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第4話 心を消費する神イベント 2

 白川さんに連れられて来たのは駅前のロータリーから少し外れた路地にある、落ち着いた雰囲気のカフェだった。アンティーク調のランプが暖色の光を落とし、ジャズが控えめに流れている。普段の僕なら、敷居が高くて一人では絶対に入らないような場所だ。


 向かい合わせに座り、注文した飲み物が運ばれてくる。僕はアイスコーヒー、彼女はミルクティー。グラスの水滴がコースターに染みを作っていくのを、僕たちはしばらく無言で見つめていた。


 白川さんと屋上で話をしてから二人で面と向かって会うのはこれが初めてだ。

 ちょくちょく会話はしたけれど、すれ違いざまだったり、朝の挨拶だったり、ちゃんと会えていなかった。

 周りには楽しそうに談笑するカップルや、PCを広げて仕事をする社会人がいる。

 その中で、僕たちのテーブルだけが奇妙な緊張感に包まれていた。


「お、遅い時間なのにありがとね、飯田くん。えへへ……」

 沈黙に耐えきれなくなったのか、白川さんが照れ笑いを浮かべて口を開いた。

 その笑顔はどこかぎこちなく、それでいて嬉しそうだ。

「僕も白川さんと話したかったから」

 嘘ではなかった。彼女と二人で話す機会を、僕もどこかで望んでいたのだと思う。

「今日はごめんね、急に変なこと頼んじゃって」

「全然。勉強するきっかけにもなったし、力になれるならいくらでも貸すよ」

「ありがとう。期末テストまでの間よろしくね」

「任せて。人に教えるのって、自分の復習にもなるし、逆にありがたいぐらいだから」

「……でも、飯田くんホントに教えるの上手だね」

「そう? そういえば、仲良すぎてまともに勉強会にならないんだっけ」

「そうなの! きららってば、すぐ私が興味ある話したり、今日みたいにすぐ茶化して話逸らすんだもん。だから、飯田くんがいてくれると引き締まって良いみたい」

「それでも中々だったけどね」

「ね、中々手強いよ……真面目にやれば出来るのに、全然やる気無いんだよね、きらら」

「苦手なことやるのって大変だよね。僕もわかるなぁ」

「飯田くんも苦手なことあるの?」

「苦手なことだらけだよ。苦労は買ってでもした方が良いんだろうけど、その気概は僕にはないなぁ」

「……そうだよね。中々、苦手なことって上手くいかないし、楽しくないとやる意味も見いだせないよね」

「……白川さんはすごいよね」

「私?」

「うん。苦手なことや怖いことに立ち向かう力があるから。僕だったら……得難いものがあったら、諦めて無い物としてそれを掴みに行こうとできないから。それが出来る白川さんはすごいよ」

「……そうなのかな」

「そうだよ。自分が望むものを意地でも手放したくない思いは、間違いなく白川さんの良い所だよ」

「私は、それを自分のわがままなのかなって時々考えちゃう。いつまでも、私だけ子供なのかなって」

「大丈夫。大人になっても人はお金に強欲で、地位と名声に縋りつくんだから。白川さんのわがままなんてかわいいもんだよ」

「あはは、なにその励まし方。……でも確かにそうかもしれないね。私はわがままでもいいのかな~」

「うん。良いと思うよ。欲が無いと、僕みたいに何もないやつになっちゃうからね」

「…………」

 僕がそう言うと、白川さんは少し黙った。

 そして……少し間を開けると、

「……実は、勉強会に飯田君を呼んだのは……別の、目的もあるんだ……」

「別の、目的?」

「……うん。……私の、大事にしてるものを、知ってほしかったんだ」

 ……白川さんが、大事にしてるもの?

 それはホテルで聞いた彼女の心の拠り所。

「……友達だね」

「うん!」

「それなら今日だけでもすごくわかったよ」

 楽しそうに笑う白川さん。

 その周りで、同じように、楽しそうにしている天沢さん。

 その空気が幸せで満ちているのは、外から見ている僕にも想像に難くない。

「その……飯田くんも……友達だから……皆と仲良くできるんじゃないかなって思ったの」

「え?」

「私にとっても大事なみんなと飯田くんも仲良くしてほしいの」

 白川さんは僕にお願いするように言った。

「……」

「……いい、かな?」

「……うん」

 僕は彼女のありがたい提案を無下にできるはずもなかった。

「……もちろん。僕でよければ」

 了承の返事をした。

 ……内心は少し穏やかではなかったけれど。

 ……いやというわけじゃない。友達を作ろうともしない僕には絶好の機会だ。

 ……相手が陽だまりの住人でなければ。

「よかった! そもそも、飯田くんは隼人くんと仲いいんだもんね。きっとすぐみんなと仲良く慣れると思うんだ!」

 ……白川さんにとって、僕が陰キャかどうかの括りは無いのだろう。

 それもそうだ。陰キャであるかどうかは僕が勝手に決めているだけの話。本来そこに境目は無くて、僕が勝手に線引きしているだけのこと。

 隼人と仲がいいのも、たまたま幼馴染だからというだけで、僕が陽キャだからと言うわけではない。

「……そうだね。仲良くなれるように頑張るよ」

 僕は必死に胸の内を悟られないように笑ってそう言った。



 ◇



 ……その後、放課後の3人の勉強会は続いた。

 時折、バイトがない時は美波さんも一緒になって、天沢さんの勉強を見たりもしていた。


 そしてテスト週間に入ると、流石に教えてばかりもいられないので、皆で教室に残りつつ、各々各自で勉強するスタイルでテストに備えた。

 天沢さんは見張っていないとすぐ遊ぶので、皆の監視する役割にもなっている。

 美波さんは、天沢さんの隣で勉強をしつつ、

「ほら、夏休みあんたがいなとつまんないんだから頑張って」

 そんなデレ発言をしながら天沢さんを鼓舞する。

 そうして、僕は勉強をきっかけに、少しだけ陽だまりの住人と会話するきっかけが生まれ、期末テストは無事終わりを迎えた。



「やっと終わった〜! 疲れたよヒマリ〜!」

 解放された天沢さんは、疲れた顔で白川さんに抱きついた。

「よしよし、お疲れ〜」

 白川さんは天沢さんの頭を撫でる。

「どうだった?」

「この私が本気になったんだよ? よゆ~よゆ~!」

 自信満々の様子だった。……その自信はフラグにも聞こえるが大丈夫だろうか。

「普段からちゃんとやれよ」

 玲央くんが二人の元に合流しながら天沢さんに呆れたように言った。

「え〜、ムリ。普段から真面目にやるとか耐えられなーい」

「レオ、この子に何言っても意味ないよ」

 美波さんも合流して諦めたように言った。

「昔から、やる気がある時しかやらないんだから、こっちがハラハラしちゃうよ」

「だって~つまんないことなんてやる気おきないよ~」

「もう……きらら……ちゃんとしてよね……あ、ちゃんと飯田くんにもお礼言わないと」

 ……えっ。

 遠くで聞こえてきた会話に思わず身構える。

 聞こえないふりをしていると、近づいてくる影が横から見える。

 そして……

「うりゃ!」

 掛け声と共に、突如僕の髪の毛がわしゃわしゃと両手でもみくちゃにされ始めた

「わわ!?」

 突然の事に驚きながら振り向くと手が離れ、側に立ってたのはにやりと笑った天沢さんだった。

「な、なに!?」

 僕は突然の事に呆然と聞いた。

「よく私のために頑張ってくれた! 褒めて遣わす!」

 と、急に偉ぶった口調で言った。

「………お役に立てて恐縮の至りです」

 僕は流れで思わずそう答えた!

「もう! ちゃんとお礼言いなよ!」

 しかしすぐに白川さんに怒られる。

「あははは〜! 助かったよ飯田くん! お陰で無事赤点回避できそう! マジあんがと!」

「どういたしまして……でも、テスト帰ってくるまで油断しない方がいいんじゃない?」

「ダイジョブダイジョブ! 手応えバッチしだったから!」

 ……その自信はフラグにしか聞こえない。

「って事で! 打ち上げにカラオケいこ〜!」

天沢さんは高らかに宣言した。

 ……まぁ、考えたって結果が変わる訳じゃないし、別にいいか。

「でも、本当によかった。上手くいったなら、教えた甲斐があったよ。みんなで楽しんできてね」

「……何言ってるの?」

「……?」

「飯田くんも行くんだよ」

「……えっ」

 全くもって及ばなかった発想に、僕は思わず固まった。

 ……僕がカラオケに? 冗談だろ?



 ……冗談などではなかった。

 陽だまりの皆勢揃いでカラオケにやってきた。

 部活も今日は休みらしく、隼人も玲央くんも来ていた。

 みんなが盛り上がる中、僕は借りてきた猫みたいに隅っこで置き物の様に固まっていた。

「イェーイ!」

 ライブのように盛り上がる曲を歌う天沢さん。

 趣味が同じアニメと言う玲央君と美波さんはアニメのデュエット曲を歌い、隼人はバラードをめちゃめちゃ上手い歌声で歌う。

 アイドルの曲を振り付け付きで歌う白川さん。

 ……僕は勝手に、相当アイドルの研究をしたのだろうか、なんて考えていた。

「飯田くんは歌わないの?」

 歌い終えた白川さんが隣に座ると、楽しそうな様子で聞いてきた。

「僕はいいよ。カラオケきた事ないし」

「そうなの? ……カラオケってみんな来るものだと思ってた」

 素直にその発想はなく驚いている様子だった。

「あんまり歌も聞かないし、歌った経験もないから……」

「そうだね、確かに初めては緊張しちゃうかも。じゃあ……一緒に歌う?」

「えっ」

 僕の返事を待たずして白川さんは手元の機械で曲を探し始めた。

「有名な曲なら知ってる?」

「まぁ……はい」

「……じゃあ、これとかは?」

 機械の画面を見せてくる。そこには、テレビや動画でも良く流れてきて一度は誰でも聞いた事がありそうな曲のタイトルが書かれていた。

「これなら知ってる」

「じゃあこれ一緒に歌おう!」

 白川さんは曲を次の順番に追加した。

 僕は緊張してきた。

 歌ってなに、どうしたらいい? 下手な歌きかせたくないんだけど!

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ!」

 フォローされながら僕は白川さんと一緒に歌った。

 恥ずかしさもあったけど、皆は割とノってくれて、白川さんは隣で楽しそうに僕に合わせて歌ってくれる。

 ……この状況を、楽しいと思う気持ちは、間違いなくあっただろう。



 カラオケを終え日も暮れ始めていたので、僕達は解散し、僕は帰り道が同じ隼人と帰路を歩いていた。

「はぁ……」

「……大丈夫か?」

 隣を歩く隼人が、僕の顔を覗き込んできた。

 隼人の家は僕の家と方角が一緒で、昔はよくこうして一緒に帰っていた。

 最近はお互い部活があったり、何より、隼人のコミュニティが、僕とは比べ物にならないくらい広がったりして、一緒に帰る機会は、ほとんどなくなっていた。

「……なんとか」

「そっか。にしても、お前がカラオケにきてるの初めて見た」

「初めてだよ……行くような友達もいないし……。まぁ行きたいわけでもないけど……」

「無理して合わせなくてもいいぞ? 俺たちは、楽しい事を楽しいと思って集まってるだけなんだから」

「そうもいかないよ……人と何かをするには、人に合わせないと……頑張らないと誰とも仲良く出来ないんだから……」

「……相変わらず生きづらい性格だな、お前」

「ホントにね……そう言うのを気にせず人付き合い出来たらいいのに」

「きららほど他人を気にしないのも珍しいけどな」

「隼人も十分自然でしょ」

「お前から見たらそうかもしれないけど、俺だって色々考えてるよ」

「……まぁ、隼人は大人な感じだよね。気使えるし、周り見てるし、コミュ力あるし。それでも僕と違ってそれが出来るだけですごいよホント……」

「褒め言葉として受け取っとくけど。……そういや、いつから日毬と仲良くなったんだ?」

「……え?」

 唐突な核心を突いた質問に心臓がキュッとなった。

「だって、勉強会にお前を呼ぼうって言い出したのは日毬だぞ。お前が頭いいかどうか聞いてきたから、教えるの上手いって教えたんだけど」

「……そ、そうなんだ」

「最近たまに少し喋ってるの見かけるし、仲良くなったんだろ?」

 なんだか嬉しそうに笑いながら聞いてくる。

 僕はどう答えるべきか考えた。そのまま伝えるわけにもいかないし……適当に濁すしかないか。

「た、たまたまなんか喋るきっかけがあってね! それから…少し、前よりは仲良くなれた…のかな?」

「ふ~ん。ま、きっかけはなんでもないことだったりするよな」

「そ、そうだね……」

「お前が頑張る気があるなら別に止めないけど。無理はするなよ? 結局、合う合わないはあるんだから」

「……ありがと。隼人がいるから正直助かってるのもかなりあるし……もう少し頑張ってみるよ」

「……そうか。ま、頑張れ。応援はしてやるよ」

 ポン、と、隼人は力強く僕の肩を叩いた。

 彼のその気付いは、僕の心を少しだけ軽くしてくれた。




 寝る支度を終えると、僕は自室のベッドにばたりと倒れ込んだ。

 ……疲れた。

 人生で初めての陽キャグループとの放課後。

 ……大変だった。

「…………はぁ~」

 大きな大きな、ため息が出た。

 ……仲良くしてほしい……か

 無理だ。

 白川さんは、元から陽キャの素養を持っていた。

 だから彼女は陽だまりに戻れた。

 ……けど、僕は、違う。

 僕は隼人や白川さんみたいにはなれない。

 天沢さんや、美波さんみたいに笑えない。

 ……僕は楽しんでる人たちを見るのが好きなんだ。

 自分がその輪に入りたいわけじゃない。

 ……本もそうだ。

 物語は主人公を軸に進んでいく。

 そこに僕という存在はいない。

 いても欲しくない。

 僕は観測者として物事を見るのが好きなんだ。

 僕はそう思い込むことにした。

 そうすることでしか、あのきらきらした陽だまりの喧騒にまみれた僕の心を落ち着かせる方法がわからなかったから。

「……」

 僕はそう自分に言い聞かせると、

 枕元の少女漫画に手を伸ばした。

 自分の心から逃げるように。



 ◇



「夏合宿?」

 そのお知らせは唐突にやってきた。

 いつも通り文芸部にいると、最近じゃ珍しくもない様子で白川さんがやってきていた。

「うん、合宿といっても、夏休みの宿題を皆でやるついでに海で皆と遊ぶだけなんだけどね」

「それはつまり……お泊りですか?」

「うん。エマちゃんの実家が海の近くにあって、旅館なんだって。だから、3日ぐらいそこに泊まろうって話してたの」

 ……僕が夏休みに海? 夏休みなんて特に休みが長いだけで僕のカレンダーに予定なんてほぼ無かったのに。

「面白そうだね」

 僕は他人事のように答えた。まだ誘われてないし。

「よかったら飯田くんも一緒にどうかなと思って」

 ……誘われた。いや、僕が海とか……行く意味あるのか?

 いや、そこに白川さんがいるなら行く意味はあるだろう。

「いいの?」

「もちろん! きららの勉強見てくれたし、そのお礼もしたいし!」

「……そう? じゃあ……僕で良ければ喜んで」

「やった! じゃあ、後でグループ作るから、詳細はそこでやり取りするね」

「わかった。僕が何かすることある?」

「今はまだ何も決まってないから、これから皆で決める感じ!」

「そうなんだ。じゃあ、連絡まってればいいかな」

「うん! みんなにも連絡入れとくね」

 白川さんはそう言って楽しそうにスマホで何か入力をしていると、

「……飯田くん」

 その時、僕の反対側の袖がきゅっと引かれた。

 気が付いたら黒羽さんが僕の後ろに立っていた。

「……夏……海……何も起きないはずがなく」

 呟くように何かを言い始める。

「く、黒羽さん?」

「……その合宿、私も行く」

 彼女のその発言は唐突だった。

「……凛ちゃんも海行きたいの?」

「最近色々考えた。自分で体感するのもいいけど実際に見る事で学べるものがあるんじゃないかと言う事を」

 ……それは探究についてのことを言ってる?

「……って言ってますけど」

「……うん、いいよ! 合宿は人が多い方が楽しいしね!」

 白川さんは一瞬考える様子を見せたが、いつも通りの雰囲気で了承した。

「大人数でいいなら、睦月ちゃんも誘っていい?」

「もちろん! あ、飯田くんも誰か誘いたい人いたら呼んでいいよ」

「あ、はい」

 僕に友達なんかいないが……唯一の友達はすでに輪の中にいるしなぁ。

「それじゃ、よろしくね!」

 用事が終わると、白川さんは颯爽と部室を後にした。

「……嵐のような人だ」

 突然やってきて、突然去っていく。

「彼女は色んなイベント事を持ち掛けてくる。それを利用しない手はない」

 黒羽さんは椅子に座り直すと僕の独り言に答える。

「でも意外だった。黒羽さんが海行きたいって言い出すなんて」

「夏の海は肌の露出が増えて男子が興奮するイベント。飯田君くんが行くなら、水着を見せつけて刺激すれば、探究に一歩近づく」

 なんて偏った発言だ。……間違ってないけど。

「相変わらずだね……でも、女子の水着で興奮するなら、僕が他の女の子の水着で興奮するかもよ?」

「飯田くんの興奮が増すのならそれもまたあり。……みんなでしよう」

「何言ってんの!?」

 黒羽さんが変なことを言うのでつい頭で想像してしまう。

「………………」

「……興奮した?」

「……はっ!?」

 彼女の問いかけに我に帰る。

 僕が考えている事がバレている。

「興奮してなよ! それに……そんなすぐえっちな展開になるわけないでしょ!」

「わかってる。私は、もっと色んな人の男女の関係を見る必要がある」

「……まぁ、色んな人の関係を見て学べることは多いよね」

 ……でも、気にしたことないけど、あの陽だまりのみんなは恋してるのだろうか。

 女子3人に、男子2人。……どちらも美男美女しかいない中で……それぞれ何か胸の内に秘めている物があるのだろうか。



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