第5話 優柔不断の代償 4
「ねぇ! ヒマリ全然既読つかないんだけど!」
昼休み、僕は朝のショックを抱えながら一人で弁当を食べていると、教室の一角で天沢さんが言った。
「体調不良なんでしょ? スマホみれないんじゃないの?」
冷静に美波さんが答えるが、
「あいつなら体調わるいだけだったらメッセージぐらい見そうなもんだけどな」
玲央くんは少し不思議そうにそう答えた。
皆が白川さんの事を心配している。
……そんなみんなの会話が耳に痛い。
「放課後お見舞いにでも行くか?」
と、隼人が弁当を食べながら、淡々とした様子で提案していた。
「賛成! 心配だもん!」
「そうだね、顔ぐらい見れたらいいけど……」
「なら、なんか買っててやるか~」
みんなはわいわいとお見舞いの話をし始める。
……これはチャンスか? 僕もお見舞いについていけば、白川さんと会えるかもしれない。
……僕はそう思いつつ、席を立とうとしたが……躊躇した。
考えてもみれば、僕は一度たりともみんなに自ら声をかけたことがない。
しかも、僕を引き入れた白川さんがそこにはいない。
……みんなが僕をのけ者にすることはないと思う。
でも、みんなの輪に僕という存在が邪魔なものだと移っていたらどうする?
僕は輪の空気を乱すんじゃないか? 邪魔な存在なんじゃないのか?
そう考えると体が重く硬直する。
………いや、切り替えろ。僕は彼女を助けるために黒羽さんと決別したんだ。
ここで頑張らなきゃ……僕は全部を失うぞ。
人のことより、自分のことを考えろ!
「あ……あ、あの!」
僕は立ち上がり、みんなのもとへ行くと、初めて自ら陽だまりのみんなに声を掛けた。
そんな僕に、
「どしたの飯田くん」
と、自然な様子で天沢さんが問いかけてくれた。
「……ぼ、僕もお見舞い行っていいかな?」
心臓が張り裂けそうな緊張の中、僕はようやく人に歩み寄った。
◇
「……日毬、あんたいつまでそうやってるつもり?」
扉を開けた母が、呆れたように私に言うのだった。
「………」
「熱があるわけでもないのに学校サボって……学校には体調不良って伝えたけど……私に嘘まで着かせてイヤだわ……」
寝込む私に愚痴をこぼす。……そんなことわざわざ言わないでよ。
「……うるさい……ひとりにさせて……」
「はぁ……どうしてこんな子になっちゃったんだろうね……」
呆れた母の声に、私は我慢できなかった。
「うるさいって言ってるでしょ!! 早く出てって! 出てってよ!」
私は思わず側にあった枕を母へと投げた。
母は逃げるように扉を閉めて去っていった。
「はぁ……はぁ……っ!」
私は再び布団に籠った。
そして再び涙が溢れてくる。
…………疲れた。
みんなの前で自分演じるのも、楽しいと思うのも……悲しみに暮れるのも……もう疲れた。
楽しいことは好き。みんなで一緒に遊ぶのは楽しい。
けど……どこか本当の私を知ってほしいと思う面もある。
嘘をついてるような罪悪感と、迷惑をかけていることに対してすらも、全部申し訳なく感じてきてしまう。
……このまま学校いくのやめようかな。
そんなことを思っていると……、
ピンポーン――と、家のチャイムがなる音が聞こえた。
「…………」
誰だろう。
母がチャイムに扉を開けると、聞き覚えのある声がした。
「おばさんこんにちは。日毬体調どうですか?」
それは玲央くんの声だった。
「!」
息が詰まり心臓が飛び上がる。
私は布団の中で縮こまり、遠くで聞こえるやりとりを聞く。
「ふふ、みんな来てくれてありがとう。陽毬ったら幸せ者だわ」
外の人と話す母はとても優しくいい人に見える。
……外面がいいのも気に入らない。
「あの、陽毬大丈夫ですか? 顔見れます?」
エマちゃんの声が聞こえる。
……ダメ、今は誰にも会えない。合わせられない。
「ごめんなさいねぇ。陽毬、今熱が高くて、さっき薬飲んで寝ちゃったところなのよ。……だから、今日は会えないの。ごめんね」
と、母は私の意図を組んでか、はたまた面倒だと思ったのか断りを入れた。
「あ、そうなんですか……」
「そっか~残念」
「起こすのも可哀想だし仕方ないだろ」
「……じゃあ、これ、お見舞いの品です。渡しといてください」
「あら、気を使わせちゃって。ありがとうね、渡しておくわ」
「じゃあ、俺らはこれで。陽毬にお大事にって伝えてください」
「ええ、気をつけてね」
……玄関の扉を閉じる音が聞こえた。
私は安堵の息をついた。
みんなお見舞いに来てくれるほど私のことを気にしてくれている。
……申し訳ないな。
……今までの私だったら、みんなに心配をかけたことに強い強迫観念を持っていたかもしれない。
……けど、飯田くんのおかげでそこまでおびえることはなかった。
今の私は、彼がいるおかげで成り立っている。
……彼は今の私をどう思っているだろうか。
昨日の一件で私に失望しただろうか。
感情に任せて暴力を振る女だって幻滅しただろうか。
…いやだな……自分でもよくわからない嫉妬心で人を叩くなんて。
……でも、何度思い返しても、嫌なものは嫌……。
コンコン。
ノックの音と共に母が入ってきた。
「陽毬」
さっきまでの良いお母さんの声とは別人のように冷たい声。
「友達がお見舞い持ってきてくれたわよ」
母は、ドサリと無造作に紙袋を床に置いた。
「…………」
「……はぁ」
母が深い溜息をついた。
「いつまでウジウジしてるの。ちゃんと学校に行きなさいよ……みっともない」
「…………」
「あんなにいいお友達に恵まれてるのに、あなたがそんなんじゃ失礼でしょう? ……本当に、手のかかる子ね」
母は、それだけ言うとバタンとドアを閉めて出ていった。
部屋に静寂が戻る。
「……わかってるよ」
私が一番わかってる。
心配してくれるみんなにも申し訳ない。
でも、行けないものはいけないんだ。
「…………」
私はベットから起き上がり無造作に置かれた紙袋をみた。
中には、ゼリーやスポーツドリンク、喉飴なんかが入っている。
……この飴、玲央くんに前話した飴だ。
ほかにも、病気だったらよくないのに、両手いっぱいになるぐらい私の好きなお菓子がたくさん入っていた。
……これは絶対きららちゃんの仕業だ。
……少しだけ心が温かくなる。
その時手に持った大量のお菓子の隙間から、一枚の小さな封筒がひらりと落ちた。
「…………?」
お菓子を一度袋に戻し、落ちた封筒を拾う。
そこには、
『白川日毬さん へ』
と書かれていた。
裏を見てみると、そこには…飯田航平と書かれていた。
「……っ!」
心臓が跳ね上がった。
ドクン、ドクン、と、痛いくらいに脈打つ。
……飯田くんから? ……一緒にお見舞いに来てたの?
手が震える。
……怖い。中を見るのが怖い。
……何が書いてあるの?
黒羽さんを選んだから、もう関わらないでほしい……?
あんな素顔を見て幻滅した……?
拒絶の言葉ばかりが頭をよぎる。
捨ててしまいたい。見なかったことにしたい。
……でも……一縷の望みがそこにあるなら……私はそれを見ないふりは出来ない。
私は、深呼吸をして、震える指で封筒を開け、手紙を読んだ。
――白川さんへ
突然の手紙ごめん、飯田です。
昨日は本当にごめんなさい。
僕の不甲斐なさのせいで、白川さんを傷つけてしまった。
僕と黒羽さんは恋人じゃない。肉体的関係があるわけじゃない。
僕たちの間には特殊な関係があった。
でもそれは、恋とか、好きとか、そういうものじゃない。
ただ、利害関係が一致しただけに過ぎなかったんだ。
僕は黒羽さんとは友達にもなれなかった。
……何を書いても、誤解だなんて信じてもらえないかもしれない。
言い訳にしかならないとは思うけど……。
白川さんと向き合っていた時のことは全部本当だ。
ホテルで話した僕のこと。
屋上で友達になろうって言ったこと。
僕は嘘をついてないし、ずっと忘れてない。
僕は白川さんが完璧じゃなくても、泣いてても、怒ってても、白川さんのことを特別で大事な存在だと思ってる。
だから……まだ僕のことを友達だと思ってくれるなら……ちゃんと話がしたい。
僕は友達として、白川さんを待ってるよ。
飯田航平――
「…………」
拒絶じゃなかった。
彼はまだ私を友達だと言ってくれた。
……二人は恋人じゃない? 特別な関係?
どういうことだろう。
友達にもなれなかったって……それなのにあんなことをしているなんて……。
でも…肉体関係はないだなんて……。本当なの?
……今の私には全部信用できない。
……けど、彼は私にそんな嘘をつくのだろうか。
……彼に話を聞いたら……あの時の真実がわかるのだろうか。
……今まだ、その勇気は私にはない。
「……あ」
私は手紙の内容が拒絶したものでないことに安堵し、ふと思い出したようにスマホを見た。
そこにはみんなからそれぞれの励ましの連絡が入っていた。
きらら『大丈夫!? しっかり治しなよ!」
エマちゃん『風邪には安静と栄養補給が大事だよ。しっかり休みな』
レオ『お前が体調不良なんて珍しいな。たまにはサボってもバチは当たらんぜ』
隼人『こんな時期に風邪とは不運だな。まぁゆっくり休め』
「…………」
そして……飯田くんからもメッセージが入っていた。
『待ってます』
それだけの文。
「………短い」
でも、どこか彼らしい気がした。
……みんなのおかげで、少しだけ心が軽くなった。
手紙の内容も含め、飯田くんは私を待ってくれている。
……そして、私に見せたあの状況を申し訳なく思っている。
……正直、あんなことしていたのに、私に見られたことになぜ申し訳なく思っているのかわからない。
……もし、私に気があるのだとしたら、最初からそんなことをするのは人としてどうかしている。
……そういえばずっと黒羽さんは言っていた。
『……私の探求の邪魔をしないで』
……その言葉が引っかかる。
……探求ってなんだろう。彼女が私に突っかかってくるのは、いつも飯田くんとのことばかりだった。
だとすると……飯田くんのいう特別な関係は、その探求というものと関係している?
……そう考えると、飯田くんのいうことが少し信じられるかもしれない……けど、
……まだいつも通り学校に行くのは難しい。
今はまだ傷が癒えてない。まだ、彼の言葉を信じるための気持ちが持てていない。
……もう一度、私の心は彼を信じられるのかな。
◇
夜、寝る前に僕は自室のベッドで天井を見つめていた。
……手紙、読んでくれただろうか……あんな稚拙な言い訳のような手紙で元気になってくれるだろうか。
……僕の精いっぱいの謝罪と、彼女に対する気持ち。
僕の拙い言葉が、彼女に届くかわからない。
友達という言葉が今の彼女にとって救いになるのか重荷になるのかもわからない。僕のことを拒絶しているかもしれない。
……でも、
「……それでも」
僕は向き合わないといけない。
黒羽さんともちゃんと話せた。結果僕は約束を破った形にはなったけれど……そうすることで、はっきりとした関係になった。
だから、白川さんとも、絶対に向き合えるはずだ。
「……待ってるよ、白川さん」
僕はスマホのアラームをセットすると、静かに目を閉じた。




