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第4話 心を消費する神イベント 3

 僕は夏合宿の事を呆然と考えながら登校していた。

 昨日の夜、連絡用のグループに追加され、盛り上がるやり取りを眺めていた。

 黒羽さんの連絡先を誰も知らないということで、僕に追加して欲しいと言われて黒羽さんを追加するという業務だけをこなし、皆のやり取りは楽しそうだなという感想を抱いて、一通り眺めてから眠りについた。

 夏の海なんて小学生以来行っていない気がする。

 夏の海で一体何をすればいいのかはよくわからない。

 ……まぁ、皆が楽しんでいればそれでいいのか。

 僕は、その様子を傍観できればそれで楽しいのだから。

 それに参加させてもらうだけでありがたいと思うことにしよう。

 そんなことを考えながら、教室の扉を開けると、

「あ、飯田くん! おはよ!」

 席に鞄を置く僕の元に、白川さんが一番に近づいてきた。

「よっす! 飯田くんも海行くんだね!」

 そして白川さんの後ろから顔を出す天沢さん。

「はい。お誘いいただいたので」

「意外だったな、お前が海に行くなんて」

 玲央くんがそう言いながら僕の元にやってくる。

「もっと意外なのは黒羽さんじゃない?」

 少し遅れて美波さんが玲央君の発言にのるようにそう言いながらやってくる。

 ……陽だまりの人達が僕に集まってくる。

「それね~! どういう流れで黒羽ちゃん誘ったの?」

 不思議そうに天沢さんが疑問に上げる。

「飯田くん誘いに文芸部に言ったら、流れでそうなった……かな?」

 白川さんがそう説明すると、

「文芸部? そんなのあるんだ。……え、じゃあ飯田くんもその文芸部なの?」

意外だったのか、美波さんが問いかけてくる。

「まぁ、一応」

「ふ~ん。……え、飯田くん黒羽ちゃんと付き合ってるの?」

と、何を思ったのか天沢さんがそんなことを聞いてきた。

「……なんでそうなるの?」

 天沢さんの質問に内心噴き出しながら、僕はぐっとこらえて冷静に答えた。

「え、同じ部活っしょ? 同じクラスの人いたらそうなるかなって」

「飛躍しすぎでしょ。部活なんだから、ほかに人なんてたくさんいるだろうし」

 天沢さんの疑問に美波さんがちゃんと訂正を入れてくれる。

 ……なんて助かるんだ。

 だがしかし、文芸部の実態は違う。そこにいるのは僕と黒羽さんだけだ。

「男ばっかりの部活に女子マネージャーがいると少し意識するけどな」

 野次のように玲央くんが言う。

「まぁ、真相は飯田くんしか知らないけど、どうなの?」

 ……訂正されたからそのまま流れるかと思ったけど、結局僕の方に質問は帰ってきた。

「………………」

 僕はすぐに誤魔化せばよかったのだが、思わず黙ってしまった。

「………え?」

 僕の沈黙に、美波さんは何かをすぐ察したようで、

「……部員何人?」

「ふ、二人……」

 嘘を付けない僕は思わず本当の事を素直に伝えていた。

「……え、黒羽さんと飯田くんだけ?」

 唖然として美波さんが聞いてきた。

「……は、はい」

 僕は後戻りも出来なくて素直に頷くと、

「……前言撤回、この二人付き合ってるな」

「えぇ!?」

「同じ部室で二人って……え、それ以外行く目的あるの?」

「いや、あるよ! ……え……あ、ある!」

 僕は否定する材料が無くて狼狽えてしまった。

「え、ヒマリ文芸部言ったことあるんでしょ? 二人の様子どうだった?」

「う~ん……でも確かに、部室に行った時も、離れて座ってたし、付き合ってるような距離では無かったと思うけど」

「で、ですよね! ほら!」

 白川さんの意見にのるように僕は二人に訴えるが、

「いや、付き合ってるかどうかなんて雰囲気じゃわからないでしょ。人が来たら清ましてる可能性もあるし」

冷静に美波さんは分析し、

「ホントそれ。あやし~な~」

天沢さんは疑いの目を向けてくる。

 と、そんな話で盛り上がってる最中、教室の扉が開かれ、話題の渦中の黒羽さんが登校してきた。

「あ、おはよ――」

 黒羽さんがやってくると、一番に挨拶をする一ノ瀬さんを遮るように、

「黒羽ちゃんおっは~!」

 天沢さんが黒羽さんに抱き着いた。

「…………」

 唐突だったのか、一ノ瀬さんは唖然としていた。

「……おはよう、天沢さん」

 黒羽さんは抱き着かれたというのに冷静だった。

「ねぇねぇ、黒羽ちゃんって飯田くんと付き合ってるの?」

 朝一番の挨拶とは思えないドストレートな事を聞く天沢さん。

 あまりにも失礼な発言に美波さんが、

「なに聞いてんの!」

 そう言って制服の襟を持って黒羽さんから引きはがす。

「え~、だって気になるじゃん」

「……く、黒羽さんごめん。この子、秩序って概念がなくて」

「そこまでひどくないよ!?」

 そう否定する天沢さんだったが、ほかの人は誰もそれにフォローは入れない。

 黒羽さんは、少しだけ襟元を正して、冷静に答える。

「……大丈夫。私と飯田くんはそういう関係ではないわ」

 きっぱりと黒羽さんは断りを入れた。

 ……なんか含みのある言い方だ。本人的に、嘘は言っていないと言いたいのだろうか。

 ……僕も黒羽さんとの関係に慣れてきてしまっているが……改めて考えると、変な関係だな……。

 そんなことを心の中で考えていると、

「あ、そうだ。睦月ちゃん」

 黒羽さんは思い出したように一ノ瀬さんの方へと歩み寄ると、

「夏皆で海に行く話があるんだけど……いく?」

「……いや、この流れで急に言われても……」

 唐突な話に、一ノ瀬さんの頭も理解出来ていないようだった。



 朝はそのまま授業の時間が来てしまったので、昼休み、

 陽だまりの皆と僕と黒羽さん、そして一ノ瀬さんが集まってご飯を食べながら夏合宿の話をしていた。

「あ~なるほど、そう言う話ね」

 ようやくちゃんと一ノ瀬さんに説明が出来て納得していた。

「なに、リン行くの?」

「うん。睦月ちゃんと海で遊んだら楽しいと思って」

「ふ~ん……へ~」

 一ノ瀬さんはにやりと笑うと、僕の方をちらりと見た。

「…………?」

「わかった! じゃあ、私も混ぜてもらおうかな~」

「じゃあメンバーはこれで決まりだね!」

 白川さんがそう言うと、皆は納得した様子でメンバーは決まった。

「じゃあ、日程は3日でいいの? 人数も決まったし、おばあちゃんに連絡いれるけど」

 美波さんは確認をするように聞いた。そう言えば美波さんの実家が旅館って言ってたっけ。

「……そういえば、勉強合宿って聞いたけど……3日で宿題なんて終わるの?」

 僕は思ったことを聞いた。遊びながら3日で宿題なんて終わるとは僕には思えなくて。


 ……………………。


 一瞬、空気が固まった。

「……え?」

 僕はそんな変なことを言っただろうか。

「……ぷっ」

 最初に吹き出したのは、隼人だった。

「あははは!  航平、お前マジメか!」

「え、え! 何が!?」

 玲央くんも苦笑している。

「いや、飯田くん、本気で言ってる? 3日間、海の旅館で?」

にやけたジト目で天沢さんはそう言いながら確かめるように聞いてきた。

「そ、そりゃ、勉強合宿だって……言ってたし」

 僕は聞いたことそのままを言うと、

「そんなの建前に決まってるっしょ! そう言うことにした方が安く宿泊まりやすいっしょ?」

 天沢さんは笑いながら僕にそう言ってきた。

「そ、そうなんだ……」

 僕は笑われてしまったことに少し恥ずかしくなってその場に縮こまった。

「飯田くんってば面白いんだから~! そんな真面目だと大事な青春灰色で終わっちゃうよ?」

 僕の肩を無遠慮にバシバシと叩いてくる天沢さん。

 ……そう言う物なのかなぁとなんだか場に馴染めてないことに反省していると、

「……いや、きらら、あんたは夜宿題やるのよ」

 美波さんがわりと真剣な表情で言った。

「えっ…………」

 僕を叩く天沢さんの手が止まった。

「皆は多分ちゃんと宿題やるんだろうけど、あんたいっつもギリギリまでやらずに私に泣きついてくるんだから……いい加減私もあんたを甘やかすのをやめたわ」

「そ、そんな……夜は皆でトランプでしょ!? 肝試しやるんでしょ!」

「きらら……残念だけど、あんたは夜の間一人でずっと宿題よ……終わるまで、夜の楽しいイベントはお預けよ」

 マジな美波さんのその顔は有無を言わせない様子だった。

「…………」

 天沢さんは冷え切った顔をしていた。今が一番天沢さんの肝が冷えているだろう。

「ま、まぁ、まぁ……」

 白川さんが場を和ませるように笑って間に入る。

「……あの二人随分仲がいいのね」

 一ノ瀬さんが肘を着きながら二人の様子を見て呟くように言った。

「二人は小学生から一緒らしいからな。幼馴染ってやつだよ」

 玲央くんが一ノ瀬さんの疑問に答える。……そうなんだ。だからあんなに当たり前に仲いいんだ。……僕と隼人とは違うな。

「……ふ~ん。」

 興味なさそうに一ノ瀬さんはそう言った。

「でもイベントは何か決めておきたいよね? 何する?」

「そ、そうだよ! 夏! 海!」

 白川さんの仲裁に、現実逃避をするように天沢さんは元気になる。

「BBQは定番だろ。出来る所あるのか?」

 玲央君くんが楽しそうに言う。

「確か海の家でやれるところあったはずだよ」

「後花火! 皆で手持ち花火も、やらないとな」

 皆でワイワイと何をしたいかを話し合う。

 ……僕は特にやりたいこともないので、黙って皆の話を聞いてると、

「てか! 一番やるべきことあるんだけど!」

 天沢さんが突如思いついたように机をバンッと叩いて宣言する。

「……水着買いにいこう!」

 その意気揚々とした宣言に、首を横に振る人はいなかった。



 ◇



 あれよあれよという間に、放課後。

 僕は皆に連れられ、駅前の大型デパートに向かっていた。

 僕の数歩後ろには、黒羽さんと一ノ瀬さんも当たり前のようについてきている。

 8人の大所帯にもなれば、移動中の会話がそれぞれの場所で発生する。

「そういや美波の旅館ってどんな感じなの?」

「んー、普通旅館だよ。個人営業だし老舗だから、海が目の前なこと以外、特にないかな」

「老舗とか旅情やば! それが最高なんだろ」

 玲央君と美波さんが旅館について楽しそうに話している。

 白川さんと天沢さんも「水着、どんなのにしようかな~」なんて盛り上がっている。

 黒羽さんと一ノ瀬さんも二人一緒にいるが、そこに隼人が会話を持ち掛けている。

「黒羽さん海とか行くの?」

「行ったことない。あまりアウトドアな事しないから」

「へぇ、じゃあ海水浴用の水着とか持ってないんだ」

「学校のならあるけど」

「ダッサ。せっかくなら可愛いの買いなよ」

「でもこれが男子には一番人気だって見たことがある」

「…………何を参考にしてんのよ」

 なんて会話を普通に交わしていた。黒羽さんの発言は相変わらずきわどいが、皆普通に話をしている。

 ……なんで? なんで、みんな普通なんだ?

 僕は、一人浮いていた。

 ……場違いだ。圧倒的に場違いだ。

 僕の世界とは光量が違いすぎる。僕は別に陽キャが嫌いなわけじゃない。偏見もないさ。

 でも……この当たり前のように形成される楽しい空気に、僕はどう入っていけばいいのかわからない。

 意味のない思考だけが、頭の中をぐるぐる巡る。

 ……なんで、僕、ここにいるんだ?

 ……そうだ、白川さんと友達といるためだ。

 ……水着選びに、僕は必要か? いてもいなくでも変わらないんじゃないか?

 ……いや、でも、ここで帰るって言ったら空気が悪くなるし……今さら帰るわけにもいかない。

考えても答えの出ない疑問が、僕の頭でぐるぐると廻っていた。



 緊張した気持ちがまったく収まらないまま、僕らは水着売り場に到着した。

「「「かわいー!」」」

 女性陣が楽しそうに色とりどりの水着に吸い寄せられていく。

「おい、玲央。あの水着やばくね?」

「どれ?  ……うわ、エッロ。こんなの着てるの見たら絶対見るわ」

 玲央くんと隼人は、隠すそぶりもなく、きわどいデザインの水着を指差して話している。

「なあ、きららこれとか、いいんじゃね?」

 そしてそれを手に取って天沢さんに見せる。

「はあ!?  レオの趣味、悪すぎ! そんなの着ないっての!」

 そんな返事を聞いて笑ってる玲央くん。

 当たり前のようにそんなやりとをしているのを見て僕はすごいと思った。

 ……あんなこと、普通に女子に言えるんだ。

 僕には恐れ多くて絶対に言えない。

 僕はただ、おどおどと売り場の隅っこで、どうすればいいのかわからないまま皆が楽しそうにしているのを立ち尽くして見ていた。

「――あ、いたいた。飯田くん」

 そんな不審者寸前の僕を見つけたのは天沢さんだった。

「なにしてんの、そんな所で」

「あ、いや、僕は、別に……」

 浮いてることすらも気にして何かを誤魔化そうとしていたが、天沢さんは僕の言い訳に興味はなかったのか、彼女は、何かを思いついたように、ニヤリと笑って聞いてきた。

「ねえ、ヒマリに似合いそうな水着どれだと思う?」

「…………え!?」

 とんでもない無茶振りが来た。

「ヒマリ~! 飯田くんがヒマリの水着選んでくれるって!」

「ちょ、ちょっと!」

 面白そうだと思ったのだろう。天沢さんは僕の返答を聞きもせずに告げた。

「ちょ、ちょっときらら! 飯田くんで遊ぶのやめてよ!」

 白川さんは慌てて僕たちの元にやってくると顔を赤くして否定していた。

 ……でも、その顔は、まんざらでもないように僕には見えた。

「え、あ、あの……」

 僕は、そんな展開に戸惑うばかりで、

「し、白川さんは……なんでも、似合うと思うよ……?」

 と、必死に、当たり障りのない答えを絞り出した。

「あ~そんなことわかってるって」

 しかし、天沢さんは僕の回答がつまらなさそうにそう言った。

「飯田くん好み知りたいんじゃんね~ヒマリ」

「え、えっと……私は……その……」

 白川さんも何故だが照れている。

「そ、そんなこと、言われても…… 僕は、別に、そういうの、なくて……。僕は、別に、どんなのでも、好き、っていうか、その……」

 僕が、どうしたらいいのかわからずにブツブツと意味不明な言い訳を呟いていると、

「――私、飯田君の好み知ってる」

 静かな、しかしよく通る声が響いた。

 いつの間にか近くに来ていた黒羽さんを見た。

 彼女はいつの間にか売り場の奥から戻ってきており、その手には布面積が極端に少ない黒い紐みたいなとてもえっちな水着を掲げていた。

「飯田君の好みはこれ」

「「おお……」」

 玲央君と隼人が、感嘆の声を上げている。なんだその反応。

「飯田君は本能に忠実。だからこういう直接的な興奮を好む」

「違うよ! そんな際どいの好みじゃないよ!」

 僕は必死に否定する。

「……でも、露出面積が高い方が方が好み……でしょ?」

 彼女のその言葉に僕は言いよどんだ。

「……っ!」

 ……僕は黒羽さんに、興奮してしまったことの事実を知られている。えっちな誘いをされてもいないのに……身体が反応してしまうことをバレてる手前、僕は否定できなかった。

「……飯田君って、案外……そういうのが好きなんだね」

 白川さんが以外そうな反応を見せ、

「男子なんてそんなもんでしょ」

 と、一ノ瀬さんは特に驚いた様子はみせない。

「ち、違うって!  黒羽さんそんな話したことないでしょ! いい加減なこと言わないでよ!」

「……む。じゃあ、どういうのが好み?」

 ……しまった。避けていた問いかけが黒羽さん経由で一周してきてしまった。

「そ、それは……」

 さっき以上に僕はここにいる全員の好奇の視線に晒され、何も言えなくなる。

「……いや、いい」

 しかし、僕のその情けない様子を見てかどうかはわからないが、黒羽さんは何かを察したように言った。

「当てて見せるから」

「……え?」

「飯田くんのこれまでの会話から、飯田君の本当の好みを見つけてみる」

「いや、いいから! やめて! 恥ずかしいよ!」

 黒羽さんは僕の制止も聞かず、再び水着売り場の中へと消えていった。

「え、ちょ、ま、待って!」

 僕は慌てて彼女を追いかける。これ以上僕に変なイメージを付けないで欲しい。


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