第15話 会えてよかったよ
しばらく雪灯院での生活が続くことになる。
私は前日に部屋にバラまいていた荷物をかたした。
クローゼットや引き出しを開けると、中で待機任務に就いていたお気に入りの服やアクセサリーたちが顔を見せる。
私はその子たちの中から選りすぐりを選出し、抑えていたオシャレをいっぱいし直して気分を上げた。
部屋から出る前に、いつか買った抱き心地の良い"ほっかむりニャー様"のぬいぐるみを抱えて、ベッドの端に座った。
目の前が晴れていて、私が歩む道がキラキラ輝いているように思う。
結婚かぁ……
思いを馳せると足がブラブラ陽気に跳ねた。
結婚生活を想像すると幸せな気分になった。
想像力を膨らませすぎて抱えていたニャー様が潰れていた。
気を取り直してニャー様を小脇に置き、もらったケープコートを着て部屋の外に出た。
「あっリゼアおねえちゃん!」
「おねえちゃんだ!」
小さな子どもたちが駆け寄ってくる。
久々だ。かわいい。
「厚化粧ばばあ!」
「あっ、誰?今変なこと言ったの、怒るよ〜」
「きゃははは」
これっぽっちも怒ってなんていないけど、演技して追いかけ回した。
もうしばらくしたら会えなくなると思うと、いっぱい遊んであげたくなった。
子どもたちとひとしきり遊んで、一緒にご飯を食べてお昼寝させてあげた。
子どもの胸をポンポンしながら考えた。
成人前なのにしたいことが見つからなくて悶々としていたけど、私はもうすぐ雪灯院を出て、立派に働くのだ。
未来が吸い込まれていくように、きっとそうなるのだ!
これまで色々なことがあったけど、寂しい思いをしなくて済んだのは雪灯院のおかげ。
そう思うと穏やかな気持ちになった。
昨日、あんなに怒ってしまったけど、バカギィロのことだし、そんなに気にすることじゃなくて、私が反応しすぎちゃっただけかもしれない。
庭にもご飯にも現れなかったけど、許してあげないとって、そう思った。おねえさんだし。
・
ギィロは夜に現れた。
何も変わらない、普段と同じ格好で。
「ギィロ」
後ろからできるだけ普段通りに呼びかけた。
「ようリゼ」
ギィロは振り向き様、首が斜め上をむいている状態で、悪びれる様子もなく応える。
普通にできるギィロのメンタルがどうなってるのか不思議に思う。
まぁでも、そんなだからいちいち気を使わなくていい。
「明日、付き合ってくれない?」
「いいぞ」
なんだかいつもの"いいぞ"なのに感慨深く感じる。
食事中、ギィロに街で女の子を追い回してるのか聞いてみた。
「ん、ああ、まぁ、いや、してないぞ」
ギィロは視線が泳いであまりにも歯切れが悪かった。
絶対している。
街では雪灯院の子たちと違って、ほとんど子ども扱いされるくせに、懲りないんだ。
「最近歌をよく聴きに行ってる。ウラリアって歌い手がいてな、真っ白なんだよ」
ギィロは勢いよく取り繕うようにそう言った。
歌を聴きに行くのはいつものことでしょと思った。
「真っ白ってなに?」
ご飯をつつきながら適当に聞いた。
だって歌い手の感想で色ってなんなのって思う。
「純粋ってことだよ」
ギィロも食べながら返事をする。
「なら純粋っていいなよ。ていうか純粋も意味わからないからね?」
ギィロにフォークを向けて指摘した。
「ええ?なんとなくわかんだろそんなもん。天使って呼ばれてるんだぞ?天使ウラリア。居たんだよ天使」
ギィロも指で応戦する。
「へえ、で、その天使につぎ込んでるんだ?」
「え、いや、あんまりしてない」
ギィロは思い出すように目だけ上を向き、けっこうしてるときの言い方をした。
「なら振り向いてもらえるといいね」
これまで女の子を追いかけてるギィロのことを呆れて見ていたけど、なぜか応援したくなって、気づかれない程度の笑みで言った。
「子どもだと思われてる」
ギィロは心底残念そうな顔をして、お皿に置かれた野菜にフォークを刺す。
「子どもでしょ?」
やっと気づいたのかな。
ギィロとは終始くだらない話をした。
歌い手もそうだし、受けた依頼や討伐したケモノのこと、一緒に行動したパーティのこととかを聞いた。
私は最近そっち側に居ないから少し羨ましさもあったけど、もしかしたら一番日常を感じられたかもしれない。
柊の話はしなかった。
喧嘩にならないように、お互い気を使ってたのかも。
・
マーニャさん経由で白護会・柊には延長希望をお伝えしてある。
準備などがあるだろうから、早くても一週間はかかるだろうってマーニャさんから言われた。
正式に雇われて雪灯院を卒業するなら、もうみんなとは会えなくなる。
卒業生たちはみんな「ありがとう」って言って去っていったけど、今なら気持ちがわかる。
私もそういう気持ちが強いからだ。
それなら、卒業までにギィロにはちゃんと話しをしないとって思った。
お世話してたつもりだけど、お世話になってもいたから。
・
朝、一年前くらいまでは日課だったジョギングをした。
よく通っていた道なのに、これまで気にならなかったものがいっぱい目に飛び込んでくる。
全部がもうすぐさよならだ。
走り終わってじんわり汗をかいた体を、朝風呂でリフレッシュさせるのが気持ちいい。
いつも"完全体になる"とか思いながらお風呂に入っているのだけど、口に出していないのでそんなことは誰も知らない。
腕を体の前でぷかぷか浮かべて身体を暖めた。
それからみんなの分の朝ごはんを用意する。
ただのルーティーンの一つだったのに、今は丁寧に愛情を込めている。
私は生活の全部を噛みしめるように送っていった。
昨日約束していたから、その後はギィロに付き合ってもらった。
・
「やっぱり勝てないよ、強すぎ」
手を膝について不満げに訴えた。
いけそうだったのに、ギィロの非常識な反応で防がれたんだ。
「せっかく隙をつくっても追撃が遅いんだ、だから入らない」
私のやった動きを真似しながら教えてくれる。
「そんなことない、ギィロが速すぎるだけ」
私は自信があったから、ギィロの意味のわからない速さの方を指摘した。
「いやリゼ、その着てるやつ、それが邪魔になってるだろ」
ギィロは少し困り顔で指差してくる。
「これエルネストさんから貰ったやつだからね、バカにしたらまた怒るよ」
私はギィロの的確な指摘をいなし、ポージングしながら煽った。
「なんだよくっそ、やめだやめ」
ギィロは模擬剣をその場に刺し、軒先にドカッと座った。
何気なくやってるけど、その刺すのだけでも凄いんだよなあ……
「疲れたし、まあいっか」
私も模擬剣を置いて、隣に座った。
こうやって限界まで体を動かしてお言葉を貰うと、次の日に良くなってたりするんだよね。
・
何を考えてるのか、不貞腐れた表情でギィロは黙ったままだった。
それでも去って行くでもなく隣に座っているのは、何か言いたいことがあるからだろう。
私もそんな顔を見ながら、言い出しづらくて黙ったままだった。
「……リゼ、また、柊にいくんだよな?」
じっと遠くを見ていたギィロは、目線だけ私の方の斜め下に向けて、聞きづらそうに話題にする。
「ん、うん」
「なんか優しいから。そんなに楽しみかよ?俺は合ってると思えない」
「優しいのはいつもでしょ?良いところだよ、柊は」
ギィロが何を考えてるのか、どう思ってるのか。
私が柊に行くことに賛成はしてくれない。
「私ギィロに会えてよかったよ?」
私はギィロに、少しでも感謝を伝えたかった。
ギィロは首を一瞬向けるけど、また元の位置に戻した。
「喧嘩もしたけど、ギィロの剣は衝撃的だったし、外に依頼に行くのもほんっと楽しかった。剣は全然敵わないけど、追いつきたいって目標になってた。はじめからだよ?マーニャさんに叱られたオシャレも、もしかしたら影響されてたかも」
「やめろよ……」
何についてなのか曖昧だったけど、私は無視して続けた。
「私にケモノの狩り方を教えてくれたの嬉しかったよ。強引だったけど、あれがなかったら、ギィロが居なかったら、ずっとそこで立ち止まってたと思う」
ギィロは立ち上がりかけてやめた。
「延長するって言ったけどね、それって雇われるってことなんだ。だから、卒業。だから帰ってこない」
「そうか……」
そこにはため息が交じった。
「……エルネストさんがね、結婚しようって」
「は?!するのかよ?」
驚いてやっとこっちを見た。
「まだだけど、そうなるかも」
今度は逆に私が視線をそらした。
「あんな……!」
「ギィロやめて」
私の制止でギィロは言葉を切り、大きく息を吸った。
「……くっそ…………わかってるんだよ、ちゃんとしなきゃいけないってことなんだろ?わかってるんだよ……でも嫌なんだよ……結婚でもなんでもすればいいけど、俺を……」
少し待つけど、ギィロの言葉は続かなかった。
ギィロが何を言いたかったのかは分からないけど、何か葛藤しているのだけは伝わってきた。
「……仇の龍、手伝えなくてごめんね」
「……別に、一人でできる。お前の白影だって、代わりに一人でやってやる」
「ギィロなら、ほんとに出来そうだよ……」
ギィロは約束を忘れてない。
私は、自分が立ち上がるためにギィロを利用したみたいになっている。
それは本当に申し訳ないと思う……
「ミューレはどうする」
「解散だね」
「遠くに行きたいって言ってたのはいいのかよ」
「え?そんなこと言った?」
「言っただろ、覚えてないのかよ……」
「ごめん。でも、無理かな……」
「……」
ちょっとほんとに覚えてなくて、ごめんだった。
「自分で決めてるって、ギィロ昔言ってたよ。決めたんだよ私も。だから、応援して?」
「……言いたくない」
ギィロの言葉を利用したのに、ズルい奴だ……
「ちょっと、ねえ……」
「言いたくないんだよ!」
「もう!なら私は言うから!がんばれギィロ、ギィロは何でもできる、だからがんばれ!今ギィロかっこ悪いからね?」
オーバーな身ぶりでわざとらしく応援してあげた。
「うるせーな!わかったよ!」
私は言葉を受け取る体勢に直して待った。
「……」
「……やっぱむり」
「はあ?」
「無理なもんは無理だバーカ」
そういってギィロは逃げていった。
「どっちが?!なんでそんななの!バカギィロ!」
はあ……
なんでちゃんとできないのか、子どもみたいでほんっと呆れた。




