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第1話 色仕掛け 1

「ねぇ…私とえっち……しない?」


 黒髪ロングのストレートヘアーがとてもよく似合う、美少女と噂される黒羽凛(くろばね りん)は、古い校舎の小さな部室、同じ部活の学校中で僕の座る椅子の前に置かれた長机の上に立ち膝をしながら、膝上まである制服のスカートをみずからたくし上げ、なんとも感情の籠もっていない声で僕を誘惑してきた。


「……っ!?」

 声にならない悲鳴が喉に詰まった。


 僕は、文庫サイズの少女漫画、今まさにヒロインが勇気を出して主人公の袖を掴んで愛を告白しようとする胸キュン最高潮のシーンから顔を上げると、彼女はすでにそんな状態だった。

 僕の目の前には、黒いハイソックスに包まれた白くほっそりした生足、純白布地、小さく控えめなレースの縁がついたリボンのある白い下着……パンツが見えている

 突然すぎる事に思考は停止する。


 ……状況を整理しよう。


 彼女はクラスメイトの黒羽凛。僕、飯田航平いいだ こうへいは特に取り柄のないそこらへんの男子…モブのような隠キャである。

 そんな僕が所属するのは文芸部の唯一の部員。

 実質、この文芸部には僕と彼女しか在籍していない。

 つまるところ、彼女がこんなことをしても僕以外にバレることはない。

 だが同時に彼女は普段から全く喋らず、無口で、大人しくクールで知的な清楚女子だと思っていた手前、彼女が突然こんな事をしてくる事に困惑している。

 そして何より……なんの取り柄もない僕に、彼女がこんなことをしてくる理由が全く見つからない。


 ここまで頭の中でおおよそ数秒。


「……そんなに釘付けになって……飯田くん興奮してるの?」

 黒羽さんはそんな誘い文句の様なものを相変わらずの無表情と棒読みで発した。


「な……ななな、な、何してるの黒羽さん!」

 僕はようやく顔を真っ赤にしてパンツに釘付けになっていた事を思いだし我に帰ると、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになりながら後退り、手にしていた少女漫画を落としてしまうと、慌てて手で顔を隠し目を逸らした。顔が沸騰しそうだ。


「何と言われると……飯田くんを誘惑している」


「な、なんで!? 突然なに!?」


 指をズラしてチラリと見てみると、彼女はまだ机に乗ったままスカートをたくし上げていた。


「男女の生物的最終目的は性行為にある。それが感情における1番強い欲求であり、感情が昂るもの」

「そんな教科書みたいなこと言われても! 聞いてるのは目的!」

「だから言ってる。私と……えっちしない?」

「いやおかしいよ! だってついさっきまで僕達ほとんど無言だったじゃない! そっから急にそんな話になるのは手順がズレてる!」

「手順……そっか」

 黒羽さんは納得したかと思うと、今度は手を離してブラウスのボタンを外し始める。

「……なにしてんの?」

 指の隙間で見ながら僕は聞いた。

 僕の質問には答えず、彼女は制服のボタンをはずし終えるとゆっくりと胸元を広げ、控えめだがしっかりある胸元とパンツと同じセットであろう白いブラがチラリと見える。

「最初は胸から……だよね」

 そういって、彼女は机から降りると、前屈みになって僕の手を掴み、バッと横に広げられる。僕は強制的に、彼女の胸元を見せられる。

 ……この状況はっきりいえばご褒美である。美少女と呼ばれる彼女は可愛く、スタイルも細身で肌は綺麗だし、清楚なイメージの黒髪ロングのお淑やかな美少女が、僕にあられもない姿を見せている。

 そしてそこに、エッチをしようだなんてお誘いまでされている。

 そんなの……断る理由があるだろうか?

「……いや手順ってそうじゃない!」

 僕は頭の中にある本能を振り払い、全く話を聞かない黒羽さんの誘惑を拒む。

 胸からとかそうじゃない。

「と、とりあえず一回服を正して!」

「どうして? ……もう興奮してるんじゃないの?」

 黒羽さんは、視線を下に落として言った。

 ……僕はあまりにも唐突な事が起きすぎて、身体が素直に反応している事に気が付かなかった

「!!!………い、いいから服を整えて!!!」

 僕は恥ずかしさを誤魔化す様にバッと手で下腹部を隠し、椅子を壁際まで下げると、大声で言った。



 黒羽さんは渋々服を整えると、僕と長机を挟んで向かい合うように座った。

 この部室での彼女の定位置は窓際に置かれた椅子。普段はそこで何かの本を静かに読んでいる。

 僕はと言えば、部室の真ん中に置かれた長机の1番入り口に近い所に置かれた椅子が定位置だ。

 しかし、今僕は黒羽さんとちゃんと話をしなければならないと向かいに座らせた。

「えっと……なんで突然……あ、あんなことしたの?」

 僕は女子の前でえっちだとか、そういう事を口にするのが憚られたので曖昧な表現をした。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「当たり前じゃない? 親しくなってない相手がいきなりそんな……主張してきたら普通怖くない?」

「私の知る限り、男子は女性に迫られたら本能が勝り、理性を超えて強い性的興奮で理性を凌駕すると思ってる。実際に、飯田くんも興奮してた」

 淡々と、彼女は言葉を並べる。

「僕のことは忘れて! 一体何を見て学んだの!?」

「……」

 彼女は無言で立ち上がると、窓際に置いてある鞄をごそごそと漁り、一冊の本を持ってくると、僕に差し出す。

 それは一目でわかる、僕達高校生が持ってちゃいけないやつ、エロ本だった。

 表紙には大事な部分は巧妙に隠されているが、淫らな格好をした女性が淫美な顔をした表紙に、タイトル『内気な後輩が靡かないから誘惑したら大変な事になった』といかにも大人の本。

「な、なななんでそんなの持ってるの!?」

 目の前で美少女が何のためらにもなく、恥ずかしげもなく僕にエロ本を差し出してくる状況に困惑し思わず僕は本を彼女から奪い取った。

「読んでみて」

 彼女は全く気にした様子もなくそう言ってのけた。

「いや読まないよ! 読まないしなんでこんなの……買ったの!?」

「買ってない。お兄ちゃんの」

 お兄さん…! そういう本はバレない様にして下さい!

「なんで学校に持ってきてるの!?」

「いつでも見れるように」

「いつでも見る必要なくない!? …え、黒羽さん、実は……そういう事が好きなの?」

「そう言うことって?」

「…… え……えっちなこと?」

「性行為? したことない」

「せ……!? 」

「性行為も、自慰行為もしたことない。私が興味あるのはその先の感情の昂り」

「お、おお女の子がそんな言葉使うものじゃない!」

「今の時代男だから女だからと決めつけは良くない」

「それはそうだけれども! でも急にそんなこと言うもんじゃ――」

 遅れて彼女のセリフが頭に届く。

「……え、したことないの? ……何に興味があるって?」

「私は自分がどうしたら強い感情を持てるのかを知りたいの」

「……何ゆえ?」

「私、感情がよくわからない」

「……え?」

「嬉しいとか、悲しいとか、好きとか。みんなが当たり前に持ってるものが私にはないみたい。でも、知りたい。人間を非合理的に動かす、その何かを」

 無表情だが真剣に彼女は僕に告げた。

「そこで、兄の部屋にあった、これらの教科書を読んだ。仮説が立った」

「仮説?」

「人間の感情の頂点、それは性欲と、それに付随する快感なんじゃないかって。これを探究すれば、私にも感情がわかるかもしれない」

 僕は何も言えなかった。

 目の前の美少女が、あまりにも突拍子もないことを、あまりにも真剣に語っている。

「でも、一人じゃ探究できない」

 彼女は、無機質な瞳で、僕をまっすぐに捉えた。

「だから、飯田君。手伝って」

「……て、手伝うって……」

 黒羽凛は、机の上におかれたエロ本の表紙をトン、と指差した。

「私とえっちなことをして感情の発生を観測させて」

 ……突拍子もない発言に、僕は何も答えられなかった。



「……嫌じゃないなら始めよう。服を脱いで」

 黒羽さんは徐に立ち上がり何かを始めようとする。

「いや、待って! そんな感じでするものじゃないって!」

 僕は慌ててそれを止める。

「? どうして? 飯田くんの下腹部に明確な性的興奮を確認した。本能が求めてるものを拒む必要ある?」

「あるよ! みんな欲望のまましてたら秩序が乱れる!」

「……そこまでの範囲で言ってない。この部室は私たちしかこない。旧校舎は特別授業がある時しか使われないから、放課後近くを通る人はほとんどいない。だから気にする必要はないと言ったの」

「……だからってダメだよ! 学校でするものじゃないし、ちゃんとお互い好きになって、納得してからじゃないとそういう事はしちゃいけないんだ! それが現代社会を生きる人として最低限のモラルだよ!」

「……でもこの本の人たちは告白のプロセスは飛ばしている。二人きりで閉じ込められた体育倉庫で、女子が体を触らせたり抱きついたり、男子の性器に触れたり……そうすると男子は理性のタカが外れた様に女子を体操マットに押し倒すと、女子の静止に聞く耳を持たずに、誘ってきたお前が悪いと言わんばかりに強引に性行為を始めた。そして……女子はやめてと言いながらも、普段奥手の彼が乱暴なまでに自分を求めてくることに強い快感を感じている」

 彼女は淡々と恥ずかしげもなくエロ本の内容を口にした。こっちが恥ずかしい……。

「……人が散々守ってきたモラルや理性を、人間関係がどうなるかもわからないぐらい変えてしまうその感情に……私は興味がある。だからその感情を探究したい。その境地に至れれば、私も…感情を理解できるかもしれない」

 ……なるほど、僕は彼女の言ってる事が少しだけわかった。

 彼女はエッチな事が好きなわけでも、僕の事を好きなわけでもない。

 自分の感情がない事に対する探究心でえっちな事をしようとしているのか。

「……なるほど。え、待って。それでその本を真似て僕と……しようとしてたの?」

「そう。だから……私をめちゃくちゃにして?」

 そう言って彼女は手を広げた。

 しかし、何度目かの雑な誘惑に、僕は段々と冷静になってきた。

「……わかってきて色々言いたい事がある。まず、好きでもない男子に絶対そんな事言っちゃダメ」

「……誤解される前に言っておくと、こんなこと、飯田くん以外に頼まないし言わない」

「え」

 急にそんなドキッと知る様な事を。

「……それはどういう? え……」

 だからって、ぼくを好きなの? とは聞けなかった。僕は話をつづけた。

「……それと、まず、その本の登場人物って、既に互いに両想いであると言う設定があるでしょ?」

「? そんな事は書かれていない」

 ……いや書かれてなくても、靡かないって書いてるし、多分ずっと前からアプローチをかけているけど異性として見られてないから急接近した所で…みたいな展開だろう。

 これでも数多の本を読んでいる。そう言う展開は散々見てきた。

「読んでないけど、多分事前に相手の事を好きだと言う雰囲気が描かれているはずだよ」

 この状況に慣れてきた僕は、奪った本を机の上に置く。すると彼女は本を手に取りページを捲る。

「……どうしてそんな事わかるの?」

 彼女は本を開きながら僕の顔を不思議そうに見る。

「まぁ、それなりに少女漫画とかラノベとか読んでるから」

「……つまり、互いに思い合っていなければ、成立しない現象ということ…?」

 彼女は本を置くと、顎に手を当てて考え始める。

「そうだね、互いに相手を好きだと言う気持ちがあるからこそ、理性より本能が勝り、相手に夢中になるんじゃないかな」

「……じゃあ、感情のない私は……その始まりにも立てないって事…?」

「……え?」

「……でも、他の本でみた……全く知らない人と半ば強引に性行為をしてから結婚して子供までてきていた話を」

「……それもまたお兄さんの?」

「そう。恋の始まりはセッ⚪︎スからと言うタイトル」

 なんて安直なタイトルだ……だが、大人になればそう言うこともゼロではないだろう。

「確かにそれはゼロじゃないだろうけど、大概は一個一個手順を踏んでいくのが一般的なんだ。例えば、落とした消しゴムを拾う時手が触れるとか、廊下ですれ違う時に偶然目が合うとか……そう言う些細なきっかけから恋は始まるんだ。なぜかわからないけど、遠くからふと目で追ってしまう様になったり、たまたま喋る事になるとドギマギしちゃったり、偶然を装って一緒に帰り道を歩いたり…傘を忘れて困っていると、一緒に入るか?なんて言われちゃったり……そうやって好きな気持ちは日に日に増え、互いに意識し合う中になってようやく……勇気を振り絞って、告白して、ようやくカップルが成立する事で、その先が始まるんだ。それが一般的な恋の始まりだよ。それこそがロマン溢れる青春の恋の物語なのさ!」

「……飯田くんのロマンは非効率だね」

「…………」

 僕の力説した恋の理論はバッサリと切り捨てられた。

「……でも、その手順を踏まないと、飯田くんは私とえっち、してくれないんだね」

「え?」

 急に自分に話を振られて困惑する。

 いや、僕がどうとかではなく、一般的な恋について語っていただけなんだけど……僕がどうこうとは関係ない。

 それにまず大前提、互いを意識し合うと言う前提が今ここにはない! すでに見てはいけない物まで見ているし、大体過剰な誘いまで受けてしまっている。そんな些細なドキドキは今ここにはない。

「……それじゃあ目を合わせてみよう」

 しかし、彼女は迷わずそう提案を持ち掛けた。

「え?」

「だって、さっきから飯田くん全然私の目を見てくれない。ちゃんと見てくれないと、始まらないんでしょ?」

「…………」

 そんな急に言われても困る。

 僕はあまり相手の目を見て喋るのが得意ではない。男子はいいけど……特に女子とはあまり目を見て喋れない。

「えっと……その……」

 意識すれば余計にそれは難しく、視線はあちらこちらを泳ぐ。

「……それじゃ埒が明かないよ」

 そう言って徐に彼女は立ち上がると、僕の方へとやってくる。

「へ?」

 そして僕は椅子の横に立つ彼女の方を見ると…彼女は僕の頭をガシッと押さえつける。

 そして前屈みになり、僕の目の前に顔を近づける。

「ちょっ! 黒羽さん!?」

「これなら目観れるでしょ?」

「いや……そ,それ以前に…」

 近い。少し顔を前にしたらキスできてしまいそうなほどだ。

「ほら、ちゃんと目を見て」

 彼女はまっすぐ僕の目を見てくる。

「……」

 ここまできて、僕は争い続けることもできず、恐る恐る…黒羽さんをちゃんと見た。

 ……やばい、やっぱり凄い綺麗だ。

 無表情なのにその整った顔立ちはハッキリとしていて、こんなマジかで見たら恋に落ちてしまう。

 僕は……あんなにも恋について力説したと言うのに、ただ綺麗で可愛い人は、そんな事関係ないぐらい一発で人を好きにさせると言う事実に、直面せざるを得なかった。

「……ようやく目が合った」

 黒羽さんはそう言ってあっさりと僕の頭から手を離し、立ち姿勢に戻る。

「………」

 僕の心臓はドクドクと脈を打ち、顔は真っ赤になっている。

 しかし黒羽さんは何も変化を見せず、いつも通り淡々と、ただ手順をこなしたと言った雰囲気だ。

「じゃあ……飯田くんの準備もできたし、始めよっか?」

 そう言って、準備は出来たと言わんばかりに、彼女はまたスカートを持ち上げてまたパンツを見せようとしてくる。

「だああああ! 違うって言ってるだろおおおおお!!」

 僕は慌てて彼女を止め、これ以上誘惑されたらおかしくなりそうだったので、部室から逃げた。



 ◇



 季節は春。

 5月ともなれば僕達高校1年生は、新しい学校にも慣れ始め、教室ではそれぞれグループが出来始めている頃。

「ふぁ~……はぁ……」

 僕は昨日全く眠れず欠伸をしてから溜息をついた。

 帰ってからも、ずっと黒羽さんのあられもない姿が脳裏に焼き付いて全然眠れなかった。

「……なんで僕なんだ?」

 どうしたってそんな疑問が拭えない。

 僕は人と関わるの事を億劫に感じる内気などこにでもいるただの男子だ。

 それが、あんな美少女と同じ部活にいるというだけでもラッキーなことなのに、それ以上の事が起きるのだろうか……?

 いや、あるわけない。現に彼女はただ自分の感情について興味があるだけで、僕に興味を示しているわけじゃない。

「……かわいかったな」

 間近で見た黒羽さんの顔を思い出す。僕は思わず声にでていた。

「何がかわいいって?」

 すると、後ろから聞きなじみのある男子の声が聞こえた。

「うわぁ!」

 身体が飛び上がりそうになりながら後ろを振り返った。

 そこには、僕の幼馴染一条隼人(いちじょう はやと)がいた。

「よ、おはよう航平」

 彼は爽やかに挨拶してくる。

「……おはよう隼人、びっくりさせないでよ」

 僕はふぅ、と息を整え、ジト目で彼を見て挨拶を返した。

「お前が勝手に考え込んでたんだろ? それに、可愛かったって呟いてたけど」

 隼人は少し興味ありげに聞くと、僕の横に並び歩き始める。

 独り言を聞かれてしまった。はずっ……。

「……昨日猫の可愛い動画を見てたんだよ。それを思い出してただけだよ」

「なんだ、女子じゃないのか」

 隼人の鋭い予想に僕は内心ドキッとするが、誤魔化す。

「女子って……僕みたいな奴に女子が寄ってくるわけないだろ」

「卑屈だな……お前が真面目で誠実な奴だってしったら好きになる奴もいるだろ」

「はは……まさか。隼人じゃあるまいし」

「お前に足りないのは自信だな」

 モテることを否定しないこの男。明るく、高身長で……底抜けに良いやつで、陽キャだ。

 僕から見たら完全なイケメンだといえるだろう。バスケ部に入ってるし、運動も得意で色々な人の注目を集める。

「…………」

 僕は改めて隼人をじっと見た。

 どう考えても、黒羽さんとお似合いなのは隼人のような人だ。この二人が並んで歩いていたら、それだけでお似合いだと誰もが一目置くに違いない。

 二人が並んで、桜の舞う登下校を歩いていたら、それだけで絵になる事間違いなしだ。

「……はぁ、いいよな、隼人は」

「? 何が?」

 何もわかってないといった顔で聞き返してくる。

「……そういうところ」



 学校の下駄箱に到着し靴から上履きに履き替える。

「そういや、お前部活はどうなんだ?」

 隼人が思い出したように聞いてくる。

「どうって……別になにもないけど。文芸部だし」

「いや、そうじゃなくて、黒羽さんと二人きりなんだろ? 何か進展はないのか?」

「…………進展って?」

 僕はあまりにも最近色々ありすぎて一瞬思考が停止した。慌ててわからないふりをしてみた。

「……なんかあったのか?」

 一瞬の間に隼人は何かを察した。

「それは何……親しくなったとかそう言うこと?」

 僕はどこまでも惚けた。

「おう。二人きりなんだろ? 仲良くなってないのかよ。もう2か月も経ってるぞ」

「……いや? 僕も黒羽さんも特に会話しないし。ただ黙々と本を読んでいるだけだよ」

 僕は昨日の出来事以前の記憶だけで会話をした。

「……ふ~ん、黒羽ってそんなに本好きなのか」

 クラスに向かいながらに、隼人はそんな疑問を抱いていた。

「そりゃそうでしょ。いつも本読んでるし」

「そうか? 教室じゃいつも一ノ瀬と話してるだろ」

「……まぁ、そうだけど。とにかく、特にないよ。僕から彼女に話をすることなんて」

 そう言いながら、教室の扉をガラガラと開いた。

「あ、おはよ~!」

 扉を開くと、中から明るく可愛らしい声が扉の前にいる僕らの方に向けられた。

 声の主である白川日毬しらかわ ひまりは、僕たちの前にやってくると、素敵な笑顔を見せる。

「よう、おはよう日毬」

 隼人は自然な挨拶を返す。

「おはよう、隼人くん! 今日は珍しく飯田くんと一緒なんだね。飯田くんもおはよ~」

 白川さんは僕に対しても、同じ笑顔で挨拶してくれる。

 こんなモブみたいな僕の名前まで憶えていて、笑顔を見せてくれる彼女は白川日毬。

 ブロンズの髪色に背中まで伸びた髪はふんわりとしたカールが掛かっていて、優しい目で人を見る。

 いつも優しい笑顔で、皆に元気を振りまいている。その姿はまさに学園のアイドルだと言えるだろう。

「お、おはよう白川さん」

 僕は少し周囲を気にしながら引きつった笑いで挨拶を返した。

 黒羽さんがいるかどうかが気になって仕方ない。

 教室で普段から喋る中ではないが、なんか……昨日の事があって気まずい。

「……飯田くん?」

「え?」

 白川さんの声に僕は目の前の白川さんに視線を向ける。

「どうかしたの?」

 彼女はじっと僕の目を見て少し心配そうに聞いてきた。

「な、なんでもないよ! それじゃ!」

 僕は少し逃げるように自席に逃げた。

 ……白川さんはとても魅力的だ。

 僕みたいなさえない男子をちゃんと認識して、挨拶までしてくれる。

 これは好きにならざるを得ないだろう。

 ……まぁ、皆がそう思ってるんだろうけど。

 好きにはなってしまうが、それが僕だけに好意を向けている物ではないことは明白だ。

 僕に気があるなどと浅はかな勘違いはしない。

 僕は心の中で、彼女に好意を抱くだけだ。

 ……それに、隼人と白川さんの会話に耳を傾ける。

「あ、隼人くん、さっきバスケ部の先生が来てたよ」

「長谷川先生が? 何しに?」

「さぁ? なにか話があるらしいよ。部活前に話すからっていってそのまま帰っちゃった」

「なんだそれ。だったら最初からそうすればいいのに。あ、そうだ、白川――」

 二人は楽しそうに会話を続ける。

 そう、何を隠そう……二人は……友達である。恋人ではないらしい。

 二人が一緒にいればどこからどう見ても美男美女カップル。付き合ってるんだろうと誰もが思うだろう。

 僕は影の者。日向で明るく輝く陽の者とは相容れない。美男美女が楽しそうにしているのを見ることが、僕にとっては最高の至福である。



 ……なんて事を考えていると、後方の教室の扉が開く音が聞こえる。

「おはよう」

 淡々とした声が聞こえた。

 僕はその声を聴いただけでドキッとした。振り返りはしないが、その声は黒羽さんだ。

「おはよ~リン、今日もおっそいね~」

 黒羽さんの挨拶に返したのは高校入学前からずっと一緒にいるという一ノ瀬睦月(いちのせ むつき)

 彼女は普段は何をするにもめんどくさそうにしてるが、黒羽さんと話している時はどこか楽しそうにしている。

「朝早く来る必要ない。授業前にこれば問題ない」

 黒羽さんは、いつもと変わらない様子で自席についた。

 …………僕は一人でドキドキしていた。

 彼女が現れたことで、昨日の事が一気に思い出される。

 思わず逃げ出してしまったけど、僕はどう彼女と顔を合わせたらいいのかわからない。

 ……幸い、僕は教室で特に黒羽さんと業務的な会話以外しない。

 当然だ。部室でもまったく話をしないんだ。教室で何を話すというのだろう。

 ……しかし、昨日の事があった。もしかしたら……何か違うことがおきるかもしれない!?




 ……なんてよくわからない期待をしたが、いつもと何も変わらない一日が終わった。

 そりゃそうだ。朝もちゃんと思い返していたじゃないか。

 黒羽さんは僕に興味を抱いたわけじゃない。

 自分の感情に対しての目的行動を行っただけだ。

 ……でも、彼女はこういった

『飯田君以外にこんなことは言わない』

 その言葉の真意はなんだろう。

 少なくとも、性的誘惑をしても良いと思われているのだろうか。

 ……僕は鞄に教科書をしまっていると、教室に既に彼女の姿はない。

 いつもの事だ。

 放課後彼女は早々に教室を去っていく。

 そして僕が普通の速度で旧校舎へと向かい部室の扉を開けると、既に彼女は本を読んでいる。

「………」

 僕は部室の扉の前で止まった。

 え、なんか普通に部室来ちゃってるけど…これ普通に入るの?

 昨日あんな事がったのに、もうこれまでのようにゆっくり本を読む場所でも無くなったんだよ?

 それなのに……僕はまたここに足を運ぶ?

 おいおい、まさか……期待してるのか?

 黒羽凛と言う美少女による圧倒的性的誘惑を求めていると言うのか?

 ……否、僕はあのまま逃げてナアナアの関係は嫌だ。

 だから……今から僕は昨日の出来事に決着を着けるんだ!

 一人でそう意気込み扉を開けた。

「お疲れ様!」

 意気揚々と勢いよく開けた扉の向こうには……制服のスカートを脱ぎかけていた下着姿の黒羽さんがいた。

「あっ」

「!?」

 昨日とは違う、少し薄くピンクの色がついた、それでも可愛らしい下着を着けていた。

「ぬああああああ!?」

 僕は何か思い一撃でも喰らったかのような声を上げながら慌てて扉を閉めて廊下に出た。

 なぜ…なぜ着替えている!?

 ここは文芸部であり運動部じゃない。着替える必要はどこにもない。

 ……そう考えて昨日からの行動を考えると、僕はまた、彼女に何かされるのかもしれない。

「…………」

 え、期待なんてしてない。

 全く、僕はゆっくり本を読める場所を見つけたと言うのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。

「お待たせ」

 黒羽さんの声と共に扉が開いた。

「ああ〜、はい」

 心の言い訳をしている所に扉が開かれたため、返事が変になった。

 扉を開けた黒羽さんは、なぜか体操着に着替えていた。髪は運動用に長い黒髪をポニーテールにしている。

「……なんで着替えてたんですか?」

 部室に入りながら問いかける。

「……本当は部室に来た飯田くんを体操着で誘い込もうとしただけど…思ったより早かった……」

 ……思ったよりドジな要素もあるようで。

「いや、部室で着替えないでよ……せめて女子トイレとかで……」

「そうする……油断した」

 どうやら着替えを見られたのは不本意らしい。だけど、恥ずかしがる様子は特にないので、羞恥心からの気持ちではないらしい。

「……って、また僕を誘おうとしたの?」

「うん。参考書によれば、体操服姿が好きな層もいるとの情報をえた。だから、まずは飯田くんの好みを把握しようと思って」

 彼女は軽快にターンをしながら言った。

 なんの参考書なんだ。いや、昨日の話からすると兄のエロ本なんだろうけど。

「いや……だから……そうじゃなくてね……」

「どう? 私の体操服姿」

「どうって……体育の時いつも見てるよ」

「……見てるの?」

「あっ……い、いや! そう言う意味じゃなくて! 視界に入る事だってあるんだからみえることもあるってことだよ!」

「そう……じゃあ、今日は好きなだけ堪能して」

 黒羽さんはそう言うと体操着のお腹あたりに手を置くと…服を持ち上げるおへそをチラリと見せてくる。

「ちょっ……やめて! そんなふうにしても僕は靡かないから!」

「どうして?」

「……だから、そう言うのは互いに好きになって、心と心が通い合ってからするからこそ多幸感が生まれるの。僕と黒羽さんの関係なんて…同じ部室で本を読んでただけの関係でしょ? それなのにいきなりそんなことするのは手順がズレてる」

「そんなに手順が大事?」

「大事だと思うな」

「……わかった。じゃあ明日のお休みデートしよう」

「え?」

「手順通り、エッチな事をする関係になればいいんだね」

「えっと……まぁ、そうかな?」

「じゃあ決まり」

 彼女は会話を終えたとでも言うように言うと、徐に体操着を脱ぎ始めた。

「ちょちょちょ! まだ僕いるんだけど!?」

「? それがどうしたの?」

「どうしたのじゃない! 男子がいる前で着替えちゃダメでしょ!」

「さっき見られたから別に」

「そう言う問題じゃない!」

「見たかったら見てっていいよ。……それで興奮したなら…いつでもいいよ」

「だから! 手順!」

「……じゃあこっち見てないで後ろ向いてたら?」

「う……そ、そうだね」

 背後で衣擦れの音がする。

 勝手に頭が想像してしまう。僕の背後で、黒羽さんが下着姿になり……1つ1つ、シャツを着て、制服に腕を通し、スカートを履く……。

 想像力が働きすぎて見なくてもよくないんだが!?

「終わったよ」

 そう言われて僕は安堵で振り返る。

 しかしそこにはまだスカートだけ履いた上半身はブラしか身につけていない姿で黒羽さんが立っていた。

「ぶふぅ!?」

 僕は衝撃で吹き出した。慌てて背後を向く。

「なに!? 僕をからかってるの!?」

「誘惑してるの」

「だから……しないって言ってるだろ!」

 全然伝わらない…。

 こうなったら、心と心が通い合う大切さを僕が教えなければ!!

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