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黄金剣のギィロ 〜好きってどういうことだかわかる?  作者: ぷるお


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第17話 何もわからない。ただ歩いていただけ

 エルネストさんは輓馬を操り、馬車は移動し始めた。

 私はキャビンの中で揺られながら余韻に浸っていた。

 カーテンを開け、窓の外を眺めながらひとりでもじもじしたり恥ずかしがったりしていて、はぁ、と何度も息が漏れる。


 南の大きな街道とはズレた細い道を進み、郊外でも人けの少ないところまで出た。

 起伏によって街が見えないけどそこまで離れてはいない。


「もう着きます!」

 エルネストさんの声がすると馬車の進む速度は落ち着いていった。

 御者台への小窓を開いてみると、前方に小屋と馬衣を着けた清馬、簡素な荷台付きの馬車と、人が何人もいるのが見える。


 郊外というのは農作業や林業、大型のケモノの畜産など、広い面積を必要とする産業に使われることが多いのだけど、そういう感じはなくただポツンと飾り気のない小屋があり、そこに人が集まっている。

 付近の木々の伐採など、環境整備がされてるとは言い難く、片面に緩衝帯がないことから人が住むような小屋ではないことがわかる。

 

 経験からして、その様子に良い印象は受けない。

 盗賊団の一時的な拠点と言われれば信じてしまいそうだけど、盗賊は馬衣など着けない。そこには荒々しさはなく、清潔感のようなものがあった。

 

「どなたなんですか?」

 聞いてみた。


「コーエン伯と教会の慈教です。フードを被っているのは聖炎隊ですね。慈教の護衛でしょう」

「聖炎隊……聞いたことがあります」

 コーエン伯はその名の通りコーエン区の領主だ。

 慈教は名称だけ聞いたことはあるけど、教会の偉い人という以外何の人なのか知らない。

 聖炎隊は教会の武力。それは覚えていた。


「聖炎隊はミケウでは活動していないので珍しいですね」

 エルネストさんが言う。


 柊の中央街への進出は教会の協力で行うことを聞いていた。

 ミケウには居ない教会組織を呼び寄せてまでするんだと感心したけど、新米すぎる自分では関係が薄く、"ふぅん"という程度の感心だった。


 馬車は旋回し、発車しやすい向きで止まった。

 扉が開く。


「ここで待っていてください」

 邪魔しないと言ったし、大切な任務のようだし、ちゃんと静かにしていようと思った。

 目をつぶって、早く終わらないかと願いながら、体の力を抜き休んだ。


 


 

「チチ、カチ、チチチ……」


 半分寝ていたと思う。

 でも聞き覚えのある音が記憶を刺激して、パッと目をひらいた。


 凍ったように身体を静止させ、勘違いを祈りながら確認するように音に集中する。


「カチカチ、チチチチ……」


 一度確認できると、音はいくつも聞こえてきた。


 居る、間違いない。


 あの時、家族を失った白影砦で聞いた音と同じ。

 忘れるわけない、コウモリの息引種だ。


 人の叫ぶ声もした。

 慌ただしい号令のような声だ。


 また、白影砦のあの惨劇が起きようとしているのだろうかと、全身から血の気が引くような感覚がした。


 今外で騒いでいるところにはエルネストさんたちがいる。

 ここでじっとしているわけにはいかない。

 私はわずかに震える手をギュッと握り、誤魔化してから剣を手にし、馬車から飛び出た。


 空はあの時と似て、暗くなる直前のようだった。



 声のした方を確認すると、異常事態が眼前に広がっていた。

 小屋には大小様々なケモノの群れが迫っており、空には大型のコウモリの影がいくつも見え隠れする。


 ……見渡しても、髪の長いウサギは居ない。


 白影が居ないことを確認し、ほんの少し心に余裕ができたけど、ケモノの数は余裕ぶれるものではない。


 ケモノが逃げるでもなく襲いかかってくるでもない状況は、何らかの統率が行われており、群れにはボスがいる事が推測できた。


 焚き火が離れて三つ焚かれている。

 二つの火が小さいのは咄嗟に作ったからだろう。

 完全に日が落ちたら不利なんてものではない。状況に対する判断は適切と言える。


 私は、決して充分な人数が居るとは言えない一団に加勢するために駆けた。

 走りながらエルネストさんを探したが、焚き火に照らされる一団の中には居ないようだった。小屋の中だろうか。


 近づいて改めて群がるケモノを確認すると、ほとんどはビーバーだと思われた。近しい形状をしている。

 進化形態がバラバラで遠目からでは様々なケモノに見えていた。大きいのもいれば小さいのもいる。


 馬車はあるが、誰も乗っていない。

 一団に逃げるつもりはないように見えた。

 切り抜けなければ生きる未来はないと、覚悟を決めているようにも見えた。

 フードを被った聖炎隊の二人は、既にくすんだ灰色の剣を抜いており、群れを凝視している。

 

「柊か?助かる、見ての通りの状況だ、不味いぞこれは」

 一番近くにいた男の人から声をかけられる。


「なんでこんな?」

「知るかよ……それに上のコウモリはなんなんだ」

「あれは息引種です。心を強く持って!」

「心を……?来たぞ!」

 私たちの都合を待つことなどなく、ケモノが波のように迫る。

 皆剣を抜き、私たちは迫る波を飛沫へと変えていった。


「さあ、今のうちです!」

 僅かに聞こえた声を瞬時に確認すると、小屋の裏手からエルネストさんを含む少人数が、大きな箱を運びながら出てきたのが見えた。


「エルネストさん!」

 ケモノを抑えながら大きく叫ぶと、エルネストさんは気づき、こちらに首を向けた。

 私はすぐにケモノたちに向き直ったけど、エルネストさんは驚いた表情をしていた様に見えた。


「エルネストさん!」

 ケモノを散らし再度呼びかけるも、今度は声が届かなかったのだろうか、振り向くことはなかった。

 かなり急いでいる様子だ。



 ケモノの波は激しく、劣勢といえた。

 聖炎隊以外のほとんどの者は、日頃から剣で生活しているようには思えず、たしなむ程度に見えた。

 コウモリの息引種は、負傷した者や弱気に苛まれた者を嗅ぎ分けて襲ってくる性格の悪い進化体だ。

 既に多くのケモノの上にはコウモリが被さり、地上には幾つもの黒い傘が出来上がっている。


「ひえっ……」

「気を取られないで!!」

 

 ケモノがコウモリから仲間を助けることはない。

 コウモリの作るおぞましい光景は、人間にのみ動揺を誘発し、飲み込まれる者は容赦なく襲われた。

 空を飛び交うコウモリは、まだかまだかと生者を煽り、気を散らしてくる。

 頭上に気を取られれば、足元をケモノにすくわれる。そうすれば黒い傘は、人を柱として増える。

 

 それに加え、ケモノの中には三人の亜人が混じっていた。


 亜人は街に多くいるが、全ての亜人が友好的な訳ではない。

 街で産まれたわけでもなければ、人の言葉を話すケモノなだけだ。

 相手をするには専門的に剣を扱う剣士でなければ難しい。それだけ強く、速く、賢い。


 亜人のいるところでは悲鳴が聞こえ、断末魔は絶望を連鎖した。

 群れのボスはこの三人に間違いはないだろう。



 一体の亜人の足が私に向かった。

 

 私は迎え討つための一瞬を作るために、周囲のケモノを散らした。

 一度亜人の爪を弾き返すと、亜人は横にズレ、私をすり抜けていく素振りを見せた。


 私の後方にはエルネストさんたちがいる。

 抜かせるわけにはいかない。

 全身に力を纏い、全力で後方に跳んだ。

 追いつかれることなど想定していなかった。そんな表情をした亜人の横っ腹を、ギリギリ倒れ込みながら斬り裂いた。


「エルネストさん!」

 倒れ込みながら叫んだ。

 目を見開き私を見るエルネストさんが、どんな感情なのかわからない。

 でもその目線はすぐに私の後方へと流れ、顔色は切羽詰まったものへと変わる。


「出せ!」

 エルネストさんはキャビンに乗り込み、馬車はすぐに走り去っていった。


 声をかけるでも助けるでもなく、走り去っていく馬車を見て、何を思えばいいのか分からなかった。

 私の頭は考える方法を忘れ、一瞬時が止まったかのように思えた。

 だけど背中に感じる気配が、強引に現実に引き戻す。

 多くの波が目前に迫ってきていた。


——おねえちゃん!


——逃げろ!


 白影砦の光景と、心の底にこびりつく声が頭の中に響き渡る。


 逃げない……!


 私は歯を食いしばり、立ち上がり様にケモノを斬り上げ、事態を飲み込めないまま、ただひたすらに戦った。


 聖炎隊の二人は一体の亜人を仕留め、そのまま自分たちの馬衣のついた清馬に跨った。

 自分たちの護衛対象である慈教の下に行くのだろう。

 私たちを助けることなく走り去っていった。


 同じようにできればいいのに、残っている人と馬車の間はケモノの絨毯だ。


「くそ!くそ!くそ!」

 皆、目の前のケモノに必死で陣形や協力などあったものではない。

 倒れれば群がられ、悲鳴が響き、傘となった。

 一人、また一人と…… 


 私は戦い続けた。

 

「ぶおぉぉぉ!!」

 対する最後の亜人が、言葉を忘れたようなケモノとしての咆哮をあげた。

 鬼気迫る勢いで向かってくる。


 その亜人の腕を払い、胴体に確実な剣を振った時、私を包む匂いによって記憶が呼び起こされた。

 いつか街で挨拶をした亜人の姿が、目の前で倒れていく亜人と重なった。


「なんで……」

 思わず声が漏れた。


 亜人を打ち倒し、残ったケモノを強く威圧すると、近くにいたケモノたちは逃亡し、連られるように地上にいる群れは散っていった。

 だけどまだ休んでいる暇などなかった。

 立っている者はもう自分しか居なかったが、倒れながらも空に剣を振っている人がいる。

 まだ間に合う。

 私は駆け寄り、その人の前に立った。


「大丈夫ですか?!」

「柊……」

 男性は力の入っていない声で応える。


「私が守ります!」

「すまないな……」

 男性は剣を下ろし、肩で息をする。

 私は舞うコウモリを牽制した。


「歩けませんか?せめて屋内まで」

「無理、だ……」

 男性は脚に視線を送り、動けないことを主張する。

 見ると、手当なんてどうやってやればいいのか分からない程の傷を負っていた。

 私は目を逸らしてしまった。

 

「……わかりました。大丈夫です、必ず助けます!見捨てたりしません!」

「ああ……良いところだな、柊……」

 よく見ると、脚だけではなかった。

 男性は腹からも血を流している。


「これを、楽になるはずです」

 私は護衛官に携行されている錬成軟膏を渡した。

 かすり傷程度なら傷跡すら残らず治るものではあるが、充分な量ではないし、重症者を癒せるほどの速効性はない。

 

 私はしつこいコウモリたちを、近づきすぎた者は斬り、煽ってくる者は威圧した。


「んんっ……」

 男性は薬を腹に塗り呻いた。

 

「治ります!だから頑張ってください!」

「ありがとう。コーエン様に、恩返しができて良かった……」

 この人にも何かの事情があるのだろう。

 想いを伝えるかのように口走った。


「何言ってるんですか、これからです!」

「そう、だな……」

 私は剣を空に向かって振り続けた。


「大丈夫です!助けが来ます!必ず戻ってきますから!コーエン様だってきっと!」

「はぁ、はぁぁ……無茶しすぎたんだ……」

 私は勇気づけようと、元気づけようと、生きる気力を失わないようにと、声をかけ続けた。

 コーエン伯だけでなく、自分にも助けが来ることを祈りながら。


「がんばってください!」

「ゴホッ……」

「がんばってください!」

「っ……」

「がんばって……!」

「……」

「がんばって…………」

「……」


 いつの間にか男性は息をしていなかった。

 私は悔しさを噛み締め、コウモリを睨み、せめて餌食にされないようにと男性を小屋の中まで引きずった。


 私はコウモリが支配した戦場を後にした。

 街へ帰る足跡には、虚しさが残っているようだった。



 白護会・柊、本部棟


「あれ?あなた……」

「エルネストさんを……」

「まだ戻ってきていないわ」

「そうですか……」


 出発前にゲーマンさんは教会へと言っていた。コーエン伯や積荷を送り届けているのだろう。

 私は厩舎の付属施設である馬車置場の陰でひっそりと待った。



 わからない。

 何が起きたのかいくら考えても納得のいく答えが出ない。


 頭の中はまとまることなく、そのうちにエルネストさんの馬車が到着した。

 御者台から降りてきたエルネストさんに、私は姿を見せた。


「!?……無事だったのか……」

 エルネストさんは不意を打たれ、驚きと困惑に満ちた反応をした。

 私は直立したままゆっくりと口を開いた。

 

「……どこへ行っていたんですか?」

「教会だよ、コーエン様をね……」

 エルネストさんの言葉は続かなかった。


「そうですか……なんで一緒に戦ってくれなかったんですか?」

 率直な疑問を投げかける。

 私の視線はエルネストさんの足元に落ちた。


「それは……咄嗟の判断だ。君があんなにできるとは知らなかった、君も隠していたんだろう?」

 エルネストさんは少しオーバーな身振りで応える。


「はい……じゃあ、なんで逃げたんですか?」

「それは違う!私たちはお客様や、お客様の大切なものを守るためにいる。そういう仕事だ!」

 焦る様子を見せ必死になっているように見えた。


「それは、私の命より大切だったんですか?」

 私は視線を戻し、エルネストさんの瞳を見つめる。


「それは……」

 なんで答えられないのか。

 私は、その程度の存在だったのか。

 エルネストさんにとっての私が、あまりに小さい存在なのだと感じてしまった。


「お父さんは逃げなかったんです」

 お父さんを尊敬していると言った人の行動には思えなかった。

 お父さんはみんなを守り、倒れた人も守り、絶望の中でも残り続けたんだ。

 私は誰に、何に憧れていたのか、突然心から何かが抜け落ちて悲しい気持ちになった。


「少し話し合おう、部屋まで送る……」

 

「私、亜人を殺しました。あなたやみんなのために。どんなトラブルがあったのか知りませんけど、あんなことする人に見えなかった。ごめんなさいエルネストさん、今日は送ってくれなくて大丈夫です……」

 私は背中を向け、早足でその場から離れた。


「待て!待ってくれリゼアノート!……くそっ!」


 背中でエルネストさんの声を受け止める。

 私は寮には帰らなかった。

 あそこに居たくなかった。

 大きな喪失感を背負ったまま歩き続けた。

 夜のミケウをただ歩き続けた。

 道のりの記憶がない。

 気づいたとき、目の前には雪灯院があった。


 空はもう明るくなっていて、季節違いに薄く降り積もった雪が陽の光でキラキラと輝いている。

 優しく吹く風は、枝を傾げさせる雪を飛ばし、小さな氷の粒となったそれが頬を打ちつけた。


 足は自動的に庭に向かった。

 歩き続けて重くなった足を止める。


 庭の見える軒先で、ギィロが空を仰いでいた。

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