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第2話 強迫観念 3

 土曜日の朝。

 僕は屋上で交わした「約束」を胸に、待ち合わせ場所の駅前広場に立っていた。

 ……どうなるんだろう。

 黒羽さんとのデートは予測不可能なサバイバルのようだったけど、白川さんとのデートは何が起こるんだろう。

「完璧なデートにするから」と彼女は言った。

 でも、その完璧が、僕の求めるデートと同じかどうかはわからない。

 屋上での彼女の必死な怯えた顔が頭から離れない。


「…………」


 ……そもそも、付き合ってもないのにデートってどうなんだ?

 その場で咄嗟にそんなお願いをしてしまったけど、正直、なんでデートするのか自分でも訳がわからない。

 誰にも相談する事も出来なかったわけだけど……黒羽さんにも許可取らなくてよかっただろうか。

 ……そもそも付き合ってはないんだけど……でもあんな約束をした手前……僕は他の女子とデートするのは良くないんじゃないか……?

 ……でも、あの顔をみて……それを見て見ぬふりなんて僕には出来ない。

 この選択が最良の選択とは言い難いだろう。

 けど……やるしかない。それしかその時は思いつかなかったんだから。


「お待たせ! 飯田君くん!」

 ひっそりと心の中で決意を固めていると、背後から底抜けに明るい白川さんの声が聞こえた。

 声に振り返った僕は、息を飲んだ。

 ふわりとした、白いワンピース。肩からかけた小さなショルダーバッグ。軽くウェーブのかかった髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 ファッション雑誌の1ページをそのまま切り取ってきたような、モデルがやってきたのかと思うほど完璧だった。

「どうかな? 飯田くん、お気に召すといいんだけど……」

 彼女は、少し恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いに僕を見た。

「……す、すごく、似合ってます。かわいいです」

「! ……よかった」

 彼女は、心の底から安堵したように、ふわりと花が咲くように笑った。

 ……やばい。

 僕の心臓が黒羽さんの時とは違う理由でうるさく鳴り始めた。

「それじゃあ、行こっか。まずは映画館ね!」



 電車で街に出ると、この間黒羽さんと来た同じ映画館にやってきた。

 白川さんは、僕の数歩前を歩き、完璧な笑顔で僕をエスコートし始めた。

 観る映画は、僕が前回黒羽さんと観ようとして失敗した、王道の青春ラブストーリー。

「飯田君、こういうの好きかなって思って」

「うん。好きだよ。丁度見ようと思ってたんだ」

 前回黒羽さんと来た時は良い所で色んな事があって集中出来なくて見直そうと思っていたから嘘は言ってない。


 映画館に着くと、

「ポップコーン食べる? 映画見た後だと丁度お昼時になると思うけど」

 白川さんはそう気を聞かせた質問をしてくる。

「そうだね、映画見終わってからご飯食べるなら、チケットだけでいいかな」

「じゃあそうしよ! 席は……飯田くんは前派? 後派?」

 チケット端末に行き、座席指定の画面で聞いてくる。

「真ん中ちょい後ろかな?できるだけ正面で見たいかな」

「じゃあ……この辺がいい?」

 そういって座席の位置を指さす。

「うん。その辺がかな」

「じゃあここにしよ!」

 そう言って白川さんは操作を進める。

 お金を入れるタイミングで僕は財布を取り出そうとすると、

「あ、今日は私が奢るから大丈夫!」

「……え? い、いや、わるいよそんな!」

「いいからいいから! 気にしないで!」

「……あ、ありがとう」

 そう言って有無を言わさない、感じで彼女は僕のチケット代も払ってくれた。

 ……そこまでしてもらうのも悪いんだけど……いいのかな。


 そのまま流されるまま劇場に入ると、率先して僕を導き座席に座る。

 映画が始まる前の暗がりで、

「緊張してる?」

 と、いたずらっぽく笑いかけてくる。

「す、少し」

「ふふ、私もだよ。飯田君と二人きりだからかな」

「え……」

 不意に言われる発言にドキッとする。

 ……なんだこれ、楽しい。

 まともな会話が続く。

 白川さんの可愛さには緊張してうまく動けないが、白川さんが率先して動いてくれるし、喋ってくれるから話題が弾む。

 黒羽さんといる時は全く出来なかったのに。



 その後、映画が始まっても黒羽さんのように色仕掛けをしてくることは一切なく、感動的なシーンでそっとハンカチで目元を押さえているのが横目に見えた。

 ちゃんと映画を見ている。そして僕も邪魔される事なく映画に集中出来た。



 映画が終わると、

「よかったね、飯田くん! あの告白シーン、キュンとしちゃった!」

 と、僕が共感してほしかったポイントを話題にしてくれる。

「うん、凄いよかった……感動したなぁ」

「不器用だけど必死に告白するシーン……サイコーだったね!」

「うん、不器用であがり症だけど、勇気を振り絞って告白……返事をもらえた時は涙が出たよ……」

 僕はただ頷くだけで会話が途切れない。

「あ、お昼だけど、ちょっと歩くけど、美味しいイタリアンのお店予約してるんだ」

「そうなんだ、ありがとう」

「ううん。飯田君が楽しんでくれるのが一番だから!」



 ランチのパスタも、デザートのケーキも、信じられないくらい美味しかった。

 彼女は僕の食べるペースに合わせて食べ、当たり障りのない楽しい話題を振り続けてくれた。

 僕がパスタのソースを口元に小さくつけてしまった時も、

「あ、飯田君、ついてるよ」

 と、嫌な顔一つせずナプキンを差し出してくれた。

「ご、ごめん」

 受け取って口元を拭くと、

「ふふ、子供みたいで可愛い」

 そう言って朗らかに笑う。

 黒羽さんとのデートでは、僕が彼女を導こうと必死だった。

 でも、白川さんとのデートは、彼女が僕をデートと言うレールの上に乗せてエスコートしてくれている。

 ……本当のデートって、こんな感じなのかな。

 僕は、素直に「楽しい」と感じていた。

 ……それと同時に、モヤっとした気持ちもずっと燻っていた。



 午後はおしゃれな雑貨屋さんが並ぶ通りをウィンドウショッピング。

 僕が、

「あ、このマグカップ面白い形してる……」

 と、無意識に呟いた時。

「……本当だ、かわい〜」

 ……かわいいのか? と疑問には思いつつも何も言わず、白川さんは、そのマグカップを手に取った。

「確かに…へんな形だねぇ、買うの?」

「い、いや、見てただけだよ。面白い形だな〜と思って」

「そっか。……じゃあ、私が買おうかな。飯田くんとのデート記念に」

 彼女はそう言ってマグカップを持ってレジへと向かい購入した。

 そして、店の外に出るとマグカップの入った紙袋を、僕にすっと差し出してきた。

「……え?」

「やっぱり、貰ってくれないかな?」

「いやいや! いいよ! そんな欲しかった訳でもないし!」

 さっきからもらってばっかりでこれ以上何かを貰うわけにはいかない。

「……だ、ダメかな?」

 彼女は、完璧な笑顔の裏に、一瞬だけ、あの屋上で見せた「怯え」の表情を滲ませた。

「……だ,ダメとかじゃないけど……さっきから貰ってばっかりだし……悪いと思って……」

「私が貰って欲しいの! これを使ってくれれば、その度に私との初デートを思い出すでしょ?」

 まったく引かない白川さんの押しに負けて、

「……わかった。それじゃあお言葉に甘えて」

 僕は紙袋を受け取った。

「よかった……!」

 彼女は、また、心の底から安堵したように笑った。

 ……やっぱり、彼女の行動には違和感を拭えない。


 デートはその後も完璧に進んだ。

 水族館に行き、イルカショーを見て最後に夜景が綺麗なレストランでディナー。

 すべてが、ドラマや少女漫画で見るような、完璧なデートプランだった。

 美味しい料理。綺麗な夜景。目の前には、完璧な美少女。

 僕は、心の底から楽しいと感じていた。

 黒羽さんとのデートみたいに、ハラハラしたり、疲弊したりすることもない。

 僕は……こんなデートをしたかったんだ。

 ……そう頭では理解しているのに。

 心のどこかがしっくりこない。

「飯田君、お肉、美味しい?」

 夜になっても、白川さんの笑顔は崩れない。

「うん。すごく美味しいよ。よくこんな店知ってるね」

「せっかくの初デートだもん、素敵な所の方が思い出になるでしょ?」

「……そうだね。多分、一生忘れる事はないと思う」

 こんな美少女とデートができることなんてあるはずない。

 しかもずっとエスコートしてくれている。

 本当に……心から喜んでもらうおうと必死なぐらい。

「あ、そうだ。次のデザートだけど、こっちのムースと、こっちのタルトどっちがいい? あ、飯田君、甘いもの好き?」

「うん……どっちも、美味しそうだね」

「じゃあ、両方頼んで、シェアしよっか」

 ……そう、本当に。何か利害関係があるように。彼女は完璧だった。

 彼女は、常に僕を「確認」してくる。

 僕が楽しんでいるか。

 僕が満足しているか。

 そして、僕が何かを「選ぶ」前に、完璧な正解を提示してくる。

 まるで、優秀なツアーコンダクターだ。

 あるいは……


 接待みたいだ。


 そう思ってしまったら、もうデートとしては楽しめない。

 美少女に接待をされる楽しさは間違いなくあるだろう。

 彼女の完璧な笑顔も、完璧なエスコートも、すべてが僕を満足させるための業務のように見えてきて仕方がない。

 僕が屋上で彼女と交わした取引を、彼女が忠実に、完璧に遂行しているだけ。

 そこに彼女の本心を感じない。

 ……これをデートと言うには、些か無理がある。



 ディナーを終え、レストランを出る。

「楽しかったね、飯田君」

「……うん。すごく楽しかった」

「よかった……。それじゃあ、最後に……」

 彼女が、次の「プラン」――おそらく、完璧な夜景スポットか、何かを口にしようとした時、僕は、それを遮った。

「あのさ、白川さん」

「ん? なに?」

 ぼくの質問に笑顔で白川さんは答える。

「……大丈夫? 無理……してない?」

 僕の、その一言に。

 白川さんの完璧な笑顔が、ピシリ、と音を立てて固まった。

「……え?」

 彼女の瞳が、激しく揺れ始める。

「……ど、どういう、こと?」

「いや、だって……今日のデート、全部、白川さんが決めて、エスコートしてくれて。僕、何もしてないから……大変だったんじゃないかなって」

「…………」

「だから……えっと、白川さんは楽しかった?」

「…………」

 僕のその問いかけに、彼女は動かない。

「……楽しくなかった?」

 そして、僕の問いかけに答えることなく、優しい声で聞き返される。

 優しい声色だったが、さっきまでの声とは違い、明らかに強い声色が混じっていた。

「い、いや! 違うんだ! 楽しかった! すごく楽しかったよ!」

 僕は、慌てて首を横に振った。

「楽しかったんだけど……なんていうか、すごい、接待みたいだったっていうか……」

「……接待?」

「そ、そりゃ、屋上で僕がデートしてっていっただけだから当然かもしれないけど……」

 僕は言葉を選びながら、必死に伝えた。

「えっと、まず、白川さんが僕のために色々考えてくれたのは、本当に嬉しかった。ありがとう」

「……」

「でも、僕が思う初デートって、こういうのじゃなくて……」

「……」

「お互いのことを知り合って、二人で、次どこ行くか決めたり、何食べるか迷ったり……そういう、うまくいかないことも含めて、二人で経験してお互いを知っていくのが初デートだと思うんだ」

「……」

「だから、今日みたいに、最初から全部決められた完璧なデートはなんだか……僕が望むものとは違う感じがするっていうか……」

 僕が、素直な気持ちを伝えると、

 白川さんの瞳から、ついに、大粒の涙が、ぽろ、ぽろ、とこぼれ落ちた。

「え、ちょ、白川さん!?」

 突然の涙に僕はテンパる。オドオドするだけでどうしたらいいかわからない。

「……どうして」

「え?」

「どうして、喜んでくれないの……?」

 彼女は、泣きながら、僕を睨みつけた。

「他の人は……! 他の男の子は、みんな、こういうのを喜んでくれるのに!」

「し、白川さん……」

「なのに……どうして、飯田君だけは、喜んでくれないの!?」

 彼女は、わっと泣き崩れそうになるのを、必死で堪えていた。

「いや、楽しかったのは間違いないよ! でも……正直いきなりこんな事になるなんて…最初からずっとよくわかんなくて……ずっと疑問が拭えないんだ」

 僕は思わず、思っている事を口走っていた。

 ずっと頭にあった疑問。これがなければ、もしかしたら、普通に白川さんとのデートを楽しめたかもしれない。

 けど、その疑問はずっと僕を冷静にさせていた。

「…………」

 白川さんは顔を伏せると、黙ってしまった。

「……だ、大丈夫?」

 声をかけてもだまったままで、数秒様子を伺って待つと、

「……わかった」

 声だけが聞こえた。

「え?」

「あれが、足りなかったのね」

「……あれ?」

「そうよ……。私、バカだった。飯田君も、やっぱり男の子だったんだ」

 彼女は、ゆっくりと顔を上げると、涙を乱暴に拭い、僕の腕を掴んだ。

「え……?」

 屋上の時よりも、ずっと強い力だった。

「やっぱり、あなたはそれを望んでるのね」

 睨むような、呆れたような顔で、白川さんは僕の目を見て行った。

「え、ちょ、何を……!?」

「ついてきて」

 彼女は、僕を強引に引きずって、夜の街を歩き出した。

 さっきまでの綺麗な夜景が、今はケバケバしいネオンに変わっている。

 ピンクや青の、怪しげな看板。

「し、白川さん、ここって……!」

 ラブホテル街だった。

 白川さんはためらうことなくその中の一軒に僕を引きずり込んだ。

 オートロックのドアが閉まり、無機質なフロントを抜けエレベーターに乗せられる。

 僕はあまりの急展開に声も出なかった。

 チーンと音がしてドアが開く。

 狭い廊下を数歩歩き、彼女は一つの部屋の前に立った。

 カードキーをかざし、ドアが開く。

 中は、やけに広くて薄暗い。詳しくは分からないけど、明らかに普通のホテルには無い大人の雰囲気溢れる部屋だった。

「ちょ、待ってよ白川さん! 誤解してるって!」

「……」

 彼女は、僕の言葉を聞く気もなく、部屋に入ると、僕を、乱暴に突き飛ばした。

「わっ!」

 僕はバランスを崩し、部屋の奥にあるやたらと大きなベッドの上に倒れ込んだ。

 僕が顔を上げると、白川さんは、僕を見下ろしながら、着ていた、あの可愛い白いワンピースの背中のジッパーに手をかけていた。

 ……なんで僕は襲われてるみたいになってるんだ!?

「し、白川さん、やめ――」

 僕は顔を赤目ながらも目を逸らして見ないようにしつつ弱々しく拒む。

「――したいんでしょう?」

 しかし彼女は僕の言葉を遮った。

 その顔はもう泣いていなかった。完璧な笑顔でもなかった。

 まるで能面のように、何の感情も浮かんでいない虚な表情をしていた。

 ジッパーがゆっくりと下りていく。

 そして……白いワンピースがはらり、と肩から滑り落ち、床に落ちた。

 現れたのは、僕が黒いレースの色気溢れる大人の下着をつけた白川さんの姿だった。




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