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第4話 心を消費する神イベント 4

 水着売り場の奥で黒羽さんに追いついた。

「……ま、まってってば……僕は……そんな――」

 追いついた僕の言葉を彼女は静止し、

「……わかってる」

 と、呟いた。

「え?」

「飯田くん君のことは少し理解した。……飯田君は、えっちだけど、えっちなことを一番にしたいわけじゃないこともわかった」

「うん……」

「だから……」

 彼女はフリフリの可愛いレースがたくさんついた、白のビキニを手に取った。

「……こういうのが、好き」

「……っ!」

 僕は、思わず、黙ってしまった。

 それは、まさに、僕が理想とする、清楚で可愛い水着だった。

「……図星だね」

 僕が黙ったのを見て、彼女はそう判断した。

「い、いや、別に……」

「……じゃあ、私、これ試着してみる」

「…………えっ」

「待ってて」

 彼女は僕の返事も聞かず、その水着を持って近くの試着室に入っていった。

「いや、ちょ、僕、何も、言ってないんだけど……!?」

 僕のもごもごとした抗議は、ピシャリ、と閉められたカーテンに虚しく拒まれた。

「…………」

 僕は、試着室の前で、一人待たされることになった。

 ……どういう状況だこれ。

 辺りは当然、女子の試着室だらけだ。

 周りからは、好奇の視線が、突き刺さる。

 ……うわ、気まずい。

 僕はオドオドと思わず目が泳いで不審者のような動きを繰り返してしまう。

 頭をぶんぶんと振って邪念を追い払おうとした……その時、

「――何してんの、あんた」

「ひゃあ!?」

 背後から、呆れたような声が聞こえ、僕はカエルが潰れたような声を上げた。

「い、一ノ瀬さん!?」

 知らぬ間に一ノ瀬さんがジトっとした目で僕を見ていた。

「……く、黒羽さんが、試着してて……」

「ふーん、もしかして、飯田君が好みの水着、着てるの?」

「え、あ、え~っと……」

 僕は、もごもご、と、口ごもる。

「……」

 一ノ瀬さんは、僕の情けない様子を見て、はぁ、と、深いため息をついた。

「……何、もごもごしてんの?  はっきり言ったら?」

「い、いや、でも……」

「でも、何」

「え……あ……その……」

 怒られているような雰囲気もあって、僕は、何も言えなくなってしまった。

「……まぁ、いいけど」

 一ノ瀬さんは呆れたように言った。

「……少しは素直に自分の意見言った方がいいよ」

「え……?」

 唐突に言われたその言葉の意味を、僕は考えていると、

 シャッと、目の前のカーテンが、勢いよく開いた。

「おまたせ。……どう?」

「……」

 僕は、言葉を失った。

 そこには水着姿の黒羽さんが立っていた。

 清楚で真面目なイメージの黒羽さん。

 でも、その隠しようのない均整の取れた細身の身体。

 白くて、透き通るような肌。

 さっきのフリルの可愛い水着が信じられないくらい似合っていた。

「…………」

 僕は彼女を直視できず、ちらちらと盗み見るので精一杯だった。

「……ほら、まっすぐ見なよ」

 僕が頭をいっぱいにしていると、一ノ瀬さんがそう言った。

「え?」

「感想、求められてるんでしょ?」

 もどかしくなったのか、一ノ瀬さんが僕の頭の両側をガシッと掴んだ。

 そして強制的に、僕の顔を黒羽さんの方へと固定した。

「いや、あの、ちょ、一ノ瀬さん!?」

「いいから素直に答えたら?」

 僕は、一ノ瀬さんに頭を固定され、黒羽さんのその眩しすぎる姿を直視させられる。

 下着と変わらない露出面積。なんでこれが海では許されるんだ?

 僕は頭がクラクラしてきた。

 でも、さっきの一ノ瀬さんの言葉が、頭に引っかかっていた。

『……少しは素直に自分の意見言った方がいいよ』

 これはそういうことなのだろうか。

 この場で、素直に、自分が思うことを言った方がいいのだろうか?

 僕は……僕の気持ちを……伝えることをしてもいいのだろうか。

「…………す、すごい……」

 僕は小さな小さな声で答えた。

「……か、かわいい……です」

 蚊の鳴くような声で、顔を真っ赤にしたまま答えた。

「…!」

 僕の答えに、黒羽さんは一瞬目を見開くと、

「……ありがとう」

 と、だけ言って、そそくさとカーテンの向こうに隠れてしまった。

「……ふぅ」

 黒羽さんが見えなくなると一ノ瀬さんの拘束がようやく解放され、安堵のため息をついた。

「……飯田くんさ」

「は、はい!?」

 一ノ瀬さんが、僕を、じっと見つめていた。

「……人の世界に自分はいないと思わないほうがいいよ」

「……え? どういう、意味?」

「…………さぁね」

 彼女は僕の疑問には答えず、

「遠慮したり、恥ずかしがってると、それは人から見ると、拒否や、否定的な意味にとられることもあるから。……気をつけなよ」

 そんなアドバイスを残した。

「そ、そんなつもりは……僕が否定なんて出来る立場の人間じゃないし」

「そう言う所だよ。君は人に迷惑を掛けないようにしてるだけかもしれないけど、人からはそうは見えないってこと……じゃ」

 一ノ瀬さんは言いたいことだけ言うと、白川さんたちがいる売り場の中心へと去ってしまった。

 ……なんだったんだ? 何故僕にそんなことを突然言ってきたんだ。

 僕が彼女の言葉の意味を不思議に思っていると、

「お待たせ」

 制服に着替え終わった黒羽さんが出てきた。

「あ、う、うん……」

 さっきの光景が目に焼き付いていて、なんだか、すごく気まずかった。

「みんなの所に、戻ろうか」

「え、あ、もう決まったの?」

 僕は、思わず、聞き返した。

「そうだけど……」

 黒羽さん僕の顔をじっと見つめて、

「……他の水着姿もみたい?」

 と、聞いてきた。

「け、結構です!」

 慌てて、首を横に振った。

「じゃ、買ってくる」

 そういって黒羽さんはレジへと向かった。

 ……それってつまり……ぼくの好みの水着を着るってことだよな?

 その事実に、僕は、嬉しさと、恥ずかしさと、何とも言えない気分を抱えたまま、会計を終えた黒羽さんとみんなの元へと戻っていった。



 僕らが水着売り場に戻ると、そこは、僕がさっきまでいた場所とは、また別の聖域になっていた。

「ちょっ、エマ、それセクシーすぎ!」

「そう?  でも、こっちの黒も大人っぽくない?」

「ヒマリは、それ絶対似合う~超天使なんだけど!」

 白川さん、天沢さん、美波さん、トップカーストに君臨する女子三人が試着室から出てきては、キャッキャ、お互いの水着姿を披露し合っていた。

 ……眩しすぎる。

 さっきの黒羽さんの一件で、僕のHPはもうほぼゼロだ。

 そこへこの美少女たちのきらきらした光景。

 僕は、もう見てもいいものかどうかもわからず、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 一ノ瀬さんはその輪には加わらず少し離れた柱のところでスマホをいじっていた。

 彼女もこの光景には、少し気圧されているのかもしれない。

「……あ、おかえり」

 戻ってきた僕らに一ノ瀬さんが気だるげに声をかける。

「……ただいま」

 黒羽さんも彼女の隣に並んだ。

「睦月ちゃんは水着選ばないの?」

「私? ん~……」

 一ノ瀬さんは試着室の前ではしゃいでいる三人をちらりと見て、

「……こんな、ガチ美女だらけの前で、私なんかが水着着たってしょうがないでしょ」

 と、一歩引いたことを言った。

 ……一ノ瀬さんですらそう思うんだ。

 僕はこのまばゆい空間に一秒でも長くいるのは、精神衛生上良くないと判断した。

「あ、あの……僕の自分の水着探してくる!」

 そう言って、僕は男性水着コーナーへと逃げ出した。

「あ、うん」

 黒羽さんは僕を追ってくることはなく、一ノ瀬さんと何か話始めていた。



「……はぁ」

 ようやく一人だ。

 男子用の、地味な色合いの水着が並ぶコーナー近くにたどり着き、僕は壁にずるずるともたれかかった。

 ……疲れた。

 頭の中ではさっきの女子たちの刺激的な光景が焼き付いていた。

 ……落ち着け、僕。

 黒羽さんのかわいい水着姿。

 白川さんたちのキラキラした水着姿。

 そんなものが目の前で見れるなんて……僕の頭はキャパシティをこえている。

 そんな中、僕は、さっきの一ノ瀬さんの言葉を、思い出していた。

『人の世界に自分はいないと思わないほうがいいよ』

 冷静になって、彼女の言葉の意味を反芻する。

 僕がおどおどしたり目を逸らしたりするのは、僕にとっては防御だけど、相手にとっては拒絶に見える……?

 ……どうして僕がこんなにも後ろ向きになってしまうのか。

 ………あの目だ。

 昔いじめられていた時のあの冷たい目。

「何、あいつ」

「キモい」

「なんであいつだけ……信じられない」

 直接言葉にされなくても、向けられたあのあからさまな冷めた目。軽蔑の視線。

 あの経験が、僕の心に……深く深く残っている。

 人の顔色が気になって仕方がない。

 嫌われるのが怖い。

 ……自分がいるせいで、人に嫌な思いをされるのが嫌だ。

 だから、自分の気持ちは心に閉まっておく。

 その方が傷つかない。

 そこで、僕は、白川さんのことを思い出す。

 彼女も嫌われるのが怖い無視されるのが怖いと言っていた。

 僕と同じだ。でも、彼女は僕と違った。

 彼女はその恐怖に立ち向かうために完璧なアイドルという仮面を被って人と関わることを、選んだ。

「……すごいな」

 思わず声がこぼれた。

 僕は恐怖に立ち向かえなかった。

 逃げ出すことを選んだ。

 あのホテルで、白川さんは僕を強いと言ってくれた。

 僕は弱っている彼女を助けたい一心で、色々と言ってしまった。

 だが、僕はそんなことを人に言えるぐらいちゃんとした人間か?

 ……僕は変わる手伝いをすると彼女に言った。

 ……僕なんかに、本当にできることがあるのか?

 陽だまりの中心で明るく笑う白川さん。

 その姿を間近に見て、僕はなんだか自信を失ってしまった。

 僕は彼女と友達になれた、と思ってたけど……。

 やっぱり、住む世界が、違うんじゃないだろうか。

「……すごいってなにが?」

「うわぁ!?」

 唐突に横から声をかけられ、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

 そこには、玲央くんが、ちょっと引いた顔で立っていた。

「そんなに驚くなよ。ちょっと前からいたぞ」

「ご、ごめん、考え事してて……」

「……女子の水着姿か?」

 玲央くんはニヤリともせず、当たり前のように聞いてきた。

「い、いや……も、もう少し、真面目なこと……」

 ボケなのか真面目に聞いてるのかわからず思わずそう答えると、

「女子の水着姿だって真面目だろ」

「あ、うん……そうだね」

 ……発想が、違う。彼の基準がわからない……。

 戸惑っているとそこに、

「玲央、お前の単純アホな頭に航平がついていけないってよ」

 隼人が悪態をつきながらやってきた。

「あ? んだと、隼人!  俺のどこがアホだ! お前テストで俺に勝ったことあんのかよ!」

「はいはい、学年トップ様は言うことが違いますな」

 ……玲央くんて頭いいんだ。

 バスケ部のエースで、イケメンで、コミュ力高くて、さらに、頭もいいって……神は不公平だ。

「まぁなんだ」

 隼人は僕の肩に、慣れた感じで腕を回した。

「飯田は、頭がよく回るからな。ちゃんと、理解してやってくれ」

「……隼人」

 切羽詰まった状態だった僕の心に、隼人のいつも通りの優しさが染みる。

「……俺が何も考えてない、みたいな言い方だが……まぁ、いい」

 玲央君はガシガシと自分の頭をかくと僕に向き直った。

「飯田、先に言っておくが、俺は遠慮しないからな」

「……え?」

 突然玲央くんは意味の分からないことを言ってくる。

「お前が遠慮してるとか躊躇してたとしても俺は遠慮しねぇぞ。」

「え、あ、うん……」

 唐突な、慰めなのかわからないことを言われた。

「意味わかんねぇだろ? アホだろ?」

 隼人はそれを茶化すように半笑いで僕にそう言った。

「どこがアホだ!? 俺はマジだよ!」

 玲央君は隼人に、もう一度食ってかかると、

「……ちゃんと、関わるやつなら、先に、言っとかないとイヤなんだよ」

 と、真面目な顔で言った。

「お前にいつも避けられてる感じしてたからな」

「そ、そんなつもり、ないんだけど……」

 僕はか細い声で弁明する。

 でも、一ノ瀬さんにも玲央くんにもそう見えていたという事実に、僕は少しショックを受けていた。

「……まぁ、隼人から多少聞いてたからなんとなくどんなやつか知ってたけど」

「…………ごめん」

 僕は、黙って俯くしかなかった。

「あ~……えっと、なんだ。別に責めたいわけじゃねぇよ」

 僕が落ち込んでいるのを察したのか、玲央くんは慌てたように言った。

「俺は気にせずお前に色々言う。……だからお前も俺にいちいち遠慮するな、ってことだ」

 まっすぐな言葉だった。

 何の裏もない、ただ、ストレートな彼の優しさ。

「……」

 僕は、顔を上げた。

「……うん。……ありがとう」

 それだけ、言うのが、精一杯だった。

「……優しいんだね、玲央くん」

 僕が素直にそう返すと、

「ば……っか! 当たり前だろ!」

 玲央くんは、改めて自分の発言を褒められたことがはずかしかったのか、顔を赤らめると、

「……さ、先戻るぞ!」

 と、テレ隠しのように、足早に女子たちがいる方へ去っていった。

「…………」

「…………」

 その場に僕と隼人が残された。

「あいつ面白いだろ?」

 隼人は笑って言った。

「うん。……想像してた感じの人とは違った」

 僕は、思ったよりずっと素直で優しい彼の姿に、少し驚いていた。

 いつもぶっきらぼうでアタリが強いイメージがあったから……あんな風だとは思わなかった。

「……俺たちも水着決まったらあっち戻るか」

「うん」

 僕らは二人で自分たちの水着を選び始めた。

 隼人は僕が地味な普通の水着を選ぼうとすると、

「お前もうちょい明るいの選べよ……。ほら、こっちの紺のやつとか」

 と、僕のペースに合わせてくれる。

 ……隼人は、いいやつだ。

 僕は買い物をしながら改めてそう思った。

 優しくて、いつも僕の面倒くさい性格に気を使って合わせてくれる。

 何故彼はこんなにも僕を気にかけてくれるのか昔から不思議だった。

 皆といる時は明るく中心で騒いでいるのに。

 僕といる時だけは、その雰囲気を少し抑えて落ち着いた様子で接してくれる。

 それが、当たり前になっていることに内心嬉しさを感じつつも、

 ……いつか、呆れられるんじゃないか……と、どこか怖くもある。

 一ノ瀬さんに言われたことも引っかかってる。

 ……僕はどうしたらいいんだろう。

 でも……今は考えるだけの気力はない。

 今は優しくしてくれる隼人の心遣いに精一杯甘えよう。

 僕は隼人と二人きりのその短い買物の時間を楽しんだ。


 その後水着を買い終えて女子達の元に戻ると、美波さんがバイトの時間があるから、というと、僕たちはそれを皮切りに解散になった。


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