第11話 白護会・柊
白護会・柊へ職場体験に行くことになった。
問題なければ2月間ほどの期間面倒をみたい、ということだった。
問題があれば途中でやめればいいのだし、一度やると言ったし、承諾した。
・
「これでいいと思う?」
朝ご飯の前、ギィロに向かって適当にポーズして、自分の格好を見せる。
正直答えに期待はしてないし、着替えるつもりもない。
とりあえず認めて欲しいだけ。
「ん、うん。いいと思う」
「良かった」
別にそれだけで満足な、ほとんど意味なんてないやり取りだ。
だから軽い返答に軽い返答を返して、ポーズを解いた。
「はぁ……」
今度は意味のあるため息をついて、空を見上げた。
仕事の体験期間中はいつも依頼には行けない。
だからあらかじめギィロにも話をしておいた。
「嫌ならやらなきゃいいだろ」
ギィロは不満げな表情で言ってくる。
「そうは言ってられないでしょ……」
初めの頃は依頼に出ると大人になった気分で楽しかった。
楽しいのは今でも変わらないんだけど、最近は慣れてきているし、本当の大人がどっちなのかは分かりきっている。
コレっていう希望の仕事はないし、どんな職場に行ってもピンとこなくて意欲もわかない。
それでもやってみなきゃ分からないし、そろそろ決めないといけない。
楽しくてやってる事とやらなきゃいけない事は違くて、気持ちと頭が別々の方向を向いている。
だからそんなに責めるような顔で言わないでほしい。
揺らぐ。
「帰っては来るんだよな?」
「うん、お休みの日は帰るよ」
「そっか、じゃあ、がんばれよ」
一応の応援をもらった。
いつも適当なくせに、なんか少し食い下がってきたのは、自分だけ抜け駆けしてるみたいで申し訳なかった。
ギィロに相応しい職場なんてなくて、どこにも紹介されていないのを知っていたから。
・
エルネストさんがお迎えに来てくださるということで、その時間に雪灯院の門の前で待っていた。
白い息を手に当てて、暇つぶしにもならない暇つぶしをし始めたところでお迎えの馬車が到着した。
「お迎えにあがりました」
馬車から降りてきたエルネストさんは、以前に会ったときとは違う格好で、帯剣もしていた。
着けていたマスクを外しスマートな笑顔で挨拶をしてくれる。
私も作った笑顔で挨拶を返した。
「前に会ったときとは雰囲気が違いますね」
格好について指摘された。
格好が違うのはお互い様だけど、私は前に面接されたときマーニャさんの仕立てだったからちゃんとしてた。
今もアクセサリーは外しているしラフな格好をしてるつもりもないから、ちゃんとしてないわけではないと思うけど、指摘されると少し焦ってしまう。
ギィロの「いいと思う」なんて感想は当てにならない。
「普段はこのくらいなんです。あの、失礼でしたでしょうか……?」
「いいえ、ステキですよ。前も良かったですが、髪を下ろしていると大人っぽいですね」
「あ、ありがとうございます……」
予想してなかった返答にさらに焦って髪に手が伸びる。
「では参りましょう。どうぞご乗車ください」
エルネストさんは特に気にする様子もなく、自然な動作で馬車の扉をあけ、腕をしゅっと突き出した身ぶり付きで乗車を促してくれる。
私は「失礼します」と言って乗り込んだ。
中はソファのような椅子が向かい合って並んでいて、乗ったことのない様式だった。
どこに座ればいいか分からなくてキョロキョロしてしまう。
「そちらに」
エルネストさんが右手の奥、窓際の席を指定してくれたので、そこに出来るだけ小さくなって、背中をつけずにちょこんと座った。
硬すぎず軟らかすぎずのちょうど良い座り心地だった。
エルネストさんは対角に座った。
姿勢が良い。
「出してください」
エルネストさんが御者に声を掛けると馬車は動き出し、エルネストさんは落ち着いてゆっくり話し始めた。
「体験にお越しいただいて、本当にありがとうございます」
仕事の承諾への感謝から始まって、硬くならずリラックスしてほしいなどを言われた。
格好についても、エルネストさんが着ている服が制服なのだそうで、男性と女性で違いはあるけれど、今私が着ている私服の良し悪しを気にすることはないと言われ、安心した。
それから今日の予定についての話になった。
「今日、リゼアノートさんにはお客様になっていただきます」
「お客様ですか?」
話された内容は、雪灯院から宿までの護送を"されていただく"ということで、わざわざ街の外に出るルートを使い、途中食事を挟みつつ宿まで向かうのだそうだ。
「何もしなくて良いです。思い切り楽しんでください」
と笑顔で言われた。
でも何もしなくていいわけはないと思った。
これから仕事の内容を自ら受け体験するということなので、仕事の全てが詰まっているはずだ。
心の背筋が伸びた。
「はい、勉強させていただきます」
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ。明日以降も一人にはしませんから、一つ一つ覚えていただきます。今日は本当に肩の力を抜いてください。そっちのほうが良い」
エルネストさんは私の気持ちを理解したかのように、不安な部分にフォローをいれてくれて、多少気が楽になった。
・
馬車はガタガタと外門へと向かう。
「私も初めての時はうまくいかないことが多くて……」
今日の予定を話し終わったあと、エルネストさんは雑談を始めた。
私より6つ上の年齢であることや、7年前から仕事を始めたこと、大変だったことや失敗談、うまくいった時の体験なども気さくに話されて、つつみ隠したり飾ったりせず、和やかな雰囲気を出してくれた。
「マーニャさんは厳しいんです……」
私への質問は雪灯院での生活についてだった。
エルネストさんが作った雰囲気や、受け答えのスムーズさによって話しやすく、話さなくて良いような不満などについても口をついてしまった。
それを曇りのない笑顔で聞き、共感してくれるのだから、話していて気持ちが良くて、口調はお互い丁寧ではあるけど、硬くなりすぎない程度にまで自然に解された。
雪灯院より前のことは聞かれなかった。
馬車が外門を出て、ミケウの周囲を囲う街道を進んでいる頃、エルネストさんは護衛についての話をし始めた。
「外で護衛の依頼を受けたことは?」
「あります」
ケモノとの遭遇率の高さについて話をされた。
外へ出れば大抵なにかしらに遭遇する。
ほとんどの場合矮小なケモノではあるものの、時には危険な場合もあり、追い払うか戦うか逃げるかの素早い判断が必要だ。ということで、概ね同意した。
「ケモノです!」
突然御者が大きな声で知らせてきた。
念のため持ってきた自前の剣に反射的に手がかかり、腰を浮かせようと少し前のめりになった。
するとエルネストさんは、スッと手を出し私の行動を制してきた。
「八百長です」
悪戯な笑顔でそう言った。
この日のために手ごろなケモノをわざわざ用意して待機していたのだそうで、説明をしたあと颯爽と馬車から降りて、ケモノを撃退する様子を見せてくれた。
ケモノを前にして何もしないというのはそわそわしたけど、守られる側の景色を知り、勇敢に戦う後ろ姿は頼もしくも見えた。
終わってエルネストさんが戻ってきた後、そういった感想を話すと、「本望ですね」といって笑い、私はハッとした。
そういう仕事なのだと思った。
まんまとしてやられている……
・
「最近できたお店です。サカナが自慢みたいですね」
それからは街中での食事と、簡単な街のランドマークの説明とかを受けた。
「あ、私あそこ好きなんです」
「そうなんですか、ではお邪魔してみましょう」
「え、行くんですか?」
「そういうこともあるんです。"お客様"」
移動の途中では、好きなお店が近くにあることを話したら、即興で連れて行ってもらえたりして驚いた。
「今日お泊りいただく宿はこちらですね。少々お待ちいただけますか?」
宿でも全部自動なのかと思うほどスムーズなエスコートをされた。
「お疲れ様でした。今日はこれで終わりですね、お客様になってみた気分はどうでしたか?」
任務終了ということで、今は宿のなかにある小さな会議室のような個室でお話をしてる。
エルネストさんは帽子を外して多少リラックスしている様子だけど、それでも姿勢がいい。
ふっとギィロが椅子の上に片膝立てているイメージが湧いた……余計なことを考えないよう、イメージはすぐに消した。
「とても快適でした。細かいところまで気にかけてくださって、私にできるかどうか……」
雪灯院の子どもたちやギィロなど、雑な相手の世話しかしたことはないので、少しの不安があることを素直に述べた。
「心配することはありません。リゼアノートさんならきっと上手にできる、私が一から教えますから」
エルネストさんは優しげな口調で、期待と安心の言葉をくれた。
不思議とプレッシャーには感じなかった。
ここへ来るまでの道中、どうして今止まったのか、なぜこちらを選んだのか、何に気をつければいいのか、そういった理由は一切語られなかった。
エルネストさんの迷いのない動きだけが目に映っていた。
客になれと言われても、私はエルネストさんの行動について勉強したかったから、説明をしていただけないか途中で聞いたのだけど、「今はお互いの役割を演じる時だから考えなくていい」と、初めの説明と同じことを言われた。
でも明日からはそれが始まるのだ。
身が引き締まる思いだけど、エルネストさんが付きっきりで指導してくれるということなので、なんとなく安心できた。
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「最後ですが、部屋に制服が置いてあります」
明日の予定を簡単に話してくれた後、制服が既に部屋に用意されているということだったので、今日の締めとして、サイズ合わせも込みで着替える事になった。
制服の色は黒と言ってもいいくらいの青が基本で、部分部分アクセントに銀が差し込まれている。
女性用のはエルネストさんが着用している男性のものより身体にフィットするようなサイズ感で、ウエストの高い位置にベルトがついている。
パンツは短いのと長いので2種類、着脱可能なスカートも長さ違いで2種類ある。
帽子は控えめなボアと羽根のついた少し縦長のもので、女性用のものは被ると後ろ斜めに傾く感じだ。
ブーツは3種類ある。動きやすそうなショートブーツと、ヒールの高いもの、それとニーハイだ。
エルネストさんはつけていなかったけど、バイザーやマスクもある。
(とりあえず……これが無難だよね……)
私は長い方のパンツと深いスリットのロングスカート、ショートブーツを選び、着替えて姿見の前に立った。
右に左に腰から向きを変えて観察してみた。
(かわいい……)
ひとことでいうとスッとしている。
色は落ち着いているしマスクなどをつけると印象がガラッと変わってしまうけど、お堅くなりすぎないかわいい制服だと思った。
お待たせしてしまってるので、部屋の前で待機しているエルネストさんに見せに行った。
「お待たせしました。こんな感じになりました」
ギィロの前では適当に変なポーズをしたりするけど、こういう時どういう風に見せれば良いかよくわからなくて、ただ両手を広げて見せた。
「……驚きました」
エルネストさんは一度上から下までゆっくり視線を移動したあと、首を横に振りながら口を開いた。
「すごい……赤い髪が映える。これは想像以上に似合っていますね……護衛官の中で一番着こなしていると思いますよ」
エルネストさんは感嘆の声をもらしながら独り言のように語る。
「そ、そうですか?言い過ぎでは……」
「そんなことはありません、本心ですよ」
「ありがとうございます……」
まっすぐな目線で言われると照れてしまった。
そのあとはサイズや着心地について聞かれ、少し動きづらくはあったけど、それは黙って問題ないとした。
バイザーやマスクも付けてみてほしいと言われたので装着すると、「謎感が増す……」という、あまりこれまでのエルネストさんの語彙にはなさそうなおちゃめな感想を言われ、なんとなく上品な笑いが起こった。
バイザーやマスクは普段つけず、特別な時にのみ使用するようで、謎感は増さなくて済みそうだった。
スカートなどに種類があるのは、好みや任務内容によって変更できるようにということで、すべて借りたままで良いらしい。
今日はこれで終了だといい、私はこのまま宿に一泊することになった。
また明日の朝迎えに来てくれるそう。
「今日はありがとうございました」
何から何までしてくださったことに頭を下げて礼を言う。
「いいえ、これからですよ。私はこれからが楽しみで仕方ありません」
エルネストさんは小さな笑顔で応える。
「期待に応えられるよう頑張ります」
それから熱意を伝えるよう別れの挨拶をして、エルネストさんを見送った。
私は部屋に戻り、もう一度姿見の前に立ち、今度は遠慮なしにポージングしてみた。
「しゅっ!……どうぞ、お入りになってください……ふふっ、よしっ!」
なぜだか気分が上がっていて、エルネストさんの動きを真似てみた。
これまでの職場体験と同じように、言われたことをきっちらこなしてからお断りする。
初めはそうなるだろうとしか思っていなかったのに、鏡の中にはやる気を出している自分が映っていた。




