第1話 色仕掛け 2
デート当日。
僕は限りある服の中で1番おしゃれだと思える格好で待ち合わせの駅前にいた。
……正直自分が誰かとデートする可能性なんて考えてなかったから、側から見れば無難な格好だろう。
僕はデートプランを考えてきた。
黒羽さんに任せていたら、いきなりラブホテルに行こうなんて言い出しても不思議じゃない。
彼女がどう出てくるか分からないが、僕がしっかりしなければ。
「あれ、飯田くんもういるの?」
一人で決意を漲らせていると、黒羽さんの声が聞こえた。
声の方を見ると……そこにはデートに相応しい格好をした黒羽さんがいた。
ふわりとした、白いシフォンのブラウス。
淡い水色の、チェック柄のミニスカート。
……スカートが、短い。いや、めちゃくちゃ短い。
健康的な太ももが、惜しげもなく空気に晒されている。
……か、かわいい……。
僕は、自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。
無表情な顔立ちと、服装のアンバランスさが、すさまじい破壊力を持っている。
「お、おはよう黒羽さん」
「おはよう飯田くん。まだ30分前だよ?」
「黒羽さんこそ、まだ30分前だけど」
「うん。私から提案しておいて遅れるわけにはいかなかったから」
「……そっか」
そう言う気遣いはできるんだなぁ。でも何処か事務的な考え方だ。
「飯田くんは? ……楽しみだった?」
「えっ!? 何が!? 違うよ! 僕は……じょ、女性を待たせるわけにはいかないでしょ?」
ドキッとして慌てたが、軌道修正し僕は答えた。
「……そっか。ありがとう」
ありがとうって……お礼を言われるべきことなのか?
「よし、それじゃあいこっか」
「まって! どこにいくつもり!?」
僕は思わず黒羽さんの行動を止めた。
「……ラブホ――」
「映画が見たいな〜! 僕みたい映画があったんだけど、誰も一緒に見てくれないから映画がみたい!」
彼女の言葉を遮るように、僕は主張した。
予想通りすぎる言葉を口にしないでほしい。
「……わかった。じゃあ映画をみよう」
僕達は映画館のある街の方に行くため電車に揺られる。
特に会話はないが、黒羽さんは隣でぼ~っと外の景色を眺めている…ように見える。何を考えているのかわからない。部室でも、大人しく本を呼んでいたのに、あんなえっちなことを考えていたなんて思いもしなかった。
気の利いた会話でも出来たらいいのだが、普段から喋らなさ過ぎて何を話したらいいのかわからな。
「………」
しかし、僕はなんだか妙に視線を感じる気がした。
ちらっと周囲を見ると、どうやらその視線は、黒羽さんに向いているような気がした。
……やはり黒羽さんは外でも目を引く存在のようだ。
じっくり見る人はいないが、ちらっと見ている人が多いような気もする。
こんな子が、部室であんな事をして来る人だなんて誰も思わないだろう。
「……飯田くん」
「え? な、なに?」
「外……」
そう言われて外を見る。景色が流れる中、何か特別見えるものもない。
「……外がどうかした?」
「……晴れてるね」
「……うん、晴れてるね」
「…………」
「…………」
会話が終わった。
あれ、これってもしかして、初デート定番の、天気の話だった?
しまった、ここは会話を膨らませるべきだった……。
……でも天気で会話なんてどうやって膨らませればいいんだ!?
「……」
こんな時、話題を振るという陽キャの話術でもあればいいんだが…何を聞いたらいいのかさっぱりわからない……。
その後も特に互いに喋らないまま、街に到着し、迷うことなく映画館に入ると、僕はデートで見るのに相応しいだろう恋愛映画のチケットを取り席に着いた。
薄暗い映画館に並んで座る。
映画が始まれば、幸い黒羽さんは何もせず静かに映画を見ている。
物語は中盤。主人公とヒロインが、気まずい雰囲気の中、夜の公園のベンチで二人きりになるシーンで静かなBGMが流れる。
主人公が、意を決して、ヒロインの手に、そっと自分の手を重ねようとすると……
僕の手に黒羽さんの手が置かれた。
「!?」
思わぬ行動に心臓の鼓動が跳ね上がった。
映画と同じタイミングで、手を重ねてきた。
僕は何事かと、思わず黒羽さんの方を見る。
黒羽さんも僕の方を見ていたようで目が合う。
映画の展開に乗せられるように僕はその視線に取り込まれるようにドキドキしていた。
黒羽さんは…手に取った僕の手を持ち上げると、ミニスカートから露出した自分の太ももにゆっくりと押し付けようとしてきた。
「!!??」
僕は思わず抵抗することも忘れて、僕の手が、やわらかい黒羽さんの太ももに触れる。
な、何をしている? え、柔らか……吸い付くみたいにすべすべしている。
心臓が鼓動しすぎて、血が上りすぎて思考が纏まらない。
いや……違う今……僕は黒羽さんの探究とやらに乗せられている!?
僕は慌てて手を振り払った。映画館のデートで何をさせるつもり!? しかも無理やり!
我に返った僕は、真っ赤になった顔のまま小声で耳打ちする。
「な、なにしてんの!?」
僕の問いに黒羽さんは小声で答える。
「暗くて狭い場所で男女が隣接して、さらにはスクリーンへの集中により警戒心が低下している。この状況では、性的な接触の発生率が非常に高いシチュエーションでしょ?」
「いや、だからってなんで触らせるの!?」
「……公衆の面前で露出プレイをしたいんじゃないの?」
「初デートそんなことしないよ! 僕らは映画を観に来たの! 探究は禁止! 大人しくしてて!」
「……わかった」
納得してもらうと、僕は再びスクリーンに視線を戻した。
……だが、もうさっきの出来事で、ドキドキと興奮と、手に残った彼女の太ももの感触で、映画の内容なんて何も入ってこなかった。
「はぁ……」
映画が終わると既に僕は疲れていた。
「楽しかった?」
ため息をついているというのに、彼女は無表情で首をかしげながら聞いてきた。
「……」
楽しくなかったと言い切れない出来事に僕は言葉を詰まらせる。
「……次だ!」
僕は独り言のように、気持ちを切り替えた。
時間はお昼時、僕はスマホで調べた女子受けのよいイタリアンのランチを食べにきた。
普段からこんなところには来ないのでよく分からない名前のクリームソースパスタが黒羽さんの元に運ばれる。
「美味しそう」
黒羽さんは無表情ながらにスマホを取り出し料理の写真を撮る。
……黒羽さんの普通の女子高生らしい行動に僕は新鮮さを感じた。
僕はトマトパスタを頼み、同じように自分の料理の写真を撮った。
「いただきます」
料理を一口食べると、僕は思わず声が出た。
「え、おいしい」
外食でパスタなんて超安いイタリアンの店でしか食べたことなかったけど、明らかに深みが違う。
「おいしいね」
変わらない表情で彼女も言った。
何気ないやり取りに、僕はデートってこういう感じだと思った。
「こう言う感じだよ」
だから、僕はわかってもらうためにもデートとはどうあるかを説明しようとした。
「?」
「手順ってこう言うの。一緒にお出掛けして、ご飯食べたりしながら、たわいのない雑談して、二人の事を少しずつ知っていく感じ」
「……互いの事を知っていく…」
黒羽さんは顎に手を置いて考える。
「わかった」
何か答えを導き出すと、僕の方を向き直す。
「じゃあ、まず私から」
「うん?」
改まった言い方に少し違和感を覚えるが、水を飲みながら耳を傾けると、
「私のスリーサイズは、上から84、56、83」
「ぶっ!?」
僕は、飲んでいた水を盛大に噴き出した。
ご飯中に何を言い出してるんだ。
「な、なんでいきなりスリーサイズ!?」
「お互いを知るんだよね? 教科書によれば、男性が女性に対して最も知りたい情報の上位三位は、スリーサイズ、初体験の年齢……そして好きな体位」
「そんな教科書参考にしないで!」
「じゃあ、飯田くんの番。スリーサイズは?」
「聞きたいの!?」
「特に興味はない」
「じゃあ聞かないでくれる!? 興味のある事を聞くのが普通なの!」
「……じゃあ飯田くんの生殖――」
「やっぱ聞かないで!」
慌てて彼女の言おうとしてる事を止めると、早々に食べ終え、周囲の雰囲気に似つかわしくないやり取りに、僕は黒羽さんを急かすように店を後にした。
「はぁ……」
道を歩きながら僕は思わず溜息が出た。
「大丈夫?」
僕の顔を覗き込むように尋ねてくる。
「大丈夫だよ……少し疲れただけ」
「……じゃあ」
そう言って、黒羽さんは突如僕の腕を掴み腕組みをしてきた。
「えっ!?」
突然の接触に顔が赤くなる。
彼女の体温を感じる。
手を繋ぐよりももっと親密な距離に、ドキマギする。
「こうすると疲れがとれるらしい」
触れられた彼女の体温、腕腕に当たる、服越しだが胸の感触……僕は心臓がドキドキして彼女の言葉が入ってこない。
「そ、そうなんだ……ふ〜ん……」
落ち着け。黒羽さんの急な行動なんて今更驚く事じゃない。
平常心……平常心……。
「ねぇどこに向かってるの?」
「……え? いや、特に何も考えてなかった」
「……じゃあ……ホテル行く?」
諦める様子もなく、黒羽さんはそう提案してくる。
「いや……」
僕は何故か強く否定出来なかった。
腕にくっつく彼女の体温が、僕の理性を弱くさせている。
……ここまで頑なに僕を誘っているんだから……別にいいんじゃないか?
こんな美少女に積極アピールされて、行かない理由がどこにあるだろうか。
『私は感情が分からない』
彼女の言葉を思い出す。
いや、やっぱりおかしい。彼女が僕を好きでアプローチしているならともかく、彼女はただ自分の感情を知るためにえっちな事をしようとしている……それはダメな気がする。
恋心があって、初めてエッチな事をするべきだと僕は思う。
だから……僕はやっぱり、彼女に恋心を教えるのが先だ。
「本屋にいかない?」
僕は頭を切り替え提案をしてみる。
僕達は文芸部でいつも互いに本を読んでいる。
本を探すのは、互いにいい影響を与え合えるような気がする。
「うん、いいよ」
彼女は全く感情の起伏を見せずに頷いた。
……残念なのか全くわからない。けど、感情がないと言うぐらいだから、そこまで気になっていない……のかな?
僕達は近場にある本屋にやってきた。
「……黒羽さんはどんな本読んでるの?」
「ジャンルはあまり気にしない。エッセイ、純文学、恋愛小説だって、ミステリーだって、漫画だって読む」
「そうなんだ、何を基準に選ぶの?」
僕は本を読むと言ってもほとんど漫画だ。活字で読むのはラノベぐらいなもので、親が買っている小説で面白いものがあれば読むが、1番読むのは少女漫画。
今じゃ多種多様だけど、一人の女の子が色んな男子にモテるあの構図、様々なあの手この手で女子をキュンキュンさせる様子がたまらなく好きだ。
そんな僕は、黒羽さんがどんな理由で本を読むのかが気になった。
「人の感情の機微に私は興味がある。……大体どんな物語にも、男女が恋をする描写が書かれている。それはつまり、男女が恋をする事は、おそらく多くの人間が興味を持つ感情だと想像できる」
彼女は本棚を物色しながら歩き、説明する。
「……だから最近は恋愛に興味を持っていた。物語の登場人物は、私の感情とは関係なく感情を動かしている。それをみることによって、私も感情が動くのではないかと思い本を読んでいる。けど、理解は出来ても共感はできない。だって……」
彼女は視線を僕に向ける。
「……友達と変わらないじゃない?」
まっすぐな僕の目を見て言った。
「恋愛が……ってこと?」
僕は真面目に聞き返した。
「そう。一緒にいたいと思うのも、映画を見たり、出掛けたり、ご飯食べたり、カフェに行っておしゃべりしたり、本屋で買物するのだって、友達とできるでしょ。どれもこれも、睦月ちゃんとよくしてる」
睦月ちゃん、それはいつも一緒にいる黒羽さんの友達、一ノ瀬睦月。
休みの時間なども基本的に黒羽さんと一ノ瀬さんは一緒にいる事がほとんどだ。
そんな彼女とほとんど同じような事を今日はしている。だから、それで感情が動くことはないと言いたいのだろうか。
「……けど、えっちな事は違う」
彼女は一冊の本を手に取り、視線を落として続ける。
「男女の肉体接触、秘部に対する触れ合い。これは異性という関係で、性的な生物反応であり、本能を刺激するもの。それがきっと、私が唯一感情を動かすもの」
彼女は確信したようにそう言い切った。
「…………そっか」
僕は納得してしまった。彼女の言い分に、否定する様子はない。
僕はそんなこと考えたこともない。
ただキュンとする恋心に惹かれて、ドキドキする展開が好きで……面白物を面白いと思うだけの人間だ。
僕は恋心の素晴らしさを知っている。
恋焦がれる気持ちを当たり前のように知っている。
これは間違いなく……黒羽さんが知るべき感情だ。
性的な関係を求めるのであれば、それは快楽であり恋心ではない。快楽を求めるだけの関係になって仕舞えば、黒羽さんは……性行為自体が好きではないのなら、ただ搾取される立場になってしまうかもしれない。そう思えて仕方ない。
「………」
僕は黙ってしまった。理解したところで、それを否定できるほど、論理的な考えは僕にはない。
「………面白い本が見つかるといいね」
僕はかろうじて笑いながらそう答えた。
「…………うん」
彼女は少し、寂しそうに頷いた。
その後、僕たちは互いに見たい本を散策し、特に何も買うことなく本屋を出た。
朝の無言も気まずさはあったが、今はその時よりもギスギスとした空気を僕は感じていた。
本屋に来るまでのように、黒羽さんが腕にくっついてくることもない。
……さっきの言葉は、黒羽さんが僕に何かを求めていたのだろうか。
あの独白は、何か助けて欲しいという合図だったのだろうか。
……わからない。どうして世の人は、人と人と簡単に関わり合うことが出来るんだろう。
こんなに難しいことを……僕には出来る気がしない。
「……飯田くん」
静かに黒羽さんが口を開いた。
「……甘い物食べない?」
そう言って黒羽さんは、カフェを指さして訪ねてきた。
「うん、いいけど」
「じゃ、いこ」
そう言って、黒羽さんは僕の手をとりカフェに入った。
席に案内され、注文したイチゴとクリームがたっぷりのパンケーキが運ばれてくると、黒羽さんはスマホで写真をとる。
……食べ物の写真は律儀に撮るんだなと思いつつ、僕も真似するように自分のもとに運ばれてきたケーキの写真を撮る。
「いただきます」
いまだにどうしたらいいのかわからない僕は、あまり黒羽さんの事を見ることも出来ずに黙々とケーキを食べ進める。
……僕は人との感情のやり取りが苦手だ。僕といることでその人が不快になるのが怖い。
期待に答えられないのが嫌だ。
「飯田くん」
僕の名前を呼ぶ声に我に返る。
顔を挙げると、黒羽さんはフォークに刺さったパンケーキを、僕の方へと向けていた。
「はい、あ~ん」
「…………」
なに、その彼女みたいな行動。
僕は一瞬戸惑ったが、その行動を無下にすることはできない。
差し出されたフォークに乗ったパンケーキを……僕はぱくっと口に入れた。
戸惑いながらも咀嚼し、飲み込む。
「おいしい?」
「……お、おいしい」
「そ。よかった」
笑いこそしないが、黒羽さんは少し安堵しているように見えた。
「…………」
カフェを出る頃には、外は夕暮れの顔をしていた。
「…………」
「…………」
僕達は、静かに駅の方へと歩いていた。
時間的にも、解散だろうと互いにどこか思っていたような気がする。
今回のデート。おそらく、僕も黒羽さんもお互いに目的を達成できなかった。
……これで僕に愛想つかしてこれ以上えっちな事をしてくることもないだろう、と僕は考えていた。まともな対話も出来ず、気の利いたことも出来ない。ましてやえっちなことを誘ってるのに乗ってこない男など、甲斐性なしどころか異常者と思われてもおかしくない。
……だめだ、うまくいかないと底抜けに自分を卑下するのはよくない。……けど、そうしないとまともに精神を保ってもいられない。
「……飯田くん、少し公園によっていかない?」
「え? いいけど……」
僕は、何度この返答をしたのだろうか。リードするつもりだったのに、色々提案され、なんだかそれすらも自分が情けなくなっていく。
僕たちは、公園のベンチに少し距離を開けて座った。
「……飯田くん、怒ってる?」
ドキッとした。気持ちを悟られてるような問いかけに、どうこたえるべきかを考える。
「…………」
感情を聞かれたとき、僕は自分でもその感情がわからない。怒っていると言われたらそう捉えられるかもしれない。けど、ただ悲しんでいるだけのようにも感じる。
何に対してだ? 黒羽さんの受け入れる気のない強い意思?
……違う。僕は、自分が何もできない不甲斐なさにただ虚しさと悲しさにくれ、それを察して欲しいと思ってしまい空気に出している事が非常に情けなく、だからって強がれない自分に嫌気を指しているだけだ。
「……ごめんなさい」
黙ってしまう僕に、黒羽さんは謝ってきた。
「え……」
思わぬ謝罪に僕は困惑した。
「私、わからなかった。飯田くんがそんなに怒るなんて……私は……飯田くんが喜ぶと思ってたから」
黒羽さんは僕の戸惑いなどお構いなしに、少し悲しそうに言うのだった。
「喜ぶって……」
「教科書には、男子は女子とえっちな事をするためにデートをするって書いてあった……だから……私がえっちなことを仕掛ければ、飯田くんは喜ぶと思ってた」
「…………」
……ああ、駄目だ。気づいてしまってはいけない。
……僕はずっと、彼女は自分のためだけにえっちな誘いをしているのだと思っていた。
けど……黒羽さんは、えっちなことは男が喜ぶものだと思っていのだ。
それはつまり、えっちな誘いをすれば僕は喜ぶと、それはゆるぎない確信であると思っていたんだ。
僕は、普通のデートをすることばかり考え、彼女がどんなつもりで行動しているのかなど微塵も考えてはいなかった。
……僕の事を考えてくれているなんて、そんな発想は僕にはなかった。
僕はなんて最低な事をしているのだろう。
「……ごめん……本当にごめん!」
反省した。僕は黒羽さんを傷つけたかったわけじゃない。
「謝るべきは僕だ! 僕は……本当に馬鹿だ……そんな事にも気が付けない……人が僕に何かをしてくれる事を信じられないことだと思ってしまう……」
「…………」
「えっと……ごめん……何が言いたいかっていうと……今日僕は、黒羽さんが望む事をかなえてあげられなくてごめん……」
「そんなことない」
「気を使わないで! 僕そういうのほんとに苦手で……気を使わせてることが本当に……耐えられない……」
申し訳なさを悟った瞬間、僕の口は言葉が止まらない。
「いや……気を遣うのは当然だよね……ありがとう……えっと……だからつまり……え~っと……」
思考がまとまらず言葉が出てこない。僕は何を言いたいのかわからない。
「……大丈夫、落ち着いて」
黒羽さんは、まっすぐ僕の目を見てそう言った。相変わらずの無表情だが、その目は非常に僕を安心させた。
「…………」
……僕は僕の気持ちを理解してほしいという思いがつい口に出てしまう。
だが……そんなの自分よがりな言い訳でしかない。
僕がするべきは……彼女の気持ちに答えることだろう?
「……喜んでるよ」
「……え?」
「どう足掻いたって……どんだけ拒んだって……手順なんか無くたって……黒羽さんみたいな美少女に言い寄られたら嬉しいよ……けど……僕にはそれを受け入れるだけの自信がない」
正しいかはわからない、けれど、僕は、一つ一つ、自分の気持ちを吐き出していった。
「……えっちなことなんて、したことないし……自信ないし……そもそも……女子と関わった事だってほとんどないんだよ? 好かれる要素のない僕に、黒羽さんみたいな綺麗な人が関わろうとしてくるなんて……僕には……理解が出来ないんだ」
「…………」
黒羽さんは少し考えるように視線を逸らし、再び僕の方を見た。
「大丈夫。私だって、だれかとえっちなことしたことないよ?」
「そう言えば前も言ってたね。けど、僕はそれよりももっと手前……誰かと心を通わすことが必要なんだ」
「……心を通わす?」
「利害関係のない相手を思う気持ちみたいなもの……かな? 言わなくても、こう考えているだろうみたいな、信頼……?」
うまく言葉にできないけれど、僕は必死に気持ちを伝えようとしていた。
「……信頼ならしてる」
すると、意外な言葉が黒羽さんから帰ってきた。
「え?」
「飯田くんは皆に平等に接している。誰に対しても客観的で、皆に気を使って会話をする癖がある。人の悪い所は言わないし、色んな視点で物事を見てる。皆が嫌がることも率先してやったり、飯田くんを良い人と判断したから私は飯田くんを誘った」
唐突な話に僕は唖然としてしまった。
「……え、そんなに僕の事見てたの?」
「同じクラスだから」
「いや……そうだけど……」
「だから、私は飯田くんを信頼している」
「…………」
まさか、僕をそんなに見ていたなんて思いもしなかった。誰も僕の事なんて気にしない、僕はただそこにいるだけの空気みたいな奴だと思っていた。
しかし……彼女は僕を見ていた。僕は……見られていたんだ。
……なんだかこっぱずかしい。……けど、同時に嬉しさも湧き上がってくる。
「……そっか……黒羽さんは……案外僕を見てくれていたんだね」
「うん」
「……ごめん、まったく気が付かなくて……って、そりゃ言われなきゃ気が付かないよ」
「……飯田くんだって、私の事見てくれてたでしょ?」
「え? あっ……」
体操服で誘惑してきた時にそんな会話をしたな……そう言えば。
「……いや……僕の見るの意味は大きく違う……僕はただ……黒羽さんが目を引く存在だから思わず見ていただけで……黒羽さんがどんな人かまでちゃんと見てないよ……」
恥ずかしくもありつつ、申し訳ないが僕は素直にそう答えた。
「問題ない。私に中身はない……それに、私の見た目が魅力的に見えてるのなら、私は自分を律している意義が叶っている証明」
「……どういうこと?」
「私は見た目に興味はない。自分を綺麗に見せることに喜びを感じてるわけじゃない。……この服だって、きっと飯田くんが喜んでくれるだろうと思って選んだだけ。着る服なんて何でもいい。体系だって、太っていようが痩せていようがどうでもいい。……けど、そうした方が私にとって得かを判断しているだけ。そのために、努力はしてるつもり」
「…………」
「だから……飯田君が私の事を素敵な身体だと思ってくれるのなら、私にとって、その努力は報われたことになる」
「…………」
「私は私のためだけに行動してる。けど……傷つけたいわけじゃない。今回だって……飯田くんは喜んでくれると思ってた。だけど……違ったから……少し困ってる」
「…………」
確かに、彼女がとった行動は、男としては全部、ただ嬉しい出来事だろう。
でも、それが間違っていると僕はどうしても思ってしまう。
性的な関係は、心のつながりが出来る前にしてしまえばただ依存してしまうだけだと僕はどうしても思う。
それこそ、黒羽さんがさっき言っていて、男はデートの時、えっちなことをするためだけにするという。
僕はそうは思わない。今日だって、デートっぽい瞬間は、心の中に確かな楽しさが沸いてきたの覚えている。
だから……
「……難しいね。人と人が関係を築くのって」
僕は笑ってそう言った。
「……ありがとう黒羽さん。そしてごめん……僕も黒羽さんを困らせたかったわけじゃないんだ」
「…………」
「だから……えっと……黒羽さんがしてることは全部……正直に言って嬉しい……けど、弱い心の僕がそれを拒むんだ……いや、弱さもあるけど、やっぱり僕は、そういうえっちな事をするのは、最後の結果だと思うんだ」
「結果?」
「うん。互いの事が好きになり、心を許し、すべてをさらけ出せるような関係になった時、初めて、心の底から幸せという感情を得られる……そう思うんだ」
「…………」
「だから……僕たちは、今互いに理解を深める必要があると思う。けど、黒羽さんにとって、その一つ一つは友達と同じだと思ってしまうんだよね」
「うん」
「……わかった。じゃあ、こうしよう。今後も黒羽さんは、僕を利用してほしい」
「…………いいの?」
「うん。僕は、それが恋の発展として正しいのなら受け入れるし、駄目ならちゃんと拒む。……もちろん僕の主観でしかないけど」
「そうしたら……飯田くんは私とえっちしてくれるの?」
「……そうだね。僕がしたいって言った時、黒羽さんが求める感情を得られるように頑張るよ」
「わかった。……私も、飯田くんを傷つけたくない。けど、諦めたくもない。だから……これからも……よろしくね?」
彼女はそう言って小さく、本当に小さく笑った気がした。
いや、笑ってはいない。でも、口元がほんの少しだけ緩んだような気がした。
「うん。よろしく」
僕は、そんな安心したような彼女の表情に、笑って答えた。
色々あったが、僕たちの初デートはこうして終わりを迎えた。
……得るものはなかったかと思ったが、僕たちは、歪んだままかもしれないけれど、互いの心を、少しだけ理解しあった……そう思える一日だった。




