第8話 その勇気は何よりも 2
昼休み、僕は隼人に屋上に呼び出された。
屋上のアスファルトは、日陰に入らなければ熱中症になりそうなほど熱くなっている。
「……悪い、事態を悪化させた」
隼人は開口一番謝罪を述べた。
「……何の話?」
僕は首をかしげて聞き返した。
「……実は凛と付き合ってるフリしてた」
隼人は素直に認めた。
しかし、僕はなんとなく察していた。
「そうだったんだ」
しかし僕は知らないふりをした。
「……正直、今の凛は見てられない……」
「……うん」
隼人の言葉に同意した。
「……全部話すよ、俺が凛と仲良くなった理由」
隼人はそう前置きして全てを喋り始めた。
黒羽さんが僕と白川さんのデートを見ていたこと。
それに対して深く傷ついていたこと。
隼人はその場面に出くわしたこと。
僕と仲直りさせようとしていたこと。
僕がまだ黒羽さんに未練があることをわかっていたから、デートと称して、僕を嫉妬させ、僕が行動を起こすように仕向けたこと。
「……最初は本当にそう思ってたんだけどさ」
隼人は自分の無力さに前置きすると、
「……凛は思ったより自分の気持ちを制御できないみたいだな」
隼人は悲し気に笑って言った。
「俺じゃどうやっても彼女を救えないってことがわかった」
「…………」
「……お前がやるしかない、航平」
隼人はまっすぐ僕の目を見て言った。
「……本当かな?」
僕はなんだか虚しさがこみ上げ、そう曖昧な言葉を口にした。
「当たり前だろ。凛、お前の話をする時すごい楽しそうだし」
「え?」
「お前が昔テストの点が100点取れなくて泣いてる話とか、俺と喧嘩して泣きながら殴りかかってきたときの話とかすると楽しそうにしてるんだぜ」
「ちょ! なんの話してるの!?」
「別にいいだろ? とにかく、彼女はそれぐらいお前の事を考えたってことだよ」
「…………そうなんだ」
「だから、どうしたってお前にしか凛を救えないんだ。……お前が助けたいなら……だけどな」
「…………」
「後どうするかはお前次第だ。……お前が彼女を助けなくたって俺は友達が悲しんでるなら助けてやりたい。だから……やることは変わらない」
「……さすがだね。でも……そうだね。僕も、黒羽さんともう一度……仲良くなりたい」
「……そうか。その言葉が聞けて安心したよ」
隼人は笑ってそう言った。
「……そんじゃ、後は頼んだ」
隼人は言いたいことを言い終えたのか、屋上の扉の方へと歩いて行った。
「……ああ、それと、これだけ言っとくけど」
振り返り、隼人はにやりと笑った。
「……あわよくば、凛と付き合おうと思ってた」
「はぁ!?」
「だって、凛可愛いし、いろんなことに新鮮に驚くから楽しくて、本気でありだな~って思った」
「……マジか」
「けど、凛はずっとお前の事見てた」
「…………」
「お前もちゃんと見てやれよ、後悔してるならな。じゃないと本気で誰かに取られるぞ」
そう言って、隼人は屋上の扉を出て行った。
「…………」
さすが隼人、発破をかけるのも忘れない。
確かに、黒羽さんが黙って従順になったら、間違いなくモテるだろう。
僕だって、初めて彼女を見たときは釘付けになったものだ。
しかし、あの淡々とした性格と無遠慮な性格、後は一ノ瀬さんというボディガードがいることで近づく人はあまりいなかっただろう。
……僕はもう黒羽さんを拒否するのは嫌だ。
彼女を受け入れなければ……。
これが……最後の覚悟を決める時だ。
◇
……今の私の行動は全て機械的だ。
授業を聞き、ノートを取り、昼には弁当で栄養を補給する。
思い返してみれば今までと変わらない。感情を求めるようになるまではずっとそうしていた。
私は兄から聞いた、女性らしさをずっと演じていた。
身だしなみを整え、綺麗であることを意識し、清楚であることを心掛けていた。
そこに私の意志はない。ただその方が有益だと理解したからだ。
だから理由は覚えてない。私がどうして本を読み始めたのか。
……多分、兄との会話にあったのだろう。一番楽で簡単に女性らしさを表現する方法。
整った姿勢でただ真剣に本に目を向けていれば、私を見てくれる人がいると。
だから私は本が読みたいわけじゃない。それが一番楽だったからだ。
だから、私の行動は変わらない。私はそう振舞うだけ。
感情を求める前の、ただの私に戻るだけだ。
授業が終わり、私は文芸部に足を運ぶ。
古びた引き戸に手を掛けると、扉は軋みと共にガラガラと開かれる。
「…………」
そこには誰の姿もない。最初ここに来た時と一緒だ。
私以外誰もいない。元々ここはそういう場所だ。
私は窓際の椅子に座り本を開いた。
誰も見ていないここで、私は私を演じる必要はない。
けれど、それ以外に私は何をしたらいいのかわからない。
だから私は本を読む。
ただ、機械のように生きるだけ。
何の意味もなく……ただ過ぎる日々を過ごすだけ。
それが私の役割だ。
…………なんのために?
何のために私はそんなことするの?
誰のために私は私を取り繕う必要があるの?
……誰かのために自分を演じるのなら、そこには誰かがいなければならない。
……今の私には誰もいない。
誰かのために、私は私を演じる必要はない。
…………だったら生きてる意味なくない?
……考えちゃだめだ。
考えたら……どうかしてしまいそうだ。
昔を取り戻そう。何も考えず、ただ感情に興味を示していたころの私に……。
◇
僕は一人、誰もいなくなった教室に残りながら動けずにいた。
…………怖い。
はっきり言ってしまえば怖い。
これは僕が臆病だからに他ならない。
皆からの話を聞けば、僕が彼女の探究を受け入れれば、これまで通りの関係に戻れる。
聞いてる限りだと、黒羽さんは多少僕に執着してくれているのだとわかる。
自分の感情のこともあるだろうけど、それを僕に向けてくれているのだとわかる。
……それでいいのだろうか。
……いや、何を考えたってそこに答えはない。
後は僕がどうしたいかだけだ。
僕が彼女を助けたいと思うぐらいにまだ気持ちがあるのなら、僕が折れるしかないんだ。
……いや、折れるという言葉は正しくないかもしれない。
素直になる。 それだけでいい。
でもそうすると、僕は白川さんを失うのかもしれない。
彼女は感情的に黒羽さんを叩いたのに、今度はその彼女を救ってくれと言った。
白川さんの真意はわからない。けれど、そう言われて助けないわけにはいかない。
隼人は僕にしか助けられないといった。
なら……僕がやるしかない。
一ノ瀬さんも、僕の事嫌いそうなのに、僕と黒羽さんの関係の修復を進めた。
一番近くで見てた親友が僕にそう言ったんだ。
……僕にとって大事な人たちが、皆口をそろえて同じことを言う。
みんな強制はしなかった。僕にただ助けを求めているだけのような気もした。
……だから、結局は僕がどうしたいかだけなんだ。
心臓は鼓動を速める。
……臆するな……行くぞ。
行かなきゃ僕は……人生の主人公にはなれない!
僕は決意を固め、席から立ち上がると足早に廊下を歩いた。
もう足を止めるわけにはいかない。
歩き出したこの足は、止めたら動かなくなる。
そのまま進め。望む物のために。
僕が欲しいのは平穏なんかじゃない。
知ってしまった欲望は止められない。
まだ間に合うのなら……その希望を掴み取る!




