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第7話 歪んだ企み 1

 翌朝、僕はここ数日では感じたことのない不思議な浮遊感とともに登校していた。

 足取りが軽い。

 昨夜の公園で、白川さんが任せなさいと宣言してくれたおかげだ。

 問題は何一つ解決していない。

 黒羽さんとは絶縁状態だし、一ノ瀬さんには殴られたけど。

 僕一人が全部背負わなくていいという事実は驚くほど僕の精神を安定させていた。

 責任を一旦放棄する。それは逃げかもしれないけれど、今の僕には必要な休息だった。

「あ、飯田くんおはよ~」

「よう」

 教室に入ると、世界が変わっていた。

 天沢さんや、玲央くん、陽だまりグループの面々が挨拶してくれる。

「おはよう」

 僕は自然な様子で挨拶を返した。

 今までも挨拶はしてくれてたけど、よそよそしかった時とは違う。

 そして、その中心にいる白川陽毬さん。

「おはよ、飯田くん!」

 彼女は、まるで太陽そのもののような、眩しい笑顔を向けてきた。そこに昨日のような悲壮感はない。頼もしい友達の顔だ。

「……おはよう、白川さん」

 僕もつられて少しだけ口角が上がる。

 教室の空気に、少しだけ馴染めている気がした。

 僕はもう完全な異物ではないのかもしれない。

 ――ガララッ。

 後ろのドアが開く音がした。

 反射的に振り返ると、隼人が教室に入ってきたところだった。

 彼はカバンを肩に担いだまま、真っ直ぐに教室の隅――黒羽凛の席へと歩いていく。


 ……え?


 隼人と黒羽さん。

 接点のないはずの二人がなぜ?

 僕は息を潜めてその光景を見守った。

「よう、凛。おはよう」

「……おはよう、隼人くん」

 互いに名前呼び。

 いつの間に? 僕は耳を疑った。

 隼人は屈託なく笑いかけ、黒羽さんも本を閉じて彼を見上げている。

「昨日はありがと。おかげですっごくスッキリした」

「そりゃよかった。顔色、だいぶマシになったじゃん」

「……うん。隼人くんのおかげ」

 黒羽さんが微笑んだ。

 あの無表情な彼女が。

 僕の前で見せなかった、柔らかくてどこか憑き物が落ちたような微笑みを隼人に向けている。

 ズキンと胸の奥が痛んだ。

 それは、一ノ瀬さんに殴られた時の痛みとは違う。

 もっと鋭利で冷たい棘のような痛み。


 どうして?


 どうして隼人にはあんな顔を見せるんだ?

 僕は彼女に拒絶された。

 もう来ないでと言われた。

 だから彼女が誰と仲良くしようと勝手だ。

 理屈ではわかっている。

 でも、感情が追いつかない。

 僕が必死に手順を踏んでも辿り着けなかった場所に、隼人は軽々と土足で踏み込んでいったように見えた。

「ならよかった。……おっ、航平、おっはよ〜」

 隼人は黒羽さんとの会話を切り上げると、何食わぬ顔で僕達の方へ歩いてきた。

「……お、おはよう」

 僕は引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。

 周囲のクラスメイトは、隼人のコミュ力の高さに慣れっこで、特に違和感を抱いていないようだ。

 ただ一人、白川さんだけが、心配そうに僕と視線を合わせた。

 その後の授業は先生の声がBGMにしか聞こえなかった。



 昼休み。

 僕は一人で廊下を歩いていた隼人の背中を見つけ声をかけた。

「……隼人」

「ん? お〜航平。飯か?」

 隼人はいつもの調子だ。

 そのいつも通りが、今の僕には少し恨めしい。

「あのさ……黒羽さんと何かあったの?」

 努めて何でもない風を装って聞いたつもりだったが、声が震えていたかもしれない。

 隼人は足を止め、少しだけ驚いた顔をして、ニヤリと笑った。

「……なんだ、気になるか?」

「べ、別に……ただ、珍しい組み合わせだなって思っただけだよ」

 隼人は少し考えると、

「……ここじゃなんだし、屋上行こうぜ。俺もお前に話があったんだ」




 7月の屋上は、フライパンの上のように熱かった。

 フェンス越しの風だけが、生温かい救いだった。

 僕たちは日陰に並んで座り、昼食を食べた。

 隼人はパンを食べ終えると空を見上げて言った。

「いや〜、凛って可愛いよな」

「……ッ!?」

 直球すぎる言葉に僕は咳き込んだ。

「な、何言って……」

「近くで見るとマジで美人だし、話してみると意外と素直だし。……あれは、モテるわ」

 隼人の口調はまるで品定めをするようだ。

 僕の中の黒い感情がじりじりと温度を上げていく。

 黒羽さんの素直さを知っているのは僕だけだったはずだ。

 彼女の不器用な可愛さを知っているのは僕だけの特権だったはずなのに。

「……そう、だね」

 僕は視線をコンクリートの床に落とした。

「黒羽さんは魅力的だよ」

 そして隼人の言葉を肯定した。

「だろ?  ……お前、最近どうなの? 黒羽さんとは」

 隼人が横目で僕を見る。試すような視線。

「……どうもこうもないよ」

 僕は自嘲気味に笑った。

「部活も辞めたし、この前……まあ、ちょっとした喧嘩別れみたいになって……終わったんだ」

「ふーん。終わった、ねぇ」

「そうだよ。だから、隼人が黒羽さんとどうなろうと、僕には関係ないよ。……応援するよ」

 ……嘘だ。

 口から出た言葉は、僕の本心とは真逆だった。

 応援なんてできるわけがない。でも、そう言うしかなかった。

「……それ、本気で言ってる?」

 隼人の声のトーンが、一段低くなった。

「もちろん」

 僕は顔を上げずに答える。

「未練とかないのかよ」

「……ないよ。僕は、前に進もうとしてるんだ。白川さんとも、いい友達になれたし……だから、未練なんて、これっぽっちもないよ」

「じゃあ、なんでさっき、俺と凛のこと聞いてきたんだよ?」

「ッ……」

 言葉に詰まる。

 隼人は、逃がしてくれなかった。

「それは……そりゃ気になるでしょ。接点のなかった二人が珍しく親し気に話してるのみたら」

「…………」

 隼人はじっと僕を見てくる。僕は思わず目を泳がせた。

「はは! そうだよな。そりゃ気になるよな。当然だ」

 隼人はそう言って笑った。まるで安堵したような笑いにも感じられた。

「いや~お前と凛が同じ部活だって知ってたし、実は恋仲だったらどうしようかなと思ってたんだ」

「…………」

「お前がそんだけ未練ないなら……俺が凛と仲良くなっても別に問題ないよな?」

「……そりゃ……もちろん」

「…………そっか」

 隼人は何かを言いたげに呟いて僕をじっと見た。

「……それはそうと、お前最近日毬と仲いいよな」

「……え? そ、そう?」

 わざとらしく、しかし気になっているのか隼人は話題を僕に変えた。

「うん。突然お前らが仲良くなったなとは思ってたし、何かあったのか?」

「な、なにもないけど……それこそ、隼人と黒羽さんと同じような感じじゃない? ぐ、偶然だよ……」

「そっか……ふ~ん……お前にも春が来たか」

 ニヤニヤと隼人はからかう様に笑っていた。

「な、何その言い方! ぼ、僕だって……恋に……興味あるよ」

「俺からしたらそれは嬉しい話なんだぜ」

「え?」

「お前はいっつもどこか自分の事は二の次って感じだから」

「…………」

「お人好しで、他人の人生の方が優先って感じで遠慮して、自分はどうでもいいみたいなことを平気で言ってただろ」

「……そんなつもりはないけど」

「お前はそう言うんだろうけど、周りにはそう見えるんだよ」

「…………」

「……周りを見て行動出来るのはお前のいい所だけどさ」

 隼人は立ち上がり、空を見上げて少し物憂げに言った。

「自分の事一番に考えないと、いつか後悔するぞ」

 隼人は真剣な眼差しで僕に視線を落とし言った。

 その目は、少し怖いぐらいだった。

「…………」

 僕は隼人の言葉に言い返すことは何も思いつかなった。

「……ま、何が言いたいかって言うと……少しはお前の好きな漫画の主人公みたいに嘘着かず、実直で……かっこよくあれよってことだ」

 隼人は目を閉じ、最後には笑いながらそう言った。

「……い、言われなくても……そうでありたいとは思ってるさ」

 僕は強がるようにそう答えた。

「……ならいいけどな。そんじゃ……がんばれよ。主人公さん」

 そう言って隼人は屋上の入り口の扉へ向かって歩き出した。

 そして、ドアノブに手をかけて、最後に振り返った。

「ま、お前がどんな選択をしても、俺はお前の友達だ。それだけは忘れんなよ」

 それだけを言うと、鉄の扉が閉まり、隼人は去っていった。

「…………」

 かっこよく。

 僕はそれとは無縁な人種だと思っている。

 僕はカッコいい男子とかわいい女子がロマンチックな恋をするのが好きだ。

 そこに自分が関与しようなんて微塵も考えたことはなかった。

 僕は主人公になりたいわけでもない。ましてやヒロインになりたいわけじゃない。

 その展開自体が好きだったんだ。

 けど、僕は今、その好きな展開が身に降りかかっているような気がする。

 ……僕が読み漁った少女漫画のヒーローたち。

 彼らは傷つくことを恐れず、ヒロインの手を取っただろうか。

 答えは決まっている。

 彼らは傷つくことを恐れず、嫌われることを受け容れ、己の幸せのために行動している。

 それは自分が欲しい欲望のためにしてる行動ともいえる。

 しかし、結果、人を幸せにする行動でもある。

「……かっこよくかぁ」

 僕にそれはない。平穏で、みんながただ平等に幸せであってほしいと思う。

 ……けど、それはどうやら皆が求める幸せにはつながらないようで。

 誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。

 これは……変えられない運命のように、すべてを幸せにするのは、どうしたって、物語の中にしかないのかもしれない。

 人はやっぱり己の欲には逆らえなくて、求めてしまうものなのだろうか。

 ……それは僕も変わらなくて。今、知ってしまった自分の欲を抑えることはできないかもしれない。

「……はぁ」

 夏を迎える生暖かい風が、僕の口から出た溜息を快晴の空へと霧散させた。



 ◇



 夕暮れの校舎は静まり返っていた。

 私は久々に来た文芸部で一人本を読んでいた。

 ここ数日、この場所を避けていた。

 ここに来れば、嫌でも彼の事を思い出してしまうから。

 誰もいない、自分だけの部室。

 彼がここに来るまでは、この静寂こそが心地よかった。

 誰にも邪魔されず、感情に振り回されることもない、完璧な平穏。

 けれど今、この静けさは、ただの空虚だった。

 一人でいた時とは違う。

 飯田くんとの探究の日々が頭を巡る。

 彼の困った顔、必死な言い訳、そして、時折見せる優しい笑顔。

 また一人で静かな空間に戻ったけれど、飯田くんとの関係を経た今、全く同じ気持ちには戻れない。

 知ってしまえば、純粋だったあの頃には戻れないのだと痛感する。

「……バカみたい」

 私は、窓の外を眺めながら呟いた。

 グラウンドでは野球部が声を上げている。

 ……私にはない、陽だまりの世界。

 傷心な今、そのまぶしさが、少しだけ羨ましく思えた。

 ガララッ――!

 不意に背後で扉が開く音がした。

 心臓が大きく跳ねた。

 飯田くん?  そう一瞬期待して振り返る。

 しかし、そこにいたのは、彼ではなかった。

 真剣な表情をした、白川さんだった。

 彼女はいつもの笑顔を浮かべていなかった。

 以前のような不安に塗れて嫉妬に怒った顔でもない。

 そこにあったのは、迷いのない、覚悟を決めた顔だった。

「白川さん……何か用事? 飯田くんならもういないけど?」

 私は動揺を隠しながら、冷たく言い放つ。

「……用事があるのは、黒羽さんだよ」

 ドキッとした。彼女の真っ直ぐな瞳に、私はどうしても目が泳いでしまう。

 まさか飯田くんと付き合い始めたとかそんな事を言われるんじゃないかと思った。

 別に問題はない。……いや、私の気持ちとしては、大いに問題はある。

「……なに?」

 私は恐る恐る尋ねた。

「……この間は、叩いちゃってごめんなさい」

 白川さんは、私を真っ直ぐに見てそう言うと、頭を深々と下げた。

「……」

 想像と違う内容に、頭の理解が一瞬追いつかない。

 そう言えば、前揉めた時に叩かれた事を思い出す。

 色々な事がありすぎて、そんな事をすっかり忘れていた。

「……別に、気にしてない」

「気にしてなくても、傷付けた事実は変わらないから、ちゃんと謝らせて欲しいの。ごめんなさい」

 彼女は誤魔化すこともなく正面から謝ってくる。

 ……気にしてもいないし、他に傷つけられる事はたくさんあった。

 肉体的な痛みなんて、あの心の痛みに比べれば些細なことだ。

「……わかった。許す」

 多分、彼女は許さないと話が進まない。今までの事を考えると、彼女は割と頑なだから。

「……ありがとう」

 顔を上げると、白川さんは安心したように笑っていた。

「……用事はそれだけ?」

 早く帰って欲しい。白川さんといる空気は心をざわつかせるから。

 しかし、白川さんは別の用事があるらしく、一歩踏み込んできた。

「……実は、他にもあるんだ」

 彼女の目が、鋭くなる。

「……黒羽さん……飯田くんのこと……好きなの?」

 問われた質問に心臓が跳ね上がる。

 一番どう答えたらいいかわからない人からの問いかけに、思考は乱雑に巡る。

「………」

 何も言わないでいると、白川さんは独り言のように語り出した。

「……私は……飯田くんのこと、好きだよ」

 まっすぐな告白。

「最初はただ、黒羽さんに振り回されて私を見てくれないから、ただ私を見て欲しかっただけなんだけど……飯田くんは、私が本心で接してない事すぐ見抜いちゃった」  白川さんは部室の中を歩き、本棚や机を物色しながら語る。

「だから私焦って……飯田くんをホテルに連れてったの」

「!?」

 私は目を見開いた。

「ほら、男子ってエッチな事が好きでしょ? だから、そうすれば振り向いてくれると思ったの」

 白川さんはあからさまに動揺している私をチラリと見る。

「……でも、飯田くんは私に何もしなかったよ。本当に好きな人同士じゃないと、エッチなことはできないって。服を脱ぐのなんてすごい恥ずかしかったのに、私を拒否したんだよ? 飯田くんって、そう考えると少し酷いと思わない?」

「……」

 彼の拒絶具合には少し共感してしまう。私も拒絶された側だから。

「でも、全部それは私のための言葉だったの。私の本質を、彼は見抜いていたから。だから拒んだ……拒んでくれたの」

 白川さんの声が優しくなる。

「そして私の弱みを、彼は全部受け止めてくれた。……あんなにも正面から受け止めてくれたら……恋心は芽生えても不思議じゃないよね」

 彼女の言葉には確かな熱があった。

「……それからも飯田くんは優しくて、黒羽さんと喧嘩した時も、塞ぎ込んでた私を励ましてくれた。普段表に出さないけど、ちゃんと見てくれてるのがすごく嬉しかった」

 私は黙って聞くしかなかった。私の知らない飯田くんと白川さんの物語。

「……思いもしなかったなぁ。私のタイプは、楽しくて明るくてみんなを引っ張るような人なのに。静かで、大人しくて、内気で、優しい男の子に恋しちゃうなんてね」

 白川さんはふふっと笑った。そして、表情を引き締めた。

「……でも、飯田くんの中には、1人の女の子の影がある」

「え……?」

「ずっとずっと、曖昧に終わってしまった女の子の事が忘れられないみたい」

 彼女は私をじっと見つめた。

「……衝撃的で衝動的な彼女の行動は、彼にとって刺激的で、忘れられないのかな?」

「…………」

「……ねぇ、黒羽さん。あなたは、後悔してないの? 飯田くんと関係を絶って、今、幸せ?」

「…………」

「ちゃんと答えて」

 真っ直ぐなその瞳に、嘘はつけないと思った。答えるしかない。

「……全然、幸せじゃない……辛い……苦しい……こんな事になるなら、感情なんて知らなければよかった……」

 私の本音が、ポロポロとこぼれ落ちる。

「じゃあ、後悔してるんだ?」

 こくりと頷く。

「……よかった」

 白川さんは、少し笑ってそう言った。

「…………え?」

 ……良かったって何?

 傷付いて落ち込んでる人に、そんなこと言う?

 そんなことを言うために、わざわざ来たの?

 怒りが湧いてくる。

「なにそれ……よくないよ! 私は彼のために距離を置いたの! 彼が私の望みを望まないなら、私は私の望みを続けられない! 飯田くんのために、私は自分の気持ちを諦めたの!」

 私は叫んだ。誰にも言えなかったことを全部ぶちまけるように。

「彼をこれ以上困らせたくなかったから! それで私は良いと思った! 飯田くんとあなたが惹かれ合ってるのがわかったから! 私はただ自分の為に飯田くんを利用してただけだから……私は彼の側にいるわけにはいかなかった……それで私はまた誰かで同じことをやれば良いと思った……でも違った!」

 涙が溢れてくる。止まらない。

「私はもう……飯田くんじゃないとダメなの……でもそれに気づいた時には全部遅くて……どうしたら良いのかわからないの! それなのに……!」

「誤解しないで」

 白川さんの静かな声が私の慟哭を遮った。

「……?」

「むしろ逆よ。これであなたが何の後悔もなくて、当たり前の様にしてたら、あなたを軽蔑してたかも」

「……」

「後悔してるなら、ちゃんと気持ちを伝えて。あなたがした事は、1番酷い別れ方だよ」  

 白川さんは、一歩近づいてきた。

「あなたが彼を嫌いになったのならそれまでだけど……気持ちを隠して嫌いなフリをしてるなら、それは皆んなを傷つける。飯田くんも、黒羽さんも……私も……一ノ瀬さんも」

「……睦月ちゃん?」

 どうして彼女が傷つくのかわからない。

「彼女、泣きながら飯田くんに殴りかかってたよ」

「……!?」

 睦月ちゃんが? 私のために?  どうして?

「詳しい事はわからないけど、あなたを悲しませてる飯田くんが許せないみたい」

「…………」

「……ねぇ黒羽さん。本当に嫌いになってないなら、ちゃんと飯田くんと話してあげて? 彼を本当に思うなら、どういう形であれ、謝って、彼を解放してあげて。……そうすれば、あなたも楽になれるよ」

「…………」

 彼女の言葉は痛いほど正論だった。

 私が、曖昧なことをしている自覚はある。彼を拒んでおきながら、彼を求めている。


 この矛盾は……私以外の皆を傷つけているの?


「……私に出来るのは、ここまでだよ。後は、黒羽さんがどうしたいか」

 白川さんは、背を向けた。

「……もう諦めたのなら、飯田くんは、私が落としちゃうんだから」

「!」

「それが嫌なら……早くはっきりさせてよね」

 白川さんはそう言って、部室を出て行った。

 パタンとドアが閉まる音が静寂を取り戻す。

 ……彼女の言葉に傷つく部分はあった。

 しかし、昨日の隼人くんの話と今の白川さんの話を照らしあわせると、飯田くんの中にまだ自分の存在があるんじゃないかと思えた。

 彼女が何故、わざわざ自分にこんな話をしてきたのかはわからない。でも、彼女の言葉は、おおよそ正しいと思えた。

 私は自分の胸に手を当てた。まだ、痛い。でも、それは腐りかけた傷の痛みではなく、治りかけた傷の痒みのような、前向きな痛みに変わっていた。

「……私、次第」

 どうなるか分からないけど、どうにかしないと何も変わらない。それだけは、痛いほど理解できた。  

「……できるのかな」

 私にその勇気があるのか、わからない。

 私は一人、胸元で震える手をぎゅっと抑えることしか今はできなかった。


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