第13話 大人への道
「よしっ!」
私は借りた制服に身をまとい、昨日と同じように鏡の前で気合いを入れて部屋を出た。
エルネストさんは既に到着していて、清馬の顔を撫でているところだった。
「おはようございます」
「おはようリゼアノートさん。うん、日の光の下で見ると一層綺麗だ。似合っていますよ」
「そんなに変わらないですよ」
「いや、そうであってほしいんです。お客様に見られるのですからね」
「あ、そうですね……」
エルネストさんは考え方の視点が高い。
人のことも仕事のことも同時に考えることができている。
それを率直な言葉で表現してくれるのは分かり易く、スッと胸に入ってくる。
「どうぞ、足をかけてください」
ウマに乗れないことは伝えてあったので、エルネストさんの乗ってきた清馬の後ろに乗せてもらった。
ゆっくりと歩かせてくれるので、ゆらゆらと乗り心地が良く、乗馬の技術も高いのだと感心した。
掴まる背中が大きく見える。
雪灯院にいる小さなウマで遊びのような練習をしたとき、ギィロは落馬して「しょせんこいつもケモノだ!」と悪態をついていたのとは大違いだった。
ウマの訓練は受けることができるそうなので、いつかさせてもらいたい。
泊まっていた宿から柊の敷地までそう遠くはなく、すぐに到着した。
「さ、どうぞ」
「すみません……」
清馬からは全然自分で降りられるんだけど、エルネストさんの補助が早いので降ろしてもらった。
清馬に乗ってる最中に、今日は敷地内の施設の案内と、それが終わったらエルネストさんに付いて短い護衛につく予定を聞いていた。
敷地はとても広くて、キョロキョロしていたからか、どの建物がなんだったのか分からなくなりそうだった。
敷地内の訓練場では剣技の訓練が行われていた。
「お疲れさまです。ご見学です?ゆっくりしていってください」
訓練場の代表のような方が、エルネストさんを見つけ挨拶をした。
「皆一定以上の実力を持った信頼できる仲間たちです」
ここは基本的には剣技の訓練で使われているが、時には不慮の事故や事件への対応について演習が行なわれることもあるということだった。
「私より腕が立つ方も多く在籍しています」
ちゃんと訓練している人の腕前には興味があるけど、雪灯院で接待した手前、あまり目立ちたくはないなと思った。
別の建物では座学やマナー講習などを行なう学習所もあった。
「おはようございます〜!監督に教えてもらったお店、美味しかったですよ」
また挨拶だ。
「学びは大切ですし、忘れては意味がない」
今日は開講していなくて、講師が一人いただけだけど、一定期間に一定の回数受け、質を落とさないようにしているみたい。
「全員が一度で覚え、身に付くわけはない」とか、
「後輩にちゃんと説明できたとき、自分の自信にも繋がります」とか、そういった理由まで説明を受けた。
忘れさせない工夫だ。
なんか、ギィロがすごい嫌な顔をして逃げるのが思い浮かんだ。
「新しい方ですか?監督に教えてもらえるなんて贅沢ですねえ」
敷地内には食堂もあった。
私が担当する予定の、護衛官という役目の人は、外出先で交代して食事を取りに行くことが多く、食堂の利用者は休暇中の者や事務員、アシスタントがほとんどらしい。
ちなみに10人の護衛官につき1人のアシスタントがつき、アシスタントは護衛官の予定やルート、お客様の情報など、護衛官のサポートをする役目。というような説明を受けた。
それぞれの場所でエルネストさんが入室すると、「監督おはようございます!」など、毎回代表者のような方や、仲の良さそうな職員の方が声をかけてきていた。
仕事の内容からして厳しい印象があったにも関わらず、そうやって声をかけてくる方たちは皆、礼儀はあるにせよ笑顔で気さくに話しかけていた。
エルネストさんの受け答えも、偉そうな態度を取ることなど一切なく、その人望や分け隔てない性格がよくわかるようだった。
私の泊まる寮も敷地内にあるが、今日の最後に案内してくれるという。
「自分の部屋がどこだったか忘れたくないでしょう?」
気くばりが細かい。
たぶん誰かみたいに声をかけるのと同時に部屋のドアをあけてくることはしないのだろう。
・
「姿勢を良くしていてくれれば良いですよ」
エルネストさんに付いて仕事を見学させてもらった。
私がお客様としてもてなされた時と同じように、スムーズに事を運ぶ姿には美学すら感じた。
今回は護衛官側に立っているため、受けたときと違う視点でモノを考えられたのだけど、さりげなく視線の誘導などもしてくださるのは学びの助けになり、任務中隣に立つ私に対して、ほぼ無言であっても無視されていないことがわかった。
それに、ずっとカッチリしているわけでもなく、ほんの少しの気を抜けるようなタイミングでは冗談を言って笑わせてくれたり、「疲れましたね、大丈夫ですか?」など気遣いをしてくれて、自分も首を横に曲げたり手足をぶらぶらさせたりしていた。
そういった細やかな言動は、私の緊張した身体を適度に解す効果を持っていた。
「感激しました。何も教えていないのにできるのはなぜなんですか?」
護衛が終わった直後に良かった点を挙げられた。
「見て覚えただけですよ」
前日に必死に覚えた立ち位置なんかを実践していただけなのに、エルネストさんは気づいてくれて褒めてくれた。
「いや、初めからこんなにできる人はいない。たいてい目線が安定しなかったりふらふらしてしまうものです。きっと感覚を掴んだり、本質を理解する力が優れているのですね」
「そうでしょうか……」
「そうですよ、期待せざるを得ない。リゼアノートさんを指導できて、私は楽しくなってきました」
自分では大したことをしていないと思っているから過大評価な気もするのだけど、人と比べて器用になんでもこなしてきた記憶と重なって、それを言語化して評価してくれるのは、上に立つ人として尊敬や信頼につながり、これまでずっと目の前にあったもやもやが晴れたような気になった。
私のことを正しく見てくれる人の期待に応えたい。そんな気持ちになった。
施設の案内の時に、護衛官は外で食事を取ることが多いと聞かされていたけど、今回も例外ではなく、食事を奢っていただいた。
エルネストさんは食事中、仕事の話ばかりにはならず、フリーに話をされた。
「そのときカッコつけようと思ったら転んでしまいましてね……」
包み隠さずなんでも素直に口から言葉が出てくるのは、その屈託のない笑顔も相まって、自然と距離が縮まるような感じがした。
互いに笑顔が絶えず、私もつい、くだらないことでも話したくなってしまう。
柊の敷地にもどってからは、護衛の途中で行う簡単な案内、"扉を開ける"を教えていただいて、何度か練習をした。
護衛の開始時や終了時は大事な瞬間であり、お客様からの評価に大きく影響するけど、途中ならさほど影響しないからということらしい。
「とても良いです。安心して任せられる」
次からはその部分だけ実践させてくれるということだ。
一つ一つと言っていたけど、本当に一つだけ教わった。
「こちらがリゼアノートさんのお部屋になりますね」
最後に寮を案内していただいて、お疲れ様の挨拶をしてお別れした。
まだキレイに整った部屋の椅子に座り、目をつぶって今日のことを思い返す。
私はまだ気分が高揚していた。
雪灯院での生活や開拓者組合の依頼、これまで体験した職場とは異なり、一流の世界というものを感じた。
そこに自分が立っているという実感もあった。
それに仕事であったにも関わらず、ずっとエスコートされていたように感じていて、それは気分を高揚させる大きな要因になっていたと思う。
自分もいつかあのようになれる。そういった期待が胸を支配していた。
覚えなければならないことだらけで頭は疲れていた。
やることをやってからベッドに横になり目を瞑る。
よく眠れそうだなあと思ったのが今日の最後だった。
深い眠りへと落ちていった。
・
翌朝、小鳥の鳴き声が朝を告げる。
はっ……!
目が覚めたと理解した瞬間にガバッと起き上がった。
よく眠りすぎてしまった。
時間がない。
髪をしっかり梳かす暇さえない。
3日目で遅刻とかありえない。
制服を着て、よくやる方法で髪を纏め、本当に最低限のリップだけをつけて飛び出すように部屋を出た。
ギリギリだった。
「おはようございます!」
「おはようございます、あれ?」
昨日と違いすぎるのであまり見ないでほしかった。
「すみません、起きるのが遅くなってしまって時間がなかったんです……」
下を向き、控え目に顔を隠し言い訳した。
「いや、それもいい。かわいらしさがある」
エルネストさんはまた少し独り言のように言う。
「それに印象深いその髪は、出すときと隠すときで使い分けるのも必要になると思いますよ。今日はどっちでもいいですけどね」
「そ、そうですか……?」
ただ結んだだけの整えていない髪なんかに自信はなかったのに、ポジティブに捉えてくれてアドバイスまで貰えた。
自分と考える視点が違いすぎて驚きを隠せない。
さらに化粧に興味があるのかを聞かれ、好きであることを伝えると、女性専用でメイクさんが来てることがあると教えてもらい、今度紹介してくれることになった。
というか、やっぱりそこまでちゃんと見られていたことは、恥ずかしくもあり驚きでもあった。
「でも君はノーメイクでも何も心配することはないよ、あはは」
そう言ってもらえるのは助かるけど、そんなはずはない。
ちゃんと起きようと決意を新たにした。
その日も、翌日も、その翌日も、数日間同じように仕事は続いた。
緊張はする。
でも出来ることが増えるのは楽しかった。
ゆっくりミッチリ行われる指導は具体的でわかり易く、身になりやすかった。
「身だしなみの意識もとても大切ですよ」
制服は多少追加で着用したり、体や服にアクセサリーなどを付けたりするのも問題ないらしく、他の人を参考に見ると良いと言われた。
雪灯院で言われる"きちんとしろ"、"やるな"というような、アバウトだったり極端な意見とは違かった。
過剰になりすぎない適度なラインを見つければ、自分の気分にも、仲間やお客様との会話、満足度においても良い効果しかない。と説明されて、心のどこかが氷解した。
実際身だしなみについてエルネストさんは初めから見てくれていたし、何か変えるとすぐに褒めてくれる。
今は髪とメイクくらいしかなかったけど、次も頑張ろうと思えた。
私は、もっといっぱい教えてほしい。もっと褒められたい。早く明日が来てほしい。そう思うようになっていった。
想像していなかったけど、楽しかった。
・
一旦休暇となった。
休暇は雪灯院に帰るというマーニャさんから柊側への要望があったため、帰ることになる。
エルネストさんは休暇の日まで送ってくださるというので、遠慮なくそうしてもらった。
雪灯院につくと、マーニャさんと挨拶がしたいというので呼んできて、二人はロビーで話しこんでいた。
私は部屋で、寮生活に足りなかった物などを用意してから、雪灯院での生活に戻った。
なんだか住み慣れた雪灯院でも背筋が伸びる。
「よう、今度のところはどうだ?」
ギィロだ。
「おはようギィロ。うまくやってるよ、聞いてくれる?」
ギィロに柊でのことを話した。
話してるだけで楽しい。
「ふーん、よかったな……」
ギィロは合間に短い相槌と、簡単な感想を言った。
さすがにちょっと興奮気味に話しすぎて引かれたかもしれない。
ま、ギィロなら別にいいよね。って思った。
エルネストさんがお帰りになるということだったので、私も走って向かい、お見送りにでた。
「では2日後にまたお迎えにあがります。よく体を休めてくださいね」
感謝の挨拶をして見送った。
早く2日後になってほしい。
「ギィロ、付き合ってよ」
「いいぞ」
久々だったのでギィロに剣の訓練に付き合ってもらった。
柊では訓練にも参加させてもらったのだけど、目立ちたくなかったから思いっきり手を抜いていたんだ。
「久々にいいな!リゼはいつでも面白い!」
私も同じように思っていた。
手を抜けない相手を前にしているのに、なぜかリラックスできる。
「ギィロは最近何してるの?」
軒先で休んでる時に、ちょっと気になったから聞いてみた。
「リゼがいないんだ、一人で街にいたり、ほかの連中と依頼に出たりかな」
開拓者組合の依頼をなんとなしにやってるという話だった。
絶対他にもなんかやってるし、ギィロを一人にしておくのは不安がある。
「トラブルはないよ」
「ほんとに?気を付けなよ?」
ギィロいわく特に問題は起きてないということだった。
信用できない。
まぁ依頼に関しては一人で討伐に出ることはないし、前から他のパーティに混ざってるから平気なのかな?
・
休暇にも関わらず、部屋に戻ってからは学んだことの復習をしていた。
ゆっくり休めとは言われたけど、思いっきり休んで忘れたら元も子もない。
身につけないと。
雪灯院での生活は、マーニャさんから顔が明るいと言われた以外普段通りに進んでいった。
そしてすぐに時は経ち、私はまた柊に出かけた。
そのようにして、私は雪灯院と柊を生き来する生活をしばらく続けた。
だんだん仕事も覚えてきた。
色々な事ができるようになった。
エルネストさんは覚えるたびに褒めてくれるし、直さなきゃいけないところとか、コツとかも教えてくれる。
合間合間で雑談のように話す、私には縁がない人脈の聞いたことのない世界の話も面白かった。
仕事のことばっかりではなく、空いた時間には知らない場所やお店に連れて行ってくれたりもする。
そういうときは、キッチリしてる仕事中とは別の明るい顔を見せてくれて、エルネストさんも一人の人間なんだなって感じた。
着替える暇があるときは、ほとんど服なんて持ってきてないんだけど、できるだけ工夫して出かけた。
そうするとエルネストさんは必ず気づいてくれる。自分から言った事もあったかもしれない。でも嬉しくて、次もなんかしようって思えた。
いつからかエルネストさんを見つけると顔がほころび、駆け足になる自分がいた。
他の職員と同じように、私もエルネストさんのファンになっているのかもしれない。
休暇中、雪灯院にいる間は生活で忙しい。
初めの頃は暇な時間にギィロに相手をしてもらっていたけど、最近は休暇でも見かけないことがある。
「またあいつの話かよ」
そう呟いて、私は聞こえなかったフリをしたことがあったから、もしかしたら嫌になったのかも……




