になった。
「ありがとうおじいちゃん。おじいちゃんは絵描きさんなの?」
言ったあとパンをかじる。もう少しで食べ切れる。
「そうじゃ。他には何もできん。久々に帰ってきたらミケウリリアに呼ばれてのう、気に入ってくれるのは良いが、題材に悩むこっちの事をわかっとるのかね?」
突然ミケウリリア様の名前を出してきて驚いた。
ミケウで一番偉い人に対してなのに、おじいちゃんはめんどくさそうな態度をとる。
「ミケウリリア様に……?おじいちゃんもしかして有名な人?なんか絵を見たことあるような気がするよ」
最後の一口を放り込んで、ゴミをギィロのポケットに捨てる。
ギィロは「おい……」とかなんとか言ってるけど、私は左手が使えるようになったのだ。
「ほう、そうかね。では慧眼を持ったお嬢ちゃんにはコレを……」
と言って絵の一枚に手をかざし、スッとずらすとその手には黄色い花が握られていた。
絵を見ると、描いてあった黄色い花がなくなっている……
「うおっ……」
「すごっ……」
目の前で起きた衝撃的な光景に思わず驚嘆の声が漏れた。
「ふぁっはっは!」
ごきげんに笑うおじいちゃん。
「手品です。これしかできないんですよ」
大柄ヘルトンが淡々と言う。
「バラすなヘルトン」
おじいちゃんはペンを大柄の腹に突き刺すが、大柄ヘルトンは微動だにしない。
「どうぞ、お嬢ちゃん」
おじいちゃんは黄色い花を仰々しく差し出してくる。
「ありがとう」
謎の黄色い花を受け取り、自然と笑みがこぼれる。
本物の花だ。
「おい、来たぞ」
馬車の到着をギィロが知らせた。
「あ、乗らないといけないんです。おじいちゃん、絵と花ありがとう」
「うむ、こちらこそじゃ。気をつけてお行き」
既にズカズカ歩いてるギィロを追いながら、紙を持った手を振った。
おじいちゃんは笑顔のまま、胸の前で小さく手を振ってくれた。
・
ふう。と言って席に着く。
「有名な人なんじゃない?名前聞きそびれちゃった」
厚みのある紙を膝に広げた。
「というか、偉い人かもしれないな。ミケウリリアを呼び捨てにしていたし、デカい奴の持ってた剣はミケウの衛士と同じに見えた」
そんなところまで見てなかったので、ギィロの観察力にちょっと感心した。
「慧眼を持った君にこれを……」
おじいちゃんを真似して、紙から出すようにして花を差し出す。
「ぷっ、いらねえよ」
ギィロはちょっと笑ってから拒否した。
「ギィロだって様つけてないからね?偉くないのに。ミケウで一番偉くないのに」
花をギィロに向けて言う。
「一番ってことはないだろ」
「他に誰がいるの?」
「黒羅とか」
「……まあ確かに」
ギィロは雪灯院に来る直前も黒羅旅団とやり合ってたけど、それ以降もしょっちゅうトラブっている。
「なんか居るんだよ」というけど、黒羅が居るようなところに出向くギィロもギィロだと思う……。
「でも下が黒羅しか居ないなんて……ぷぷぷ」
「うるせえな、ケモノ退治だってしてるだろ、割と偉いと思う」
「そうだね」
とかくだらない話をしたり、描いてもらった絵を改めて見たりした。
扉から色んなものが顔を出してる絵が面白くて、笑いながら馬車は北へと走っていった。
・
「ただいま〜」
ロビーに居たマーニャさんに声をかける。
「おかえりリゼ、ギィロくん」
マーニャさんはお盆にカップなどを集め、お片付けをしていた。
「はいコレ。描いて貰ったよ」
手を休めたマーニャさんに絵を渡した。
「まあ、良く描けてますね。ふふふ。飾っておきましょう」
嬉しそうにするマーニャさんを見ると描いてもらって良かったと思う。
「そんなもん飾らなくていいのに……はいコレ」
ギィロは文句を言いながらマーニャさんに何か手渡す。
「ゴミじゃないの……でも今額が一つしかないんです、リゼはどれが良い?」
マーニャさんはソウルパニーノの包み紙を捨てながら聞いてくる。
「ギィロが棒持ってるやつ。他のはちょっと、無理」
私は貰った花を花瓶に仲間入りさせながら答えた。
それ以外は虚構が激しすぎて飾って欲しくない。
「はいはい」
とマーニャさんは笑顔で額を用意し始めた。
そうしてロビーに一枚絵が増えた。
けど私は説明を失敗していた。
枝の絵は二つあって、手を繋いでる扉いっぱいの方の絵が飾られてしまった……




