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第5話 優柔不断の代償 3

 翌日、僕は決意を胸に学校へと向かっていった。

 僕がするべきことはシンプルだ。


 僕はこれ以上曖昧なまま黒羽さんとの関係を続けることはできない。


 ……最初は正直、僕の中には黒羽さんしかいなかった。だから何かされた所で誰にも迷惑かからなかった。

 感情を知りたいという彼女に、ワンチャン好きになってくれるかもしれないと期待をしていた。


 でも、状況は変わった。僕は白川さんと傷を共有し合うことで、特別な関係になった。

 憧れだったものは友達に変わり、僕の中でそれは恋に近しい想いに変わっている。


 僕の中で、はっきりと黒羽さんと白川さんどっちが好きかという結論は出ていない。

 黒羽さんとは探求の関係でしかない。白川さんとは特別な友達で普段の一面をほとんど知らない。


 そもそも……二人が僕を好きだという保証はない。

 だから、大事なのは好きかどうかじゃない。僕が人と向き合うことに誠実になることだ。


 教室の扉を開ける。

 教室には……やっぱり白川さんの姿はない。

 しかし、黒羽さんはすでに来て本を読んでいた。

 僕は迷うことなく、鞄を置きもせずにまっすぐ黒羽さんの元へと歩いて行った。

「……んぁ?」

 黒羽さんの前の席に座る一ノ瀬さんがスマホを見る手を止め、近づいてくる僕に気が付いた。

「おはよう飯田くん。……どした?」

 一ノ瀬さんのその声に、黒羽さんは本から顔を上げて、隣に立った僕を見た。

「……黒羽さん」

「飯田くん……なに?」

「…………

 僕は震えそうになる声を必死で押さえつけ、

「……今から、少し話……いいかな?」

 そう切り出した。

「……?」

 彼女は僕の普段とは違う様子にわずかに首を傾げた。




 ……不思議そうにする黒羽さんを屋上へと連れてきた。

 フェンスの外から吹き込み制服を揺らす朝の風は、まだ少しだけ冷たさを感じさせる。

 僕は深々と黒羽さんに頭を下げた。

「一昨日はごめん」

「…………?」

「白川さんと部室でもめたのは全部僕のせいだ。だから……ごめん」

「…………」

 黒羽さんは何も言わない。何も言わずにただ僕を見ている。

「……謝られる覚えはない」

 静かに黒羽さんは答えた。

「飯田くん、あなたは何も謝ることはない。飯田くんはただ私の探求に付き合ってただけ。白川さんと何があったのかは知らないけれど、私に不誠実なことはなにもしてない」

 ……少しだけ、そんなようなことを言うだろうと思った僕は顔を上げた。

「……それじゃダメなんだ」

 僕はまっすぐ黒羽さんを見た。

「?」

 黒羽さんは不思議そうに首を傾げる。

「……僕はちゃんと伝えないといけなかったんだ。……黒羽さんの隣は居心地がよくて……つい甘えてたんだ」

「…………」

「……はっきり言うよ。……これ以上、僕は黒羽さんの探求には……付き合えない」

「…………どうして?」

「……最初に黒羽さんに誘惑されたあの時は、僕に大切な物なんてなかった。

 黒羽さんに振り回されるのも……えっちな誘いを受けることも……拒んではいたけど、内心ではラッキーとしか思ってなかった。こんなきれいな人が……誘ってくるなんて、僕にとっては嬉しいことでしかなかった」

「…………」

「でも、僕は黒羽さんのその考えが間違ってると思ったから、ちゃんとした恋を教えたいと思った。けど……本当にそう思うのなら、僕は黒羽さんを惚れさせないといけない。それなのに……黒羽さんが探究をしてくる時に、ただそれに付き合うだけの最低なやつだったんだ」

「…………」

「そんなことをしておきながら……僕は今、白川さんの事が気になり始めている。……だから……そんな思いを抱えたまま、僕は黒羽さんと……探究をすることは出来ない」

「……白川さんは風邪で休んでるだけだよ?」

「多分違うよ。あの日の事で彼女は今落ち込んでるんだ」

「……そうなのかな」

「うん……こんな僕を……黒羽さんはどう思う?」

「思うって……?」

「……放課後に一度遊びに行った事あったよね」

「うん」

「あの時、黒羽さんは楽しいと言ってくれた。僕も楽しかった。……僕は、ああ言う気持ちが、普通の恋の始まりだと思うんだ」

「…………」

「そこから好きになれるかは僕達次第。……だから、僕と……黒羽さんの言う……普通の友達になれないかな? 普通の友達として、黒羽さんを大事にしたい」

 僕の問いに、黒羽さんは顎に手を置いて考える。

 ……しばらくの沈黙の後、黒羽さんは口を開いた。

「私は気にしない」

「え?」

「私はそもそも、飯田くんと白川さんの恋模様を観察する気でいた。だから、あなたと白川さんが恋人になろうが、えっちなことをしようが気にしない。あわよくば、私も混ぜてもらえたらいいとさえ思ってる」

「…………」

「……それが普通じゃないなら……私は多分、恋愛に興味がないのかもしれない。だから……私はあなたと普通の友達にはなれない。やっぱり、私は……あなたとえっちがしたいだけなのかも」

「…………」

「この気持ちは……恋とは違うの?」

 ……彼女の問いに僕は答えることはできない。そういう恋の仕方だってあるのかもしれない。

 けど……僕にはそれが、とても寂しい答えに感じてしまう。

「……僕にはわからないけど……そこに僕を思う気持ちはある?」

「…………ない。私は、私の感情にしか……興味を示せない」

 その答えは僕の提案の否定であり、僕たちの関係を終わらせるものだった。

「……じゃあ、ごめん。僕はその思いに答えられない。僕は……やっぱりちゃんとした恋がしたいんだ」

「…………そう。残念」

 相変わらずの表情だが、どこか寂しい表情をしていたような気がした。

「……僕も残念だよ」

「……じゃあ、これからはただの同じ部員?」

「……そうだね。同じ部員で、クラスメイトだ」

 僕は寂しさを抑えながら、笑ってそう答えた。

「……それじゃ……今までありがとう……答えられなくてごめん……」

 僕は、泣きそうな思いをギュッと我慢し、屋上を後にした。




 ……振ったのか振られたのかよくわからない感覚だった。

 ただ、ショックで落ち込んでいる事に変わりはない。

 僕が黒羽さんに惹かれていたのは間違いじゃない。性的な誘惑は恋にも有効なのは間違いない。

 だけど……やっぱり、僕には……心が通じ合うことの方が大事だ。

 惹かれ合っていても、互いに求めるものが違えば交わることはない。


 ……普通に仲良くなって、段々と互いに意識して……そこから好きになることが出来れば……。


 僕達は、恋することが出来たのだろうか。



 ◇



 ……私はベッドで人形のように何もできず横になっていた。

 涙も枯れて動けない、食欲もない、身体が鉛のように重い。

 ……考えてみれば、私は恋をしたことがない。

 演じることに必死だったから、誰かを好きになる余裕なんてなかった。

 だから告白されても断ってきた。

 皆が知ってる私は、私じゃないから。

 ……じゃあ、本当の私を知ってくれる人が現れたら……私はその人に恋するの?

 ……私の本当の顔を知ってるのは飯田くんだけ。

 ……それなら、私は飯田くんに既に恋をしているの?

 恋ってなんだろう。

 ふとその人の事を考えたりすること?

 気が付いたら、その人の事を目うこと?

 落ち込んでる時にその人に会いたくなったりすること?

 ……会いたい。飯田君に会いたい……でも……会いたくない……。

 私は彼の事が好きだったの?

 だから黒羽さんと二人が付き合ってると思ってあんな事をしたの?

 ……ちょっと待って。もし私が飯田君の事を好きで……飯田くんがすでに黒羽さんと付き合っているというのなら……


 ……私の恋は、始まる前に終わっていたの?


「うっ……あぁぁああぁぁあぁっ…………」

 大声を出せない私はうめき声を上げた。

 この家で私は大声で泣くことすら許されない。小さい頃から泣くと怒られた。だから……私は素直に泣くことすらできない。声を押し殺して泣くことしか出来ない。

 枯れたと思った涙が、再び布団を濡らす。

 辛い……苦しい……誰か……私を慰めて……。


 ……飯田くん。


 ……きっと彼なら……私を慰めてくれる。

 ……けど、黒羽さんが彼の心の隣にいるのだとしたら……そんなの……イヤだ……。

 私は……彼にとって特別な友達……そう思っていたけれど……彼に恋人がいることが許せないのなら……私にとってそれは……好きと一緒なの……?

「イヤだよ飯田くん……私を……好きでいてよ……」

 あんなに優しい彼が、他の人を好きだったなんて……。

 ……あの優しさは何だったの……?

 ……同情のつもりだったなら……そんなに優しくしないでよ……。

 ……そんな事考えたくない……イヤ……何もかも嫌だ。助けてくれたことにも、裏切られたと思えてきてしまう。


 全部嫌だ……もう、このまま消えてしまいたい……。


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