第14話 憧れの人
2か月の体験期間が終了する前日の午後、エルネストさんから渡したいものがあると言われ、食堂の隣にある小さなフロアで待たされた。
「お待たせしました」
現れたエルネストさんは手に袋を持っていた。
「これを君にプレゼントします」
その袋を、ちゃんと見えるように頭の高さまで持ち上げてから、差し出された。
「えっ?なんだろう……」
袋からキレイに包装された箱を取り出し、丁寧に開けて、中に入ってる物を見たら驚いた。
それは前に気に入ってると言って連れて行ってもらったお店の、黒い短めのケープコートだった。
「うわぁ……かわいい……」
思わず口から声が漏れた。
「それなら制服にも合わせられます。着てみせてほしい」
エルネストさんはケープコートを着やすいように広げ、当然のように着用を手伝ってくれた。
どう見えるだろう。
「思った通りですね。とっても似合っています」
少し首を傾けて言ってくれるその顔は、スマートな笑顔だ。
「ほんとですか?えへへ」
自分からでは見えにくいけど、私は端っこを持って見える限りを見回した。
「いいんですか?」
「もちろんです。あまり飾らないようでしたから私が選んでみました」
「ありがとうございます!大切にしますね!」
前にも言われたことだけど、護衛官も人間だし個性はあって、こういう着こなしに関する遊びは精神的に良い作用がある。
アクセサリーだって過度になりすぎなければ問題はないし、新人だからといって遠慮することはない。といったことを言われた。
そうなのだ。遠慮していた。
やっても良いと言われても、研修生が調子に乗ってるとか思われたくなかった。
エルネストさんはその背中を押してくれたのだ。なんて気が利くのか。
しかもエルネストさんがくれた物だ、柊の誰が文句をつけられよう。
無敵のケープコートだ。
こういった柊の従業員に対する思いやりは、これまで体験したどこよりも別格に感じられて、ここで働く人たちは絶対幸せだと、そう思った。
「今日はこのあとなにかありますか?」
自然な声音で尋ねられる。
「いえ、特にありませんけど」
とお伝えすると食事に誘われた。
断る理由などなかった。
着替えてから集合ということで、一度部屋に帰った。
部屋にある姿見で見てみると、貰ったケープコートはやっぱりかわいかった。
(これなら制服は短いスカートの方が似合うかも……)
そう思ったけど今試すのはやめた。
着替えて、髪とメイクを整えたら、貰ったケープコートを着て出かけた。
私は既に待ってくれているエルネストさんに駆け足で向かった。
「さっそく使ってくれてありがとう」
笑顔で言われる。
「こちらこそありがとうございます。お気に入りになりました!あ、エルネストさんもオシャレですよね」
私は言われるばっかりで、返しに気をつけてなかったことに今更気づいた。
取り繕うようになってしまったのが自分でもわかる。
「ははは、本当に思ったときに言ってくれればいいですよ」
「ホントウです!」
少し慌てて、強めに言った。
本当は本当だ。
「それならよかった」
優しげな笑顔をくれるエルネストさんの整った顔を、私は少しの間見上げてしまった。
・
その後、移動中も和やかな雰囲気だったけど、食事に連れて行ってくれたお店で、衝撃的なことを言われた。
剣技についての話をしていたときのことだった。
「私は小さいとき、宮殿で剣技を習っていたんです。一年程でしたけどね、恵まれた環境でした」
確かに、宮殿なんて出入りするだけでも特別な人でないと入れない。
私も小さいときに行ったことがあるみたいだけど全然覚えてないし、私とは育ってきた環境がやっぱり違う。
「そこで教えてくれていた方を今でも尊敬していて、憧れているんです。私の目標ですね」
エルネストさんはそう言って少し遠い目で飲み物を口にする。
エルネストさんに目標にされるような方なんて、どれだけすごい人なのか、宮殿にはやっぱりすごい人が集まっているんだなあ、とか思った。
「へぇ〜、エルネストさんからそんな風に思われるなんて、きっと立派な方なんでしょうね?どんな方だったんですか?」
「私も小さかったですからね、あはは、知らないと思いますが、吹雪のイェジェットと呼ばれていた衛士長さんでね……」
「ッ!?」
私は椅子がガタッと鳴るほどビックリして、目を見開いた。
「もしかしてご存じなのですか?」
知っているなんていうものではなかった。
「はい、私の、父です……」
「なんですって……!」
エルネストさんは驚き、手に持っていたグラスを置いた。
少し間沈黙が流れた。
「すみません……思い出させるつもりなんて、なかったのですが……」
エルネストさんは申し訳なさそうに声を落とした。
それは孤児としての私の境遇を理解してくれてのことなのが分かった。
「いえ……」
そう言葉を漏らした私の目は潤み始めていた。
「イェジェットさんに何があったのかは知っています。本当に残念だ……ミケウの宝のような方だった、そう今でも私は思っていますよ……変な話をしてしまって、申し訳ない……」
エルネストさんは、"失敗をした"というように肩を落とし、視線を外して下を向いた。
「……」
驚いたのは驚いた。
でも違う。
私の潤む目は、お父さんのことを思い出したからじゃない。
目の前にいる尊敬する人が、大好きだったお父さんのことを尊敬し、目標にしていると言っている。
そのことに感動が止まらなくて抑えられないからだ。
「……はい、大丈夫です……」
声を出すと余計に目が潤む。
勘違いさせてはならないと焦る。
「あ……」
「違うんです」
話し始めようとするエルネストさんに被せるように言葉を置いた。
「嬉しいんです。父のことを、そのように言ってくれて……父のことをちゃんと知っている方から、そんな言葉が聞けて嬉しいんです……私も父のことは大好きでしたから……」
「そうでしたか……」
エルネストさんは少しホッとしたような雰囲気になった。
一呼吸置き、エルネストさんは静かに続けた。
「もし、よろしければ、イェジェットさんの話を聞かせてもらえませんか?」
「はい、私も宮殿の頃の父を覚えていません。良ければ教えてください」
そうして、エルネストさんとお父さんの話を教え合った。
エルネストさんの話では、お父さんはとっても剣の腕が立ち、誰もお父さんに勝てなかったという。
他人に厳しかったけど、自分にはもっと厳しく努力を欠かさない人で、みんなお父さんの背中を見て育ったんだって。
私の知らないお父さんの姿だったけど、大好きだったお父さんの話を聞けて話せて、とっても幸せだった。
・
「白影は難しい、今でもまだ討伐されていないのですよ?あまりに不運だ……」
「そうですね、私は実際に見ましたので、恐ろしかったです……」
「よく、生きていてくれました」
なんだかお父さんから言われたような気がして、落ち着いてきた目がまた潤み始めてしまった。
「はい……」
「いつか討伐される日が来ると良い……」
ふとギィロの顔が浮かんだ。
——たぶん、なんとかなるだろ、ハクエイも——
頭の中でギィロの声が響く。
約束、していたっけ……
思い出に残るような楽しい食事の時間は終わり、私たちは席を立った。
「リゼアノートさん、とても良い話が聞けました。ありがとう」
「私もです。ありがとうございました」
エルネストさんはそう言って何度も頷いた。
帰りもエルネストさんに寮まで送ってもらった。
「明日で期間も終了です。希望していただければ延長したり、このまま雇うことも可能ですが、それはまた今度聞きますね」
「はい、とても貴重な体験をさせてもらっています。雪灯院で相談もさせてほしいので、すみません」
その日はおやすみの挨拶をしてお別れをした。
お父さんと繋がりのあった人と、今度は私が教えてもらっている。
その日私は、その事実の感動に包まれて眠った。
・
体験期間の最後の日は、予定を変更すると言われた。
「イェジェットさんのお墓参りに行きましょう」
墓なんてない。
なのに行くと言う。
途中花を買い、エルネストさんの清馬は北へ北へと向かった。
「ここを知っていますか?」
清馬から降りて聞かれた。
知っている。雪灯院から目と鼻の先なのだから。
ここは願いの手への道だ。その入り口になる北門。
「願いの手です。行ったことありますよ」
「そうですよね。綺麗な場所です……ここなら、あなたが来やすいでしょう?形だけでも残せます」
「はい、ありがとうございます」
こんなところでも気遣いに感謝する。
北門からは歩いて向かった。
直されることのない倒れかけた柵が立っていて、懐かしい風が吹いている。
エルネストさんは願いの手の岩肌より少し手前の、まだ土が見える場所に、手ごろで小さな石を突き刺した。
「石も用意すればよかったです」
一見すると墓には見えなかった。
「誰にも知られないお墓です。静かに眠れるかもしれません」
と私はフォローした。
お花を供えて、小さなお墓は完成した。
二人でお祈りをした。
魂なんてものがあるのか分からない。
けどもしあったなら、ここまで来てほしい。そう思った。
お父さん。私はちゃんと出来ていますか?
しばらく風の音だけが響いていた。
・
「今日はこれで終わりです。孤児院まで送りましょう」
と言われた帰り道。
北門に清馬を留めたまま、並ばない高さの肩を並べて歩く。
私は延長を希望する予定だけど、しばらく会えなくなるのが寂しかった。
「わた……」
「あの……」
話し始めが被ってしまって、視線を合わせて小さく笑い合った。
「ふふふ、お先にどうぞ」
エルネストさんは譲ってくれた。
「私も監督さんって呼んでいいですか?」
親しみを込めて呼んでいるみんなと同じようになりたかったから、そう聞いてみた。
「やめてください。そのままで良いですよ」
「皆さんそう呼んでいました」
「あなたには名前で呼んでほしいんです。呼び捨てでもいい」
冗談のような冗談でないような言い方をする。
「それはちょっと……」
「ははは、試しに一度やってみてくれませんか?」
「えぇ?……エル、ネスト……?」
遊びの一環として呼んでみたけど、さすがに難しい。
「……あはは、ぎこちないですが、思ったより嬉しい」
「無理ですよ、あはは」
「……いえ、でもそうなってほしいんです。リゼアノートさん」
和やかな雰囲気から一拍。
エルネストさんは雪灯院の門の前で足を止め、突然、その端正な顔で真面目な表情を作る。
「私は、あなたのことを、女性として魅力的に感じています」
「え……?」
私も続いて足を止めて、何と言ったのか聞き返すように声をあげた。
「初めは礼儀の一つとして声をかけ、話をしていました。でも多くの時間を共にしていると、不思議と安らぐ瞬間がいくつもあって、心の底から言葉があふれ出てくることに気づきました。あなたと話がしたい、あなたと一緒に居たい、早くあなたに会いたいと思うようになりました」
「それは……ありがとうございます……」
思い返すと、私も似たような心境になっていたかもしれない。
「リゼアノートさん、私はあなたが好きです」
「ええ??」
率直な言葉に驚いて、急に心臓が存在を主張してくる。
「一生懸命だし、向上心のあるところも良い。あかるく夢中に話すところも、楽しくてもっと話がききたくなります。笑顔もかわいくて、その笑顔を見るために少し頑張ってしまう自分がいたりします。こんな気持ちにさせてくれるあなたと出会えたことが嬉しい。その気持ちに嘘はつけない」
胸が締め付けられるように感じて、エルネストさんが言葉を紡ぐ度に鼓動がどんどん強くなっていった。
「……」
私はなんて返せばいいのか分からなくて、そのまま黙ってしまった。
「もしあなたも、同じように思ってくれているのなら嬉しいですし、いつか、ファーレインの家に入ってほしいとも思っています」
「……どういう……?」
一瞬理解が追いつかなかった。
「私と結婚してほしい、ということです」
「えぇ!?あ、あの……」
理解が容赦なくお腹のあたりを叩いてきて、大きな声が出てしまった。
身体中が熱い。
「すぐに、とは言いません。あなたがまだ未成年なのは分かっていますから、その時が来るまで返事は待ちます。でも真面目に考えてみてほしいです」
「……」
一呼吸おいて、かろうじて頷きの返事を行えた。
「…………突然申し訳ありません。あまり引き留めても悪い。ゆっくり休んでください」
「はい、あの……お疲れさまでした……」
何を考えているのか分からない変な間があいてから、不十分なお別れの挨拶をした。
立ち去っていくエルネストさんの背中を、ただ見つめることしかできなかった。
私はまだ高鳴る胸に手を当てて考えた。
エルネストさんのことは、人としても上司としても憧れてはいた、それは自覚していた。
返事は後でいいということだったけど、もし、もう一度しつこく聞かれていたら……もう一度しつこく聞いてほしかったような気がする……
私も、エルネストさんのことを……?
・
姿が見えなくなり、我を取り戻してから、私は走ってマーニャさんを探した。
マーニャさんを見つけたら荷物を投げ捨て、飛びかかるようにして声をかけた。
「どうしようマーニャさん!」
「おかえりなさいリゼ。どうしたの?血相変えて」
マーニャさんは驚いてこちらに全身を向き直った。
私は周りに誰もいないことを確認してから小声で伝えた。
「……エルネストさんが、あの……結婚したいって……」
「まあ!なんてこと!」
「やっぱりダメ、です、よね……?」
さすがに早い。そうだと思う……
声のトーンを落として、視線も肩も落ちた。
「違うわよリゼ。とっても素晴らしいことじゃないの!」
落ちた全てが元に戻った。
「えっ、あっ、マーニャさんも、そう、思いますか?」
私は良いことなのかどうなのか自信を持って判断ができなかった。
だから良いことだと言うマーニャさんに焦りながら確認をした。
「"も"っていうことは、あなたも好意的に捉えているのね?」
確認作業はさらなる確認で返された。
「わからなくって……でも、私未成年だから、返事は成人するまで待つって……」
「あら、以前にお会いした時も印象の良い方でしたが、とても誠実な方ですね。エルネストさんはどういう方ですか?あなたが思っているエルネストさんを私に教えてみてください」
マーニャさんは少しウキウキしてるような感じで聞いてくる。
「ええと、エルネストさんは、優しくて、気遣いもできて、お仕事を頑張っていて、人からも信頼されていますし、色々な事を知っていて、話も面白いですし、ステキな方です……」
思い返し、指で数えながら端的に教えてあげた。指は途中で適当になった。
私の言葉は不十分で、ほんとはもっとすごい人なんだと伝えたかった。
「魅力的に思っているのですね?あなたがそれだけ思ってる方から求婚されるなんて、あなたも相応に魅力的だったということですよ」
「そうでしょうか……?」
自分には全然自信がなかった。
境遇も立場も違って、釣り合わない気がする。
不安な気持ちが顔からあふれる。
「そうです!私が育てたんですよ?ふふふ」
マーニャんさんは身ぶりをしながらとびきり強く主張して、笑いかけてくれた。
「あは、そうですね」
マーニャさんの勢いに飲まれて、明るい気持ちが成長してくる。
「それで、エルネストさんからお誘いを受けて、どう思いましたか?」
「……あの……嬉しかった、です……」
落ち着いて聞かれてすぐさっきのことを思い出し、恥ずかしかったけど、その時の気持ちを言葉に変えた。
その時のエルネストさんの顔を思い出すと、また胸が締め付けられて鼓動が強くなっていく。
「それなら自分の気持ちに自信を持って、前向きに考えなさい。せっかく一年弱の猶予期間があるのです。焦ることはありません。しっかり相手と向き合って、よく知って、それから決めなさい」
「はい……!」
自分の気持ちは間違っていなくて、状況も理解した。
やるべきことも教えてくれた。
納得できたら元気が出てきた。
「体験期間は延ばせるのですか?」
「はい、私が希望すればそのまま雇ってくださるそうです」
「なんてこと……素晴らしいご縁に巡り会えましたね。こんな機会はそうあることではありません。大事に過ごしなさい。わかりましたか?」
「はい!」
諭すように言われ、元気よく答えた。
「あなたが羨ましくもありますね、ふふふ」
「そんなぁ……あの、マーニャさん……!」
「なんですか?」
「話を聞いてくれて、ありがとうございます!また、何かあったら聞いてもらってもいいですか?」
「いつでも来なさい。私の自慢のリゼアノート」
「はい!」
・
明るい気分になってその場を後にした。
マーニャさんには本当に感謝。
とっても頼れる人。
私の顔は自然とほころび、ふわふわと浮かれた気分で陽に当たって、ボーッとしていた。
「……リゼアノート・ファーレイン……」
発音して聞いてみたかったので、つい口から出てしまった……
「はあ?」
のをギィロに聞かれた。
「ちょ、っとぉ、居たなら居たっていってよ」
ビックリしてため息と一緒に現実に引き戻された。
ふわふわを返してほしい。
「いま来たとこだよ、帰ってきたの見えたから。ていうかなんだその名前?ルミナスをやめるのか?」
ギィロは二本持っている模擬剣の一本を肩にかけた。
「な、なんだっていいでしょ……」
頭がまわらなくて、口をとがらせて視線を外す。
「今週はどうするんだ?期間は終わったんだろ?」
「……ちょっと、いけない。仕事、延長するから」
表情は見れなかった。
まだ決まってもいないのに無理なことを伝えた。
ちょっと申し訳ない。
「そうか、仕事はうまくいってるのか?」
「うん……」
「そうか、あのエルネストの下でか?」
「うん、そう」
「リゼの方が強いのにか?」
「うん、そう!別に関係ないでしょ強さなんて、エルネストさんはステキな方だよ!」
座りながらギィロを睨みつけた。
「優男だろ?信用できないな、やめとけよ」
「なに?何も知らないくせにエルネストさんの事を悪く言うのやめてよ!ギィロとは正反対なの!すごい人なんだから!」
私は立ち上がって怒った。
ギィロが手に持つ模擬剣がこっちにあったら使ってたくらい腹が立った。
雑で軟派なことばっかりしてるギィロになんて絶対言われたくない。
「さっきの、あいつの名前か?」
「そう」
「延長っていつまでだよ」
「まだわかんないよ。いいでしょ別に?もうほっといてくれる!?」
私はドカッとまた座ってそっぽ向いた。
「そうかよ……」
と不満げに立ち去るギィロを横目で見る。
こっちの方が不満だし、良い気分を台無しにされて返してほしいし、なに?なんなのあいつ。ほんとデリカシーがない嫌な奴。




