第9話 リゼアノート・ルミナス
日曜日は依頼に出かける日。
ギィロとそう決めた。
開拓者組合で依頼板を見ていると、どうしても条件の欄が目に入る。
年齢や性別、時には身長まで指定があったりする。
未成年で実績もないミューレでは、単独で受けられない依頼が多い。
それはそうだ。護衛を頼んで子どもが来たら依頼者は不安だと思う。
公共の討伐依頼も実力を見誤ることを防ぐために大抵未成年だと受けられない。
ただ複数人で受けられる依頼は、二つ目以降に札をかける場合、未成年でも可の事はある。
剣の実力を示す実績で有効なのは、重要度や難易度の高い討伐依頼を完了させると札に付くリングや紐と、中央街の北に隣接しているザイレルで行われている闘技場での公式成績だ。
ザイレルとは武力の国であり、隣接する中央街へ派兵もしていると聞いた。
"国"なのは、珍しく継承者が王を名乗っているからだ。
衛士も衛士ではなく兵士と呼ばれる。
そこにある闘技場は、ザイレルの優秀な兵士が常に出場していて、闘技場での成績というのはある程度の信頼性に足る成績となる。
当然、私たちは行ったことはないので成績も何もないし、ミューレの札にはリングや紐など一本もついていない。だから受けられる依頼に制限がかかる。
まだ依頼選びなど慣れていないし、色々目を通すのはそれはそれで楽しいし、なかなか選ぶのにも時間がかかる。
時間がかかったとしても、ギィロに任せるとよく見もせずに「コレだ!」と言って貼り付けるし、ニワトリ牧場の負の実績があるため、パーティ札は私が管理することにした。
だけどそうしたらギィロは選びもしなくなった。
「まだか?」
「今、見てるでしょ」
そう言うと、ギィロは肩をすくめて壁にもたれた。
手伝うという意識がないギィロのことは気にしないで放っておくのが精神的に良いのに、あんまり放っておくと、どうせ相手にされないくせに女性を見つけて声をかけ始めるので、適度に構ってあげないといけない。
面倒な奴。
開拓者組合には依頼板があるだけではない。
各地から伝わってくる情報の載った街報や、宣伝用のチラシなんかも置いてある。
雪灯院にもチラシはおいてあるけど、職業訓練など進路的な物がほとんどだった。
『静応流道場"奏"入門者募集!』
『力を示せ!ザイレルの闘技場は土日開催!7月5日狂乱ガリアス・ヘルジャイアント出場予定!7月12日……』
『手に職を。体験、弟子入り大歓迎!技術継承推進委員会』
『アカラで乗馬体験!訓練コースを完了したら清馬を一頭プレゼント!』
『アイネ様神器継承パレード。新継承祝日祭!出店募集』
『歌え!飲め!踊れ!野外フェスティバル!主催華音カノン。出演者一覧……』
今日の私たちは依頼探しを中断し、チラシを掻き集めて、併設されている食事処で眺めていた。
「乗馬はそのうち必要だよね。でもたっかい……」
「まずはフェスだ」
「ねえ、ヘルジャイアントって本名……?」
チラシの内容にあーだこーだと言ってるだけで面白かった。
私たちは既にいくつか一日で完結する依頼をこなしていた。
一日なのは、雪灯院に帰らねばならないからだ。
ギィロは別にいいと言うけど、そういうわけにはいかない。
「そこ通った方が早い」
「えっ?そうなの?」
それで、気がついた事があった。
ギィロは街の構造に詳しい。
私は元々ミケウの外に住んでいたし、雪灯院に来てからも商店街を行き来するのが主で、あとは雪灯院で連れて行ってくれた公園や美術館とか劇場を知っているだけで、ミケウという街のほとんどを知らなかった。
それに比べて元々街で暮らし、今もしょっちゅう出歩いてるギィロは道を迷わない。
覚えるまでは道案内としてギィロを活用できそうだった。
「金貸してくれよ」
「やだよ」
それとギィロはお金をいつももっていない。
「ケチだな、いいだろちょっとくらい」
稼いだら稼いだ分のほとんどを使ってしまう。
「どうせくだらないことでしょ?」
街で女の子を追いかけてるのかと思ったけど、いや多分それもしてるんだけど、
「違う、頼む、ミロナちゃんのバースデーステージがあるんだよ」
ギィロはしょっちゅう歌を聴きに行っていた。
意外なことにギィロは歌を聴くのが好きなのだ。
そういえば雪灯院でも歌の時間覗きにきてる事があった。
ミケウは歌の盛んな街だ。
そこで育った者として歌好きの特性を継いでいるのかもしれない。
かわいいところがある。
まぁ私も嫌いではないし、ミロナちゃんは見に行ってあげた。
「討伐に行こう」
そろそろ暇してしまったのか、ギィロが依頼選択に口を出してきた。
というか私も同意見だった。
これまで街中で完結する簡単な依頼を受けていたのだけど、"なんでも経験"と思って受けた何も起きない警備の暇さは、アリの行く手を遮る遊びをしていた方が、まだ世界に影響を与えてるんじゃないかと思えるほど無だった。
私たちはハッキリ言ってアクティブだ。
体を動かしたい、剣を振りたいのだ。
だから討伐依頼は向いていると思う。
討伐できなければ報酬はでないし、発見できなくてもでない。
リスキーではあるけど、私的の討伐依頼であれば人数制限や年齢制限はほぼないため、選びやすいとも言えた。
ギィロの提案に乗っかり私的討伐カテゴリーで依頼を探していると、良さそうなのを見つけた。
『材木置き場に現れるケモノの調査もしくは討伐』
ミケウからそれほど遠くなく、討伐の成功までできれば公共と比べると倍ほどの報酬。
私的の討伐依頼は情報不足によるリスクが大きいけど、この依頼に関しては専属の護衛がサルのケモノと交戦をしており、しっかりした情報があって、私的依頼にしてはリスクが低めの掘り出し依頼に見えた。
「サルだって、これでいい?」
ギィロに相談すると、見てもいないのに「良い」と言った。
信頼されてるのか、適当なのか。多分適当なだけだと思う。
けど賛同は得られたので、私たちは―—私は—―テーブルに広げたチラシ類を片付けて席を立ち、
バンッ!
と依頼書にミューレの札を貼り付けた。
・
組合から馬車に乗り、南門を抜け、広がる市場のさらに南端にある停留所で降りる。
「よっ、とぉ」
「ここから歩く」
「うん」
街から南方向へ行く場合ここが最南端だ。これ以上南に馬車で移動する場合は乗り換えが必要になる。
今回はそのまま街道を歩く。
「この辺はすごいよね」
「あんまりキョロキョロするなよ」
「いいでしょ別に、面白そうなのいっぱい」
ミケウの南門付近は圧倒的に一番活気があり、街道も広く、行き来する人たちが絶えない。
自分たちも街を構成する血液のひとつになっているような感じは、大人になったようで良い気分がする。
「そこじゃない?キレイだね?」
浮かれた気分で並木の街道をしばらく歩き、目印となる看板から街道を逸れて進むと、指定の材木置き場はすぐに見つかった。
林の入り口に設けられたそれは小規模なものではあるけど、まだ新しく作られたのがわかるだけキレイだった。
材木置き場そのものが荒らされた様子はない。
初めの調査が甘かったのか後からケモノが巣食ったのかわからないけど、それでもせっかく作ったのにケモノの声がするのでは、安心して作業にあたれなさそうだ。
「あっちだ」
来た方向とは逆へ、林の奥へと向かった。
周囲を注意深く観察しながら、なだらかな坂道を下っていく。
坂道を下り終えて平坦な場所まで出ると、想像していたより歩きやすく、なんとなく道ができているような気がする場所だった。
「アー!」
という咆哮がかすかに遠くから聞こえた。
情報にあった鳴き声のひとつと一致すると思う。
二人して声のした方向に顔を向け、すぐに顔を見合わせて頷きあった。
私たちは鳴き声のした方向へと足を向けた。
道っぽい道を進んでいくと、不自然な四角い岩が立っているのを見つけた。
岩には文字が彫られている。
「なんか書いてあるよ」
「なんて?」
「ん~~、読めない」
つぶれていて読めないけど、過去に人がいた証拠のように思えた。
「昔の街道かな?それかこの辺に村があったとか?」
「そうかもしれないな」
封神戦争のあと、人類は住む場所の多くを失っている。
廃村などがあるのは珍しいことではない。
私はそっけない返事をして邪魔な草を雑に切り分けながら進むギィロの後に続いた。
「リゼ……」
「うん……」
しばらく進むと明らかな人工物を見つけた。
大きな朽ちた二本の木の間に、石造りの階段がある。
間違いなく昔ここに人が住んでいた形跡だった。
階段の上にはやはり石造りの建造物が見え、興味をそそられたが、それどころではない。
サルに囲まれていた。
「キィキィ!」
茶色が6匹、自分たちと同じくらいの大きさ。普通のサルではなさそう。
そして石段の上には2メートルはありそうな灰色のサルが見下ろしている。
茶色は凶暴そうな顔をして忙しなく動き、灰色はじっとしている。
「上のは後だ!」
ギィロが叫ぶと、威嚇と取られたのか、警戒して茶サルが少し距離をとる。
ただやることは決まった。茶サルをやる。
ギィロはじっと前の5匹を見据えている、なら私は後ろを担当する。
茶サルたちはキィキィとその場で飛び跳ね始める。
サルというのは賢く、罠を張ったり待ち伏せで襲ってくることもある。
今回は私たちが縄張りに攻めているため、罠や奇襲はないだろうけど、目の前の茶サルたちの手には石やらなにやらが握りしめられている。
何をされるのかは分かりきっていた。
茶サルたちは叫び、高く飛び跳ねながら、その長い腕を振り一斉に投擲を行ってきた。
母衣を習得した剣士に対して、生半可な遠距離攻撃は通用しないし、逆に、その飛び跳ねながら投げるという行動に隙を見る。
私は飛んでくる物体を母衣で払い落としながら、後ろの1匹に対して風を纏い距離を詰め剣を上げる。
投擲が牽制だったのか、遠距離でなぶるつもりだったのかわからないけど、初手の失敗を後悔する暇も与えず茶サルを斬り伏せた。
振り返り、ギィロと5体の茶サルを見やる。
ギィロは動いていないが、茶サルは大きく叫び猛っていた。
茶サルたちは投擲を止め、ギィロに近接戦を仕掛けた。
長い腕が振り降ろされる直前、ギィロはそのうちの1匹に向けて勢いよく前進し反撃を行った。
ギィロは攻撃を防ぐでもなく剣を振り抜き、残りの茶サルたちの背後に回る。
自分たちが挟まれた事に気づいただろうか、ギィロに再び飛び掛かりを行う2匹の茶サルは叩き落とされ、私に背を向けている残りの茶サルは、既に距離を縮めていた私が背中から斬り伏せた。
「アーーー!」
階段の上から灰サルが低い大きな声で叫ぶ。
だけど襲いかかってくるでもなく見下ろしている。
依頼とは別でギィロと共にケモノの相手は幾度となくしてきたけど、群れのボスにしては様子がおかしい気がする。
「なんか変じゃない?」
「ケモノはケモノだ」
ギィロは灰サルから視線を外さずに答えた。
容赦なく歩み寄り、一段一段階段を登るギィロ。
私はいつでも援護できるよう、その後を慎重についていく。
警戒距離まで近寄ったのか、灰サルが前かがみの二足で立ち上がる。
倍、はないはずだけど、それぐらい大きい体であるかのように感じる。
身体中に傷があるのが見える。
さらに階段を登っていくと、灰サルは後ずさりをした。
後ずさりしたことで、一番上の段にスペースが空く。
頂上まで登りきったことで、ギィロは灰サルと同じ土俵に立った。
灰サルは後ずさりをやめ、ギィロも歩みを止めた。
風が一つ吹き抜け、雰囲気が変わる。
臨界点だ。
灰サルは覚悟を決めたような佇まいを見せ、ほんの少し姿勢を低く落とすと突然に飛び掛ってきた。
木の枝のような太い腕がギィロを襲う。
ギィロはそれを避けることなく受け、追撃がないことを確認するように一拍置いて反撃をするも、灰サルは後ろに下がってかわした。
ギィロが歩み寄ると今度は両腕を打ち下ろすように叩きつけてくる。
ギィロはそれを受けず、振り下ろされた灰サルの腕を避け、肩口に剣を差し込む。
「アアーッ!」
叫びと共にまた下がる灰サル。
もうあの右腕は使えそうもない。
また一歩ギィロが詰め寄る。
すると灰サルは建造物の中に逃げ込んでいった。
不利になった。勝てないことを理解した。
逃げるとはそういうことだ。
なのに灰サルは、広い林の中ではなく、逃げ場のないように思える建物に逃げ込んだ。
「ギィロ……」
罠かもしれないし、捨て身で何をしてくるかもわからない。
心配になり声をかけた。
「入るぞ」
ギィロの声にも足取りにも、不安はなさそうだった。
それほど広くはない建造物の中は、柱が四本立っているくらいで特に何もない。
枯れた木くずや何かの骨、砂利があるくらいだ。
天井や壁にあいた複数の隙間から光が落ちている。
その奥、少し高くなっている段上から灰サルがこちらをじっと見ている。
ギィロの歩みは止まらない。
「アーーッ!!」
最後となるのがわかった。
ギィロは思い切り飛びかかる灰サルの腕を避けながら、軽やかに胸を切りつけた。
そのまま回転しながら勢いを増し、両手で剣を振り抜くと、灰サルを奥の壁まで吹き飛ばした。
空間に薄く黄色い軌跡が残る。
致命傷だ。
ボロボロに崩れ落ちた灰サルが最後の力を振り絞って這いずっている。
灰サルがゆっくりと、しかし恐らく全速力であろう速度で、段上の中央付近まで這いつくばり、震える手を伸ばしたその時だった。
「ッ……!!」
灰色の小型のサルが2匹、突然目の前に現れた。
油断した。
あまりにも突然、空間を切り裂くように現れ、大きくビクッとして咄嗟に剣を構える。
全身に冷や汗をかいた。
……しかし2匹の灰サルはこちらを見ていなかった。
「アッアッアッ、アッー!」
2匹はじゃれ合うように互いを掴み合ったり、乗っかったりしている。
その様子を警戒しながら観察していたら、違和感を感じた。
2匹の周りの壁や床が、まるくズレている。
色や明るさも違う。
頭のなかにハテナが飛び交い、さらなる違和感に襲われる。
2匹には存在感がなく、こちらに気づく様子も、空気を揺らすことも、匂いもない。
この2匹の灰サルには、実体がない。
「気をつけて……」
同じような心境だろうか、慎重に近寄るギィロの背中に声をかけた。
ギィロは小型の灰サルに向けてゆっくりと剣を伸ばし触れると、切っ先は灰サルを貫通した。
貫通してもなお、灰サルたちはじゃれている。
「なんだこれ……」
ギィロの口から言葉がこぼれ、剣は下ろされる。
私も剣を下ろし近寄ると2匹の灰サルは突如として消えた。
残っているのは床に散らばる朽ちた骨だけだった。
「どういうこと??」
「わからない」
不可解な現象に未だ身体は警戒していたが、建物の内部は静寂に包まれていて、ジャリ、という自分たちの足音しか聞こえない。
その様子は、戦闘が終わったことを知らせている様だった。
倒れた灰サルは既に事切れている。
私は剣を収めそれに近寄り、最後に伸ばした手に何かが握られているのを見つけた。
被さる手を外すと、透明の玉が姿を現した。
恐る恐る玉を拾い上げる。
私の片手に収まるくらいの透き通るような丸い玉で、中でうっすらと揺れている色が、ゆっくりとその色を変える。
「なにこれ?キレイ……もしかして遺物かな?」
両手でお椀を作り、ギィロに見せる。
「さあ……」
ギィロは玉を軽く指でつつき、考えるような表情で床に散らばる骨に視線を落とし、戻した。
「そうだとしたら、さっきのはこいつの子どもじゃないのか?」
ちょっと意味がわからなかった。
ハテナをギィロに向けると、ギィロは床を示しながら続けて言った。
「だから、その玉がこの場所の過去を記録してたんじゃないかって」
「は?え?凄くない??」
ギィロのぶっ飛んだ推理が、頭の中のハテナにバッチリハマり、そうとしか思えなくなった。
なんのためにそんなことができるのか謎だったけど興奮して、両手に収まる小さな玉が伝説のアイテムのように見えてくる。
「やったねギィロ!お宝だ!」
現地で手に入れたものは、たいていの場合そのまま自分のものになる。
私はすごい戦利品を手に入れたと思い、うわぁ〜とか言いながら玉をしばらく眺め、それから鞄にそっとしまった。
ギィロは剣を倒れた灰サルに向け、討伐の証拠としてどこを斬り落とそうか考えるように周囲を歩いていた。
「尻尾でいいんじゃない?」
というと即座に根本から切り落とすギィロ。
「大きすぎるよ、小さくして」
小さくなった。
「よし、帰ろう」
ギィロのその言葉で、全部終わったことが確定し、体の緊張が解けた。
・
「こうしてっ、と」
帰りに開拓者組合に寄って、札を赤い確認札に貼り替え、尻尾を提出した。
札を張り替えておくと、依頼者や職員が完了の確認を行なってくれる。
次来た時には完了しているはずなので、報酬の受け取りはその時になる。
依頼者や関係者から、報酬とは別のお礼の品が贈られることもある。
「こういう依頼が毎回あるといいね〜?」
一日で完了できる。
体を動かして達成感がある。
報酬も充分。
おいしい依頼だった。
「うん、でも金銭感覚が狂いそうだ」
ギィロは、既に何に使おうか考えてそうな視線と表情で答えた。
「もう狂ってるでしょ?」
は?なんで?というような顔を向けてくるのがなんで?って思って、私は呆れた小さなため息と共にすこし微笑んだ。
・
雪灯院に帰った時にはもう空は暗かった。
誰もいないロビーで荷物を下ろし、上着を脱いだ。
少し前まで誰か居たのだろう。薪ストーブの給気口は閉まっているけど熾火はまだあり暖かい。
消えてほしくないので給気口を開け、一旦二人でロビーのソファでくつろいだ。
「ふぁ〜あ」
ソファが疲れを吸い取ってくれるように感じる。
一呼吸してから、持って帰ってきたチラシや街報をテーブルに広げた。
「どれかいる?」
「フェスのやつ」
聞いたけど、チラシを選別することなく束のまま渡し、ギィロはそこからフェスチラシを抜き取り、残りはテーブルに雑に置いた。楽しみそうな顔をしている。
私はさらに、もって帰ってきた玉を鞄から両手で取り出した。
「ねえこれどうやって使うの?」
「知るかよ」
息を吹きかけても、磨いてみても何もない。
右から左から、上から下から覗いてみても、ただのキレイな玉だ。
わからないものはわからない。
早々に諦めて、テーブルに広げたチラシの束の上に置いた。
「なんか飲むか?」
ロビーはお客さんも来ることがあるため、いくらか飲み物やお菓子が置いてある。
マーニャさんや大人の人が対応に使うものなので、普通孤児はそれに触れないのだけど、ギィロはお構いなしだ。
気を利かせる時と場所を誤っている。
「それダメだよ?」
軽く注意する。私は優等生なのだ。
「そうかな」
でもギィロは悪びれることもなく、手が止まることはなかった。
天然の不良なのだ。
「ほら」
ギィロは小さめのビンをふたつ持ってきて、栓を開けてひとつを私に差し出した。
「ありがと」
私は、まぁいいか、栓開けちゃってるし?と思って受け取った。
ベリー系の味がして美味しいんだけど、美味しいだけに少し罪悪感を感じた。
私はテーブルに広げたミケウの街報を手に取り軽く目を通した。
『新進気鋭のワンショットがヒツジ牧場に現れた魔獣を緊急討伐。リーダーのオルカ・ワードナへの取材で……』
依頼板にあったパーティだ。
ていうか、名字欲しいかも……
「ねえねえギィロ、名字ほしくない?」
ふと思ったことをそのまま口にする。
「別に」
「なんで?勝手につけていいんだよ?」
元の名字以外なら何でもいいルールだ。
そう思うと、頭のなかに様々な名字が飛び交う。
「考えてやろうか?」
「やだ、ギィロが考えた名前とかろくでもないもん。ヘルジャイアントとかやだよ」
本名とは思えない名前を思い出した。
「ならリゼアノート・オセッカーイとかどうだ?」
「は?ひどくない?どれだけ私がやってあげてるか、わかってないの?」
冗談なのはわかってるけど、デリカシーがない。
「はいはい、ありがとうありがとう」
「ひっど、でも路線はいいかも……ルミナスとかどう?」
パッと思い浮かんだ名前にしては良い出来な気がする。
お節介というか、導きの光だ。
「リゼアノート・ルミナス?かっこよすぎないか?」
「へへへ、かっこいいでしょう?光ぃ、行く先を照らす光ね。ギィロの足元もついでに照らしてあげるから」
かっこいいし、意味が良い。ちょっと女性らしい響きでもある。気に入った。
「俺は平気だよ、自分で歩ける」
「よくいうよー……ルミナスなら光の剣とかいつか呼ばれるかも」
まったく自分が見えてないギィロにつっこむのと同時に、異名のついた光景を思い浮かべたらより気に入った。
「それは楽しみだな」
「ほんとに思ってる?でもそうする。私リゼアノート・ルミナスになるよ。ギィロはどうする?」
感動もなく茶化してくるギィロに不満をぶつけ、私は名前をつけただけなのに、なんだか一回り大きくなったような、そんな気分になった。
「要らないって」
「つけようよ、面白いじゃん」
「だから、要らないって」
「えーつまんない。じゃあもし、もしつけるとしたらどんなのがいい?」
ほんとに興味がないのか、強がってるのか、前の名字に思うところがあるのかわからないけど、とにかく答えがほしかった。
「あー、そうだなあ……カレヴィアとか?」
「カレヴィア?剣神の?」
古い神々の一人、剣神がもつ剣、その一本がそんな名前だった気がする。
「よく知ってるな。そう、龍を倒した剣、カレヴィア」
「そうなの?」
「伝説までは知らないか?」
「知らない。どんな?」
話したそうなので、聞いてみた。
「カレヴィアっていう名前の龍がいて、それを倒した奴が持っていた剣に、その龍の名前がつけられたんだ。持ち主が亡くなったあと、剣神に奉納されたってやつ」
「へぇ、ギィロらしいね」
カレヴィアは龍の名前でありながら、龍伐の意味を持つんだ。
龍に因縁があって目標にしているギィロが憧れるのは頷ける。
「でも要らないぞ。ギィロだけで充分だ」
「ギィロ・カレヴィア……」
まぁ悪くない。
「やめろよ」
「あはは」
「ルミナス……」
「なに?バカにしてんの?」
呼ばれるとちょっと恥ずかしいと思ってしまった。
慣れるだろうか。
「ははっ、してないしてない」
「ならいいけど……開拓者登録しなおさなきゃ、めんどくさそう」
「今度なー」
「うん……そろそろ部屋いくね。これ片付けといてくれない?」
もらったビンをギィロに渡す。私はそのビンに関与していないフリをするのだ。
ギィロは「ああ」といって受け取る。不良に任せる。
代わりに広げたチラシ類は私が片付けようと思って、チラシの上に乗った玉が目に入る。
「玉どうしよっかなあ……」
顎を手のひらに乗せて玉を見つめる。
「置いとけよ。使い方が分からないなら飾りだろ」
「キレイだしね、棚に並べとこっか」
確かにまったく使い方がわからない。
捨てる選択肢は無いし、棚には置き物が並んでいるので、仲間入りさせるのは悪くなさそうだった。
「俺も寝るか」
といってギィロは荷物を手に取る。
「お風呂入ってからにしなよ」
「さすがにそうするかな……」
「うん、じゃあいくねー。よっと」
剣と上着を拾い、肩に鞄をかけ、チラシごと玉を拾い上げる。
転がらないようにチラシを下に引いて玉を棚に置き、固定を確認、ギィロに振り返る。
「おやすみー」
「うん、おやすみ」
私はこの日、リゼアノート・ルミナスとなった。
・
「リゼ、ちょっと来なさい」
翌朝、マーニャさんからロビーに呼び出された。
勝手に飲み物を飲んだことを叱られるかと思って、歩きながらギィロのせいにする言い訳を必死に考えた。
「夜帰ってきたのはあなたたちでしょう?ストーブの給気口はちゃんと締めなさい」
私はホッとしながら謝った。




