第3話 特別な友達 3
白川さんと屋上で友達になる、という約束を交わした日の放課後。
昨日一ノ瀬さんに連れて帰られていた黒羽さんだったが、今日も変わらず文芸部に来ていた。
僕も自分の席に着き少女漫画を開く。
今日は特に何も言ってこない黒羽さん。
……もしかすると、昨日一ノ瀬さんに何かを言われたのかもしれない。
静かな時間が流れる。
最近は何か突然色々イベントが起きやすい。
何もないこの静けさが今はありがたい。
……そう思っていた時。
「ねえ、飯田くん」
不意に黒羽さんが、本をパタンと閉じた。
「は、はい!?」
やっぱり何か起きるのか!? と思わず身構えた。
「今度、家に行きたい」
「…………はい?」
僕は、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……え? 家? 誰が? どこ家に?」
「私が飯田君の家に」
「僕の家に!? な、なんでまた急に!」
僕の家には兄と姉がいる。女子の友達を連れてきたら根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
黒羽さんを連れて行くなんて……絶対に阻止せねばならない。
「どうしてって……」
彼女は心底不思議そうに小首を傾げた。
「考えてみれば、私飯田君と遊んだことがない」
「……あ〜、遊んだことね……」
……今更?
僕は思わずそう言いそうになるのをぐっと飲み込んだ。
「……言われてみればそうだね、この前のデートは?」
「あれは探究の一部だったから……遊びとは定義が違う」
僕も薄々思ってはいたが、彼女の中でも違うらしい。
「じゃあ、何をしたら遊んだことになるの?」
僕が素朴な疑問を口にすると、黒羽さんは顎に手を置き考え込んだ。
「……そもそも、私たちの関係って何だろう」
「え?」
「部員で、探究対象で……友達とも違う」
「まぁ確かに。……じゃあ、遊ぶ? 家は置いといて、一回友達みたいに遊んでみれば何かわかるかもよ?」
「……じゃあ、遊ぼう」
黒羽さんは僕の提案を案外あっさり受け入れた。
「友達の手順を探る。……飯田くん、放課後に友達とよく行くところに連れてって」
そう言って黒羽さんは立ち上がった。
「……え、今から?」
「うん」
「……部活は?」
「本を読んでるだけだから、大したことはしていない」
……まぁ、そうなんだけど。部活への関心なさすぎじゃない?
僕が、そんな根本的な疑問にぶつかっていると、
「ほら、早く」
黒羽さんは僕の腕をきゅっと掴んだ。
「え、ちょ、黒羽さん!?」
彼女は無表情のまま、僕をぐいぐいと引っ張る。
えっちな探究でもなく友達として外に遊びに行く事に、抵抗する理由などあるはずもなかった。
「…………」
「…………」
僕は駅前に連れ出されたはいいものの途方に暮れていた。
……友達とよく行くところ。
僕にそんな場所はない。
昔隼人と放課後ぶらぶらと遊んだことはあるぐらいだ。
「……ここ、とか?」
僕は仕方がないので、駅前で一番大きな騒がしい光の入口を指差した。
ゲームセンター。
黒羽さんは何も言わずにこくりと頷いた。
けたたましい電子音と、きらびやかな光が僕らを包む。
僕はこういう場所が少し苦手だった。
「…………」
黒羽さんは珍しいものを見るかのようにキョロキョロと、周りを見渡している。
僕は、そんな彼女の後ろ姿を見ながら、なんだか急に、とんでもない緊張に襲われていた。
……僕、今、黒羽さんと二人きりで、放課後にゲーセンに来てる?
……これって、傍から見たら完全にデートじゃ?
制服姿で僕たちが並んでいる姿を見たら、明らかに関係性がある事がわかるだろう。
そう意識した瞬間、心臓がバクバクと鳴り始めた。
隣を歩く、黒羽さんの横顔。
いつもの無表情だが、黙って、普通に隣にいると……
あたり前だけど……喋ったり、変なことしなければ、すごい可愛いよな……。
僕は、改めてその事実に改めて気がついてしまった。
……だめだ、だめだ!
僕は、頭をぶんぶんと振って考えを改める。
これは、チャンスじゃないか?
白川さんとは友達になれた。
黒羽さんとも、あのワケのわからない探究仲間じゃなくて、普通の友達に近づける、チャンスなんじゃないか?
……よし。
僕は、意を決した。
せっかく来たんだ。この機会に黒羽さんを頑張って楽しませよう。
「黒羽さんはゲームセンターくる?」
「睦月ちゃんがたまに連れてくる。よくあっちで踊ってるよ」
彼女が指差したのは、大音量で音楽が鳴り響く、ダンスゲームだった。
……一ノ瀬さんああいうのやるんだ。
「……僕は、ちょっと……いいかなぁ」
「私も」
「……だよね」
一ノ瀬さんの意外性を知った所で、特にやりたいというものにもめぐり合わず、
僕らは意味もなく、クレーンゲームのあたりをうろうろと歩き回る。
……景品のぬいぐるみが大量にこちらを見ている。
「……何か興味あるものとか、好きなものとかある?」
「……どうして?」
不思議そうに僕を見つめてくる。
「い、いや、もし何か欲しい景品とかあれば、僕が取ろうかなって……」
「取ってくれるの?」
意外にも黒羽さんは少し食い気味に聞いてきた。
「う、うん。取れるかわからないけど」
「……じゃあ」
彼女は、辺りを見渡し、
「……あれがいい」
と、一つの筐体を指差した。
僕が、その先を見ると、
そこには、丸々と太った猫がかわいらしくデフォルメされた大きなぬいぐるみが筐体の中で山積みになっていた。
「……意外だね」
「そう?」
「そういうかわいい物持ってるの見たことないから。あまり興味ないのかと思ってた」
「……」
黒羽さんは少しだけ視線を逸らした。
「……あれなら、普通の女の子が好きそうだから」
「……え?」
黒羽さんの言い方に引っかかった。
「……じゃあ、黒羽さんは、本当は、興味ないってこと?」
「……」
彼女は数秒間黙り込んだ。
そして、ぼそりと言った。
「そんなことない。私だってかわいいと思うことはある」
「……そっか。まぁ、それでいいなら」
僕はそれ以上深くは聞かず、
「ちょっと、待ってて」
と、そのクレーンゲームの筐体に百円玉を入れた。
「……よし」
……昔、隼人と一緒にクレーンゲームをやってた時、割と僕は得意だった。
当時は隼人に、お前すげぇじゃんとよく驚かれていた。
それに、兄がこういうの無駄に得意で、よく連れてこられたというのもある。
僕はレバーを握りアームを動かす。
一回目……惜しい。アームが弱くて持ち上がらない。
「……むずかしいの?」
「一回じゃ中々取れないからね。もう一回」
僕は、もう一度、お金を入れる。
……あそこのタグの部分を狙えば……。
アームが狙い通り、猫のぬいぐるみのタグに引っかかった。
そのまま持ち上げゴトン、と、ぬいぐるみは無事に排出口に落ちた。
「お、取れた」
「……!」
僕は、ぬいぐるみを取り出し、黒羽さんに差し出した。
「はい、どうぞ」
「……」
黒羽さん無表情のまま、その太った猫のぬいぐるみを、受け取った。
そして、ぎゅっ、と、胸に抱きしめた。
「……ありがとう。飯田くん、クレーンゲーム、得意なんだ」
「さすがに1回じゃ取れなかったけどね。……昔、隼人とか、兄貴とかがやってるの見たり、連れてかれたりしてたから、結構やってたんだ」
「……そうなんだ。……全然知らなかった」
黒羽さんはぬいぐるみを抱えたままそう言った。
「……ほんとに、それでよかったの?」
僕は改めて彼女に聞いた。
「うん」
黒羽さんは相変わらずの無表情で、ぬいぐるみを見ながら答えた。
……だけど。
その目がいつもより、ほんの少しだけ優しく、嬉しそうにしている気がした。
僕はそんな彼女の姿を、ぼーっと、眺めていた。
……やばい。
……美少女と、可愛いぬいぐるみのセットは破壊力がえぐいな……。
ただ、純粋に……可愛いなと、思ってしまった。
僕の視線に、気がついたんだろうか。
彼女がぬいぐるみから顔を上げると僕と視線があった。
「……どうしたの?」
抱きしめた、太った猫のぬいぐるみごと、こてん、と、小首を傾げた。
「―――――っ!」
僕は、その可愛さにキュン死にそうだった。
天然でやってる……。
彼女は自分が今、どれだけ可愛いことをしているか、まったくわかってない。
「な、な、なんでもない!」
僕は慌てて、顔を逸らし振り返って歩き出した。
「つ、次は、あっち! あっちの、なんか……レースゲームとか!」
「……? わかった」
僕は振り返らず逃げるように歩き出した。
その後ろを、黒羽さんがついてくる。
僕は、まだ、バクバクと鳴り止まない心臓を、必死で押さえていた。
……なんだろう
いつもは彼女といると疲れて、ヘトヘトになるっていう言うのに、
……今日はなんか……普通に楽しい……かも。
黒羽さんと遊ぶのが楽しい。
……その初めての感情に、僕達の関係は、さらに混乱に陥ることになるのだった。
◇
ゲームセンターのけたたましい電子音から解放され、僕と黒羽さんは、駅前のファストフード店に入った。
僕はポテトとドリンク、黒羽さんはシェイクを注文し、窓際の二人席に向かい合って座る。
彼女はさっき取ったばかりの、あの太った猫のぬいぐるみを大事そうに膝の上に置いている。
……なんだかすごい光景だ。
僕はポテトをつまみながら、目の前の美少女を盗み見た。
無表情でミステリアスな黒羽さんが、ジャンクなファストフード店で、ストローをくわえている。
……普段見るその綺麗な見た目と、清楚な彼女とのミスマッチ感がすごい。
「……あのさ、黒羽さん」
「なに?」
「こういう店って入ったりする?」
僕が、素朴な疑問を口にすると、彼女はストローから口を離し、不思議そうに僕を見た。
「? うん。……睦月ちゃんとたまに来る」
「へ、へえ。そうなんだ」
「……」
黒羽さんはじっと僕の顔を見つめた。
そして、
「……飯田くん」
「は、はい」
「さっきから、思ってたけど、ちょっと失礼」
「え!?」
「意外とか、こういう店入るんだとか。……飯田くん、私のこと、なんだと思ってるの?」
珍しく、彼女は少しだけ、ほんの少しだけ頬をむぅっと膨らませて不満を表明してきた。
うわ、ちょっと可愛い……じゃなくて!
「え、あ、いや、ごめん……。あんまり、黒羽さんがこういう所で普通にしてる所、見ないから……新鮮でつい……」
「……私を異常者か何かだと思ってる?」
「えっ……」
あまりにも率直な質問に、思わずむせそうになった。
「……そんなことはないけど、黒羽さんが普通に外で生活しているところ初めて見たからね。……前のデートでも、色々その……探究してきたわけだし」
「……前も言ったけど、誰にでもするわけじゃない」
「え?」
「君が特別だったから、そうしただけ」
「……まぁ、そうみたいだけど……やっぱり僕は、自分に自信がないから、僕自身の魅力を自分で感じられないんだ」
「……そんなものだと思う」
「……え?」
「それを言ったら、私だって、私の魅力はわからない。飯田くんは、私の何が魅力的で、こうして私に付き合ってくれるの?」
「……えっと」
真正面にそう聞かれると、僕は答えに迷った。
同じ部員だから? 黒羽さんが美少女だから? たまたま僕をターゲットにしたから?
……どれも何か違う気がする。
「前も言ったけど、飯田くんは隼人くんとも普通に関わってる。……クラスのカースト上位の人たちに偏見もないし、クラスにいる人達の誰かを見下すような目を向けることもない。……とても、平等な人に見えた」
「……」
「だから、きっと飯田君はいい人なんだと思ったの」
まっすぐにそう言われた。
無表情な彼女が、まっすぐな瞳で僕をそう評価していた。
「…………」
僕はなんだかものすごく照れてしまって何も言えなくなっていた。
「……あ、ありがとう、って言えば、いいの……かな?」
「私は、褒めてるつもり」
「ど、どうも……」
僕は、顔の熱を誤魔化すように、ポテトを口に放り込んだ。
……素直に褒められるのは嬉しいけれど、それ以前に恥ずかしさが止まらない。
……てか、この流れだと、僕は黒羽さんを褒めるべきなのではないか?
僕は黒羽さんに何を求めているのだろうか。
気を使って付き合っている部分もなくはない。
けど……すくなくとも、彼女と一緒にいることが嫌な事だとは思わない。
そこには様々な理由がある。
探究を求められているとか、美少女であるとか、きっと紐解いていけば、邪な思いがないとは言い切れないだろう。それはきっと、誰もが持つ気持ちで当然のことだと思う。
あわよくば……なんて、思うのは邪だ。だけど……今の関係でいることを互いに望んでいるのであればそれでいいんじゃないだろうか。
「……心地いいから……かな」
「?」
黒羽さんは僕の方をみて何のことかわからない顔をしていた。
「僕が黒羽さんに付き合う理由」
そういって、誤魔化すように僕はポテトを食べてドリンクをのみ、窓から見える外の景色に目をやった。
「…………そっか」
相変わらずの表情で、黒羽さんはストローを口にくわえた。
「そういえば、黒羽さんって、家では何してるの?」
僕は話を逸らすように、不意にそんな質問が頭をよぎり尋ねた。
「大体テレビ見てる。あとは、睦月ちゃんと電話したり、ゲームしたり」
「へえ、ゲームもするんだ。……あ、好きな食べ物とかは?」
「甘いものならなんでも好き」
「そうなんだ。今もシェイク飲んでるもんね」
突如、僕は安らいだ気持ちで黒羽さんとの会話が続いた。
彼女の趣味。
彼女の好きな食べ物。
彼女が、家でどういう風に過ごしているのか。
僕のことも話した。お互いのことを、初めてちゃんと喋りあった。
彼女は、相変わらず無表情だったけど、僕の話を、静かに最後まで聞いてくれた。
……なんだこれ……すごく楽しい。
黒羽さんとこんなに、普通に会話が弾んだのは初めてだ。
僕は、この時初めて黒羽凛という女の子の探究以外の側面を知った気がした。
白川さんとの接待みたいなデートとも違う。
黒羽さんとの探究に塗れたデートとも違う。
これは……本当にデートしてるみたいだ。
僕はそれが、たまらなく、嬉しかった。
夢中になって話していると、気がつけば、店の窓から見える空はオレンジ色に染まり始めていた。
「あ、もう、こんな時間」
「…………早かったね。そろそろ帰ろっか」
僕らは店を出て、駅に向かって並んで歩く。
二人とも無言。
でもそこに気まずさはなく、隣を歩く彼女との距離感が、なんだか心地よかった。
彼女は、さっきの太った猫のぬいぐるみを、まだ大事そうに胸に抱えていた。
「…………」
「…………」
「「……あの」」
僕と彼女の声が、同時にハモった。
「あ……」
「……飯田くんからどうぞ」
「う、うん」
僕は照れくささを隠すように頭をかいた。
「……いや、なんか……その……今日、楽しかったなって」
ただそれが言いたかっただけ。なんとなく、口にしたくなった。
「いつもは楽しくないの?」
「え?」
黒羽さんは立ち止まって僕の顔を見上げてくる。
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
僕は慌てて誤魔化した。
「いつもは唐突だからさ。心臓に悪いっていうか……。でも、今日はちゃんと黒羽さんと遊べたような気がするよ」
「…………」
黒羽さんは僕の言葉を聞くと、
「……私も、楽しかった」
と、小さく答えた。
「でしょ?」
僕はなんだかすごく嬉しくなって得意げに語り始めた。
「やっぱり、こうやって、お互いのことを知って、少しずつ、親しくなる工程は探究に置いても絶対必要だと思うんだ」
「……でも、それは友達と遊んだ時の楽しさと一緒じゃない?」
「そうかもしれないけど!」
僕は、熱っぽく続ける。
「友達のその先……もっと親しくなりたいって思ったその先で、恋とか、深いつながりを、求めるようになるんだよ! 」
「……そういうものなのかな」
彼女はまだわからないという顔をしていた。
いきなりわかれって言うほうが無理だよね……。
でも、僕はなぜか、彼女ならきっとわかってくれる、と、どこかで感じていた。
「すぐにわからなくてもいいんだよ。……少しずつ、理解していけば、きっと黒羽さんが望む物も手に入るよ、きっと……」
「それは……いつか飯田くんは私とえっち……してくれるってこと?」
「はい!?」
彼女の、あまりにも唐突な斜め上からの発言に、僕の思考はまたフリーズした。
「ち、ち、ち、違う! なんでそうなるの!?」
「でも、飯田くんとの関係を進めていくということは……いずれそうなるってこと」
凛は、無表情のまま、僕に詰め寄る。
……それは、まあ、そう、だけど……。
「だ、だからってそうなれるかはこれから決まるってこと! まだ今……この場でその答えはでないよ!」
僕は、顔がカッと熱くなるのを感じ、これ以上、彼女の追求に付き合うのは危険だと察知した。
「い、今は友達として! 友達として恋を教えてあげるってこと!」
僕はまくし立てるように言った。
「……じゃ、じゃあね! また明日!」
駅に着くと、僕は逃げるように帰路へと走り出した。
「……うん。また明日」
後ろから、黒羽さんの静かな声が聞こえた。
振り返ると、彼女はあの太った猫のぬいぐるみを抱きしめたまま、僕に小さく手を振っていた。
僕は、その姿から目を離せないまま、少しがむしゃらに大きく手を振り返すと曲がり角を曲がった。
……結局、二人の関係が何なのかはわからない。
探究は続くし、僕の望む少女漫画のようなロマンチックな展開はまだまだ遠いだろう。
だけど、
今日、ゲームセンターとファストフード店で過ごした時間は、今までとは明らかに違う、温かい感情が芽生えているのは間違いないと、僕は確信した。




