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第3話 特別な友達 2

 ……僕の座る長机の向かい側に、黒羽さんと一ノ瀬さんが並んで座り尋問が始まった。

「……飯田航平。あなたはリンに部室で何をさせていたの?」

 ……フルネームで呼ばれた。

 最悪だ、最悪すぎる。

 クラスメイトのほとんど喋ったことのない女子に、あんな現場を見られるなんて。

 僕は、羞恥で死にそうだった。

「……はぁ」

 一ノ瀬さんは大きなため息をつくと、心底呆れたという顔で僕を見た。

「だから探究だよ睦月ちゃん」

「リンは黙ってて」

 ピシャリ、と黒羽さんの言葉を遮ると、一ノ瀬さんは再び僕に視線を向けた。

「その……誤解というかなんというか……僕がさせていたわけじゃなくてですね……」

「でも飯田くんの身体は興奮してたよ」

「…………」

 それを言われたら何も言い返せなくてですね……。

「……ギルティね」

 軽蔑した目で一ノ瀬さんは親指を下に向けた。

「ちょっと待って! 誘ってきたのは黒羽さんだし! 色々直接触られたら仕方なくない!? ドキドキしたら異性を意識してるって事なんだから……仕方ないでしょ!?

「……ねぇリン、もしかして、探究とか言ってたのって……マジ?」

「うん」

「……はぁ〜そうなんだ。てっきりリンが悪い冗談を覚えてきたのかと思ってた」

 一ノ瀬さんは何か突然納得してきた。

「ふ〜ん……なるほどね。へぇ……飯田くんをねぇ……」

 突如一ノ瀬さんは机に肘をついて僕をジロジロ見てニヤニヤしていた。

「……どこがいいの?」

 取り柄を見出せなかったのか一ノ瀬さんは黒羽さんに聞いた。

 ……サラッと僕の心に刺さる一言をどうも。……自分でも思ってるけど、人に言われると少しは思うところがある。

「……良い人だから?」

 モテない男が一番に女子に言われる言葉を直に喰らった。……まぁ、否定はしないよ、うん。

「……ま、リンが嫌がってないみたいだし、とりあえず見なかった事にしてあげる」

 一ノ瀬さんは黒羽さんの何か事情を知っているようで、思ったよりも話は拗れなかった。

「けど……人が普通に出入りできる所でそう言うことは辞めときなよ。せめて鍵ぐらい閉めなさいよね、鍵ぐらい」

 ものすごく真っ当なご指摘を頂いた。

 元々そうなるつもりもなかったってのはあるけど……。

「いやほんと……おっしゃる通りです」

 的確すぎる指摘に、僕は何も言い返せない。

 一ノ瀬さんは、僕の情けない姿を見てさらにため息を深くした。

「……まあ、いいや。それはそれとして」

 彼女はぐい、と僕に顔を近づけてきた。

「飯田くんは、リンの行動に対してどう思ったわけ?  率直な感想聞かせてよ」

「え、あ、あの……」

 僕は、突然の尋問に何と答えたらいいのかわからない。

「い、一ノ瀬さん、だよね? 僕一ノ瀬さんとほとんど喋ったことない、と思うんだけど……」

「そうだっけ? まぁ今喋ったからいいっしょ。クラスメイトだし」

 彼女は、僕の動揺など意にも介さず適当にあしらった。

「そんなことより、感想。早く。どうだった?」

(ど、どうだったって言われても……!)

 僕は、頭の中で、さっきまでの出来事を必死に反芻する。

 手を繋がれて、頭を撫でられて、膝に乗られて、そして、ズボンを脱がされそうになって……。

「……そ、それは……」

 僕は、しどろもどろになりながら答えた。

「……お、女の子は、もっと、恥じらいを持つべき、だと、思います……!」

「……は?」

 一ノ瀬さんは、心底馬鹿にしたような顔を僕に向けた。

「恥じらいあったら、いいことあるの?」

「そ、そういう話じゃなくて!」

「じゃあ、なに? 興奮しなかったわけ?」

「……っ!」

 図星を突かれて、僕は顔が真っ赤になった。

「……か、可愛かった、とは、思います……けど……」

「……あ~」

 睦月ちゃんは、僕の答えがよほど面白くなかったのか、ガシガシと頭をかいた。

「つまんない反応。……ねえ、リンこいつ基準にしてたら、話が先に進まないんじゃない?」

「え?」

「あんたの探究、こいつには荷が重いって。他にもっといいやついるでしょ。一条とか捕まえてみれば?」

「……」

 一ノ瀬さんの身も蓋もない提案に 僕の胸がチクリと痛むのを感じた。

 ……そうだよな。僕みたいな引っ込み思案な奴より、隼人みたいなイケてる人のほうがよっぽど探究のサンプルとして優秀だ。

 僕が勝手に落ち込んでいると、

「私は飯田くんがいい」

 それまで黙っていた黒羽さんがきっぱりと言った。

「え?」

「へぇ?」

 僕と一ノ瀬さんの声が奇妙にハモった。

 黒羽さんは僕を一瞬見ると一ノ瀬さんをまっすぐに見つめた。

「飯田くんは私の探究に真面目に向き合ってくれてる」

「…………」

「それに、飯田君のいう恋は、非効率だけど興味深い。……私が間違っていたらそれを正してくれる。だから、飯田くんがいい」

「……!」

 黒羽さんの、まっすぐな言葉。

 僕の心臓が、さっきとは違う意味でドクン、と大きく跳ねた。

 一ノ瀬さんは、そんな僕と黒羽さんの様子を値踏みするようにじっと見比べた。

 そして、

「へぇ〜」

 と、何かを察したように、ニヤリ、と口の端を吊り上げた。

「……そっかそっか。リンが、そこまで言うんだ」

 彼女は僕のあの情けない本能ではなく、僕の葛藤そのものを、黒羽さんが真面目だと評価していることに、気づいたようだった。

「……なるほどね。面白いねぇそれは」

 一ノ瀬さんは心底愉快そうに笑った。

「まぁ、二人がいいなら頑張りな」

 彼女は何か理解したのか、突如そう言うと立ち上がった。

「ほら、リン、帰るよ」

「え? でもまだそんなに時間経ってない。」

「このまま二人っきりにしとくと、何するか分かんないし」

「でも、まだ探究の途中……」

「それについて言っときたい事があるから、続きはまた明日。ほら、行くよ」

 一ノ瀬さんはそう言ってまだ納得いってない様子の黒羽さんを強引に連れて帰ってしまった。

 ガラガラと部室のドアが閉まる。

「…………はぁ」

 一人残された部室で、僕は机に突っ伏した。

 あれだけ色んな事を言っておいて、黒羽さんに触れられただけであっさり興奮してしまった自分が情けない。

 僕って、結局エロいだけなんじゃ……。

 ……でも。

 ……飯田くんがいいって言ってくれた。

 さっきの黒羽さんの言葉が頭の中で反響する。

 ……真面目に向き合ってる……か。

 僕の葛藤そのものが彼女にとっては価値がある……?

 ……わからない。

 僕はモヤモヤとした葛藤と、くすぐったいような嬉しさを感じていた。



 ◇



 その夜。

 僕は自室のベッドの上で頭を抱えていた。

 部室で一ノ瀬さんに見られたことが、黒羽さんと手を触れただけで反応してしまったことが気がかりだ。

「…………」

 僕は意を決してスマホを手に取った。

 電話帳から唯一こんな相談ができそうな相手の名前をタップする。

『……もしもし? どした、航平』

「あ、隼人? 今、大丈夫?」

『お~、別に暇してるけど』

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」

『ん?』

「……女の子に手を、握られたら……その、興奮する?」

 唐突な僕の質問に隼人は一瞬黙った。

『……は?』

「いや、だから! 手を繋いだだけで、その、身体が反応するのって普通なのかなって……!」

『……ああ、そういうこと』

 隼人はすぐに察してくれたようだ。

『初めてなら興奮すんじゃね?』

「え、やっぱそうかな!?」

『ああ。初めてなら変じゃないだろ。それか女慣れしてるかどうかとかじゃないか?』

「……え、隼人は興奮する?」

『俺か? うーん……初カノと手を繋いだ時は、別に興奮はしなかったな。ただ、嬉しかっただけで』

「う、嬉しい、だけ……!?」

 僕は、頭を抱えた。やっぱそれが普通なのか……!?

「……やっぱ、僕がおかしいのか……」

 心の声が漏れ出るようにぼそっと口に出た。

『なんか言ったか?』

「ううん、なんでもない」

『つーか、それお前の話であってる?』

「え? いや、そういうわけじゃ! 恋ってなんなのかなぁって言うただの疑問だよ!」

『ふ〜ん。……まあ、いいけど。気になるなら色んなやつに聞けば?』

「こんな事他に聞ける人いないよ……」

『……そうか。まぁ、なんでも良いけどさ。男なんだし、女子が好きなら自然な事だろ。何に興奮するかは人それぞれじゃね? 相手を傷付けなければどう感じたっていいんじゃないか?』

「……人それぞれ」

 曖昧な答えだったけど、僕は少しだけ安心していた。

「……そっか。ありがと隼人参考になったよ」

『……お〜じゃあな』

 電話を切る。

 ……人それぞれ。

 僕が黒羽さんにドキドキして、それで身体が反応しちゃうのも、別に変なことじゃない……のかもしれない。初めてなら。

 ……僕がエロいだけのやつってわけじゃないよな、たぶん。

 僕はそう思うことにして、少しだけ安心した。

 恋とえっちの境界線。

 僕の中でそれは、見てきたものと違い体験する事で曖昧になってきている気がする。

 僕はベッドに横になり天井を見つめる。

 黒羽さんのこと、白川さんのこと、今までのことを振り返っていると、

 ブブッ、

 手元のスマホが、短く震えた。

 画面を見ると、そこには、白川さんからのメッセージが表示されていた。

 ……連絡先、デートの前に時に交換したんだった

 ブブッ、と手元で震えたスマホ。

『飯田くん、今少しだけ電話できる?』

 ……し、白川さんから!?

 僕はベッドの上で飛び起きた。

 隼人との電話で少し落ち着きを取り戻していた心臓が、再びうるさく鳴り始める。

 で、電話!? どうしよう!

 僕は、深呼吸を一つすると、なぜかベッドの上で正座をして、

『大丈夫だけど』

 そう送ると、すぐに折り返しの電話が掛かってくる。

「!!」

 慌てながらも震える指で電話に出るボタンをタップする。

「も、もしもし、飯田……です」

『……飯田くん? よかった、電話出てくれて』

 耳元で、白川さんの声がする。

 昼間に聞く、あの完璧に調律された声じゃない。

 土曜日の夜に聞いた、あの素顔に近い、少しだけ低くて落ち着いた柔らかい声だ。

 僕はそれだけで耳が熱くなるのを感じた。

『遅い時間にごめんね。……この間は、その、ありがとう』

「ううん。僕こそありがとう、ごめんね、色々と」

『ふふ、お互い様、だね』

 電話の向こうで、彼女が小さく笑う気配がした。

『あのね、今日は、その……この間のお礼と、あと相談があって』

「相談?」

『うん。……あの後ね、私、少しだけ変われた気がするんだ』

「変われた?」

『皆の前で……友達と喋ってる時とか、ほんの少しだけ、素の自分が出せるようになった、っていうか、一見は何も変わってないかもしれないけど、気持ちはなんだか少し楽になったの』

「そ、そっか。よかったね」

『……でもね』

 彼女の声が少しだけ曇った。

『やっぱり、全部をさらけ出すのは、怖くて。まだ、難しい』

「……」

『飯田君の前では、あんな……恥ずかしいところまで見せちゃったけど。いざ他の人の前で完璧じゃない自分を出すのは、すごく勇気がいるっていうか……』

 彼女の不安が、声色から伝わってくる。

 僕は土曜日の夜に彼女に言った言葉を思い出していた。

「……急には無理だよ。少しずつでいいと思う」

『……うん』

「白川さんが、自分のままで、素直に笑いたい時に笑えるのが一番いいんだから」

『……うん』

 電話の向こうで、彼女が息を飲む音がした。

『……ありがとう、飯田くん。……やっぱり、優しいね』

「い、いや、そんなことは……」

『……それでね、その、相談なんだけど』

 彼女は意を決したように続けた。

『飯田くん、あの時手伝ってくれるって言ったよね? 私が変わるのを』

「うん、言ったよ」

『あのね、私、ちゃんとお礼はするから……。だから、私の素を見せるのを……手伝ってほしいの』

「いいけど……何をすればいいの?」

『……』

 一瞬の、沈黙。

 電話の向こうで、彼女が、息を整える気配がした。

 そして、振り絞るような声で言った。

『……私を、知ってほしいの』

「……え?」

『私、飯田くんに、もっと、私のことを知ってほしい。……完璧な私じゃなくて、本当の私を』

 僕の心臓がドクン、と大きく跳ねた。

「し、白川さん……」

『……ごめん、電話じゃ、うまく言えない』

 彼女はそう言うと話を区切った。

『詳しくは、会ってちゃんと話したいから……。明日、朝早いけど……学校の屋上に来てほしい』

「……屋上?」

『うん。……ダメ、かな?』

「……わかった。行くよ」

『! ありがとう! じゃあ、また、明日。……おやすみ、飯田くん』

「おやすみ、白川さん」

 通話が切れた。

 静まり返った部屋で、僕はまだ熱を持っているスマホを握りしめていた。

 ……どうしよう。

 白川さんとなんだかすごく親しくなった気がする。

 正直、土曜日にあんなに狼狽している彼女を見たときはどうなることかと心配になったけど……。

 今思えば、あの事件のおかげで僕らはお互いの秘密を共有できた。

 完璧で隙のない学校のアイドル。

 その彼女が、僕と同じように過去に傷ついて今も恐怖と戦っている。

 そう思うと、なんだか、すごく親近感が湧いてくる。

 思わぬところで、仲良くなるきっかけにもなったんだ。

 僕は、ベッドに転がりながら考える。

 ……他の人は、どうなんだろう

 白川さんは、あれだけ完璧であることを徹底するほど、人に嫌われることを恐れていた。

 ……そんなにも、人は完璧じゃないからって、幻滅するんだろうか

 そんなことはないと思う。

 僕は完璧な白川さんより、泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだりしている彼女を見て、ずっと魅力的だと感じた。

 ……でも。

 わかっていても自分だってそれができない。

 僕だって心を開く事が怖くてずっと逃げてるじゃないか。

 ……頼られる……か。

 手伝ってほしいと言われた。

 私を知ってほしいと言われた。

 そのことが、くすぐったいような、嬉しいような、不思議な高揚感を僕の胸に満たしていく。

 僕は、その温かい気持ちを抱えたまま、いつの間にか眠りについていた。



 ◇



 翌朝。

 僕はまだ誰もいない早朝の昇降口を抜け、校舎の屋上へと続く階段を上っていた。

 重い鉄のドアを開けると、冷たい朝の空気が僕の頬を撫でた。

「――あ」

 白川さんは先にいた。

 朝日に照らされながら、彼女はフェンスの前に立って街並みを見下ろしていた。

 彼女の綺麗な髪が朝の風にさらさらと揺れている。

 だけど、土曜日に見たどんな姿よりも、今この瞬間の彼女は息を飲むほど綺麗だった。

 ……絵になる人だ。

 そんな事を思いながら近づいていくと、彼女がゆっくりと振り返る。

「……おはよう、飯田くん」

「お、おはよう、白川さん」

 彼女はとても穏やかな笑顔で僕に笑いかけた。

 僕は、それだけでまたドキッとした。

「……ここ、好きなんだ」

 彼女はそう言ってフェンスに軽く寄りかかった。

「え?」

「屋上……解放感があって、風が気持ちよくて……ここだと息ができる気がする」

「……」

「学校だとさ、いつも、みんなの視線があるから。……完璧でいなきゃって、息が詰まりそうになる時があるんだ」

 僕は何も言わずに彼女の隣に並んで立った。

「……昨日、電話で言ったこと、覚えてる?」

「うん。白川さんのことをもっと知ってほしいって」

「……うん」

 彼女は、深呼吸を一つすると、遠くを見つめながら語り始めた。

 僕が土曜日に聞いた、あの話の続きを。

「……私ね、お母さんにも、ずっと否定されて育った。お父さんは、私に無関心……」

「……うん」

「だから、私にとって、家は心の拠り所じゃなかった。……だから友達がすごく大事だったの」

 彼女の声が、少し、震えた。

「でもね、中学の時、一番仲がいいと思ってた友達に裏切られたんだ」

「……そうなんだ」

「私が、好きだった人のことその子にだけ相談してた。……そしたら、その子は、私の悪口、全部その人に吹き込んで、……いつの間にか二人が付き合ってた」

「……ひどい」

「うん。……でも、本当に辛かったのは、その後。……その二人が中心になって、クラスの全員が、私を無視し始めたの。……怖かった……嫌われたくなかった。私の心の拠り所を失うことが……何よりも怖かった」

 彼女は、固く拳を握りしめていた。

「だから、決めたんだ。誰にも嫌われないようにしようって。誰からも好かれる、完璧な私になろうって」

「……」

「必死になっていい顔してたら、中3の頃には嫌われるようなことはなかったけど、気がついたら本当の自分がどれだかわからなくなってて……段々自分をさらけ出すのが、怖くなってた」

 彼女は、僕を振り返った。

「……それが、私が、こうなった理由……」

 語り終えた彼女の瞳は、僕の答えを恐る恐る待っていた。

「……」

 僕はなんて答えるべきか迷った。

 でも、ここでありきたりの同情を言っても、彼女には届かない気がした。

「……僕は、そこまで酷い目にあったことがないから、白川さんの気持ち全部わかるなんて言えない。……でも、大変だったのはわかる……つらかったね。でも、もう大丈夫。僕は絶対、白川さんを裏切らないから」

 僕が、まっすぐそう言うと、彼女は顔を逸らした。

「……ありがとう。……でもね、飯田くん」

 彼女は、まだ信じきれない様子だった。

「……やっぱり、どうしても、まっすぐその言葉を信じられない自分がいる」

「…………」

「……けど」

 彼女はもう一度僕に向き直った。

「それは私が、飯田くんを信じられてないんじゃなくて……私が人を信じられていないからなの」

「………」

「だから、私、変わりたい。……変わるって、決めたから」

 彼女は、自分の胸に、そっと手を当てた。

「だから、まずは……あなたの事を信じられるようになりたい」

「……白川さん?」

 彼女は、僕の目を、まっすぐに見つめた。

 その瞳は、もう、怯えていなかった。

「飯田くん」

 彼女は、一歩、僕に近づいた。

 まるで、告白でもするかのように、その頬は赤く染まっている。

 彼女は震える声を、振り絞った。

「こんなわがままな私だけど……本当の意味で私と友達になってくれない?」

「……!」

 僕は、息を飲んだ。

 ……友達。

 てっきり、告白でもされるのかと思って、心臓が飛び跳ねていた。

 でも、彼女が口にしたのは、それよりも、ずっと、ずっと、重くて大切な言葉だった。

 彼女は、僕に恋人になってほしいんじゃない。

 秘密を共有する共犯者でもない。

 完璧じゃなくても裏切らずにそばにいてくれる、信頼できる、たった一人の友達が欲しいんだ。

 僕は彼女のその必死な願いを受け止めた。

「もちろん。白川さんと友達になれるなんて光栄だよ」

 僕の答えに彼女の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。

「……っ! ……あり……がとう」

 彼女は顔を抑えて涙を流した。

 ……人を信用できないと言いながら、僕にそんな宣言をしてくるなんて、それはとんでもない勇気だろう。

 ……彼女はやっぱり強いな。僕なんかじゃ到底、そんな勇気を持てないだろう。

 彼女が素直に笑えるまで、僕は隣で待っていた。


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