第18話 ミューレ
「リゼ……?」
ギィロは幽霊でも見るかのように目を丸くして恐る恐る立ち上がった。
いてくれて良かった。
たぶん情けない姿で、あまり他の人に見られたくなかった。
「なんだ?どうしたんだ?なんでここにいる?」
ギィロは現実を確認するかのようにまくし立ててくる。
「ギィロ……」
力なく名前を呼ぶ。
「何があった?話せ」
ギィロは肩に触れ覗き込むようにする。
「ギィロ、私、間違ってたのかな……」
自分で決めて、正しいことをしていると信じて、自分の足で進み、淀みない目で先を見ていた。
けど、現れたのは渡ることのできない谷だった。
「そんなわけあるか」
ギィロは心配そうだけど強い視線を持って、少し私の肩を揺らす。
「楽しかったんだよ?嬉しかったんだよ?なのに、なんで、わけがわからないよ」
充実していた。
全部うまくいっていた。
私は不十分で伝わらないだろう言葉を吐き捨てた。
「お前はちゃんとやろうとしてた、それだけだろ?」
そう、それだけだった。
やっと見つけたと思った綱を握っただけ。
一生懸命人生をやっていたのに、なのに容赦ない理不尽が襲ってきたんだ。
「うん……うう、うっ、うわぁあぁあぁ〜……」
ギィロは何も分かってないはずなのに、言われた簡単な言葉が心に刺さった。
感情の糸は切れ、突然涙が溢れ出した。
「大丈夫だ、大丈夫だって……くそ……」
ギィロは慰めながら困ったように悪態をつく。
「ふぇえぇぇえぇん……ギィロぉぉごめんなさぁいぃ……」
ギィロの肩を借りて泣いた。
ギィロはずっと反対していた。
私に意見してくれていたのに、私は反発して聞こうともしていなかった。
これは罰なのかもしれない。
「なんだよ、何で謝る、お前らしくない、大丈夫だから……」
「えっえっうっくっ……」
「わかったわかった、マーニャさんのところに行こう?な?」
「うん……」
ギィロは背中に手を置いて誘導してくれた。
・
マーニャさんの部屋に到着して、ノックのあと扉を開けると、私は背中を押され入室を促された。
「リゼ!どうしたの?!」
起きたばかりだったのだろう、部屋着のままのマーニャさんは驚いて近寄ってくる。
「大丈夫?もしかして、ひどいことをされた?」
肩を抱き、きっとひどい顔をしてる私を見て、優しい声で気遣ってくれる。
「いえ……それは大丈夫です……」
言っている意味はわかった。
マーニャさんは胸に片手を置き深呼吸ほどではない息を吐いた。
「じゃあどうして?ゆっくりでいいから、話してご覧なさい?」
ソファに私をうながして、優しい声をかけてくれる。
マーニャさんはギィロに飲み物を用意するよう手で指示をした。
断片的でちゃんと話せたかどうか分からないけど、私は起きたことを話した。
――
「……私は亜人たちと戦いました。でもエルネストさんは逃げて、戻ってこなかった。助けに来ると思っていたんです……あの人は、宮殿で剣を教えてもらったっていう父を、尊敬してるっていっていたから……」
「イェジェットさんを?」
「……父を、知っているんですか?」
私は顔を上げて尋ねた。
「ええ、ごめんなさいね話していなくて。私は元々宮殿勤めだったのですよ」
マーニャさんは申し訳なさそうな顔をする。
「マーニャさんが?」
驚いた。
父のことを知ってる人がこんなに近くにいたなんて知らなかった。
過去について気を使ってくれる雪灯院ならではのことかもしれない。
「イェジェットさんとは顔見知りでした。吹雪のイェジェット、皆と仲の良い気さくな衛士でした。ですが、子どもに稽古を付けていたなんて初耳です」
「えっ?一年間、教えてもらっていたって……」
「一年間もですか?それで知らない訳はないと思うのですが……」
マーニャさんは顎に手を当て、記憶を探りながら困惑した表情をする。
「どういうことですか……?」
「わかりませんが……」
私もどういうことなのか、疑問に思うも点が繋がらない。
「ウソを付いていたんだろ」
ギィロがやっと飲み物を作り終えて、テーブルに置きながらぶっきらぼうに言った。
「!?」
何でもないことのように隣に座りだすギィロを見つめるけど、思っても見なかったことに声が出ない。
エルネストさんは思い出まで話していた。そのすべてがウソだったなんて……
「そんな……」
マーニャさんも口を抑えて信じられないという格好をしている。
「戦わない、逃げる、助けにも来ない。そいつの本性だ。そんなやつのすることなんて、わかるだろ」
推測の域を出ないのに、ギィロの言葉には妙に説得力があった。
「……確かなことは言えませんが……あぁ、ごめんなさいリゼ、私が背中を押してしまったせいね、ごめんなさい……」
マーニャさんは突然自分のやったことを思い出し、懺悔するように謝った。
「マーニャさんのせいじゃありません」
私は逆にマーニャさんを庇った。
お父さんは逃げなかった。
一緒に笑い合った仲間を助け、倒れた家族を見捨てることもなかった。
最後は見てないけど、最後まで戦ったと聞いていた。
お父さんの事とエルネストさんの事を思うと、私にはこれからも続けていく自信がなかった。
「でも私、エルネストさんと、以前と同じように接する自信がありません……」
「それはそうだろ……」
当たり前だというようにすかさずギィロが主張する。
「そうね、白護会には私からお断りをいれておきましょう」
「雪灯院に戻ってきてもいいですか?」
「もちろんよ、戻ってらっしゃい」
「はい。マーニャさん、ごめんなさい。私、うまくできなくて……」
マーニャさんはいつも私のことを思って協力してくれていて、やっとうまくいくと思ったのに、何にもなれなかったことを恥じて、申し訳なくなった。
「リゼは優しくてしっかり者ね。でもあなたが責任を感じることなんてないの、自分を責めないで、今はゆっくりお休みしなさい」
「ありがとうマーニャさん……あの、もう少し居てもいいですか?……お父さんの話を聞かせてください」
「いいわよ」
マーニャさんの話に出てくるお父さんは、勇敢とか剣の腕がどうとかじゃなくて、仲間とよくふざけ合ってたという、温かい思い出だった。
稽古をしてると思ったら、手に持ってるのが厨房から取ってきたゴボウだったから叱ったこともあったって。
子どもみたいにふざけてお母さんに叱られてる時のような、簡単に想像のつく私の知ってるお父さんと被って、自然と笑みがこぼれた。
ギィロはその間、私の部屋の準備を指示されていた。
自信のなさそうな顔で頷いて始めたけど、慣れないことで、何がどこにあるか分からないから、マーニャさんと待ってた私に何度も聞きに来た。
なんだか、ギィロがそんなことをしてるのも微笑ましかった。
「終わった」
とギィロがいうので部屋に向かい、まだ朝だったけど、ギィロのせいで変な間取りになっていた部屋で寝た。
・
夕方が終わるような頃、目が覚めた。
お腹が空いていたけど、ため息が出続けるだけでやる気が起きず、ボーッとしていた。
するとノックが聞こえ、特に入室の許可もしてないのに扉が開き、「よう」と言って大きな袋を持ったギィロが部屋に入ってきた。
「おはよう、ねえ、変な部屋になったんだけど?」
変な間取りの部屋を全身で示して抗議する。
「うるさいな、こんなもんだったろ」
「違うよ」
「そうかよ、悪かったな」
あまり反省の見られない謝罪を受け取る。
「ま、寝れはするし、別にいいけど、荷物とりに行かないとなあ……」
必需品が全部ないのだ。困る。
「ほら、これだ、荷物」
ギィロは大きな袋をドサッと床に置く。
「持ってきてくれたの?ありがとう」
袋が自分のものだとわかって、早すぎるしタイミング良いし驚いた。
「全部じゃないぞ、多すぎなんだよ」
「必要なんだもん、ていうか部屋の中のもの見たの?」
「別に見てない、細かいこと気にするな」
「気にするんだけど……」
持ってきてもらった袋の口をちょっと開けて、覗きながら抗議した。
「なんだよあのでかいぬいぐるみ」
「見てるじゃん!」
それは私の心の友である。
中央街にいまだ実在するという神様を模した、ほっかむりニャー様だ。
「見えるだろあれは。まぁいいだろ別に、残りはマーニャさんに任せとけばいい」
「うん、そうだね、そうする。安心」
わざわざ持ってきてくれた人にとる態度ではないかもしれないけど、気になるのは気になる。
デリカシーがないんだギィロは。
「はあ……なあ、亜人がいたって言ったよな」
突然ギィロは雑談とは違う丁寧なトーンで話し始める。
「ん、うん……ケモノを斬るのとは違ったよ……」
目を閉じればまだ、感触も匂いも、苦悶の表情だって思い出せる。
「そんなに落ち込むなよ、亜人くらい俺だってやったことある」
「えっそうなの?いつ?」
ギィロがそんなトラブルに巻き込まれたなんて初耳だった。
「えっ……結構前だよ、忘れた」
「なんで?どこで?誰?」
「忘れたって!あることはあるんだよ!」
「……そうなの?」
「そうだよ……」
「あっそ……ありがと」
目が泳いでて不器用な慰めだったことに気づいた。
私は半笑いになってしまったけど、突っ込むことはしなかった。
「ていうかそんなこと言いたかった訳じゃなくてな」
「なに?」
ギィロは指をさして話を続け、私は口角が上がるのを抑えながら聞いた。
「街に暮らす亜人が人に危害を加える理由なんて、そう多くはないって思うんだ」
「どういうこと?」
意外にも興味のある話で、私の表情はすぐもとに戻った。
「いや、俺もただ聞いた話だけど……積荷って、子どもなんじゃないかな」
ギィロは一度視線を落とし間を空けてから言った。
「え……」
思いもよらない答えに言葉を失った。
積み荷の中身は漠然と大切なものとしか認識していなかった。
思い返せば戦いのさなか、ビーバーは積み荷のある馬車に向かってきていたように思う。
教会の持ち物にビーバーたちが固執する理由なんて他に思いつかないけど、もしギィロの言う通りなのだとしたら、命を賭けて奪い返しにくるというのは納得できる話だ。
「教会に運ばれたんだろ?それなら……これの出番だと思わないか?」
ギィロがポケットから出したのは、ミューレの札だ。
「まだ持ってたの?!」
「疲れてなきゃ、行くか?」
「うん!いくよ!待ってて!着替える!」
ミューレの札をまだ持ってたことにも驚きだけど、ほんとにギィロの言うとおりなんだとしたら、自分はとんでもないことに加担してしまったわけだ。
許されないだろうけど、せめて子どもだけでも助けたい。そう思うと、体が勝手に動き出した。
持ってきてもらった袋から雑に中身を取り出した。
いつかもらった白いマフラーが目にとまった。
あまり使う機会がなかったなと思い、適当な服に着替えたあと、仕上げに巻いて部屋を出た。
「……せっかくもらったあの黒いケープ、お気に入りだったんじゃないのかよ」
着替えて出てきた私の格好を確認したあと、ギィロは嫌味を言ってくる。
「動きにくいんだよアレ」
前にギィロに指摘されたことを認めてあげた。
ギィロは満足そうに頷いて、"そうだろ"というような態度をとる。
「どう?」
私は今の格好の評価を求めた。
「まあまあだ」
「もっと褒めてよね。ギィロがくれたやつなのわかってるの?」
マフラーを左右から両手でポンポンして示した。
「褒めてるだろ、まあまあだ」
「もう!」
ギィロはぜんぜん嬉しい言葉を言ってくれない。
ほんとわかってない。
だけどなんだか、いちいち一喜一憂せずに、自然でいられるのは楽だった。
・
ミューレの札を持ち出してはいるけど、別に依頼があるわけじゃないし、報酬もあるわけじゃない。
けど私たちは教会へ行き、戦闘の跡地にも、ビーバーたちの人工樹林にも行った。
でも、結局は手遅れだった。
教会からは何の情報も得られず、戦闘の跡地は"何も起きていない"と告げているかのように既に何もなかった。
最後にビーバーたちの居た人工樹林に来てみると、そこは無人だった。
襲ってきた亜人たちがココで香料を作っていた者だったということが推測できただけで、何にもならなかった。
「はぁ……遅かったな……」
ギィロは石ころを蹴飛ばしながら言った。
夜の闇のなかで、ゆるやかな風になびく人工樹林の葉のこすれる音だけが聞こえる。
「うん、しょうがないとか思いたくないけど、なんか無力感……ごめんなさい、あなたたちの生活を私は奪いました、ごめんなさい……」
無人になった小屋に向けて、私は取り返しのつかないことをしたと、心から謝った。
「リゼが謝ることじゃない。もしリゼが居なくて亜人たちの襲撃が成功していたとしても、そのあと亜人の討伐依頼が出されて同じことになるだけだ。亜人たちの立場が弱くて、教会がケモノを嫌ってる。それだけだ」
ギィロは残酷なほどの事実を述べた。
「うん……ありがとうねギィロ。でもなんで亜人のことに詳しいの?」
雪灯院でまともに講義を受けないギィロが博識なことは疑問だ。
「つい最近たまたま聞いて知っただけなんだ、ワンショットっていたろ?あいつらと一緒になってさ」
「あー、あのすごい人たち?」
ワンショットは依頼板でリングがいくつもついてる討伐系パーティだ。街報にも載ってたのを覚えてる。
「うん、内緒にしろってことだったけど、違反パーティだなあれは」
「えっなにが?」
「登録は三人で、そいつらも弱いわけじゃなかったけど、現地で加勢してたのは四人目の獣人だった。凄かったよ」
驚いた。
獣人はほとんど人と同じ姿をした亜人で、滅多にいない。
私は会ったことがない。
「あ、へぇ〜、なるほどね。亜人たちは開拓者登録できないもんね?」
開拓者組合の中枢本部は中央街にあって、ルールはそこで決められている。
亜人への圧力がミケウと比べて比較的強い中央街なら、亜人に余計な権利を与えるようなことはしない。
だからミケウの開拓者組合でも亜人は登録できない。
「そう、その獣人から聞いたんだよ、亜人が街で暮らす大変さを。ミケウはまだましだってことだったけど」
「だから詳しかったんだ」
「亜人は、街で生きていく方法が服従しかないんだって」
亜人は人間の街で暮らすことで安全を得ている。
外でケモノ同士で争うこともなく、人から危害を加えられることには罰則もあるから保護されている。そういう説明をギィロから聞いた。
でも子どもを奪われても我慢しなければならないなんて、そんなのはあんまりだ。
「亜人ってたまに普通に歩いてるの見かけるけど、あんまり気にしたことなかったよ。でもさ、ブタとかヒツジとかいるでしょ?」
亜人が管理をしている牧場があるのは知っている。
そこで肉となるケモノを出荷してるのだって知っている。
それと今回と何が違うのか、その答えはギィロでも分からないということだった。
「仲良くすればいいとか思うけど、単純ではないのかもなあ」
「そうなのかも……」
戦場にいた亜人たちが、どういう気持ちでそこに立っていたかを考えると胸が締め付けられた。
自分のやったことの責任を改めて感じた。
何にもならないのは分かっているけど、私はもう一度小屋に向かって頭を下げた。
・
教会の積荷調査はうまくいかなかった。
けど、落ち込むばかりでもなくて、なんというか、体を動かしていると気が紛れた。
「ねぇミューレの札、嬉しかったよ。また依頼行こうね」
今回の調査は楽しいなんて言ってはならない内容だったけど、開拓者組合の依頼を続けられるなら、続けたい。
また進路が不安になるかもしれないけど、そう思った。
「リゼがその気なら、俺はいつでも行ける」
ギィロはなんだか、顔が明るくなったかもしれない。
よくわかんないやつだから、勘違いかも。
・
エルネストさんが雪灯院にお詫びに来たらしい。
私は迎えに行かなかった。
話を聞く気にはなれなかった。
――
雪灯院の門の前で、院長のマーニャとギィロはエルネストを迎えた。
「弁明をさせていただきたくて参りました。こちらはせめてものお詫びのつもりです」
エルネストはマーニャに対し両手で菓子折りを差し出した。
「だいたいの経緯は聞いております。お詫びの品を受け取るわけにはいきません」
院長のマーニャは毅然とした態度をとった。
「そうですか……どうかリゼアノートさんに、謝罪と説明をさせてはいただけませんか?」
エルネストは姿勢を正し改めて話し始める。
「きっと話せば分かってくださると思うのです。リゼアノートさんは才能にあふれている。柊での働きは目を見張るものがありました。こちらの孤児院でさぞ素晴らしいご指導を受け生活を送っていたのだと確信しています。今回については不幸なすれ違いがおきてしまいましたが、きっと、賢い方だ、理解してくれると思うのです」
マーニャはエルネストを訝しげに見つめ、黙ったままだ。
エルネストは一拍置き、さらに話を続ける。
「ご存知なのだと思いますが、私は彼女に求婚いたしました。私は彼女の全てを受け止めたいと思っています。決して軽い気持ちで言ったわけではありません。ですから、私や白護会のことも知っていただきたいのです」
エルネストはマーニャと、知らない顔であるギィロにも申し訳なさそうな顔で訴えかけた。
ギィロはペラペラと話すエルネストを不思議なものを見る目で見つめる。
「吹雪のイェジェット」
マーニャは一言、名を呟いた。
「……リゼアノートさんのお父上ですね。私の尊敬する方です……」
ギィロの右拳に力がはいる。
「ご面識がございましたか?」
「はい、幼い頃ではありますが、宮殿でお世話になりました。私の剣はイェジェットさんから教わったものです」
エルネストは悪びれることなく話す。
「…………そのでたらめをいつまで続けるつもりでしょうか?」
マーニャは確信を持った強い目線をエルネストに送る。
「でたらめなどと……」
少し驚いたエルネストはマーニャと視線を戦わせ続けることができず、それてしまう。
「私が過去宮殿に勤め、イェジェットさんと旧知であったとしてもですか?」
マーニャは少し強くなった語気でエルネストへ問いかける。
「なん……それは……」
エルネストの自信は綻び、崩れていったことは誰にでも見て取れた。
マーニャは息を吐き、厳しい表情を解いて話し始める。
「ケモノと遭遇したのは不運であったのかもしれません。リゼ以外全滅に近かったと聞いています。きっと苛烈な状況だったのでしょう。私はその場にはいませんでしたし、そういった状況にも出くわしたことがなく戦いにも疎いです。あなたが立ち去ったことには何か事情や現場の判断というものがあったのかもしれません。ですので私にはその点についてあなたを責めることは難しいでしょう」
マーニャは若干の優しさを含んだ声音で話し、エルネストは「はい」と相槌を打ちながら聞く。
「ですが、イェジェットさんについては別です。それはこの雪灯孤児院で、孤児たちの面倒を任されている私にとっては許せないことです」
「はい……」
「あなたにあの子の気持ちが理解できますか?孤児たちがどれだけの思いで生きているのか分かりますか?あなたは地位の高い方々を相手に立派に働いているようではありますが、あの子の大切な思い出に土足で踏み込み利用する権利まで持っているつもりなのですか?」
「いえ、そのようなことは……」
「では、あの子に嘘をついたことを認めますか?」
下を向いたエルネストは一拍も二拍も空ける。
エルネストは小さなため息のあと顔を上げ、観念したように口を開いた。
「…………はぁ、申し訳な」
バシンッ!
マーニャの平手打ちがエルネストの左頬を捉え、エルネストは打たれた頬を手で抑える。
ギィロは驚いてマーニャを見やり、握られた右拳は解かれた。
「こちらを向きなさい!許されるとでも思いましたか?リゼはまだ未熟でした。恋に憧れていただけかもしれません。ですがあなたのように、純粋なあの子の心をもて遊ぶような方は決して許せません。ましてあの子の大切な思い出まで利用するなど言語道断です。この門をまたぐことは私が許しません、お引き取りください」
マーニャは丁寧ながらも語気を荒げた。
「はい、申し訳ありませんでした。また、改めて謝罪に参ります……」
言い訳を思いつかなかったエルネストは、頭を抱えながら踵を返す。
するとギィロがエルネストに歩み寄った。
「なんですか?今日はもう……」
嘘を白状させられ、説得モードが解除されてしまったエルネストは、知らない顔であるギィロの相手をするつもりはなく、帰ることをただ許可してほしかった。
「これを見ろ」
ギィロは枝を手にする。
「枝?なにを……?」
エルネストは怪訝な視線をギィロに送る。
ススッ!
枝から纏いの残像剣が足元の雪を掻き分け、一刀で二つの鋭い筋が残る。
「俺では下手だけど、これはリゼの得意な剣だ。"また"なんてないんだよ。次に雪灯院で見かけたらこれをお前に使うからな?リゼの全部を受け止める?そんなこと二度と言えなくしてやるぞ」
口をあけたままエルネストは冷や汗をかく。
エルネストは強く睨みつけてくるギィロのことを"しでかしそうな奴"であると評価し、同時に剣士として普通の子どもの身のこなしではないことも感じた。
「ギィロくん……」
マーニャは呆れた。
「……し、失礼いたします……」
エルネストは特に感想を言うでもなく、足早に立ち去っていった。
「ギィロくん、そこまで脅す必要は……」
「マーニャさんだけズルいです。俺もスッキリしたかったんですよ」
「そうですか……まぁあの方にはそのくらいが丁度良いかもしれませんね」
「俺の役目だと思ってたんですけど、マーニャさん、かっこよかったです」
「私も責任を感じてしまったんです。リゼには謝っても謝りきれません……」
「リゼはついてなかっただけですよ、たぶん」
――
ギィロが部屋を訪ねてきた。
「追い返しておいたぞ」
「ギィロ、余計なことしてない?」
得意げに言うギィロのことがイマイチ信用できない。
「してない。マーニャさんがカッコよかった。見りゃよかったのに」
それからマーニャさんがエルネストさんを引っ叩いたことをギィロから聞いた。
「見ればよかったかも……」
守ってくれるマーニャさんが頼もしくて、嬉しかった。
その後マーニャさんからはギィロが剣で脅していた事も聞いた。
やっぱりやっていたと呆れたけど、それはそれでギィロらしいと思った。
――
しばらく日が経った。
「よう、開けてくれー」
「なに?」
廊下でギィロの声がして部屋の扉を開けると、ギィロが袋を持って立っていた。
「届いたぞ」
白護会から残りの荷物が届いたようだ。
「あ、ありがと、置いておいてくれる?」
「多すぎだろ、軽いけど」
「ほとんど着るものだよ」
追加の二袋、お気に入りがいっぱいあるので助かった。
「……落ち着いてきたか?」
ギィロは荷物を置きながら口を開いた。
私はあまり部屋の外に手伝いにも出なかったから、ギィロも気を使ってくれているのかもしれない。
「うん、もうホント最悪だったけど、だいぶね。卒業って言ったのに戻ってきたのもちょっと恥ずかしかったけど、みんな優しいよ」
「そうか」
ずっとくよくよなんてしていられないし、また一からだけど、また一からだからこそ何にでも成れる。
そうやって自分を慰めて、ゆっくり生活を取り戻していっていた。
「リゼ、元気になったんなら、渡したいものがある」
荷物の検分も中途半端に、突然ギィロが真面目に言う。
はは〜ん……
この感じはなんかくれるやつだ。
今度は何をくれるんだろうか。
私が落ち込んでいたから、きっとギィロも元気づけようとしてくれているんだ。
たまには優しいところがあるんだよねって思った。
ニヤニヤをバレないように、サプライズを察してることもバレないように、スキップは心の中だけにして、内心ウキウキしながらギィロの部屋までついていった。
「リゼが帰ってきてほんとによかった。これ、頼むよ」
扉が開かれ、私の目に飛び込んできたのは、まとまって山のようにそびえ立つ、ボロボロの服の山だった。
私はこれ以上ないくらいのため息をついた。




